フロース川再攻撃
…………………
──フロース川再攻撃
「作戦は失敗した、と」
ニルナール帝国軍の司令部で冷たい声が響く。
「はっ! 敵の新型が投入され、残念なことに要塞線を突破することは不可能でした。ですが、我々はニルナール帝国に逆らえばどうなるかを教えてやるために、連中の首都ハルハを焼き払ってやりました」
ブロンベルク元帥は必死にそう告げる。
「作戦が失敗したことには変わりない。それも連中にアラクネアと団結させる要因まで作っておいてよくそんなことがほざけたものだな」
そう告げるのはニルナール帝国皇帝マクシミリアンだ。
「いいか。俺は何が何でも作戦を成功させろと命じていたはずだ。そのためにリントヴルムを60体もお前の配下においたのだ。それで失敗しただと? 首都ハルハを焼き払って帝国からの見せしめにしてやっただと?」
マクシミリアンの口調からは明白な苛立ちが窺える。
「で、ですが、敵の新型は恐ろしい力を持っていまして……」
「それでも貴様の任務に変わりはない。貴様は首都ハルハを焼くのではなく、手に入れるべきだったのだ。そんなことも分からないのか、この耄碌した爺が」
ブロンベルク元帥が抗弁するのに、マクシミリアンは冷たく言い放った。
「さて、このままでは連中は東部商業連合を通過してニルナール帝国本国に侵攻するだろう。どこかの間抜けのおかげでな。そうならないためにも、我々は手を打つ必要がある。すなわち第二次攻撃だ」
マクシミリアンはそう告げて地図を見下ろす。
「リントヴルムならばこのフロース川を渡河できる。我々はフロース川を渡河し、敵に圧力を加えてやろう。それから──」
マクシミリアンが地図の端を見る。
「エルフの森を通過してシュトラウト公国を制圧する。森に道がないのであれば、リントヴルムで作ればいい。リントヴルムを前線に押し出し、奴らが作った道を通過して、シュトラウト公国のアラクネアに圧力をかける」
マクシミリアンが示すのはエルフの森。アラクネアの女王が庇護を約束した場所。
「まずはフロース川だ。ここを奪えるかどうかで帝国本土の安否が決まる。なんとしてもフリース川を奪取せよ」
「畏まりました、陛下。次こそは必ずや」
マクシミリアンが告げるのに、ブロンベルク元帥が頷いた。
「おや。誰が貴様に命じたのだ、ブロンベルク元帥。貴様のその無能さにはもううんざりだ。貴様が犯した失敗は軍法会議ものだ。よって、ここで貴様に対する処置を言い渡す。それで終いだ」
「そ、それはどういう……」
マクシミリアンが告げるのに、ブロンベルク元帥の顔色が青ざめる。
「命令違反により斬首。それで決まりだ。執行しろ」
「待って! 待ってください! 本当に敵の新型が恐ろしい存在だったのです! あれさえなければ我々は今頃ハルハで──」
マクシミリアンが死刑を言い渡し、マクシミリアンの部下の近衛兵たちが、ブロンベルク元帥を連行して、処刑場へと連れていく。ブロンベルク元帥は最後まで自分の過失ではないと叫び、最後には首を切り落とされた。
「さて、フロース川を渡河して確保するための軍を率いる新たな指揮官が必要だが」
マクシミリアンはそう告げてこの作戦会議に列席する将軍たちを見渡す。
「ブラウヒッチュ大将。軍を率いてもらえるな?」
「光栄です、陛下」
マクシミリアンがひとりの将軍に告げるのに、その将軍は背筋を正してそう返した。
「では、決まりだ。フロース川を制圧するのにはリントヴルムを100体、兵力を3万名授ける。敵は先の勝利で油断しているはずだ、その隙を突いてやれ。必ずやニルナール帝国に勝利を」
「ニルナール帝国に勝利を!」
こうしてニルナール帝国軍によるフロース川再攻撃が決定した。
アラクネアと傭兵団が勝利の余韻に浸っている中で、ニルナール帝国だけは貪欲に勝利を求めていたのだった。
…………………
…………………
フロース川。
東部商業連合の中を南の湿原から南の海へと流れるこの川は、幾度となくニルナール帝国の脅威に晒されていた。ニルナール帝国にとっては自国を防衛することの有力な地点としてフロース川を確保したく、東部商業連合にとっては貴重な運河としてニルナール帝国に渡すことはできなかった。
そんなフロース川にも一時の休息が訪れていた。
ニルナール帝国との戦争はニルナール帝国軍の主力部隊と思しきものが全滅し、フロース川も安全だと思われていたのだ。少数の傭兵団が警備に付き、川を越える兵士がいないかどうか監視を続けていた。
「!? 前方に敵影! 数は……5000名以上!」
「なんだと!」
フロース川の警備兵が警笛を鳴らし、指揮官と兵士たちが対岸を見つめる。
敵兵は5000名程度ではなかった。数万名はいる。
そして、なにより巨大な大蛇たるリントヴルムが存在している。
「コンラード指揮官に伝令を出せ! フロース川が再攻撃されていいると!」
「了解!」
指揮官が叫び、伝令が馬に飛び乗ってコンラードにメッセージを伝えに行こうとしたのが、弓矢によって遮られる。伝令は射抜かれ、血を吐き出すと、落馬して地面に転がり落ちた。
「クソ! 連中、このままフロース川を押さえるつもりか!」
伝令の兵士が射抜かれたのを見て指揮官が毒づく。
「そうだ。アラクネアの蟲! お前の女王陛下にメッセージを伝えろ! フロース川が再攻撃を受けていると! このままではフロース川は陥落する可能性は高く、我々は増援を必要していると!」
指揮官はアラクネアの蟲たちが集合意識によって結びついていることを思い出して、斥候のリッパースワームに向けてそう叫んだ。
このメッセージはただちに集合意識にアップロードされ、指揮官が伝えたかったアラクネアの女王の目に留まった。
「フロース川を再攻撃、だと。敵はまだやるつもりか」
ハルハの都市の再建中だったアラクネアの女王は攻撃の知らせに僅かに驚く。
「いつかは再び仕掛けてくるとは思ったが、こんなに早急に仕掛けてくるとは。敵は兵力に余ほど余裕があるのか。それともただの戦力の遂次投入をやらかしている素人なのか。いずれにせよ問題だな」
アラクネアの女王は斥候のリッパースワームたちの意識に入り込み、フロース川の状況を監視する。
「リントヴルムが100体……? 冗談だろう……?」
冗談でも何でもない。リントヴルムが100体、帝国軍と共にフロース川を渡河していた。北東部の要塞線を攻撃したときより数が多い。
その上、今回は城壁の準備も、腐肉砲の準備も、ドレッドノートスワームの準備もできていない。そんな状況で100体近いリントヴルムを相手に勝てるのか?
「やるしかないな。敵が仕掛けてきているなら応じるのみだ。幸いワーカースワームはここに纏まっている。彼らを引き連れて、臨時の城壁を築こう。それからは……勝てることを願うしかない」
ドレッドノートスワームは進軍速度が遅すぎてまだ北東部の要塞線にいる。呼び出すには十数時間はかかるだろう。そんなに待っている余裕はない。
「コンラード! フロース川が攻撃されている! 例のリントヴルムが100体だ!」
「なっ! あの化け物が100体もいるのか!」
アラクネアの女王がコンラードを呼ぶのに、コンラードが驚愕の表情を浮かべた。
「生憎今回は頼れる味方はほとんどなしだ。やれるか?」
「やってやるとも。そう簡単に帝国に俺たちの領土を渡すかってんだ」
コンラードは威勢良くそう告げ、大工仕事をしている部下たちを掻き集める。
「フロース川で会おう。できるならば、我々に勝利を」
「確実に我々に勝利を、だろう?」
フロース川を次々と怪物が渡河する中、アラクネアの女王グレビレアと傭兵団団長コンラードはフロース川に向けて突き進んでいった。
…………………