エルフの森の戦い
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──エルフの森の戦い
エルフの森南部。
樹齢千年を超える樹木が押し倒され、踏みつぶされる。
80体のリントヴルムの群れは圧倒的踏破能力を発揮し、エルフの森の木々をなぎ倒していった。エルフたちがこれまで神からの授かりものだとして崇めていた木々がリントヴルムによってなぎ倒される。
「この調子ならばシュトラウト公国までは数週間だな」
このリントヴルムの群れを指揮する指揮官がそのようなことを告げる。
「上手くいくのでしょうか? エルフたちは罠を仕掛けると聞きますが」
「ふん。エルフ程度の罠でリントヴルムの群れが止まるはずもない。我々はこの森を横断し、シュトラウト公国を攻める。そしてシュトラウト公国を打ち倒したら、そこからフランツ教皇国に侵攻し、アラクネアの化け物どもを挟み撃ちだ」
フェリックス作戦。
その内容はシンプルだ。
リントヴルムの群れでエルフの森を切り開き、シュトラウト公国へと侵攻する。そしてシュトラウト公国のアラクネアを打ち破ったら、フランツ教皇国に侵攻。東部商業連合で足止めを食らっているアラクネアの部隊をフロース川の部隊と共に挟撃する。
エルフの森への侵攻は着実に進んでいる。
敵は自分たちがエルフの森を通過するなどとは思わなかったらしく、碌な防衛準備は行われていなかった。ジェノサイドスワームたちが一定数配置されていたが、ニルナール帝国軍はリントヴルムを突撃させるだけでよく、今のところ犠牲者はゼロだ。
「このまま1週間と数日でエルフの森を突破するぞ。エルフの森さえ抜けてしまえば、天然の障害となるものはない。敵の要塞線はリントヴルムで突破できるのは証明済みだ。敵に変異体が存在しなければ、な」
変異体。それはセリニアンやライサのことを指し示す。
彼らは変異体を警戒していた。これまでの作戦が失敗した原因は変異体にあるとして。そう、セリニアンやライサの能力は極めて高く、一般のスワームを相手にするのとはわけが違うのだ。
変異体が出現したらリントヴルムを最低3体で相手する。ワイバーンの航空支援も可能ならば実行する。それが新しく定められた帝国軍の作戦規定に盛り込まれた内容であった。彼らはそれほどまでにセリニアンたちを警戒しているのだ。
事実、南東部からの侵攻も、フロース川からの侵攻も、セリニアンたちの活躍によって粉砕されている。彼女たちはニルナール帝国にとって、あまりにも危険な存在となっているのだ。
出会えば確実に仕留められる手段を使え。
ニルナール帝国軍上層部がそう指示するのも無理はない。
「作戦は順調に進行中だ。奴らの主力は東部商業連合にいるのがワイバーンの偵察飛行で確認されている。今回ばかりは我々の勝利であろう」
ニルナール帝国軍の将校がそう考えたときだった。
「ぐげっ……」
不意に隣の副官の胸に弓矢が突き刺さり、彼が馬から落馬して地面に転がる。
それを合図にしたかのように無数の弓矢がリントヴルムが作った道を行進中だったニルナール帝国軍の兵士たちに降り注いだ。
重装歩兵であるニルナール帝国軍の歩兵はある程度の攻撃は防げたが、幾分かの弓矢は肉に突き刺さり、酷い苦痛と共に毒の影響を与える。そう、飛んできている弓矢には毒が塗られているのだ。
「全周警戒! 全周警戒! 何事だ!」
「エルフです! エルフどもの攻撃です!」
攻撃を仕掛けてきたのは、このエルフの森に暮らすエルフたちだった。
エルフたちはバウムフッター村以外の場所にも存在している。それぞれの村長たちがアラクネアと契約してアラクネア領内での自治権を得ていた。
だが、今やその自治権が脅かされようとしている。ニルナール帝国軍の侵攻だ。
彼らは太古の時代から祖先たちが神を崇めるがごとく祭ってきた森の木々を蹂躙し、村に近づいてきている。よってエルフたちは武器を取り、戦いへと向かった。ニルナール帝国軍のこれ以上の前進を阻止するために。
最初の攻撃は成功だったといっていいだろう。ニルナール帝国軍の兵士たちは森からの攻撃に混乱し、次々に倒れていく。エルフたちが戦に使う毒を塗った弓矢は、ニルナール帝国軍の兵士たちの命を奪った。
だが、その一方的な戦いが続いたのも僅かな時間だった。
ニルナール帝国軍が態勢を整えなおし、リントヴルムと共にエルフたちの潜む森に向けて進んできたのだ。
「怪物だ! 怪物が来る!」
エルフたちがそう叫ぶころにはリントヴルムは眼前に迫っていた。
エルフたちは森の奥地に逃げ込むが、リントヴルムとニルナール帝国軍の兵士たちは追撃の手を緩めはしない。逃げるエルフたちの後方からクロスボウや長弓が放たれ、それがエルフたちの背中に突き刺さる。
足を射られたエルフは動けなくなり、そのままリントヴルムによって踏みにじられる。だから、エルフたちは傷を負った仲間をなんとか脱出させようと、肩を貸して負傷者を森の奥へ、奥へと引き摺っていった。
「野蛮なエルフどもめ」
ニルナール帝国軍の将校は発生した被害を見てそう告げる。
歩兵20人程度弓で射られて、死んでいた。軍馬も2、3匹やられている。
それに対するエルフたちの犠牲は50名を超える。
「前進を再開しろ! エルフどもなどに邪魔されるな! 前進だ、前進!」
ニルナール帝国軍は前進を再開し、エルフの村──バウムフッター村へと迫った。
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私にとって空路というのは賭けだった。
ニルナール帝国軍には無数のワイバーンが存在する。ワイバーンの火力は馬鹿にならない。いくらグリフォンスワームが立派な猛獣たちだろうと、焼き鳥にされかねないことであった。
だが、今回ばかりは時間がない。
既に敵はエルフの森の奥地まで迫っている。その先にはバウムフッター村がある。
「陛下! 陛下は安全な場所におられた方が!」
「これは私抜きでやってほしくない戦いなんだ」
私は約束した。エルフの森のエルフたちに。
彼らを守り、彼らが自治を行う権利を。
それを破られてなるものか。私は彼らにしかと約束したんだ、彼らと。彼らがこれから異端者狩りや騎士団に怯えずに過ごせる生活を。
そして、私はこの見知らぬ土地に来たとき、最初にもてなしくれたエルフたちのことを忘れてはいない。彼らは右も左も分からない私にこの世界について教えてくれて、かつ温かいスープでもてなしてくれた。
あの時食べたスープの味はまだ覚えている。野菜の味が豊富で、一口一口が温かい味をしたスープだった。これまで食べたことのない、私を安堵させてくれる味だった。この世界でひとりで生きていかなくてもいいと知らせてくれる味だった。
だから、許さない。エルフの森を蹂躙することは。
「女王陛下。眼下にリントヴルムを確認。40頭ずつ列になって前進しています」
「やはりリントヴルムを使っているか」
私たちの眼下にはリントヴルムが木々を押しつぶしながら前進しているのが見えた。
「バウムフッター村はこの傍じゃないか?」
「はい! この傍です! 急がないと!」
私が尋ねるのにライサが必死になって告げた。
「分かってる。急ごう。拠点のスワームたちも動かしている。彼らがこの戦いに間に合えばいいんだが……」
私の中には焦りがあった。
バウムフッター村はすぐ傍だ。そこをニルナール帝国のリントヴルムが前進している。バウムフッター村が蹂躙されるのは時間の問題だ。私が庇護を約束した不可侵領域が蹂躙されるのは本当に時間の問題なんだ。
「上空にワイバーン!」
私たちがグリフォンスワームで飛行しているときに、セリニアンが叫ぶ。
南の方角からワイバーンの編隊が私たちめがけて飛行してきていた。
「女王陛下は降下を! ここは私たちが相手します!」
「任せた、セリニアン!」
私が無理についてくると言い張ったばかりにセリニアンまで慣れない空中での戦いに持ち込まれた。こうなったら何としてでもバウムフッター村を守ってみせなければ。そうでなければ割に合わない。
私のグリフォンスワームは急降下していき、私たちの最初の拠点に降下した。
「諸君!」
既に拠点では新たに緊急生産されたユニットがそろっていた。
「敵は我々の同盟者を脅かしている! 敵は横暴にして、強大! これまで多くの戦友たちが子の敵を前にして散っていった! だが、それに易々と屈する我々ではない! 我々は敵を打ち倒し、我らが同盟者と我らが領土を守ろうではないか!」
私は叫ぶ。集まったスワームたちに向けて叫ぶ。
「我々はアラクネア! 聞くものを怯えさせ、見るものを震えさせ、語るものに悪夢を植え付ける存在だ! 我々は敵が何だろうと屈さない! 我らが名を汚させるように行為は許さない! 諸君、戦いの準備はいいか!」
「女王陛下万歳!」
私の身近な演説にスワームたちが万歳の声を上げる。
スワームたちはいつでも戦える。目にもの見せてやるぞ、ニルナール帝国。
「では、作戦を説明する。今回の作戦はシンプルだ。そう難しいことではない。いつものように、ね」
私はスワームたちの集合意識に触れながら、作成概要をアップロードし始めた。
戦いの時は迫っている。
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