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村づくり

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 ──村づくり



 私たちは休暇である温泉旅行を終えて東部商業連合に戻ってきた。


 心なしか肌がぷにぷになのが嬉しいところだ。


「さて、問題だ」


 私たちが温泉旅行に行っている間にもニルナール帝国軍はほとんど動いていない。補給の難しい南東部の勢力は撤退しつつあるようだが、皇帝マクシミリアンの次の一手が読めない。


 シュトラウト公国戦線には新型のスワームを配備しつつ、後方予備軍を編成して事態がどう転んでも対抗できるように手配している。だが、本当に何かが起きたとき対処できるかどうかは謎だ。


 それから私は二体目のドレッドノートスワームを作るための資源蓄積も始めた。1体はフロース川でにらみを利かせ、もう1体はシュトラウト公国戦線付近に投入して突破の役に立てようかと考えている。


 だが、ドレッドノートスワームを生産するコストは恐ろしく高い。


 普通のリッパースワームが牛一頭の肉団子でできるとすれば、ドレッドノートスワームは牧場丸ほど食べ尽くしても足りないという規模だ。正直、あれだけ機動力の遅いユニットをあまり多くは作りたくはない。


「女王陛下。攻められないのですか?」

「向こうに何が待ち受けているか分からないのに下手に兵力が動かせないよ」


 セリニアンが尋ねるのに私がそう返す。


 私たちはリッパースワームの威力偵察などでニルナール帝国の動向を探っているが、ニルナール帝国がどう動くかについては情報が少なすぎる。


 ワイバーンやリントヴルム以外のグレゴリアのユニットは存在するのか? 存在するとすればどれほどの数のユニットが存在しているのか? グレゴリアのユニットは今も生産可能なのか?


 分からないことが多すぎる。


「どうにかしてマスカかパラサイトスワームを潜り込ませたいな……」


 これまでの戦いでは事前に難民に紛れてマスカレードスワームを潜入させ、パラサイトスワームで中枢に潜り込んでいた。


 だが、今回はそうはいかない。


 ニルナール帝国はひとりとして戦争難民を受け入れていない。彼らは国境を閉ざし、シュトラウト公国やフランツ教皇国で発生した難民をひとりとして受け入れていない。難民を受け入れる義務はないとして、彼らは国境を閉ざした。


 今や難民たちは東部商業連合に押し寄せ、東部商業連合では日に日に状態の悪化する難民キャンプをどのように扱うべきかを悩んでいた。


「そういえば難民キャンプが問題になっていたのだったな。あれをどうにかしたい」

「人間たちのために働くと? そのようなこと我々がせずとも……」


 私が告げるのに、セリニアンが渋い表情を浮かべる。


「私たちは今や同盟国を有しているのだ、セリニアン。同盟国を安堵させなければならない。私たちがただの化け物の群れだというわけではなく、人間味を持った存在であることを彼らにアピールしなければ」


 そうなのだ。我々は今や様々な面で東部商業連合にお世話になっている。こちらが彼らの国土を守るのを引き換えに、彼らは我々が必要とするものを提供する。


 その取引を維持するためにも、我々はあまり不審には思われたくない。ニルナール帝国が我々の分断を狙うならば、そこだろう。我々を信頼できない怪物の集団だと宣伝して回り、東部商業連合と我々の同盟をご破算にする。


 少なくとも私ならばそうする。


「ワーカースワームはフロース川の要塞線を築き終えた。ならば、次はちょっと大工に学習させてもらって、難民キャンプに仮設住宅でも作ろうじゃないか。そうすれば、少しはスワームたちも人間の信頼を得られるかもしれない」


「そうですね。同盟が分断されないようにするためには必要なのでしょう」


 セリニアンは渋々というように頷いた。


「さて、問題はどうやってニルナール帝国内部の情報を手に入れるかだ。ニルナール帝国の固く閉ざされた国境線を乗り越え、内部にマスカレードスワームとパラサイトスワームを侵入させるか……」


 スワームたちはゲームや映画に出て来るような特殊部隊ではない。映画のようなアクションで侵入するのは不可能だ。


 しかし、ひとつぐらいは方法はあるはずだ。


「空、はどうなっている?」

「空はワイバーンが哨戒飛行を行っています。グリフォンスワームならば振り切って侵入することも可能でしょうが、そこまで派手なことになると潜入には……」


 空もダメか。


 パラサイトスワームならばその頑丈さから空挺降下が可能なのだろうが。その空も封じ込められるとなると、他にどういう手段でスワームたちをニルナール帝国に侵入させればいいものか。


「そうか。ひとつだけ方法があるぞ」


 空がダメなら逆のものだ。


「まあ、アイディアは思いついた。後は実行できるかどうか考えておくだけだ。実験してみることも必要だろう。相当先の話になりそうだ」


 私は自分で思いついたアイディアを、保留の籠に入れておく。


「今は難民の家屋を建てることに尽力した方がいい。ワーカースワームを移動させよう。ワーカースワームも作ることがなくて暇をしている。防護壁を作り終えて、貿易品の家具を作っているだけだ」


「直ちに移動させましょう。しかし、どこに居住区を作るかはお考えで? 下手な場所に作りますと元居た住民を刺激します」


 そうだな。城壁で守られていない郊外ならば文句を言われないだろうが、あまり数が多すぎると従来の住民は不安に思うだろう。難民というのは得てして治安の悪化の原因となるものなのだから。


「新しい連合議長に話を聞いてみよう。どこなら、難民キャンプを建ててもいいかを」


 私はそう告げると、席を立ち、新しい連合議長に会いに行った。


…………………


…………………


「難民キャンプを建てたい、と。そう仰られるのですね」


 新連合議長──それはケラルトだ。


 ケラルトが連合議長選挙に勝利して、新しい連合議長に就任した。


「そうだ。そちらとしても難民には苦慮しているだろう。その手伝いをしてもいい、というわけだ。あくまで善意の申し出で、見返りを求めるものではない。しいて求めるとするならば、我々への信頼といったところだ」


 私はケラルトに向けてそのように説明する。


「信頼、ですか。我々はあなた方を信頼していますよ。同じく肩を並べて戦い、この東部商業連合を守り抜いたのですから」


「まあ、軍人や冒険者はそれでいいだろうが、一般市民は戦いのことなどそうは知らないだろう。我々はこれからの取引のために信頼を得ておきたい。無論、難民キャンプを建てるのが、その役に立つことではないというのであれば手を引くが」


 私たちは傭兵と冒険者たちからは信頼を得た。同じく肩を並べて戦い、ニルナール帝国の侵略を退けた彼らとは信頼関係にある。


 だが、一般市民はそうではない。我々と一般市民の間には種族という隔壁が存在している。スワームと人間が分かり合える日など来ないのかもしれない。それでも多少の理解は得ておきたいものだ。


「我々としては構いません。城壁の外、そこから街道に逸れた場所ならば、難民キャンプを設営することを許可します。ですが、揉め事はなしでお願いしますよ。我々は既にニルナール帝国と交戦状態にあるのですから」


「それは理解している。難民がニルナール帝国の扇動に乗らないと限らない。そのことを考えれば首都ハルハから離れた場所に難民問題は設営すべきだろう。楠見の反乱が起きても影響にない場所に」


 ニルナール帝国が難民を扇動して東部商業連合の内部崩壊を狙ったものがあるかもしれない。それは私たち全員にとって好ましくはない。国が内部分裂すれば、ニルナール帝国はそこに突破口を見出すだろう。


「では、ハルハの郊外以外の場所に難民キャンプの設営を許可します」

「承った」


 ケラルトが告げるのに、私が頷く。


「ところで、冒険者ギルドは何か新しい情報を掴んだか?」


「まだほとんどなにも。ニルナール帝国の内情を把握するのはとても困難です。ニルナール帝国には冒険者ギルドの力も及びません。ごく一部の冒険者がニルナール帝国周辺に潜伏して情報を送っていますが、それだけです」


 冒険者ギルドには期待していたんだがな。


 情報組織の冒険者ギルドは優秀だと私は気付き始めていた。彼らは冒険者ギルドの名であちこちの国に入り込み、そこから情報を本部に送る。食事の質から魔獣に対処する軍隊の規模まで。


 それらの情報は敵国がどのような状況にあるのか把握するのに役立つ。食事の質が落ちていればそれは経済の悪化を意味する。魔獣に対処する軍隊が少なければ、それはその国の軍隊の状況を示す。


「その僅かな情報では冒険者ギルドはどう分析している?」

「南東部のフランツ教皇国に侵攻した部隊は撤退準備中。ですが、新たに部隊を増強する気配ありと。これが何を意味するかは分かりかねますが」


 南東部から撤退しているのに部隊を増強?


 嫌な予感がする。マクシミリアンは嫌なことを仕掛けようとしているように思える。


「冒険者ギルドに増援の配置位置についての情報を求められないか?」

「難しいでしょう。我々の冒険者は既にかなりの危険を冒しています。これ以上の危険を彼らに強いるのは私としては望ましくありません」


 そうか。ケラルトにとっても冒険者たちは我が子のようなものか。


「分かった。情報は把握した範囲でいいので伝えてくれ。敵がフロース川を再渡河するとなるとこちらも準備が必要だ。あるいは南東部の撤退が本当に撤退なのか、それとも別の意志があるのか」


「こちらにとっても国防案件です。同盟国であるあなた方にはお伝えしましょう。分かれば、の範囲ではありますが」


 ケラルトは慎重だ。無意味な情報ではなく、真実だと確信できる情報のみを厳選するつもりなのだろう。それは頼もしくもあるが、ケラルトの審査を受けた情報しか手に入らないことになる。


「それで結構。では、我々は難民キャンプの設営に移る。そちらから大工を借りたいが構わないだろうか?」


「ええ。構いません。ハルハの復興は既にかなり進んでいます。こちらの計画通りに。ただ、またハルハが貿易の中心地となれるかは疑問ですが」


 そうか。ハルハの負った傷は深いものなのだな。信用というものに傷がついてしまうとそれを挽回するのにはかなりの労力を要する。建物は焼け落ち、何千名もが死傷したハルハの件でも私はニルナール帝国を許すつもりはない。


「では、私たちは難民収容施設の設営に移るよ。元はと言えば難民を生み出した原因は私たちにもある。責任は取ろう」

「アラクネアからそのような言葉が出るとは思いませんでした」


 私がそう告げて去ろうとするのに、ケラルトが意外な表情を浮かべた。


「私たちは全てを貪るだけで責任は取らないとでも思ったかい」

「それに近いことは。何せあなた方はこれまで全てを破壊してきたのですから」


 やれやれ。碌な印象は持たれていないな。


 だが、自業自得でもある。私たちの暴力には理由はあったが、あまりに過激だった。国ひとつが消滅するような暴力を振るっておいて、私たちは知らぬ顔して、次の戦争に備えていたのだ。


 これからは少し改めねば。


 サンダルフォンに人の心を忘れないと約束したのだから、ね。


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