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反乱の手

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 ──反乱の手



 私とセリニアンはラーロのメモにあったように食事を終えると店の裏にやってきた。


「来たか」


 ラーロはそう告げて私たちを迎える。店内で会ったときとは空気が違うのが分かる。


「あんた、アラクネアの女王かその使いだろう?」

「どうしてそう思う?」


 どうして私の正体が分かったのか謎だったが、あまりいい兆候ではない。


「魔女の一撃の解毒剤を求めている人間ときたら、それしかないからだ。既に情報は伝わっている。アラクネアの女王の眷属が魔女の一撃で襲われたって情報はな。俺たちの情報網はまだ東部商業連合まで伸びてるんだよ」


 そういうことか。伝わっていないと考えていた私が甘かった。


「それでどうするんだ? 私を当局に引き渡すか?」

「まさか。あんたには力になってほしいんだ。この国を変えるために」


 国を変えるだって?


「今の国王アルフォンソ4世はニルナール帝国に完全に屈しちまってる。ニルナール帝国以外との交易禁止令もそうだが、ニルナール帝国の顔色を窺うことばかりに熱心になっている」


 確かにそのように聞いている。


「ニルナール帝国の商人はそれをいいことに大陸産の商品に馬鹿高い値を付けてやがる。完全に足元見られているんだ。東部商業連合と交易を再開できれば、こんなこともなくなるはずなんだが」


 そうか。ニルナール帝国しか大陸との窓口がないのをいいことにニルナール帝国は暴利をむさぼっているわけか。やはりナーブリッジ群島はニルナール帝国の潜在的植民地なのだな。


「あんたがアラクネアの女王かその使いなら、軍を貸してくれ。それで王城を襲撃して、アルフォンソ4世を退位させる。そして、東部商業連合との貿易を再開させるんだ。そうじゃないとこのままじゃ戦わずして、俺たちはニルナール帝国の下僕になる」


「理解した。君たちは革命を望んでいるわけだ」


 無能な王を排除して、無能の政策を撤回させる、と。悪くない話だ。ニルナール帝国の友好国がひとつ減れば、それはアラクネアの勝利につながる。


「これが罠でないという保証は?」

「……ない。だが、信じてくれ。国王を退位させれば必ず解毒剤を用意する」


 参ったな。本当にこの革命話に乗っていいものか。


「ちなみに国王の警備は?」

「王城の警備は2個中隊だ。王都の警備は1個中隊。うちの国の陸軍は質も数も悪い」


 たったの1個大隊の警備か。重装歩兵だとしても大した相手ではないな。


「いいだろう。明日に兵力を用意して合流させる。場所はどこがいい?」

「ありがたい。場所はこの王都の西門に通じる街道の脇に。西門の警備を担当している指揮官は革命派だ。門は開けておいてくれるはずだ」


 軍の内部にも裏切りものがいるとは末期だな。


「君たちは明日の蜂起ということでいいのか?」

「構わない。我々はいつでも準備ができている。兵力さえあればいつでも蜂起できる」


 ふん。そうは言うが私たちが来るまで革命が起こせなかったのだから、どこまで当てにしていいのか分からないものだ。


「では、私は兵力を準備する。明日には革命が成功することを願っているよ」

「ああ。光の神に祈ろう」


 私は光の神には祈りたくはないな。


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「ワーカースワームは準備が完了していたようだな」


 私はリータイトの街を東に戻ると、ワーカスワーム、ジェノサイドスワーム、そしてポイズンスワームを待機させていた拠点まで戻ってきた。


 そこには動力器官と受胎炉が完成していた。


「女王陛下。準備は整っております」

「ありがとう。やはり軍が必要になった。今から大急ぎで生産しなければ」


 ワーカースワームが服従のポーズをして告げるのに、私はそう返した。


「ジェノサイドスワーム、生成」


 幸いにして、肉団子や資材は転移魔術で繋がっている設定だ。ここで材料を集めなくとも既に集めた資材を使ってユニットを生産できる。これで旧マルーク王国領に攻め込んできたニルナール帝国から資材を退避させた。実に便利だ。


 そして、私はまずジェノサイドスワームを20体ほど生産する、相手は1個大隊の上に裏切りものがいる。そこまでの数は必要ないはずだ。


「ポイズンスワーム、生成」


 ジェノサイドスワームの生成が終わったらポイズンスワームを10体ほど生産。


 資材は新しく入手してはいるが、マルーク王国を滅ぼした時のように大規模には手に入らないので、けちって使わなければならない。


 だが、ライサを助けるために必要な仕事である以上手抜きはしない。


「女王陛下。あの者たちが言っていたことを信じられるのですか?」


 私がスワームを生成しているときに、セリニアンがそう声をかけてきた。


「信じるしかない。それとも当てもなく王都まで行ってみて、そこで買い取れるかどうか試してみるかい? 私は反乱に参加するのも、当てもなく薬を買い求めるのもどちらも無計画だと思ってる。ただ、前者の方が確実性が高いだけで」


 私は完全にラーロの言葉を信じたわけではなかった。反乱軍には何か別の目的があって、国王アルフォンソ4世は実はいい人間なのかもしれない。


 けど、どうでもいい。私の目的はライサのために解毒剤を手に入れることだけだ。この国の未来には関心がない。滅びない程度に好きにしてくれればいいさ。


「そういうお考えなのですね。理解しました。私は女王陛下のお言葉に従うのみです。何なりとご命令ください」

「ああ。頼りにしているよ、セリニアン」


 今回の作戦は少数での作戦だ。セリニアンは大いに活躍することだろう。


 だが、30体のスワームで実際のところ1個大隊の戦力を制圧できるかどうかは謎だ。相手の重装歩兵の割合は少ないだろうが、何か不確定要素が入ると、一気に崩れるかもしれない。


 だが、それでもやらなければ。


 革命が成功しなければ解毒剤は手に入らない。


 私は革命を成功させるために今はスワームの生産に努力するだけだ。資源の入手量と保存量を計算しながら、使っていい資源量を見出す。


 そろそろ準備は完成だ。


 明日に備えて今日は早めに寝よう。


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 朝が空けた。


 私たちは指定された場所を訪れる。用心して。


 これが罠であるという可能性は未だに完全には否定できないのだ。


「来てくれたか!」


 だが、罠ではなかった。


 指定された場所には武装した男女が集まっていた。装備もまちまちで、揃っているのは腕の白い腕章だけで他に一致しているものはない。明らかに反乱軍か民兵というべき姿だ。正規軍ではないな。


「待たせたな。こちらは準備は出来ている。そちらは?」

「準備万端だ。だが、流石にその見た目は堪えるな……」


 ラーロたちはスワームを見て怯えているようだった。兵力を貸してほしいと言われたから連れてきたのに、この反応はないだろう。もっと歓迎してもらいたいものだ。


「襲撃の計画は?」

「俺たちは西門を潜って一気に王城を目指す。俺たちが王城を落としたら、王都リツカ内にいる他の反乱軍が一気に反旗を翻す。作戦はシンプルな方がいいだろう?」


 ちょっとばかりシンプルすぎる気もするが。


「いいだろう。私たちが道を切り開く。付いてきてくれ」

「了解。任せる」


 民兵たちに正規軍の相手を任せるのは気が引ける。ここは私たちが担当しよう。背中から刺されなければいいけれど。


「セリニアン、ジェノサイドスワーム、ポイズンスワーム。道を切り開くぞ。立ち塞がるものを打ち倒し、王城までの道の道を切り開け」

「了解です、女王陛下」


 セリニアンが了解の声で応じ、ジェノサイドスワームとポイズンスワームを引き連れて、西の城門を潜る。西の城門は確かに指揮官が反乱軍側であったようで、城門は開け放たれたままで、抵抗はなかった。


「な、なんだ!?」

「怪物!?」


 王都リツカ内ではスワームの集団は文字通り化け物としか見られなかった。まあ、それでいいとも。私たちは化け物だ。それに違いはない。人間と異なるものはみんな化け物なのさ。


「警備兵! 警備兵!」


 警備の兵士を呼ぶ声が響き、それに応じて騎兵が180体ほど現れた。


 騎兵か。面倒な相手だ。その衝撃力はスワームをも屠れる。


 だが、そう簡単にはいかないとも。


「セリニアン。防御だ」

「了解」


 私はセリニアンに防御を命じ、続いてジェノサイドスワームたちにも防御姿勢を取らせる。これで準備は万端だ。相手を迎え撃つことができるはずだ。


 もっとも、そこまで心配する必要はなかった。


 ナーブリッジ群島の兵士たちはスワームの群れを見ただけで怖気づき、その速度は急速に低下し、衝突する瞬間にはほとんど止まっていたようなものだった。


 セリニアンはその哀れな兵士たちを切り倒していった。セリニアンは待ってましたとばかりに、騎兵たちの首を刎ねていく。まるで芸術作品のように血の痕跡が宙を舞って、騎兵の首が飛ぶ。


 ジェノサイドスワームたちも反撃に転じた。


 ジェノサイドスワームは騎兵に向けて突撃し、馬を屠り、騎兵を屠り、肉挽き機のように彼らをミンチ肉に変えていく。


「敵騎兵、制圧官僚です、陛下」


 あっという間だった。騎兵は一瞬の恐怖が命取りとなり、自分たちの命でその代償を支払うことになった。肉塊と化した彼ら。彼らを救うものはなにもない。彼らを助けるものはなにもない。


「ご苦労様、セリニアン、ジェノサイドスワーム。このまま王城まで行進だ」


 私たちは進む。リツカの中心にある王城に向けて。


 その王城の先にはアルフォンソ4世の首がある。その先にはライサの苦痛を解く解毒剤がある。私たちは最後のとても重要な目標のために前進する。


 ラーロたちはびくびくしながら私たちに続ている。


 いけないよ、君たち。革命を目指すのであれば、もっと堂々としていないと。


 私がこの世界に混乱を持ち込んだ時のように堂々としていなければ。


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