魔女の一撃
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──魔女の一撃
「毒が使われていたようだな」
ライサを診察した医者はそう告げた。
ライサは苦しそうに呻き声を上げ、汗を流し続けている。痛々しく見ていられなくなるが、ライサは私を助けるために犠牲になったのだ。そのことを受け入れて、現実をしっかりと見なくては。
「毒? どんな毒だ?」
「恐らく魔女の一撃と呼ばれる薬だろう。これは被害者をこん睡状態にし、そのまま死に至らしめる強力な毒だ。暗殺者たちはよく使うようだが」
そう告げて、医者は私たちの方を見る。
「この国には暗殺ギルドが存在する。そこが魔女の一撃を使うことで有名だ。何か恨みを買うようなことをしたのではないか?」
クソ。見当は付く。ニルナール帝国だ。
私たちが東部商業連合と同盟しようとしているのを察知して、その暗殺ギルドで暗殺者を雇ったのだろう。本来殺す相手は私だったが、ライサが私を庇ったから、ライサが犠牲になったのだ。
忌々しいニルナール帝国め。あの国には苛立たされる。
「解毒剤は?」
「この国にはない。暗殺ギルドは持っているかもしれないが、少なくとも普通の医療機関にはない。この国では材料が不足していて作れないんだ」
解毒剤までないとは。ライサは本当に大丈夫なのか。
「なら、どこにならある?」
「ニルナール帝国、そしてナーブリッジ群島だ」
そこで出てきた国は忌々しいそれと、未知のそれ。
「ナーブリッジ群島、か……」
ニルナール帝国は論外だ。だが、私はナーブリッジ群島についてあまり知らない。
分かっているのはあの国はまだニルナール帝国の影響下にはなく、東部商業連合と同じ商業国家だということだ。他のことについては私はあまりにもナーブリッジ群島について知らなすぎる。
「セリニアン。行こう。ライサはマスカに任せる。その間に私たちは解毒剤を手に入れてこよう。まずはベントゥーラと話してからだ」
「畏まりました、お嬢様。大丈夫です。ライサは死なないはずです」
そうであることを祈りたい。私たちを見守ってくれている存在にでも。
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「ナーブリッジ群島ですか。正直なところ微妙なところですな」
私たちから事情を聴いたベントゥーラは渋い表情をする。
「交易はしていないのか?」
「あの国は今は我々とは交易していません。戦争に巻き込まれるのを避けたいのか、禁輸措置をとってニルナール帝国に好感触を抱いてもらおうというところなのです。昔は交易していたのですがね」
ニルナール帝国から身を守るためにナーブリッジ群島はニルナール帝国に反発を示している東部商業連合から距離を置いているらしい。よりによって、こんなときにそんな状況にあるとは。
「ナーブリッジ群島に自分たちで向かえば解毒剤は手に入るか?」
「ナーブリッジ群島は今はニルナール帝国の船しか受け付けていません。禁輸措置の一環というものです。それにニルナール帝国の顔色を窺う国が、アラクネアに薬を売るとは考えにくいですな」
徹底した禁輸措置だな。だが、抜け穴があるはずだ。
「ナーブリッジ群島の軍事力はどの程度だ?」
「軍事力? 海軍はそれなりですが、陸軍は大したものではなかったはずです。歩兵師団が3個あるだけだったかと」
私が尋ねるのに、ベントゥーラは些か戸惑ったように返す。
「ふむ。相手ではないな。その規模なら重装歩兵の割合も少ないはずだ」
「まさか、ナーブリッジ群島に攻め込むつもりか?」
私が呟くのに、ベントゥーラの顔色が変わった。
「私は仲間を助けるためならなんだろうとする。相手が私たちに解毒剤を渡さないというならば力ずくで奪い取るだけだ。ニルナール帝国だけに交易を許す国は、事実上のニルナール帝国の植民地だ」
ライサを死なせてなるものか。ライサを死なせないためならば、どんなことだろうとやってやる。ナーブリッジ群島が解毒剤を渡さないというのならば、それはアラクネアへの敵対行為と見做してやる。
「彼らがニルナール帝国の植民地でないと示すのならば、それに応じよう。だが、そうでない限りはニルナール帝国の植民地と見做して攻撃する。我々はニルナール帝国と戦争しているのだからな」
私は決意を込めてそう告げた。
ライサ。私たちが解毒剤を手に入れるまで生きていてくれ。スワームは元来毒に強いはずだ。魔女の一撃という毒が特殊だったのかもしれないが、すぐにはやられないはずだ。そうであってくれ。
「それから私たちを狙った相手についてだ」
「暗殺ギルドを疑っているのでしょう?」
ライサをああいう目に遭わせた犯人を絶対に探し出さなければ。そして、その首を刎ねてやる。
「私たちが探すのは暗殺ギルドとそれに依頼した人物だ。依頼した人物も八つ裂きにしてやる。だが、これは問題になりそうだな」
私たちアラクネアの人間が東部商業連合入りしていることを知っているのは、限られた人間だけだ。まずベントゥーラ、次にコンラード、そしてケラルト。まだ会ってはいないが、ホナサン・アルフテルも私たちが東部商業連合入りしたことを知っている。
犯人はこの中の誰かか、この中の人間の傍にいる人間だ。
東部商業連合を味方に付けようとしているのに、東部商業連合の人間を敵に回すことには芳しくないことだ。だが、報いは受けてもらわなければ。
「調査はこちらで行っておきましょう」
「いや。こちらで行う」
ベントゥーラに任せるわけにはいかない。ベントゥーラも容疑者のひとりなのだ。
「どのような手段で?」
「それを言うわけにはいかない」
捜査の方法を知られたら、抜け道に気付かれてしまうじゃないか。
「では、私たちはナーブリッジ群島に向かう。そちらには迷惑をかけない形で」
「それはいったいどういう……」
私はベントゥーラに具体案を告げずに去った。
もう今は誰も信用できない。信用できるのはこれまでの仲間たちだけだ。
今は自分たちだけで道を切り開かなくては。
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「船を出してほしい?」
私の言葉にそう告げるのはジルベルトだ。
私は彼の船に乗り込ませているリッパースワームを経由して、アトランティカの海賊であり共にイザベルを弔ったジルベルトに連絡を取っていた。
そして、彼の船とフランツ教皇国の港で落ち合った。
「そうだ。ナーブリッジ群島にまで行きたい。頼めるか?」
「ナーブリッジ群島が。あそこは正直危険地帯なんだがな……」
ナーブリッジ群島は常に海軍がパトロールしており、交易を遮断した今となっては港に入れる船はニルナール帝国のものだけとなっている。海賊が近づこうものならば、海軍がすぐさま追いかけてくるだろう。
「頼む、ジルベルト。私たちの仲間が死にそうで、解毒剤がどうしてもいるんだ。ナーブリッジ群島まで行って帰るだけでいい。後は私たちが自力でどうにかする。もう仲間を失いたくないんだ。頼む」
私は誠心誠意を込めて、ジルベルトに頼み込んだ。
スワームたちは今は船を操れるが、海軍を避ける方法や、ナーブリッジ群島周辺の危険な海域などをしらない。それを知っているジルベルトが了承しなければ、私たちは捨て身でナーブリッジ群島に乗り込むことになる。
「頭を上げてくれよ、女王陛下。あんたにはイザベルの仇を取ってもらった。そんな恩人の願いを無下にはできないさ。俺たちがあんたたちをナーブリッジ群島まで確かに送り届け、連れ帰る。安心してくれ。俺たちは何度もナーブリッジ群島に密輸をしてる」
「助かる、ジルベルト。本当に助かる」
ジルベルトはいい奴だ。たった一回共に戦っただけなのに私たちを信頼してくれている。共にイザベルを弔ったから信頼してくれている。この信頼が今はありがたい。
「積み荷はあんたたちだけでいいのか?」
「いや。少々人数が多くなる。正確には人ではないが」
「蟲か。まあ、いいだろう。船倉は空いてる」
ナーブリッジ群島にまではスワームたちも連れていくつもりだ。スワームの力で閉ざされた門を抉じ開けるつもりだ。
「なら、善は急げだ。早速出航しよう。準備してくれ」
「ああ。準備を済ませる」
こうして、ナーブリッジ群島までの船は確保した。
後は乗せるスワームを選別するだけだ。
ワーカースワームを1体、ジェノサイドスワームを3体、ポイズンスワームを1体。これで決まりだ。ナーブリッジ群島まで到着したらワーカースワームが働くことになるだろう。私は戦争を覚悟している。
「セリニアン。行こうか」
「女王陛下。復元器でライサを回復させるのは不可能なのですか?」
私が告げるのに、セリニアンがそう尋ねてきた。
「復元器は体力しか回復しない。状態異常は回復しないんだ。状態異常を回復するにはそれぞれの陣営の回復ユニットが必要になる。今のところ私たちには回復ユニットはいないんだよ」
そう、状態異常の回復には回復ユニットが必要なのだ。アラクネアは状態異常をかける側なので回復ユニットのアンロックは遅く、未だに私たちには回復ユニットが存在しないのだ。
「それではどうあっても解毒剤を手に入れなければなりませんね」
「ああ。なんとしても手に入れなければ」
私たちは決意を固めて、ジルベルトの船に乗り込んだ。
待っていてくれ、ライサ。必ず解毒剤を持って帰るから。
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