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エルフの森の戦い(2)

…………………


 私たちはまず防衛線を定めた。


 防衛線は二段階に分けられる。歩兵とリントヴルムを引き離すための第一次防衛線。リントヴルムを仕留めるための第二次防衛線。


 重要なのはリントヴルムの随伴歩兵を仕留めておくことだ。リントヴルムは戦象と同じで急速な方向転換などを苦手とする。リントヴルムだけの部隊になれば、なんとでも料理のしようはある。


 そのための第一次防衛線は……バウムフッター村の後方にあった。


 既にニルナール帝国はバウムフッター村を制圧し、なお北進中だった。私はバウムフッター村を守れなかった。庇護を与えると約束したのに、その義務を果たせていなかった。私は酷い嘘つきだ。


「女王陛下!」


 私が自己嫌悪に浸っていたとき、ライサが戻ってきた。


「ライサ。バウムフッター村はどうだった?」

「……かなりの戦士がやられました。病人やお年寄りも逃げられなかったものは犠牲に。しかし、女性と子供は無事ですから、北に避難させてあります」


 やはりダメだったか……。


 もしかすると敵が無害なエルフは放置するのではないかと思ったが、そんなことはなかったようだ。ライサの意識を覗き込むと、敵はご丁寧に家屋に火を放ち、死体は生首を晒して放置されていた。


 間に合わなかった。私のミスだ。


「女王陛下は出来る限りのことをしていました。敵がエルフの森を突破するなんてことは予想外だったじゃないですか」


「確かに予想外だった。エルフの森には兵站線を維持するための街道もなければ、都市もない。だから敵は大部隊を以てしてエルフの森は通過しないだろうと考えていた。だが、敵にリントヴルムがいることは分かっていた。リントヴルムならば森を突破できることだって分かってよかったはずだ」


 私は予想できたはずだ。ゲームの時には大型ユニットは森を通過できなかったが、今はもうゲームじゃない。森は切り崩せるのだ。踏み倒し、平らに均すことができるのだ。ワーカースワームたちが木を切り倒して利用するように……。


 全て予想できたことだった。私は完全に読み違えたのだ。


 私の注意はフロース川に向きすぎていた。敵の狙いは東部商業連合だと思っていた。シュトラウト公国戦線はあくまで第二戦線だと思っていた。それが全ての間違いだったというわけだ。


「やられたよ。皇帝マクシミリアンにいいようにしてやられた。だが、ここで終わりじゃない。敵がこちらの味方を10人殺すなら、私は敵を100人殺してやる」


 私はそう告げると作戦状況を観察する。


 敵はバウムフッター村を蹂躙し、間もなく第一次防衛線に衝突する。


 第一次防衛線にはワーカースワームが簡易な柵を設置している。リントヴルムを含むニルナール帝国軍の進路方向からして、その先は密林だ。敵は正面から攻撃を受ければリントヴルムを前進させるだろう。


 それが反撃の機会だ。


「ライサ。君はセリニアンと第二次防衛線へ。第一次防衛線はジェノサイドスワームとポイズンスワームたち、そして新しい子たちに任せても大丈夫だ」

「了解しました。全力で戦いますね、女王陛下」


 ライサは私の言葉に頷くと、戦場に向かっていった。


「さて、あの憎々しい連中をそれなりの目に遭わせてやろう」


 私はそう告げると、スワームたちを動かし始めた。


 連中には報いを受けさせてやる。それは決まりだ。


 今日の私は酷く苛立っている。


…………………


…………………


 ニルナール帝国軍のエルフの森侵攻部隊は着々とエルフの森を蹂躙し、シュトラウト公国まで向かおうとしていた。リントヴルムが先頭立って道を作っていき、その背後から騎兵と歩兵が隊列を組んで行進する。


「エルフどもの抵抗が面倒だな」

「全くです。死傷者も無視できません」


 エルフはゲリラ的にニルナール帝国軍の隊列に攻撃を仕掛けていた。木々の陰に隠れてそこから弓矢を浴びせかけるのだ。この作戦はアラクネアの女王の助言もあって、一層洗練されたものとなった。


 アラクネアの女王は弓矢に塗る毒にポイズンスワームの毒を使わせ、なるべく隊列後方のリントヴルムから離れた敵を狙わせた。そして、追撃部隊が森を潜ってエルフたちを追ってくるのを囲い込んで滅多打ちにするのだ。


 これによりニルナール帝国軍は200名以上の死傷者を出している。


 これに対するニルナール帝国軍の対応はエルフの攻撃は相手せず、だ。攻撃を受けても無視して前進する。多少の兵士はやられるが、追撃部隊が丸々失われることは避けられるというものだ。


 実に消極的な作戦だが、エルフたちの作戦もある意味消極的だ。彼らは先頭と進むリントヴルムたちを止めようとはしていないのだから。


 いや、止められないというべきか。


 彼らにはバリスタもなければ投石器もない。リントヴルムたちの前進を阻止する手段をひとつとして有していないのだ。これまでそのようなものを必要とする機会がなかったがために。


「エルフの攻撃は煩わしいが無視だ。相手にしていると余計な犠牲がでる。それよりも今は前進を続け──」


 ニルナール帝国軍の指揮官がそう告げたときだった。


 彼の顔面に弓矢のようなものが突き刺さり、痙攣しながら馬から転がり落ちた。


「攻撃! 攻撃!」

「前方警戒! 前方警戒!」


 弓矢のようなものは前方から飛来してきた。兵士たちは屈んで姿勢を低くする。


 そして、無数の弓矢──毒針が飛来したのは次の瞬間だった。


「ぎゃっ──」

「助け──」


 毒針で射抜かれた兵士たちが肉汁になって溶け落ちる。


「クソ。これはエルフじゃないぞ! アラクネアだ! それもこれまでのアラクネアの蟲どもではない! 奴らはこんな杭のような毒針は飛ばしてこなかったはずだ!」


 その中でも冷静な指揮官──指揮を引き継いだ将校が冷静に叫ぶ。


 そう、飛んできた毒針はポイズンスワームのものとはことなり、重装歩兵の鎧すら貫く程の太さを持った杭としか形容のしようがないものだった。


 これを飛来させたのはアラクネアが新たにアンロックした新ユニット──ケミカルスワームだ。これまで以上の毒ダメージを敵に与え、更には味方を治癒することすらも可能なポイズンスワームの完全な上位互換だ。


「リントヴルムたちを前進させろ! 歩兵は攻撃が止むまで盾を構えて待機だ! この毒針の嵐の中では進めんぞ!」


 指揮官はリントヴルムたちに毒針を叩き込んできているスワームたちの処理を任せ、自分たちは後方で待機することにした。そう、そうしてしまった。


「リントヴルムだけでは危険では?」

「だが、この毒針の雨では動きが取れん。ならば、一部の部隊をリントヴルムを盾にして進ませるか?」

「それがよろしいかと」


 だが、幸いにしてリントヴルムたちは歩兵の援護もなく、前進することを避けられた。少数の歩兵部隊がリントヴルムに続いて、進むことになり、彼らは毒針の雨の中を駆け足で移動してリントヴルムの背後についた。


 それから前進だ。


 リントヴルム80体が前進を続け、並みいる木々を押し倒し、踏みつぶし、スワームを探して前進していく。だがなかなかスワームは発見できない。敵は後退しているのか、足音は僅かに聞こえても姿は見えない。


 敵はいるのか?


 兵士たちがそう疑問を感じていたときだった。


 突如としてリントヴルムの足元が崩れ、地面にめり込むようにして落下した。


「な、なんだ!?」

「何が起きた!?」


 兵士たちは訳も分からずリントヴルムを失い、なお悪いことに混乱したリントヴルムが友軍のリントヴルムを踏み越えて前方へと進み出たのだ。


 そして、また崩れる足元。リントヴルム80体は見事に穴にあまり、動けなくなってしまっていた。リントヴルムたちはもがきにもがいて、この穴から抜け出ようとするが、いくらもがいても穴が深すぎて脱出できない。


「そこまでだ。ニルナール帝国の兵士ども」


 動けなくなったリントヴルムたちの前に現れたのはセリニアン、ライサ、そして無数のジェノサイドスワームたちだった。


「ここが貴様らの墓場だ。死ぬがいい」


 セリニアンは冷たくそう宣言すると、一気にニルナール帝国軍の兵士に向けて駆ける。狙うは兵卒ではなく、将校だ。将校は鎧に凝った細工をしているからすぐに分かる。ベトナム戦争中は将校は狙撃を避けるために階級章を取ったそうだが、彼らは兵士たちより格上であることを示すために着飾ていた。


「そんな──」

「はあっ!」


 セリニアンの一撃でニルナール帝国の将校の首が刎ね飛ばされた。


 鮮血が吹き上げ、将校の体がぐらりと揺らいで地面に崩れ落ちた。


「罠だ! これは罠だ! 逃げろ!」

「誰も逃がしませんよ?」


 兵士のひとりが叫びながら逃げ出すのをライサが背中から射抜いた。


 逃げようとする兵士たちは次から次に射抜かれていき、地面に崩れ落ちていく。浴びせる矢には念には念を入れてケミカルスワームの毒が使用されている。


「ライサ。誰も逃がすな」

「ええ。逃がしません」


 同じエルフたちを殺されたライサの復讐心は固く、鬼気迫る様子であった。彼女は逃げようとするニルナール帝国軍の兵士たちをひとり残らず皆殺しにした。


「敵の歩兵は全滅かい、ライサ?」

「はい、女王陛下。後はケミカルスワームとポイズンスワームの毒針の雨で動けない兵士たちを始末するだけです」


 戦場に姿を見せたのは、この血生臭い戦場には場違いな少女──アラクネアの女王グレビレアだ。彼女が冷たい目で死んでいるニルナール帝国軍の兵士たちを眺め、地面の穴であがいているリントヴルムたちを眺める。


「リントヴルムにも死んでもらおう。この冷血の爬虫類にも等しい死を」


 穴でもがくリントヴルムたちを見てアラクネアの女王はそう告げる。


 すると、ケミカルスワームが群れを作ってリントヴルムたちに集まり、毒針を差し込む。流石にゲーム中最高レベルのタフネスを有しているリントヴルムであってもケミカルスワームの毒針に、一斉に刺されれば命はない。リントヴルムは穴の中で痙攣し、穴の中で肉汁に溶けていく。


 この穴を用意したのはディッカースワームたちだ。


 ディッカースワームたちに事前に地面が崩れないギリギリの範囲を掘らせ、そこにリントヴルムを誘い込んだ。リントヴルムは見事にアラクネアの挑発に乗って前進し、穴にはまって動けなくなった。


 それを始末するのは実に容易い。ものの数分でリントヴルムたちは始末された。


「さあ、残るはリントヴルムを失った兵士たちだ。惨めな兵士たちだ。だが、憎むべき敵だ。奴らに報いを受けさせろ、諸君」

「了解です、女王陛下」


 アラクネアのが女王が命じるのにセリニアンとライサが応じる。


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