フロース川再攻撃(2)
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フロース川は長い川だ。
これまで運河として利用されてきただけあって、よく整備されており、船着き場などが多数用意されている。ということは渡河は容易だということだ。ニルナール帝国軍にとっても。
だが、広い川の全てを制圧するにはリントヴルムが100体いても足りない。リントヴルムは上陸後に分散して配備され、それぞれの指揮官の指揮下でその猛威を振るっていた。東部商業連合のようやく作った防衛線を破壊し、内陸へと前進する。
だが、これは絶好の機会だ。
「敵は愚かにも戦力を分散させている。よって、こちら側は各個撃破が狙える」
私は司令部の天幕でそのように告げる。
集まっているのは傭兵団のコンラード、冒険者ギルドのケラルト、そしてセリニアンとライサだ。彼らを前に私はこの状況を説明する。
「敵は長いフロース川を渡河不能にするために侵攻してきた。だから、彼らの戦力は広く薄く配備されている。対してこちらは戦力を集中し、各個撃破していくことが可能だ。私たちが勝つにはこの点を活かすより他ない」
フロース川渡河作戦。
ニルナール帝国は最初こそリントヴルムを集中して運用したが、戦線は広大になるとリントヴルムを分散させた。同時に100体のリントヴルムの相手をしないでいいというのはいいニュースに他ならない。
「まずは他からの支援が困難な端の部隊から叩く。まずはワーカースワームが城壁を建造し、リントヴルムが城壁を攻撃している間に腐肉砲とポイズンスワームの毒で敵を弱らせ、傭兵団とセリニアン、ライサ、そしてスワームたちで叩く」
端の部隊は他所からの支援を受けにくい。狙うならそこからだ。
「正直なところ、勝てるかどうか分からない戦いだ。それでもついてきてくれるか?」
私は列席者たちを見つめてそう告げる。
全員が頷いてくれた。信頼は勝ち取ったようだ。
「冒険者ギルドは何をすれば?」
「傭兵団の補助と偵察を願いたい。私の憶測が正しいとすれば、敵はもしかすると撤退するかもしれない」
そう、敵は撤退するかもれないのだ。
リントヴルム100体を投入しておいて何をと思うかもしれないが、これにはちゃんとした理由があってのことだ。
「では。諸君。ワーカースワームが城壁を作ったら作戦開始だ。1体、1体確実に叩いていこう。だが、無茶はするな。これは長期戦になる。戦力が脱落するのは望ましいことではない」
「あいよ。ご命令のままに、女王陛下」
私の命令にコンラードは二ッと笑った。
さあ、作戦開始だ。果たして勝てるのかどうか……。
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「1体目が城壁に引っかかった! 今、こちらの遠距離火力で攻撃しているところだ!」
作戦開始から30分で最初のリントヴルムが城壁に引っかかった。
リントヴルムが城壁を強行突破しようとするのを腐肉砲とポイズンスワームの毒が叩き込まれてそのタフネスを減少させていく。
「セリニアン! 叩け!」
「畏まりました、女王陛下!」
私が命じるのにセリニアンが防護壁から飛び出して1体目のリントヴルムに飛び掛かる。リントヴルムは巨大だ。セリニアンなど子供より小さく見える。それでもセリニアンは果敢にリントヴルムに挑む。
「はああっ!」
セリニアンの黒い破聖剣が振るわれ、リントヴルムの強靭な鱗を引き裂いて、肉を抉り取る。その痛みにリントヴルムが雄たけびを上げ、体を振り回し、セリニアンを振り落とそうとする。
「無駄だ、蛇!」
セリニアンは尾部から糸を吐き出し、リントヴルムの動きを封じようとする。リントヴルムの首を締め上げ、抵抗するリントヴルムを逃すことなく、ポイズンスワームの毒針に晒し、更には自身の刃で切りつける。
「ギイイィィ!」
リントヴルムは雄叫びを上げ、ついに思いっ切り首を振り回して、セリニアンを地面に叩きつけた。私は一瞬セリニアンが死んでしまったのではないかと青ざめたが、セリニアンからはまだ集合意識を通じて戦えるという意志が伝わってくる。
「セリニアン! くっ、ライサ、援護射撃だ!」
「了解しました、女王陛下!」
セリニアンにリントヴルムの巨大な足が迫るのに、ライサが援護射撃を実行する。ライサの放った弓矢はリントヴルムの眼球を貫き、リントヴルムは苦痛から悲鳴を上げて、首を振り続ける。
「ライサはそのまま援護だ! セリニアン、まだ戦えるか!?」
「戦えます、女王陛下!」
私の呼びかけにセリニアンが応じる。
セリニアンは起き上がると再び糸をリントヴルムの足に巻き付け、思いっ切り引っ張るとリントヴルムの姿勢を崩そうとする。だが、流石のリントヴルムのセリニアンが引っ張ったぐらいでは倒れない。
もし、倒れたとすれば与えられるダメージも大きいというのに……。
「野郎ども! 出番だ!」
そこで現れたのはコンラードの傭兵団だ。彼らが現れ、防護壁を越えるとセリニアンの方に向かっていった。
「さあ、引け! 引け!」
コンラードの傭兵団がセリニアンの糸を掴むと、懸命に引っ張ってリントヴルムを引き摺り倒そうとする。セリニアンだけでは無理でも、傭兵団の力が加わればどうにかなるかもしれない。いや、なってほしい。
「倒れるぞ!」
やったぞ。セリニアンの糸によってリントヴルムが引き摺り倒され、地面に引き倒された。リントヴルムは鈍い悲鳴を上げ、巨体が地面を揺るがす。その衝撃は遠くから指揮を執っている私の方にまで達した。
「今だっ!」
「今こそっ!」
セリニアンと私の声が重なり、セリニアンがリントヴルムに向けて駆ける。
リントヴルムは足を振り回して抵抗するが、セリニアンがそれを飛び越えてリントヴルムの横腹に黒い刃を突き立てる。大量の血飛沫が飛び散り、セリニアンの青白い鎧が真っ赤に染まる。
「そのまま押し切れ、セリニアン……!」
セリニアンは必死だ。八つ裂きにしてやろうというように、何度も、何度も、何度も、刃を突き立てて、リントヴルムの何もかもを引き裂こうとしている。自分の何十倍もある怪物を相手に、剣を振るっていた。
「ライサ! 援護射撃は止めるな! 撃ち続けろ! ただし、誤射に注意!」
「了解しました! なんとしても仕留めます!」
ライサも弓矢を撃ち続けている。何発も弓矢をリントヴルムに向けて叩き込み、その弓矢には麻痺毒を塗って、動きを封じようとしている。麻痺毒がじわじわと効いてきたのか、リントヴルムの動きが鈍っていく。
「オオオォォォォ!」
だが、リントヴルムは雄たけびを上げ再び起き上げると、大きく尻尾を振るって傍にいるもの全てを薙ぎ払った。セリニアンとて例外ではない。セリニアンの体が吹き飛ばされるが、セリニアンは体を大きく回転させて、姿勢を維持すると長剣を構えた。
「セリニアン、無事か!?」
「無事です! まだやれます! もう少しです!」
そうもう少しだ。もう少しであのリントヴルムは落ちる。
ポイズンスワームの毒針を受け、腐肉砲の毒を受け、ライサの麻痺毒を受け、セリニアンの攻撃を何度も受けている。もう倒れるはずだ。いや、倒れてくれないと困る。まだこれは1体目なんだぞ。
「はあああっ!」
セリニアンの刃がリントヴルムの首に突き立てられ、深々と突き刺さる。
「ギイイィィ……」
リントヴルムは最後に僅かな鳴き声を上げると、そのままま動かなくなった。
「よし。いいぞ、みんな。まずは1体目だ。残りの数は多いが倒しきるぞ!」
「了解です、女王陛下!」
本当にやれるのか?
たった1体を相手にこれまで苦戦しているのに、残り99体だぞ。
だが、やらなければ。ここを突破されてしまえばハルハが再び危機に晒される。いや、ハルハまでの道のりにある全ての都市が危険に晒される。
「コンラード! 2体目が城壁を突破しようとしている! 行けるか!?」
「行けるぞ! 任せておけ!」
既に集合意識には斥候のリッパースワームが2体目のリントヴルムが防護壁を突破しようとしているのが確認していた。防護撃は斜めに作られており、1体ずつ引っかかるようになっている。
だが、1体に手間取れば、纏まった数のリントヴルムが防護撃に突っ込んでくる。そして、防護壁はリントヴルムを相手にしてはそこまでもつことはない。
「2体目に向かう! 急がないと大変なことになるぞ!」
急げ、急げ。時間はない。リントヴルムの大軍が迫っているのだ。
私たちは100体中1体を撃破しただけ。敵が今後の戦闘も考えるならば、100体全てを倒さなくとも7割ほど削れば侵攻を諦めるかもしれない。それでも残り69体だ。
冗談ではない規模の侵攻。
それでもやってみせるさ。私はスワームたちに勝利を約束したんだ。
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2体目のリントヴルムは既に防護撃を突破していた。後方ではワーカースワームが第二の防護壁を作っているが、もう既に一層目の防護壁が抜かれたことは事実だ。
これは厳しい戦いになりそうだ。
私は自分たちが到着するまでにジェノサイドスワームとポイズンスワームで足止めを図る。ジェノサイドスワームたちは果敢にリントヴルムに食らいつき、数にものを言わせてリントヴルムの前進の肉を剥がそうとする。
リントヴルムはそれに必死になって抵抗し、火炎放射を浴びせかけ、身を振るってスワームたちを自分の体から引き摺り落とし、それを足で踏みにじる。
ダメージは確実に入っているのだろうが、こちらの損害が大きすぎる。ジェノサイドスワームも無限にいるわけではない。あまり多くをやられると、今後の戦いに響きかねなくなる。
それでも私はジェノサイドスワームに攻撃を命じる。命を懸けて時間を稼げと命じる。私にはそれに応えてくれるスワームたちがいるが、彼ら1体、1体の死は心に軋みを生じさせるものだ。
ここまでやってくれたのだから覚悟しろ、ニルナール帝国。
私はニルナール帝国への憎悪を胸に、リッパースワームに跨ってセリニアンたちと共に駆けた。ライサも、コンラードたちもリッパースワームや軍馬で追いつき、突破された城壁に向かっている。
そして、2体目のリントヴルムを発見した。
そこに配置していたジェノサイドスワームは壊滅状態だったが、それでもリントヴルムに確実なダメージを負わせていた。リントヴルムの鱗は剥げ、肉は削げ、ボロボロの状態でリントヴルムは雄叫びを上げて押し進もうとしている。
「セリニアン、ライサ! すぐに叩くぞ! ジェノサイドスワームだけじゃ押さえられない!」
「了解しました、女王陛下!」
私が急いで告げるのに、セリニアンが鋭く応じる。
「2体目は既にジェノサイドスワームの打撃を受けている。このままならば、撃破できるはずだ。だが、気を抜かずにかかれ。敵は猛獣だ。手負いの獣は何をするか分からない。ひたすらに生を求めるがあまりに」
私は警告を発しながらもリッパースワームで見晴らしのいい場所へと移動する。
敵のリントヴルムはかなりの手負いだ。このままなら容易に屠れるかもしれない。だが、そう簡単にはことは進まないはずだ。敵が何かをする前にセリニアンたちが、あの猛獣を仕留めてくれればいいのだが。
「セリニアン。攻撃準備は?」
「完了しています。いつでもあの蛇の首を断ってみせます」
セリニアン、攻撃準備よし。
「ライサ。援護射撃の準備は?」
「いい場所を取りました。いつでも可能です」
ライサも攻撃準備位置についた。高台で風下。もってこいの場所だ。
「コンラード! そちらの傭兵団はどうする!」
「どうするもこうするも戦うしかないだろう?」
コンラードは肝が据わっているな。頼もしい限りだ。
「なら、始めるぞ! 各自攻撃開始!」
私が指示を出し、セリニアンたちが一斉にリントヴルムに襲い掛かる。
「てやあっ!」
セリニアンがリントヴルムに切りかかる。
一撃。その一撃でリントヴルムが揺さぶれる。
だが、それだけではリントヴルムは倒れなかった。リントヴルムは無数の敵の中からセリニアンに照に定め、セリニアンに向けて攻撃を繰り出してきた。尻尾をセリニアンに向けて振り、その牙の並ぶ顎をセリニアンに向けて突き出してくる。
「そう簡単にはいかないか……!」
セリニアンが攻撃しようにも発狂したかのように攻撃を繰り出してくるリントヴルムには歯が立たない。ライサは必死に麻痺毒を打ち込んでいるが、それでも動きが鈍るのは僅かなものだ。
「ジェノサイドスワーム! 奴の足を狙え!」
私はそんな状況で指示を下す。
壊滅寸前だったジェノサイドスワームの群れがリントヴルムの足に食らいつき、その動きを鈍いものへと変える。肉が抉り取られ、ジェノサイドスワームが踏みつぶされ、リントヴルムが完全に自由に動かせる尻尾だけになる。
「ライサ! 奴の視界を潰せ!」
「了解です!」
ライサは弓矢を番えると慎重にリントヴルムの眼球を狙う。
揺れ動くリントヴルムの頭部を狙って、正確無比に弓矢を放つ、ライサの弓矢はリントヴルムの眼球を貫き、片目を失ったリントヴルムは更に暴れる。手におえないほどの暴れようにセリニアンが一時退却する。
「お前ら! 敵をこっちに引き寄せろ!」
その中でコンラードが動いた。
コンラードは弓矢をリントヴルムに向けて浴びせかけ、リントヴルムの注意を自分たちに引き付ける。リントヴルムは見事その挑発に乗り、セリニアンを置いてコンラードたちに向けて突撃していく。
「今だ! やれ、姉ちゃん!」
コンラードは敵を引き付けながら後退し、その瞬間にセリニアンがリントヴルムの首に糸を巻き付ける。がっしりと巻いた糸を伝って、一気にセリニアンはリントヴルムに迫り、その首に長剣を突き立てる。
リントヴルムは雄叫びを上げるももう遅い。
セリニアンの刃は確実にリントヴルムの首を捉えると、主要な血管を引き裂いていった。リントヴルムは首を振って抵抗するも、セリニアンは断固として外れず、リントヴルムの首を切断した。
「これで2体目!」
私はようやく掴んだ勝利に手を握る。
だが、敵は残り98体。いくらなんでも無理な戦いだ。
セリニアンは相当疲弊している。ジェノサイドたちも数が減りつつある。まだ戦えるのはライサぐらいだ。コンラードの傭兵団も死人はでていなくとも、体力的な損耗は無視できるものではない。
本当に私はやれるのか?
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