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村づくり(2)

…………………


 難民キャンプの設営が始まった。


 まず確保すべきは上下水道。水が確保できなければ人々は暮らしていけない。


 私たちは井戸を掘って生活用水を確保するとともに、それが汚染されないように下水道を整備した。ワーカースワームは大工職人のやり方を真似して覚え、あっという間に上下水道は完成した。


 家を建てるのもワーカースワームの仕事だ。ワーカースワームには足腰が弱い老人向けのスロープ付きの仮設住宅や、大家族向けの大型仮設住宅などを設営した。正直、大工職人の指導があるといえども立派な仮設住宅を作るものだから、戦争が終わったら建築事業を始めようかと思うぐらいだった。


「そっちの蟲はよく働くな。こんなのが来られたら俺たちは失業だぞ」

「安心しろ。私たちは諸君の仕事を奪うようなことはしないよ」


 大工の親方が愚痴るのに私がそう請け負う。


 私たちは建築業をやるかもしれないが、それは東部商業連合でではない。私たちの蹂躙によって人がいなくなってしまったマルーク王国やシュトラウト公国において、移民を促進するために行うだけだ。


 私たちはたっぷりと殺した。正義の御旗の下に。


 だが、殺すだけでは文明は発展しない。何も育たない。人を育て、家畜を育て、作物を育てて初めて文明が発展する。そうじゃないか。


 アラクネアだってアンロックされた建物を建てて、新しいユニットを解放していくことで発展するのだ。それは人間の営みとはちょっと異なるが、完全に別物というわけでもないだろう。


「この調子だと、あと3、4日で難民キャンプは完成だな。衣食住の住が保証されれば、後は衣と食だ。それは難民たちに努力してもらうより他ない。難民もこれだけの家があれば、安心して新しい事業を始められるだろう」


 そうであることを願いたかった。


 彼らが難民となったのは理由はあれど、私たちとの戦争の影響だ。戦争の当事者のひとりとしては、戦争が終わった今、彼らが元の生活に戻れるのを願うばかりだ。もう、異種族を弾圧する王様や、臆病者の公爵、異端者狩りなんて始めた枢機卿を信じなければいいのだが。


 まあ、歴史は繰り返すというから、また戦争が起きるのだろう。


 そして、これからのアラクネアをどうするか、だ。


 私たちは東部商業連合と同盟したことによって仮初でも人間味を演出しなければいけなくなった。前のように全てを踏みにじるような戦争のやり方でいいのだろうか?


 ニルナール帝国に関してはイエスだ。


 ニルナール帝国は東部商業連合を脅かし、ワイバーンは首都ハルハを焼いた。その報いは受けさせてやるべきだろう。私は右を頬を殴られたら全力で鼻頭にパンチをお見舞いしてやる性格だ。


 ニルナール帝国の主要都市は全て破壊してやる。ドレッドノートスワームで蹂躙してやるのもいいだろう。ともかく、ニルナール帝国に今のままふんぞり返らせておくつもりだけはない。


「女王陛下。西地区の設営が完了しました」

「じゃあ、名簿を確認して入居者を入れてくれ。あまり脅かすんじゃないぞ」


 セリニアンが渋々という具合に報告に来るのに私がそう告げて返す。


 セリニアンはどうやら人間のためにわざわざ難民キャンプなど作ってやるのが気に入らないらしく、不平不満を集合意識からも感じ取れる。入居者をアラクネアに忠誠を誓わせてから入居させようとか考えている。


 まあ、しょうがない。セリニアンを含むスワームにとって人間は長らく敵だったわけなのだから。今更敵と仲良くしろと言われても困るだろう。


 だけれど、設定上元人間のセリニアンには人間の気持ちが分かってよさそうなものなのだが。彼女はどうにもアラクネア至上主義者だから、余計に人間は認めたくないのかもしれないな。


 しかし、人間の異教徒を庇ってアラクネアに下ったセリニアンは、もうそのことも忘れてしまっているのだろうか?


「セリニアン?」

「なんでしょうか、陛下?」


 私は疑問を感じてセリニアンに尋ねる。


「君は異教徒の子供を庇って、騎士団から追われ、アラクネアに下ったことは覚えているのかい?」


「はい。卑劣な騎士たちから子供を庇って、私はアラクネアの庇護に下ったのです。そのことは確かに記憶しています」


 やっぱりセリニアンは自分の設定をちゃんと覚えている。


「だったら、人間をそんなに無下に扱わなくてもいいじゃないか。人間たちの中にはセリニアンが助けたような子供もいると思わなくては」


「ですが、人間は我々の敵です。その子供も結局は追っ手が放った弓矢を受けて、最後は苦しみながら死にました。人間は許されざる敵です。敵であるならばこちらが滅ぼされる前に滅ぼさなければ」


 やれやれ。セリニアンは頑固だな。


「これからは人間も同盟者だ。現に君は傭兵団のコンラードなどと共に戦っているじゃないか。これからは彼らを少しは信頼してみせなければ。こういうのは譲歩のし合いが、関係改善につながるんだ」


「人間との関係改善など……」


 私が告げるのにセリニアンが小さく呟く。


「そこのお嬢さんたち。私たちが入る家はこれでいいのだろうか?」

「待て。まずは名前を」


 セリニアンと私が喋りこんでいる間に、入居者がやってきた。


 セリニアンは名前を聞き取ると、正しい仮設住宅に案内した。


「転ばないようにスロープになっている。女王陛下のご配慮だ。気をつけるのだぞ」

「ありがたい、ありがたい。フランツ教皇国にいたらいつ異端者狩りに遭っていたか分かったものではなかったからね」


 セリニアンが自慢げに告げるのに、入居者たちは仮設住宅に入っていった。


「その調子だ、セリニアン。君の人間への対応はそこまで間違っていない」

「そ、そうですか? 私にとっては憎むべき敵なのですが……」


 なんだかんだでセリニアンは人間社会に溶け込んでいるように思える。


「ライサはどうしているだろうか?」


 ライサも人間には恨みがあるだろう。人間しか認めない騎士団にリナトを殺された恨みはまだ残っているはずだ。セリニアンより真新しい記憶なだけあって、恨みはより強いように思われる。


「ほら! これをこうすると!」


 そんな心配をしてライサを見に行くと彼女は子供たちと遊んでいた。


 背中から生えた脚を使って器用にお手玉をしている。曲芸師顔負けだ。子供たちはその様子を眺めてきゃいきゃいと騒いでいる。


「ライサ。調子はどう?」

「はい! 順調ですよ! 既に完成した仮設住宅への住民の案内は終わりました。今はこうして子供たちと遊んでいます」


 私が尋ねるのにライサがそう告げて返す。


「人間が憎くはないのか?」


「……リナトを殺された時は凄く憎かったですけど、全ての人がリナトを殺したわけではないですし。リナトを殺したのは騎士団とマルーク王国の王。それが死んだ今は人間をそこまで恨む必要もないかなって」


 ライサは前向きだな。そうだな。全ての人間がリナトの死を望んだわけではない。


 だが、それは戦争の引き金にはなった。私はそこで初めて戦争を始めたのだから。


「けど、ニルナール帝国の人たちはまだ許せませんよ。あれだけ楽しかったハルハをワイバーンで焼き払うだなんて。人として間違っています」

「そうだな。ニルナール帝国は私も憎い」


 地図から消し去ってやりたいほどに。


「いつの日かエルフだから、スワームだから、人間だから、異教徒だから、という理由で戦争が起きない日が来るといいんですけれどね……」


 ライサはそう呟いて、そっと髪を触った。ライサのエルフとしての耳は髪の毛で未だに隠されている。


「その願いはいずれ叶うよ、ライサ」


 私は希望を込めてそう告げて去った。


 セリニアンは徐々に適応しつつあり、ライサは適応している。


 他のスワームたちはどうなのだろうか?


 集合意識には別人間への憎しみの声はない。響いているのはニルナール帝国の怨嗟の声だけだ。ニルナール帝国を滅ぼすべきだという意見が集合意識の中でこだましていた。その憎しみのコーラスはよく響く。


「ニルナール帝国を滅ぼさなければな……」


 皇帝マクシミリアンが何を考えているかは知らないが、これだけのことをしてくれたんだ。報いは受けてもらおう。都市のひとつふたつが消滅することは覚悟しておけよ、マクシミリアン。


 だが、マクシミリアンはどう動くつもりなのだろうか……?


 フランツ教皇国に攻め入った南東部の部隊は撤退し、なのに兵力の補充は行われている。まっとうに考えるならば、フロース川を再渡河して侵攻する場合だ。だが、マクシミリアンがそんな簡単な手を取るとは思えない。


「そうだ。兵力を南東部に集結させているのは、まさか……」


 私の中で最悪の状況がよぎり、私はリッパースワームにのって冒険者ギルドに急ぐ。


「ケラルトはいるか!」

「ギ、ギルド長は二階です」


 私はその言葉を受け取ると、二階に駆け上り、ケラルトの執務室の扉を開いた。


「ケラルト! エルフの森に冒険者はいるか!」

「それをお話ししようと思っていたところです」


 私が尋ねるのに、ケラルトが静かに告げる。


「ニルナール帝国の大部隊がエルフの森への侵攻を開始しました。例のリントヴルムという怪物に道を均させ、街道を作りながら前進しているようです。兵力規模は約45万。リントヴルムは80体」


 やはりか。やはりエルフの森に目を付けたか。


 気付くのが遅すぎた。エルフの森は碌な道もなく、大規模な兵力が移動するのは無理だろうと考えていたが、連中にはリントヴルムという特大の重機があるのだ。それを使えば道のないエルフの森に道を作れる。


「ただちに対処しなければ。幸いエルフの森には我々の拠点のひとつがある。それを使えば何とか……」


 本当に何とかなるのか?


 いや、なんとかするんだ。


 エルフの森のエルフたちが蹂躙されるなんてごめんだ。


「我々は軍を動かす。そちらは冒険者で偵察を続けてくれ」

「理解しました。傭兵団はどうしますか?」

「傭兵団には本土防衛を」


 私とケラルトは慌ただしく言葉を交わすとそれぞれの戦場に向かった。


 エルフの森。私が庇護を約束した場所。そう簡単に破られてなるものか。


…………………

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