フロース川再攻撃(3)
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3体目のリントヴルム。
既にそれはジェノサイドスワームたちの攻撃を突破し、二層目の防護壁に手をかけていた。それは段々とこちらの対処速度が追い付いていないことの証明に他らない。私たちは敵の攻撃に追いついていない。
「セリニアン! なるべく急いでくれ! 次のリントヴルムは二層目の防護撃を突破していてもおかしくはない! 第二層目を突破されたら後は突き進まれるだけだ!」
「了解しました、女王陛下」
私は慌てていた。
敵の速度はこちらが思っているよりずっと速い。
こちらがようやく1体のリントヴルムを倒すときには、2体のリントヴルムが突破を始めている。このままでは防衛に間に合わない。私たちがもう1組いなければ、我々はリントヴルムラッシュを防ぐことができない。
「間に合ってくれ。頼む!」
セリニアンが苦戦しながら3体目のリントヴルムを倒す。
ライサとコンラードの傭兵団たちも連携して戦う。彼らの連携は次第に増していく。だが、それでも遅すぎるんだ。間に合っていない。このままではリントヴルムの前進を阻止できない。
「おい、女王陛下! このままじゃ間に合わないんじゃないのか!?」
「ああ。間に合わない。このままならリントヴルムたちに突破されてしまう。後方から迫りくるニルナール帝国軍の兵士たちを阻止することもできない」
コンラードが叫ぶのに、私が厳しい表情で告げて返す。
「だが、手がないわけじゃない」
私は奥の手を使うことにした。
「ファイアスワーム、自爆だ」
私は二層目の防護壁に首を突っ込んだとき、二層目の防護壁に隠れていたファイアスワームが一斉に自爆した。ファイアスワームはその衝撃でリントヴルムの頭部を激しく揺さぶり、引きちぎりかける。
「これで二層目の防護壁は消えたも同然だ。与えたダメージが二層目の城壁を破壊するより時間を稼いでくれることを祈るだけだ。そうでなければ……敗北が待っている」
そう告げながら、セリニアンたちの戦いぶりを見つめる。
ファイアスワームの自爆攻撃で多くのリントヴルムが頭部に衝撃を受けた。ふらついた頭で何もすることのできないリントヴルムたちを屠るのはセリニアンたちにとっては容易なことであった。
糸で絡めて動きを封じ、ライサが眼球を潰し、セリニアンが首を刎ねる。それでも足りなければ傭兵団が即席の破城槌を以てして、突入し、わき腹に大穴を開けてやる。どこまでも連携の取れた戦いだ。
3体、4体、5体とリントヴルムが葬られる。
「遅い。これでも遅すぎる」
私はセリニアンたちが快進撃を続けても、状況に焦っていた。
既に最初の爆発を突けてリントヴルムたちは迂回を始めている。既に吹き飛んだ場所に向かって突き進み、セリニアンたちが対処できる数をオーバーしたリントヴルムの群れが押し寄せ始めている。
「やむを得ない。第二撃だ」
私は集合意識に指示を飛ばし、ユニットがそれを受諾する。
現れたのはリッパースワームにしがみ付いたファイアスワームだ。ファイアスワームそのものの機動性は低いが、リッパースワームに背負わせることで機動力を賄うことができる。そう、相手の背中に飛び乗れるほどの。
ゲームにはなかった戦法。いや、今や全てがゲームとは違う。私はゲームのようにはユニットを動かせていない。情が湧きすぎてしまっていて。
リッパースワームに背負われてリントヴルムに飛びついたファイアスワームが自爆する。リントヴルムが衝撃に揺さぶれられ、大ダメージを負ったことが分かる。だが、これで終わりではない。
私は待機させておいたリッパースワームとファイアスワームを次々に突っ込ませる。リントヴルムの群れは大混乱に陥り、川に向かって逃げ出すものや、二層目の防護壁に突っ込んで頭部を吹き飛ばされるもの、セリニアンたちに突っ込むものに分かれた。
「セリニアン。こちらでできることは全てやった。残りはそちらに任せる。頼む」
「お任せを、女王陛下」
セリニアンの掛け声は心強い。
「やってみせます!」
頑張ってくれ、ライサ。
「おう。任せとけよ!」
コンラード。君たちにも期待している。
「さあ。やるぞ!」
コンラードが麻痺毒を塗った弓矢を浴びせかけ、ライサも麻痺毒付きの弓矢をリントヴルムの顔面の感覚器を狙って狙撃する。眼球を潰されたリントヴルムがますます暴れて、近くにあるものを手当たり次第に破壊する。
これでは手におえない。力尽きるのを待つしかないのか?
「はああっ!」
それでもセリニアンは突撃した。
暴れ狂うリントヴルムに向けて突撃し、その胸に長剣を突き立て、喉笛を掻き切る。
セリニアンの戦いぶりは凄いの一言だ。
あれだけ暴れまわるリントヴルムを相手に怯まず突撃し、そして戦うことができるなど私には信じられない。あんなに暴れまわる巨獣を相手にしては、私はただただ逃げ出すしかないだろう。
どうやらライサとコンラードたちも同意見らしく、セリニアンの戦いに息を飲んでいる。攻撃の手も思わず止まり、セリニアンがひとりで1体、2体、3体とリントヴルムを切り倒して行っていくのを見つめていた。
「だが、これは何か策を考えないとな……」
ファイアスワームの自爆攻撃と、セリニアンの賭けた戦いではあまりにも不安定だ。もっと他に確実な手段が必要になってくる。セリニアンだけに重荷を押し付けなくとも済む戦い方が。
「これで! 10体目!」
セリニアンは10体目のリントヴルムを切り捨てて叫ぶ。
これで残り90体だ。
それも怒り狂うリントヴルムが90体だ。
「上空にワイバーンだ!」
そこでコンラードの傭兵団が声を上げた。
忌々しいことにこの場にワイバーンが乱入しようとしていた、あれだけいたポイズンスワームたちはリントヴルムの攻撃で敗走し、今ある対空ユニットは皆無だ。
「急降下してくるぞ!」
もう間に合わない。
「てあっ!」
そこでライサが動いた。ライサの放った弓矢がワイバーンの頭を貫き、頭を貫かれたワイバーンが落下していく。1体、2体、3体と次々にワイバーンが射抜かれては落下していく。そうかライサは対空攻撃もできるのか。
だが、それでも数体のワイバーンが抜け、地上に炎をまき散らした。
セリニアンが炎を浴び、炎で姿が見えなくなる。
「セリニアン!」
私は集合意識を通じて呼びかける。反応してくれるように願いながら。
「大丈夫です、女王陛下……!」
セリニアンは無事だった。
いや、完全に無事ではない。ワイバーンの火力を受けて、セリニアンの青ざめた鎧は黒く焦げていた。セリニアン自身の体も焼けただれた跡が残っている。
「セリニアン! もういい! この防衛線は放棄する! 退却しろ!」
「いいえ! 敵はここで防ぎます!」
私が次の防衛線の準備などしていないことは集合意識を通じて知られている。セリニアンはこの最後の防衛線を守るために剣を構え、敵に向かい。
「何をぼさっと見てる! 俺たちは傭兵団だ! 野次馬じゃない! 戦うぞ!」
「応っ!」
コンラードたちも麻痺毒を塗った弓矢をリントヴルムに浴びせかけ、少しでもセリニアンの戦いが楽になるように努力する。
「女王陛下」
「何だ、ライサ」
その状況でライサが呼びかけてきた。
「セリニアンさんは限界です。私が援護して時間を稼ぎますので、その間に次の防衛線の準備を。敵は確実に出血しています。防衛線が重なれば、撤退を考えるはずです」
ライサはそう告げる。
そう、撤退を考えるはずなのだ。
虎の子だろうリントヴルムがこれだけやられて、敵が損耗を認識していないはずがない。それに私の読みが確かなら、敵は本気でここからハルハに向かうつもりはない。敵はこのフロース川をどうにかするだけで精一杯のはずなのだ。
「分かった。第3防衛線を準備する。ワーカースワームたちは働きたがっている。戦えない彼らはこうやって建物を建てることで初めて貢献できるのだから」
私はそう告げると、ワーカースワームに第3防衛線の構築を始めさせた。
だが、後方に下がれば下がるほど構築しなければならない防衛線は長くなる。ワーカースワームを総動員しても間に合うかどうかは分からない。
私は心の中で間に合ってくれと必死に願う。このままではセリニアンが危ない。
「やああっ!」
セリニアンが次のリントヴルムを切り倒した。
麻痺毒を受けて動きが鈍くなっているリントヴルムに対して、セリニアンの動きは素早い。だが、段々と速度は落ち始めている。ライサの言う通りに限界が近づいているんだろう。
セリニアン。すまない。こんな状況に追い詰めてしまって。
だが、それでも頑張ってくれ。君だけが一番の頼りだ。
コンラードたちたけではリントヴルムを止められない。ライサだけではリントヴルムを止められない。セリニアン、君がいるからリントヴルムを止められているんだ。だから、頑張ってくれ。
「私は騎士! 女王陛下の騎士だ! 何があろうとも!」
セリニアンに私の気持ちが集合意識を通じて伝わったのか、セリニアンの反応速度がどこまでも素早いものになる。リントヴルムを次々に切り倒し、鬼気迫る勢いで凛とブルムの群れを薙ぎ払っていく。
「セリニアン。まさか本当に……」
いくらリッパースワームとファイアスワームの自爆攻撃で弱らせたとはいえど、相手はゲーム中最高レベルのタフネスを持った化け物だ。それを屠るとは並大抵のことではない。もはや奇跡と呼んでいいレベルだ。
だが、セリニアンは成し遂げた。
私が第3防衛線を築いている間に、新たに15体のリントヴルムを屠った。
「女王陛下」
不意に私に声が掛けれらた。私がセリニアンの戦いがもっともよく見える場所として陣取っている丘の上にやってきたリッパースワームだ。
「冒険者ギルドより女王陛下の予想は当たったとのことです」
「やはりか。となると、そろそろ奴らも撤退するはずだ」
私は考えていた。広大なフロース川をたった3万程度の軍隊と100体のリントヴルムを横一列に並べて奪おうとするのはおかしいと。
フロース川を奪おうと思うならば、攻撃を一点に集結させ、敵を後方の守らねければならない都市などに追い込んでからの方がより適切だ。横一列均等にリントヴルムを並べて、それでフロース川を奪おうとするのは利口じゃない。
よって私は考えた。
敵の本当の狙いを。
リントヴルムの生き残りが反転し、フロース川に戻り始めたのはその時だった。既に随伴している歩兵は影も形も見えず、リントヴルムは水しぶきをあげて、フロース川に飛び込むと、流れをかき分けながら、対岸へと逃げ去っていた。
ゲームではリントヴルムが川を渡ることはできなかったが、これはもう現実だ。
「え……?」
あまりに突然のことに激闘を繰り広げていたセリニアンが唖然とする。
だが、リントヴルムの撤退は事実だ。リントヴルムの群れは1体残らず対岸へと撤退していった。
爆音が響いたのは次の瞬間だ。
川の河川敷で炎が上がり始め、岩の転がるゴロゴロという音が響く。
やはりな。やはりそういうことか。
「船着き場が炎に包まれてるぞ!」
「川が岩石で塞がれている!」
コンラードの傭兵団がそれぞれ見たものを報告する。
「女王陛下。これは……?」
「敵の真の狙いはフロース川の無力化だ。私たちがフロース川を渡河できないようにすることこそが奴らの狙い。最初からあの部隊はハルハに向かったりするつもりはなかったということさ」
うろたえるセリニアンに私が説明する。
敵の狙いはフロース川の封鎖。船着き場を燃やし、渡河に適した地点を岩石で塞ぎ、船を燃やして、私たちがフロース川を渡れないようにするのが敵の本当に考えていた狙いだったわけである。
もっとも、私たちは必死になって前進を阻止していなければ、今ごろは敵はハルハに向けて進軍を開始していたかもしれない。セリニアンたちが頑張ってくれたからこそ、被害はフロース川だけで済んだ。
「だけれど、これで敵もフロース川を渡河できない。戦争をこれで終わりにするつもりなのか、ニルナール帝国?」
川は封鎖され、進撃路は閉ざされた。
私たちがせっかく手に入れた東部商業連合という進撃路を潰したニルナール帝国は一体何を考えているのだろうか。
ニルナール帝国のフランツ教皇国侵攻軍も補給をハープル湿原を通じてしか得られないことになる。戦闘の規模は大きく後退するだろう。
皇帝マクシミリアンは一体何を考えている?
それを読むのが今の私の一番の仕事だ。
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