ファル・ゲルプ
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──ファル・ゲルプ
突如として始まったニルナール帝国軍による東部商業連合への侵攻。
東部商業連合は一丸となって侵攻に反発し、要塞に立てこもり、傭兵団が雇われ、街道が封鎖される。そして、戦える男性は志願兵として戦場に向かった。まさにこの戦いに東部商業連合の独立がかかっているという具合であった。
「随分と苦戦しているようだな」
そう告げるのはニルナール帝国皇帝マクシミリアンだ。
彼は顔を青ざめさせた将軍たちが列席する席で、将軍たちを見渡していた。
「5万。東部商業連合を潰すには過剰と思える戦力をお前たちには与えたのだが、まだ東部商業連合は陥落していない。これはいったいどういうことだろうか? 説明してもらいたいものだな、ブロンベルク元帥」
マクシミリアンはそう告げて初老の男性に目を向けた。
「地理的な要因がありますことと、敵が我々との戦いに慣れているというのが問題になっています、陛下。敵はコンラード・クレブラスという男で、南部統一戦争の際にも傭兵団を率いて、我々と戦っています」
「なるほど。我らが将軍たちは地図も読めなければ、一度戦った相手には勝てないのか。残念でならないな」
ブロンベルクという男が告げるのに、マクシミリアンは鼻でそれを笑った。
「いいか、元帥。東部商業連合の有する戦力はたったの1万だ。それを5万の兵力で撃滅できなれば絞首刑にされても文句は言えないと思え」
「は、はい、陛下。尽力いたします」
マクシミリアンが冷たく告げるのに、ブロンベルクが頷く。
「それで、アラクネアは出てきたのか?」
「いいえ。まだです。航空偵察を実行させたのですが、帰還しません。敵は何らかの対空攻撃手段を有しているものと思われます」
話題を変えるマクシミリアンにブロンベルクが苦々しい表情でそう告げる。
ブロンベルクたち東部商業連合侵攻軍はアラクネアの介入の可能性を考えて、早期に航空偵察を実行している。だが、航空偵察に向かったワイバーンはどれも未帰還だ。これは敵がワイバーンに対抗する術を持っているということに他ならない。
「ワイバーンは封じられた、か。ならばリントヴルムを出すより他あるまい。ブロンベルク元帥。お前にリントヴルム60頭を配下に加えてやる。それで東部商業連合もアラクネアも捻り潰してしまえ」
「ありがたき支援、感謝いたします」
リントヴルムとはいったい何なのだろうか?
「それでは具体的な作戦立案を行ってもらおう。どう攻める?」
マクシミリアンは広げられた地図とそこに置かれた駒を見下ろしてそう告げる。
「南西部には湿地帯があり突破困難です。ニルナール帝国本土側から侵攻するとなるとフロース川が障害となります。ここはフロース川から圧力をかけつつ、北東部の要塞地帯を郷愁するべきかと」
ニルナール帝国のフランツ教皇国からの境界線から攻めるとしては、先に攻撃の失敗した湿地帯を避け、東部商業連合を本後から攻めつつ、要塞地帯をなってい北東部を攻めるしかない。
「敵の要塞地帯を突破できるのか?」
「ワイバーンがあれば可能です。敵の要塞線はこちらのワイバーンに対処できる作りではありません。いくつかのバリスタはありますが、どれも対空攻撃向きではない。ワイバーン部隊が上手く働けば、要塞線は突破可能です」
北東部に作られれた要請線は本来はフランツ教皇国を警戒して作られたものだ。ワイバーンを有するニルナール帝国がここまで進出してくるとは、誰も思ってはいなかった。故にワイバーンさえあれば突破できる。将軍たちはそう考えていた。
「その賭けが上手くいくといいがな。失敗したら、分かっているだろうな?」
「はっ。重々に理解しております……」
マクシミリアンはこれまで任務を達成できなかった将軍たちを何人も吊るし首にしている。彼の脅しは冗談ではない。本気だ。
「では、作戦名を決めよう。これは
既にケラルトの大陸冒険者同盟は偵察に動いている。
志願兵に混じって、ニルナール帝国がどう動くかを偵察する任務についていたり、俊敏性の高さで外からニルナール帝国を偵察していたりするものもいる。どこでこの作戦会議が聞かれているか分かったものではない。
「では、首尾よく進めろ。失敗は許されないぞ、元帥」
「了解しております、陛下」
この作戦会議の内容を冒険者ギルドが掴み、その内容をケラルトに報告したのは3日後のことだった。
北東部より敵来る。
その情報は東部商業連合全体に伝わり、彼らはフリース川で防御姿勢を取りつつも、北東部の要請線で守りに入ったのだった。
そして、それにはこの戦争の発端ともなったアラクネアも参加している。
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ニルナール帝国軍黄色作戦発動。
まずは陽動としてフリース川に攻撃が加えられ、その防御のために東部商業連合の数少ない戦力が差し向けられる。フリース川と渡河しようとするニルナール帝国とそれを阻止しようとする東部商業連合の間でかなりの規模の戦闘が起きる。
対岸から投石器で攻撃を加えるニルナール帝国。それを受けてもフリース川を渡河しようとするニルナール帝国軍に弓矢を浴びせる東部商業連合の傭兵たち。
川は血で真っ赤に染まり、ニルナール帝国軍は渡河を諦めたかに見えた。
「伝令! 北東部での攻撃開始とのこと!」
「ついに来たか」
東部商業連合はこの激しい攻防戦が陽動に過ぎないことを知っている。ニルナール帝国の本当の狙いは北東部の要塞線を突破して、東部商業連合に踏み入ることであると。
「部隊はこのままフロース川の渡河を阻止せよ! これが陽動だとしてもフリース川お渡河されれば東部商業連合が危機に陥る。万全の態勢でニルナール帝国のクソ野郎どもを迎え撃ってやれ!」
「応っ!」
東部商業連合の士気は高い。彼らは自分たちの愛する自由な東部商業連合がニルナール帝国に飲み込まれるのを阻止しようと必死なのだ。
「だが、北東部の要塞線は持つだろうか……」
問題は北東部の要塞線だ。
この要塞線はニルナール帝国ではなく、フランツ教皇国を仮想敵国として構築されている。このようなニルナール帝国がフランツ教皇国を占領して攻撃を仕掛けてくる事態は想定外だった。
対空戦闘用のバリスタは数が少なく、要塞はどれも空化の攻撃に備えていない。
ニルナール帝国の攻撃を受けてしまえば、陥落してしまうのではないか?
そういう懸念が東部商業連合の中にはあった。
「持つかじゃなくて、持たせるんだよ。北東部を抜かれたら後はハルハに一直線だ。ハルハが落ちれば降伏を突き付けられる。そんなのはごめんだろうが。俺たち東部商業連合の意地を見せてやれ!」
「そうだ! ニルナール帝国のクソ野郎どものケツを蹴り上げて、この東部商業連合の敷地から出ていってもらおうじゃないか!」
コンラードが扇動の声を上げ、傭兵たちは歓声を上げる。
「それにしても肝心のアラクネアの女王の姿が見えないが、どこだ?」
「あの人は最初から北東部の要塞にいますよ。絶対に敵はここを攻めるって」
コンラードが周囲を見渡すのに、傭兵のひとりがそう告げた。
アラクネアの女王グレビレアは当初から敵は北東部からの突破を目指すと考えていた。それ以外に突破可能な場所はないとして。
南西部の湿原地帯は重装歩兵が真価を発揮できない。西からの攻撃はフリース川が場外になって不発に終わる。となると、最後に残されているのはこの北東部からの突破なのだとアラクネアの女王は語っていた。
そして、その通りになった。
「敵の動きを読める指揮官か。悪くない。共闘するならそういう相手でないとな」
コンラードは満足そうに笑うと、愛馬に跨り、北東部の要塞線に向けて傭兵団を率いて向かい始めた。
いよいよ決戦が始まろうとしている。
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見事な要塞だと私は思った。
見事なまでのただの壁である。掩体壕などはなく、全てが剥き出し。塔は低く、遠くを見渡せない。相当な予算不足の中で作られたのだろうということが窺える、なんとも頼りない要塞だった。
「セリニアン。敵が来るぞ。斥候のリッパースワームが敵の接近を報告している」
「いつでも準備はできております、陛下」
重装歩兵の相手ができなくなったリッパースワームは今はその機動性の高さを生かして斥候などの任務についている。秘かに敵地の後方に回り込み、周辺に隠れ、情報を集合意識に上げるのが彼らの役割だ。
「さて、問題は敵がワイバーンを使うということだ」
ワイバーン。
グレゴリアもワイバーンを使っている。飛行ユニットの中では火力が高く、ほとんどの飛行ユニットの貧弱なアラクネアにとっては厄介な相手だったと記憶している。こちらの飛行ユニットはマリアナの七面鳥撃ちよろしくぼとぼとと叩き落されていた。
ああ。思い出すだけで忌々しい。そもそもグレゴリアは私は苦手な相手なのだ。死霊術師が指導者のネクロファージがもっとも苦手な相手だが、二番目はグレゴリアだ。機動力を犠牲にした火力と防御力。やってられない。
「要塞の補強は済んでいるか?」
「ほぼ完了したようです。眼球の塔を要所要所に設置しています」
私は東部商業連合の要塞線があまりにも頼りなかったので、自分たちで勝手に改装することにした。一応相談はしたが、自由にしてくれとのことだったので問題はないだろう。恐らく。
私たちは城壁を二重にし、眼球の塔を建て、ここに間違いなく来るだろうニルナール帝国を待ち受けていた。
眼球の塔にはポイズンスワームを駐留させており、毒針によって敵の軽装ユニットはいちころだ。飛行ユニットに関してもある程度の対策はできている。とにかく城壁には大量のポイズンスワームを配置するという荒業によって。
ジェノサイドスワームは後方で城壁が突破されるまで待機だ。城壁突破の可能性が出てきたら直ちにポイズンスワームと前後を入れ替えて戦闘に入る。
なるべく城壁に到達し、城壁を突破する前になるべく数を削って、決戦の際には弱り切った敵を叩きたいものだ。
「上手くいくでしょうか?」
「さてね。けど、やらなきゃいけない。東部商業連合を落とされたら、私たちの戦略に大きく影響する。それに──」
セリニアンが尋ねるのに私は肩を竦めて地平線を見つめる。
「私はこの国が嫌いじゃないからね」
そうなのだ。暗殺されかかったりはしたが、商店街での買い物などは楽しかった。まだライサは病床にあるが、もう少しで回復だ。回復したらまたハルハの街をゆっくりと観光したいものだ。
私は人の心は忘れてないよ、サンダルフォン。
「!?」
だが、私の予想を覆すような情報がリッパースワームから届いた。
「連中まさか……」
グレゴリアは竜が統治する竜の文明。空はワイバーン、ドラゴン、海は、シーサーペントとレヴィアタン、そして地はリントヴルムとベヒモス。
その中でもリントヴルムは一般ユニットとしてはまさに厄介な相手だ。性能はまさしく装甲車であり、並大抵の攻撃では沈まぬタフネスと破城槌よろしく攻撃力を有している。私もなんどもリントヴルムに城壁を抜かれた。
そのリントヴルムがこの要塞線に迫っている。その数約60体。
「セリニアン。非常に不味いことになった。要塞線は恐らく容易に突破されるぞ。それも複数個所だ。君の力が必要になってくる」
「畏まりました、女王陛下。何なりとご命令ください。このセリニアン。アラクネアの騎士としてその任務を果たしてみせましょう」
「そうか。なら、頼みたいことがある」
私が告げるのにセリニアンが跪く。
「大蛇を殺してくれ。60体。戦車のような装甲に覆われて、地上にあるもの全てを薙ぎ払う化け物60体をどうにかして阻止してくれ……」
私はリッパースワームが送ってくる情報を眺めながら力なくそう告げた。
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ニルナール帝国軍はリッパースワームの報告から3時間後にはやってきた。
こちらは相手にリントヴルムがいると知ってから城壁に腐肉砲をあらんかぎり配置し、敵を歓迎する準備を整えた。リントヴルムの鱗が戦車並みでも、中身は生肉だ。毒を食らえば継続ダメージを受ける。
そうして少しでもダメージを追ったところをファイアスワームの自爆攻撃で叩く。火炎放射を浴びせてもいいのだが、時間的に余裕がないし、敵には重装歩兵が随伴している。下手なことをすると重装歩兵にやれられる。
そうして、削りに削ったところをセリニアンが叩く。
あのユニットの到着が間に合えば、あのユニットも投入したいところだが……。
だが、数は60体だ。
リントヴルムのタフネスはゲーム中最高レベルに達しており、腐肉砲の継続毒も、ファイアスワームの自爆攻撃でも止められない可能性があった。そして、敵が城壁に到達してしまえばもう自爆攻撃は使えない。
せめて数が40体ほどだったらまだ勝ち目はあっただろうが、60体か。きついな。
「女王陛下。お任せください。敵の大蛇はこのセリニアンが捌いてみせます」
セリニアンは自信満々だ。
そうだな。指揮官が弱気では下に影響する。私も自信を持っていなければ。
「敵が来たぞー!」
見張りの塔から声が上がり、ついに悪夢の体現が姿を見せた。
4つ足で尻尾をのたうたせながら突き進む大蛇が60体。重装歩兵を多数引き連れて接近してきている。敵は完全にここを落とすつもりのようだ。
「あれ、倒せるのか……?」
リントヴルムの姿に目を剥くのはコンラードだ。
彼の傭兵団もなんとか間に合った。彼らの仕事は城壁から攻撃を加えることだ。そして、城壁が突破されれば内部での戦闘に従事する。ジェノサイドスワームやポイズンスワームたちと肩を並べて。
「倒せないことはないが犠牲は覚悟してくれ」
「おうよ。傭兵やってりゃそれぐらいの覚悟はできてる」
タフなおっさんだ。だが、頼もしい限りだ。
「あれは破城槌をぶち込むってのはだめなのか? 破城槌ならここら辺のもので作れるんだがな」
「やってみたことがないので何とも言えない。だが、できるなら準備を進めておいてくれ。とにかくダメージを与えられればなんでもいい」
やれることは何だろうとやっておくべきだ。敵は厄介極まりないのだから。
「なら、破城槌を用意させる。勝てるといいな」
「勝たなければいけないんだよ」
そう勝たなければ、あのリントヴルムの大軍がハルハに押し寄せれば全てが灰燼と化してしまう。それだけは避けなければ。
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