マルーク王国
本日2回目の更新です。
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──マルーク王国
「ふむ。聖アウグスティン騎士団が壊滅した、と……」
その驚くべき報告を聞くのはマルーク王国国王イヴァン2世である。
「しかし、敵はただのエルフたちだったのでしょう? それが我らが精鋭である聖アウグスティン騎士団を壊滅させたとは信じられません」
国王イヴァン2世ににそう告げるのは宰相のスラヴァ・スミルニツカヤ侯爵だ。
「だが、実際に騎士団は壊滅している。早急に対策を練らなくては。予想外の敵が出現したのかもしれません。南のニルナール帝国が侵略を試みている可能性もあります。ニルナール帝国はかねてから我が国の領土を狙っていた」
更に告げるのは軍務大臣のオマリ・オドエフスキー侯爵。
ニルナール帝国は南部一帯の弱小国家群を併合し続け巨大化した軍事大国であり、ここ数年はマルーク王国にも領土的野心を隠さなくなり始めていた。今はテメール川という自然の障害があるためにニルナール帝国は北進してくることはないが、エルフの森を経由すれば、マルーク王国に攻め込むことができると指摘されていた。
だが、エルフの森には碌な街道もなく、魔獣も出没するため、まずニルナール帝国がエルフの森を経由して侵攻してくることはあり得ないと考えられている。
「ニルナール帝国皇帝マクシミリアンは信用の成らない男だ。あの男は平和を約束してすぐにそれを破り、南部諸国を平らげた。そんな国ならば何をしてもおかしくはない。エルフたちを買収して、進撃路を確保したのかもしれん」
「エルフたちは信用なりませんからな」
人間と亜人の間の確執は大きい。エルフは人間を恐れ、ドワーフは人間を嘲り、人間たちはどちらも下等だと思っている。
エルフたちは森を住処にし、都市を作ることもできない野蛮人だと人間たちは思っていた。森の木々を信仰し、光の神を信仰しない信用の成らないものだちだと。
「エルフを殲滅するべきかもしれません。森からエルフを一掃すれば、ニルナール帝国はエルフたちを利用して我が国に侵攻することは不可能になると思われます」
「そのために必要な兵力はどれほどになる?」
「5000名もいれば十分でしょう。エルフたちは弱い。奴らの弓矢は我々の甲冑を貫けません。訓練された兵士が5000名もいれば東部の森からエルフたちを一掃し、王国に安寧をもたらすことができます」
イヴァン2世が尋ねるのに、オマリがそう答える。
「だが、聖アウグスティン騎士団が壊滅した件はどうなる。既にニルナール帝国はエルフの森にいるのではないか。それを撃滅するにはもっと兵力を動員しなければ」
「確かにその通りでした。ですが、エルフの森で兵站を維持するのはかなり苦労するはずです。エルフの村から徴収しても、大した食料は手に入らないでしょう。森にいるエルフは1000名程度と聞いておりますからな」
スラヴァが告げるのに、オマリは些か考え込んだ末にそう告げた。
「ふん。となると、何万という戦力がエルフの村に潜んでいるわけではなさそうだな。聖アウグスティン騎士団を殲滅できるだけの戦力ではあるが、まだ本格的な侵攻が行えるだけの戦力はないと?」
「そうでしょう」
イヴァン2世の言葉にオマリが頷いた。
「では、それを想定した場合、森の中のエルフとニルナール帝国の兵力を撃滅するのに必要な戦力はどれほどだ?」
「1万から2万。それで確実です。些か大きな出費となりますが、それだけの数があれば敵が何だろうと打ち破れるはずです」
1万から2万の兵力。総兵力20万を動員できるマルーク王国では僅かな規模だが、無視できない軍事的な出費となる。それもいるかどうかも分からないニルナール帝国の軍隊と戦うことに備えてのことなのだから。
「しかし、本当にニルナール帝国の軍隊なのだろうか……」
「それ以外に考えられません。まさかフランツ教皇国やシュトラウト公国が攻め込んでくるとでも? あり得ませんよ」
イヴァン2世が考え込むのに、オマリがそう告げた。
「まあ、今はそう想定するしかないだろう。では、明日にでも軍を招集し、エルフの森に向かわせよ。そして、敵を殲滅するのだ。ひとり残らず殲滅せよ」
「それと同時にニルナール帝国大使に外交的に部隊を撤退させることを求めましょう。しらを切るかもしれませんが、しらを切ればエルフの森にいる部隊をどうしようが構わないということです」
イヴァン2世が命じ、スラヴァがそう告げる。
「では、そのように。勝利の知らせを期待している」
「はっ。必ず勝利しましょう」
この時点ではマルーク王国の人間は誰も気づいていなかった。
彼らが懸念するエルフの森に潜んでいる存在がニルナール帝国の先遣部隊などではないということに。
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マルーク王国王都シグリア。
そこで華々しく閲兵式が行われていた。
甲冑を纏った歩兵たちが鼓笛隊のリズムに合わせて通りを行進し、戦場の華である騎兵が蹄の音を響かせて行進する。
動員されるのは1万5000の戦力だったが、実際にここで閲兵するのはそのうちの一部だけだ。既に先遣部隊はエルフの森に近いリーンの街に進んでおり、それに続いてここで閲兵している部隊が移動する。
「魔術師部隊の姿が見えないが」
「彼らはこの手の閲兵には慣れておりませんんで」
1万5000の戦力の中には魔術師部隊も動員されている。戦場で火力支援や、後方支援を行うための部隊で戦闘には欠かせない存在だ。彼らがファイアボールで多連装ロケット弾のように戦場を薙ぎ払い、怪我をした者たちを治癒するのは奇跡を見るようだ。
「お父様。この戦いには勝利できるでしょうか?」
「我が国が誇る屈強な戦士たちだ。エルフやニルナール帝国の兵士など蹴散らしてしまうだろう」
イヴァン2世に尋ねるのは、第2王女のエリザベータだ。
歳は12歳ほどとまだ幼く、その青い瞳には行進する軍隊を見つめる好奇心が詰まっていた。目の前で行進する軍隊が、興味深くてたまらないという具合だ。
「エルフたちは邪悪な生き物だと教わりました。森の中に潜み、猟師たちを襲っては、皮を剥いで切り刻み、食べてしまうのだと」
「その通りだよ、エリザベータ。奴らは邪悪な生き物だ。見た目こそ美しいものが多いが、その本性は邪悪な精神に染まっている。もし、奴らに正しい心があれば今頃は光の神を崇めているはずだからな」
エリザベータが震え上がって告げるのに、イヴァン2世が優しく頭を撫でてやった。
光の神。聖光教会が崇める唯一神だ。大陸全土で信仰されており、これ以外の神を崇めるものは邪教徒だとして迫害されている。エルフたちも、光の神ではなく、森の神々を崇めているために迫害の対象だ。
「エルフが根絶やしにされるといいですね。彼らのようなおぞましい生き物が存在するなんて恐ろしくて眠れません」
「全くだ。我々の国土にエルフが存在することを許していたのは失敗だった。もっと早急に奴らを殲滅するべきだったのだ。そうすれば今頃はこのような大規模な軍勢を動員せずとも済んだことを」
光の神を崇めないものは人間以下の存在。亜人であるならば、生きる権利すら与えられない。それが今のこの世界のありようであった。
「光の神に祈りましょう。彼ら光の神のご加護を受けて、邪教徒たちを屠ることを。そして、王国に平和をもたらしてくれることを」
「ああ。祈ろう。邪悪なエルフたちがひとり残らず駆逐され、ニルナール帝国の侵略の野望が潰えることを」
1万5000名の王国軍から派遣された戦力は東方鎮守軍と呼称。彼らは王国と王女の祈りを受けてエルフの森へと進軍していった。
そこで待ち受けているものも知らずに。
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今日の更新はこれで終わりです。