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首都ハルハを巡る

…………………


 ──首都ハルハを巡る



 昨日、コンラードとケラルトを味方につけ、同盟に一歩進んだ。


 明日は有力な議員のひとりであるというホナサン・アルフテルと会談し、この同盟が締結に至るように努力するのみだ。


「少し出かけようか、ライサ?」

「え! いいんですか!」


 私たちはホテルの客室に籠っていたのだが、ライサがあまりにも羨ましそうに外の光景を見ているので、外に出かけることを誘った。


 ライサはずっと森で暮らしてたから大都市とか珍しいんだろう。あのマリーンの街でも海に一番はしゃいていたし。その点、セリニアンは大人だ。彼女はマスカレードスワームと交代でずっと警備に付いている。


「セリニアン、少し出かけてくる」

「そうですか。でしたら、お供します」


 私はセリニアンも誘うつもりでそう声をかけ、セリニアンも乗った。


 この客室は悪くはないのだが、やはりこうも1日中籠り切りだと、息が詰まってくる。外の空気を吸うことも必要だ。明日は大事な会談があるのだから、疲労はためておきたくない。


「では、行こうか」


 可哀想なマスカに留守番を任せて私たちはハルハの街に繰り出した。


 ハルハの街はにぎやかだ。


 マルーク王国の首都は廃墟だし、シュトラウト公国の首都は殴り込んだし、フランツ教皇国の首都は異端者狩りの影響で静かだった。こうして、一国の首都を平穏に歩いていくというのは初めてだ。


 見るもの全てが物珍しい。


 出店で売られている品々は謎の品が多い。何かの肉を串焼きにしたもの。何かの肉を炙りながら削っていくケバブのようなもの。何かの肉を麺に絡めてお出ししたもの。何かの肉を油で揚げたもの。


 はっ。私はさっきから肉ばかりみてないか。


「……お嬢様、お腹が空いているんですか?」


 と、ライサが私の様子に築いてそう話しかけてくる。


 今回ばかりは女王陛下という呼び名はなしだ。この国では既に冒険者ギルドがアラクネアの女王について掴んでいる。シュトラウト公国のときは、まだアラクネアの女王について知られていなかったから隠す気がなかったが、今回は隠した方がよさそうだ。


 冒険者ギルドのケラルトは私の安全を保障しているが、冒険者が情報を漏らして、ニルナール帝国の暗殺者などに狙われてはたまったものではない。


 全く、独裁者も楽じゃないな。


「正直に言うと少し減っている……」

「なら、食事にしましょう。どこか美味しい店を探しましょう」


 何もしてないのにお腹が減るというのはどういうことなんだろうか。このまま食べ続けたら、太ってしまうんではないだろうか。丸々としたアラクネアの女王ならぬアラクネアの豚になってしまうんではなかろうか。


 スワームとして体形の変わらないセリニアンたちが妬ましい……。


「お、お嬢様? 私たちの体形は確かに変化しませんが、お嬢様が太りすぎるということもないかと思いますが……」


「分からないよ、セリニアン。ここ最近私はさっぱり運動をしていないからね。このままだと本当に乙女の危機だ」


 太らないセリニアンとライサには私の気持ちは分かるまい。


「エルフ風の食事をしてると太りませんよ。菜食がメインですから」

「でもね。私はお肉が大好きなんだ、ライサ」


 確かにバウムフッター村の食事はヘルシーだった。だけれど、あれだけでは物足りなかったのも事実だ。たまにはがっつりとお肉が食べたくなるときがあるのだ。そして、贅肉が付くのである……。


 こうなる前も太っていたわけではないが、気になる食生活ではあったなあ。


「じゃあ、お嬢様に配慮して、お肉のお店にしましょう。食べたいものを食べたいときに食べておくことも、疲労感をなくしますよ。明日は大事な交渉の席があるのですから、ここは気合を入れて!」


「まさに悪魔の誘惑だな、セリニアン。でもいいや、今日はお肉の気分だ。ライサはお肉でもいい?」


 私はもう乙女の危機を振り切って、お肉を食べることを決意したが、ライサはどうだろうか。ライサはエルフだし、あんまり肉は好きじゃないかもしれない。


「私もお肉でいいですよ。エルフってお肉食べないって思われてますけど、禁猟期以外は結構な割合でお肉食べてますから」


 私の中のエルフ像がちょっと崩れたのは内緒だ。


「では、お肉のお店へ!」

「ステーキがいいなあ。ハンバーグでもいいけれど」


 ライサが歓声を上げ、私はお肉の味を想像して涎を我慢する。


「あのお店、よさそうですよ?」


 ライサが興奮した様子で指さすのは、ちんまりとした感じであはるが、清潔感があり、それでいて美味しい匂いを漂わせている。喫茶店兼レストランという趣の店で、確かによさそうな感じがした。


「よし。あそこにしよう。今日のお勧めは……」

「“ミックスグリル定食”と"ハンバーグ定食”のふたつだそうです」


 うむ。私はハンバーグがいいな。けど、ミックスグリルも捨てがたい……。


「お嬢様。我々は集合意識で感覚を共有できますから、お悩みにならずとも、私がミックスグリルを、お嬢様がハンバーグを食べられれば、それでいいかと思いますが」


「確かに集合意識で共有するのもありだけれど、私は人間としてやっぱり直接食べたいんだよ、セリニアン。今日の私はわがままなのさ」


 さて、ミックスグリル定食か、ハンバーグ定食か。


「なら、わけっこしませんか、お嬢様。私がミックスグリル定食を頼みますので、お嬢様のハンバーグと一口ずつ交換しましょう?」


 おお。ライサがいいアイディアを。


「そうしよう。セリニアンも何か変わったのを頼んで、交換しよう」

「お、お嬢様のお食事をいただくなど恐れ多いことですが、お嬢様がそう仰るなら」


 セリニアンは戦国武将みたいにお堅いな。そこが可愛いけれど。


「か、可愛いですか?」

「あ。うん。セリニアンは可愛いぞ」


 集合意識は便利だけど、思考が漏れるのは面倒くさいな。


「セリニアンさん。私は格好いいと思いますよ。お嬢様のことを絶対に守るんだって意志があって、それが私にまで伝わってくるんです。騎士って人はこんなに強い意志があるんだっていつも感嘆させられます」


 ライサが照れて顔を赤くしているセリニアンをカバーする。


「そうだな。セリニアンの気持ちは私にも伝わっているぞ」

「そうであれば光栄です、お嬢様」


 やっぱりセリニアンは立派な騎士だよ。


「さ。お店に入ろう。食事が楽しみだ」


 私たちは腹ペコな私を先頭にお店に入った。


「ようこそ! 3名様ですか?」


 私たちが扉を潜ると可愛らしい制服のウェイトレスが出迎えてくれた。


「そう。席はある?」

「ありますよ。どうぞ、こちらへ!」


 幸いにして店は手ごろな込み具合だった。心配になるほど人がいないわけではなく、不快になるほど人が多くない。実に手ごろな込み具合だ。


「私はハンバーグ定食を」

「私はミックスグリル定食で」

「ええっと。私はステーキ定食を」


 注文はすぐに決まった。まさに肉食系女子の集まりだな。


「ハンバーグ定食、ミックスグリル定食、ステーキ定食ですね。お飲み物は何になさいますか?」


 飲み物か。異国の地にもコーヒーはあるだろうか。そう思ってメニューを見るとよく分からない名前の飲み物がずらりと並んでいた。だが、私はその中にコーヒーの文字を見出したのだった。


「私はコーヒーを」

「私はトマトジュースで」

「私は……ナーブリッジ・ミントを」


 私は無難にコーヒー。ライサはエルフらしくトマト。セリニアンは冒険したな。


「はい。オーダー承りました! しばらくお待ちください!」


 私たちから注文を取ると、ウェイトレスは去っていった。


「お嬢様。前から聞きたいことがあったのですけど」

「なんだい、ライサ?」


 ライサが質問してくるのに、私は首を傾げた。


「お嬢様はこの戦争が終わったらどうなさるおつもりなんですか?」

「戦争が終わったら、か」


 そうだな。戦争を終わらせることばかり考えて、戦後のことを考えてなかった。


「そうだな、アラクネアはワーカースワームたちに家具や衣服を作らせてそれをいろんな国に売って生計を立てていこうかな。もう戦争はもう一生分やっただろうし。そして、私は──」


 私は──。


「私は家に帰る手段を探すよ。家に帰りたい」


 そうなのだ。私のいるべき場所はここじゃない。セリニアンもライサも大切だけれど、私がいるべきなのは日本のあのアパートなのだ。


 この世界に来てかなり過ぎた。私のことを両親は心配していると思う。私も両親が心配だ。まずは両親に会って、彼らを安堵させてからゆっくりとまた大学生活を楽しんでいきたいものだ。


「家、ですか? ワーカースワームたちがお嬢様に相応しい城を作りますよ」

「そうじゃないんだ、セリニアン。私には帰るべき家があるんだ」


 そう、私には──。


 ──あなたが殺したんですよ。自分の母親を。


 頭痛がする。


 サマエルが言っていたことはなんだったのだろうか。私の両親は元気にしているはずだ。ついこの間、大学合格祝いに焼き肉にいったばかりではないか。それが死んでいるなどありえない。


「大丈夫ですか、お嬢様……?」

「大丈夫だ。問題はない」


 少し頭痛がしただけだ。


「まあ、私はいずれセリニアンともライサとも別れることになるよ。私がいるべき場所は他にあるんだ。だから、今を思いっきり楽しもう」

「そんな! お嬢様と別れるだなんて!」


 きついよね。セリニアンは騎士として私に仕えてくれているのに、当の私はこの世界を去る予定なんだから。ライサもよくみれば悲しそうな顔をしている。


 ……私だってつらいけど、帰らなくちゃいけないんだ。


「では、お嬢様の言う通りに今を楽しみましょう。私はお嬢様が家に帰るためのお手伝いはなんでもしますよ。だから、私たちと過ごした時のことを忘れないでくださいね」

「ああ。もちろんだよ。わすれないよ、ライサ」


 忘れるものか。私が国ひとつを滅ぼす決意をしたのは君の涙のためでもあるんだ。


「お嬢様。私はお嬢様が去ってしまったらどうすればいいのでしょうか……?」

「セリニアンは私たちの陣営を守っていって。これからもずっと。引退したくなるまでは他のスワームたちを支えてあげて」


 セリニアンが今にも泣きそうに尋ねるのに、私はそう返す。


「畏まりました、このセリニアン。この身にかけてお嬢様が去りし後も我らがアラクネアを守ってみせます」

「期待しているよ、セリニアン」


 セリニアンに任せておけば大丈夫だろう。


「私たちもいつかお嬢様の家にお邪魔していいですか?」

「それは多分無理かな。全然、世界が違うんだ。本来なら繋がるはずがないんだよ」


 私の世界とこの世界を自由に行き来出来たらたのしいだろうけど、それは難しいだろう。ゲームの世界と現実の世界は繋がるものじゃないんだ。


「お待たせしました! ミックスグリル定食、ハンバーグ定食、ステーキ定食となります! お熱いうちにお召し上がりください!」


 おっ。話をしている間に美味しそうな匂いが。


「じゃあ、わけっこしようか。セリニアンとライサには私のハンバーグを一口ずつ」

「私はセリニアンさんとお嬢様に鶏肉のグリルと一口ずつ」

「私はお嬢様とライサにステーキを一口ずつ」


 こうしていると女子会という感じだ。


「ん。ここのハンバーグおいしいな。プロの腕前だ」

「鶏肉柔らかくておいしいです」

「ステーキはいいですね。肉を食べているという感じがします」


 約1名物騒な食レポをしたが、この店は当たりだった。どの料理も美味しい。この店を見つけてくれたライ差には感謝しないといけないな。


 私たちは食事を楽しみ、30分ほどすると会計を済ませて店を出た。


 食後のコーヒーも絶品だったことを記載しておく。


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