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首都ハルハを巡る(2)

…………………


 お腹を満たした私たちは次にバザールを見て回ることにした。


「いろいろな商品があるね」

「凄い品揃えですよ! こんなの見たことないです!」


 バザールには様々な商品があった。


 だが、ほとんどが用途不明だ。


 水タバコの器具のようなものや、織物などは分かるが、ぱちぱちとスポークする水晶玉や回転し続ける輪っかなどは何の意味があるのだろうか……。


「お嬢ちゃん、エルフだろ?」

「えっ!?」


 ライサが商品を眺めていた出店の店主がライサに突然そう告げた。


「わざわざ髪の毛で耳を隠してるし、田舎から出てきた様子丸出しだしな。エルフとしか思えんよ。当たりか?」

「ええっと。内緒です」


 ライサはまだ外の世界が不安な様子である。


「店主。連れを苛めないでくれ。そうすれば何か購入することを考えてもいい」

「おお。いいね。お嬢さん方にはこれなんかお勧めだ」


 店主が勧めてきたのはアクセサリーだった。


 本当に小さなルビーとガラス玉で飾られた安物の腕輪だ。だが、旅の思い出にはいいのかもしれない。私が家に帰った時、セリニアンとライサで一緒に旅をしたという思い出があるのはいいのかもしれない。


「買おう。いくらだ?」

「3つで30ルピナだ。お買い得だぜ」


 相場は分からないが、金はある。


 私たちは店主に30ルピナ渡すと、腕輪を受け取った。


「それからハルハの名物について聞きたいのだが」


「ハルハの名物? そりゃ歓楽街だが、お嬢さん方には用がないだろう。それ以外となると難しいな。ああ。ハルハの衣料店は豪華だぞ。何せ、歓楽街に繰り出す連中がそこで着飾っていくわけだからな」


 歓楽街と服屋か。


 歓楽街は確かにあまり興味はない。酒が飲めない私にはあまり意味がない場所なのだ。それに歓楽街というといかがわしいお店もセットになっていそうだ。そういうのにも私は要はない。


 だが、服屋というのは気になるな。


 セリニアンもライサも着替えられることだし、彼女たちにもちょっぴり変わった服装をさせてあげたい気がする。特にいつも厳つい鎧姿のセリニアンには、可愛いドレスとか着てほしい。


「お、お嬢様。私はこれで何ら問題はありませんので……。マリーンの街で作ったドレスもあることですし……」

「よし。服屋に行こうか」


 私はセリニアンの控えめな反対を無視して、服屋に行くことを決定した。


 商人に教えてもらったところ、服屋は一ヵ所に集まっているらしい。


 私たちはその服屋区画に向けて進んだ。


「ほうほう。これは凄いな」


 服屋区画には様々な服屋が軒を揃えていた。


 社交界向けのドレスを扱った店。日常で使用する服を扱った店。ちょっと特殊な感じの衣類を扱った店。


「まずはドレスからだ。セリニアン、準備はいいな?」

「……はい」


 私たちは服屋に向かう前にセリニアンの鎧を剥がしておいた。今のセリニアンは私が万が一の時のために用意しておいた日常で着用するドレス姿である。私が本来の背丈に戻って、かつ日本に帰って誰かに出会っても問題のないものだ。


「あのドレスとかセリニアンに似合いそうだと思わないか?」

「そうですね。いい感じだと思います。セリニアンさんの体形だとセクシーですね」


 私とライサが眺めるのは胸元が大きく開け、最中は腰のあたりまで開け、かつ太ももの覗く大きなスリットがあるドレスだった。私やライサが着ても悲しくなるだけだが、セリニアンが着たら、実に色っぽいだろう。


「わ、私としてはこっちのドレスの方が……」


 セリニアンが指さすのは露出が全くないドレスだった。アオザイのようなドレスであり、コサージュで飾られている。


「それならこっちにしないか?」

「それは足が……」


 私はアオザイではなく、チャイナドレス風のドレスを指さして告げた。やはりこれもスリットが深く、セリニアンの健康的な太ももが露わになるだろう。私の棒のような太ももとは大違いだからなセリニアンの太ももは。


「お嬢様、あまり苛めないでください……」

「苛めてないよ? セリニアンのためにドレスを選んでるんだよ?」


 ということで、最終的には3着全て購入した。セリニアンが着るのが楽しみだ。


 涙目のセリニアンはちょっと可愛かったと明記しておく。


「次は日常で着るドレスか。いつも鎧姿というのも怪しまれるし、普段着を1、2着ぐらい準備しておくのは必要だろう」


 セリニアンはいつも鎧姿だ。鎧が体の一部なのでしょうがないと言えばしょうがないが、それではちょっと怪しまれるし交渉時に相手に威圧感を与えてしまうかもしれない。普段着を用意しておくものいいだろう。セリニアンも女の子だし。


「わー! これかわいいですよ、お嬢様!」

「確かにこれは可愛い」


 ライサが食い付いたのは不思議の国のアリスの主人公アリスが着ているような青色のエプロンドレスだった。小さな子が着るとアリスちゃんだが、背丈の大きなセリニアンが着るとメイドさんっぽい。


「セリニアンはどんな普段着が欲しい」


「いえ、私が何かを欲するなど恐れ多い……」


「いいから、いいから。せっかく、買い物を楽しんでるんだから、セリニアンも一緒に楽しまないと」


 セリニアンはこういうことでは奥手になるのが玉に瑕だ。


「でしたら、このような服を」


 そして、セリニアンが指さしたのは男物のスーツだった。


「確かにセリニアンが着たら似合いそうだけど、それは男物だよ?」

「ですが、いざという場合にはスカートよりズボンの方が動きやすいのです。私はお嬢様の護衛としてなんどきでも戦えるようにしておかなければ」


 セリニアンはファッションは楽しむものではなく、実用派か。こればかりは個人の嗜好だからあれこれ言ってもしかたない。それにスーツ姿のセリニアンっていうのも結構格好いいな。


「なら、女性向けのスーツを頼もう。セリニアンに似合う奴を探さないとね」


 私たちはあれじゃないこれじゃないと言いながら、セリニアンのスーツ選びに尽力した。最終的にセリニアンが気に入った黒色のシャツと黒色の背広のスーツが選ばれた。こんなスーツを着てもばっちり似合うんだからセリニアンは凄いな。


「次はライサの服を選ばないとな」

「わ、私はいいですよ。今の洋服で十分ですから」


 ライサも普段着とドレスを持っているが、せっかくこんな場所に来たのだから買わないわけにはいかないだろう。ライサは私と体形が似てるから、選ぶのも楽しいぞ。


「ささっ。さっき可愛いって言ってたエプロンドレスはどう?」

「確かにあれは可愛かったです! でも、私にはちょっと似合わないような」

「そんなことない」


 ということで1着目お買い上げ。


「次はセクシーなのを選ぼう。ライサと私は未成熟だけど、セリニアンに負けないだけの色気があるということを示そうじゃないか」


 私はそんなことを言いながら鼻歌を歌いつつ、ライサのためのドレスを選ぶ。


 胸元は隠しておくとして、スリットは深めで脇が出る奴がいいな。そういうのってセクシーそうじゃないか。私がいつも洋服を買うのは衣料量販店なので、お洒落についてはまるで信用の成らない意見だけれど。


「この長手袋も付けたらよさそうですよ、お嬢様」

「目の付け所が違うな、セリニアン。確かにいいぞ。下着も選んでしまおう」


 そんなことで私たちの着せ替え人形にされるライサであった。


 最終的にエプロンドレスと貴婦人風ドレス、イブニングドレス、長手袋、ガーターストッキング、エトセトラをライサのために購入した私たちであった。


「ふう。これでみんなが着る服に困ることはなくなったね」

「はい。でも、よかったんでしょうか。こんなに買っちゃって」


 私たちが洋服の詰まった袋を抱えてホクホクの笑みを浮かべているのに、ライサが心配そうにそう尋ねてきた。


「今も戦っているローランには悪いけれど、向こうも戦線は安定しているみたいだから。シュトラウト公国の山道をニルナール帝国軍は一歩も突破できていない。あそこの守りはどこまでも強固だ」


 ローランは今もシュトラウト公国戦線でスワームたちを指揮している。


 ニルナール帝国軍は山道の突破を諦めて、崖を上って突破しようとしていたが、そんな無茶苦茶な方法で進撃できるはずもなく、ローランに撃退されている。


 シュトラウト公国の山道にはニルナール帝国軍の兵士の死体が積み重なり、それを漁るカラスや野犬を追い払ってリッパースワームが肉団子をワーカースワームに作らせているところだ。


 厳しい状況には変わりないが、前途が見えてきたというところだろう。


「ローランさん、頑張ってますね」

「シュトラウト公国は彼の祖国だ。必死にもなるさ。心配なのはニルナール帝国軍がエルフの森を通過してシュトラウト公国に侵攻してこないかだ」


 ライサが頷くのに、私が顎に手を置いてそう告げる。


 エルフの森はマルーク王国、シュトラウト公国、フランツ教皇国、そしてニルナール帝国の4つの国家が国境を接する場所だ。


 ニルナール帝国がフランツ教皇国に侵攻した今となっては、エルフの森はニルナール帝国による半包囲状態にある。いつニルナール帝国がエルフの森を迂回路として選択してシュトラウト公国に攻め入るかは不明だ。


「私の故郷が戦場になる可能性もあるんですか……?」

「絶対にそうはさせない。そのためにジェノサイドスワームを大量量産して配備しているんだから。私はバウムフッター村を守ると約束した。その約束は破らない」


 ライサが心配そうに尋ねるのに私がそう返す。


 バウムフッター村みたいな場所を戦場にしてなるものか。彼らはあそこで平穏に暮らしていきたいだけなんだ。それを大国の都合で戦場にするわけにはいかない。それに私はバウムフッター村を守ると約束を交わした。


「だが、万が一に備えて住民の避難を準備しておいた方がいいのかもしれない。ニルナール帝国は、あの国は嫌な予感がするんだ」


 ニルナール帝国はまだ底が見えない。


 絶妙なタイミングでの戦争への介入。瞬く間に旧マルーク王国領を制圧した軍事力。フランツ教皇国での強靭な野戦陣地にワイバーン。どれも油断ならないものだ。奴らが次に何をするのか私には完全には予想ができない。


「今はシュトラウト公国戦線に釘付けにしておかなければな。ローランには多少の敵の突破をあえて許すように命じておくか。シュトラウト公国戦線があまりに動かないと、それこそニルナール帝国は何をするか分からない」


 戦線が微動だにしなければ将軍たちは別の策を考えるだろう。


 エルフの森を突破するか。フランツ教皇国戦線に増援を派遣するか。


「まあ、今は戦線も安定しているし、ニルナール帝国に新しい動きもない。けど、ニルナール帝国の動向がいつまでも分からないのは不穏だ。マスカレードスワームを侵入させるなり、パラサイトスワームを寄生させるなりして、情報を得たいところだ」


 ニルナール帝国は難民を受け付けていない。マスカレードスワームを潜伏させるのは苦労するだろう。パラサイトスワームを秘かに潜入させて、城門の警備を制圧できれば話は変わってくるだろうが、それはまた冒険だ。


「せめてもう少しニルナール帝国の旧マルーク王国領への侵攻が遅れて、飛翔肉巣がどうにか完成しフラップスワームが作れていれば、航空偵察という手もあったんだが」


 飛翔肉巣。アラクネアの航空ユニットを生み出すものだ。


 正直なところアラクネアの航空戦力は脆弱だ。ワイバーンには勝てないだろう。だが、それでも空からの目があるというのは大きく異なる。


「戦争、勝てるといいですね」

「ああ。そして終わらせなければ」


 終わらせるんだ。この戦争を。


 東部商業連合と同盟を結び、ニルナール帝国を滅ぼして、この大陸の戦争を終わらせる。そして平穏の時代を生きよう。平和になったら何をしようかといろいろと考えていたところだしな。


「女王陛下!」


 不意にライサが私を突き飛ばした。


 何だかよく分からずに私は前の目のめりになって倒れ、頬の生温かい液体がかかった。


 血だ。真っ赤な血だ。


 だが、誰の?


「はあっ!」


 それからセリニアンの雄叫びが聞こえる。彼女が剣を抜いた音も。そして男の悲鳴が聞こえた。いや、そこら中で悲鳴が上がっている。この商業地帯一帯が混乱の中に叩き落されている。


 一体何が起きたんだ?


 私は起き上がり、周りを見渡す。


 まず目に入ったのはセリニアン。血塗れの長剣を持った彼女の姿が見えた。周囲を警戒しているのか、鋭い視線が周囲を探る。


 そして、セリニアンの足元には男の死体があった。袈裟懸けに切られ、あおむけになって倒れている。


 そして──。


「ライサ? ライサ!」


 ライサが刺されていた。わき腹から血だ滲みだし、それがぽとぽとと地面に血だまりを作っている。ライサはまだ生きているようで、ちゃんと胸が上下していた。


「ライサ! しっかりしろ、ライサ! セリニアン、どうしたらいい!?」

「傷口を押さえてください! 強く!」


 私が混乱して尋ねるのにセリニアンがそう告げる。


 そうだ。戦争映画でも撃たれた箇所を一生懸命兵士たちが押さえていた。私はそれを真似してライサの傷口を圧迫する。


「どうした!?」


 暫くしてハルハの警備兵が駆けつけてきた。


「友人がその男に刺された! 医者を!」

「分かった!」


 私は必死にライサの傷口を押さえる。リナトの後を追うには早すぎるよ、ライサ。君にはもっといろんなことを一緒にやっていきたいんだ。だから、死ぬな。


「医者は向こうだ! 担架に乗せるぞ!」


 戻ってきた警備兵たちがそう告げ、私はライサの傷口を押さえたまま、セリニアンは周囲を警戒したままに駆け抜けていく。


 ライサ。死なないでくれ。頼む。


…………………

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