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ナーブリッジ群島

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 ──ナーブリッジ群島



 ジルベルトの船──ムエット号はナーブリッジ群島海軍の哨戒線を絶妙に避け、ナーブリッジ群島に迫った。途中で危ういところはあったが、私たちは無事にナーブリッジ群島に上陸しようとしている。


「海賊たちはニルナール帝国の船は襲わないのか?」


 上陸が間近に迫る中、私はジルベルトにそう尋ねた。


「襲う連中もいる。俺も襲っているぞ。何せ、フランツ教皇国が俺たちを取り締まらなくなったおかげで、ニルナール帝国まで足が伸ばせる。ついでにいえば、今のフランツ教皇国は襲撃するに値する船がないからな」


 なるほど。私たちがフランツ教皇国を滅ぼしたせいで、フランツ教皇国の船は襲う価値なしとなったのか。それで私が許可している海賊たちは、フランツ教皇国に母港を移し、ニルナール帝国の船を襲っているわけだ。


「だが、ニルナール帝国を恐れている連中もいる。そういう連中はニルナール帝国は避けて、ナーブリッジ群島の船だけを襲っているな」


 ニルナール帝国は海賊たちにまで恐れられているのか。


「それからナーブリッジ群島とポートリオ共和国の間で船を襲撃する連中もいるな。新大陸の物資はそれなり以上に貴重で、無事に持ち帰れば何倍という値で売れる。もっとも新大陸付近の海域まで行くのは一苦労なんだが」


「ポートリオ共和国? 新大陸? この世界には別の大陸もあるのか?」


 ここでジルベルトが興味深いことを告げた。


「あんた、知らないのか。ポートリオは新大陸の国家だ。ずっと南に下った場所にある新大陸の国家のひとつだ。今はなにやら揉めてるらしくて、旧大陸の戦争に口を突っ込もうって気にはならないみたいだけどな」


 ふむ。あの大陸以外に大陸があるのか。


 新大陸にはどんなものがあるんだろうか。旧大陸より平和だろうか。それとも旧大陸と同じように戦争に明け暮れているのだろうか。


 私は新大陸に興味が湧いてきたが、それどころじゃないと考えを打ち消す。


「船はそろそろか?」

「ああ。上陸できそうな入り江がある。そこに降ろす。辺鄙な場所だが、海軍の哨戒網には入っていないのが利点だな」


 ようやくか。ここでライサのために解毒剤が手に入るといいんだが。


「よし。あそこだ。お前ら! 船をつける準備をしろ!」

「アイ、サー!」


 ジルベルトが叫ぶのに、海賊たちが応じる。


 確かに辺鄙な場所だが、入り江があり、ちょうど船から荷を下ろし易そうな構造をしているのが分かった。まるで人工的に整備されたもののようだ。


 ジルベルトのムエット号は絶妙な操船技術によって、入り江に船をつけ、そして錨をガラガラと落とし始めた。到着だ。


「ここから一番近い街はリータイトだ。西に真っすぐ向かえば到着する。検問も何もないはずだから安心してくれ。もし、検問があったらこれを使え。偽造した通行許可証だ。とっておきの品だぞ」


 ジルベルトはそう告げて私に2枚の紙を配った。


「助かる、ジルベルト。何から何まで世話になった」

「お互い様だ。あんたはイザベルの仇を取ってくれた。海賊は恩を忘れない」


 ジルベルトには本当に世話になった。ジルベルトがいなかったら私たちはナーブリッジ群島に到着することもできなかっただろう。


「では、幸運を」

「ああ。幸運が必要だ」


 私たちを降ろしたジルベルトの船が去るのを見送った。帰りにニルナール帝国の船に襲われたりしないといいのだが。


「さあ、セリニアン。私たちの作戦を始めよう。ライサが待っている」

「はい、女王陛下」


 そして、私とセリニアンはライサを救うために行動を始める。


 待っていてくれ、ライサ。君のことは必ず助ける。


…………………


…………………


 私はワーカースワームにいくつかの施設の建造を命じると、ジルベルトに言われた通りにナーブリッジ群島の入り江から西へと真っすぐ向かった。


 歩き続けること40分ほどで街が見えてきた。城壁で囲まれた大きな都市。ここがジルベルトの言っていたリータイトという都市か。


 そして、私たちは城門に視線を向ける。そこには退屈そうな顔をした警備兵が2名立っていた。検問はどうやらあるようだ。ジルベルトがくれた偽造の通行許可証が使えるといいのだが。


「おや。西の方から人が来るなんて珍しいな」


 警備兵のひとりが顔を上げてそう告げる。


「ああ。少し用事があって来た。通ってもいいか?」

「なら、通行税だ。ふたりで4ロマだ」


 なんだ。ただの通行税の取り立てか。


「8ロマ払おう。その代わり聞きたいことがある」

「なんだい?」


 私が尋ねるのに警備兵が尋ね返す。


「ここら辺で魔女の一撃の解毒剤を売っている店はあるか?」

「魔女の一撃の解毒剤? そんなものを売ってる店があるとは聞いたことがないな」


 この街はハズレだろうか。まあ、中で聞き込みをしてみないことには分からないか。


「では、8ロマだ。これでいいな?」

「ああ。リータイトを堪能していってくれ。じゃあな!」


 気のいいい兵士だ。なるべくなら殺したりはしたくないものだが。


「セリニアン。こういう時はどうするべきだと思う?」

「やはり酒場か宿屋かと。情報は集まりやすいでしょうから」


 何故か酒場と宿屋には情報が集まる。人が集まるからだろう。


「なら、今回はまず宿屋だ。迅速に情報を集めよう。ライサがいつまでもつのか分からないからな」

「はい、女王陛下。ライサは苦しんでいます。急ぎましょう」


 集合意識を経由すればライサの苦痛が感じられる。痛々しい。


「急ごう」


 私たちは大通りを進み、宿屋を探す。


「あった。あそこは大きそうだ」


 私は大通りに宿屋の看板を出している店を見つけた。それなりの大きさで、人の出入りが多そうな店だ。ここならば有益な情報が手に入りそうである。いや、少しでも情報を手に入れなければ。


「失礼する」


 私は一言告げて宿屋の玄関を潜る。


「いらっしゃいませー! ようこそ海の潮風亭へ!」


 私たちを出迎えるのはやけに元気がいい少女だった。制服と思しきものを纏っているところからして、ここの従業員であることは間違いなさそうだ。


「お泊りですか? お食事ですか?」

「食事を。それから少し情報が聞きたい」


 私とセリニアンはテーブルに着くと少女にそう告げた。


「え? 情報を聞きたい、ですか? いいですよ! この店はいろんな情報が入り混じっていますからね!」


 この少女は本当に元気だな。


「この街に魔女の一撃の解毒剤を売っている店はあるか?」

「魔女の一撃の解毒剤? ああ! その話ですか!」


 おや。もう情報が手に入るのか?


「腰痛ならカストディオ薬品店へ! 一発で効く薬を販売してますよ!」

「……いや、腰痛ではなく毒の話だ」


 この少女は……。本当に当てにしていいんだろうか。


「毒? そういえば、国王の命令で一部の毒の解毒剤が販売禁止になったそうですよ。それが魔女の一撃って毒薬かはしりませんが、毒の解毒剤を販売禁止にするなんて、いったい何考えているんでしょうね?」


「それだ。関係ありそうだ。それについて詳しい人を知らないか?」


 毒薬の解毒剤の販売を禁止するなんて、対象を確実に殺すから以外に考えられない。


「ラーロさん! 毒の解毒剤の販売禁止って魔女の一撃ってのも含まれてました?」

「ああ? 魔女の一撃? また大層な毒の話が出てきたな」


 ラーロと呼ばれたのはカウンターにいるこの店の店主らしき男だ。


「確かに魔女の一撃の解毒剤は販売禁止になったらしい。理由は分からないがな。大方ろくでもない理由だろう。ここ最近の国王はニルナール帝国の下僕のようだからな」


 ラーロは吐き捨てるようにそう告げると、肩を竦めた。


「で、ご注文は?」

「このオムライスとカキフライ定食を」


 ラーロが尋ねるのに私が告げる。セリニアンの食べたいものは集合意識で分かってるから勝手に頼んでおく。


「はいよ。少々お待ちを」


 ラーロはそう告げると、カウンターの奥に引っ込んだ。


「海の潮風亭でオムライスを頼むなんてお客さん通ですね!」

「おいしいのか?」

「とっても!」


 ふむ。食事を楽しんでいる場合ではないのだが、何も頼まずに情報だけを手に入れるわけにはいかない。


「はいよ。オムライスとカキフライ定食だ」


 暫くしてラーロがオムライスとカキフライ定食を運んできた。オムライスからはとてもいい匂いが漂っているが、今はライサが心配だ。そうだな。できるならライサとも一緒に来たかった。


 だが、私は気付いた。オムライスの皿の下に紙が挟まれていることに。


 私は周囲の視線に気をつけてそれをめくる。


 “この後で店の裏に”


 なるほど。ここの店主は私が思っているより情報を持っているようだな。


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