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接触(2)

…………………


 私とセリニアン、ライサ、そしてマスカレードスワームは国境を越えて東部商業連合に入った。いつもと同じように難民に紛れて進んでいき、そのまま秘かに難民の列を離れて首都ハルハを目指す。


「止まれ! ここから先は首都ハルハだ!」


 で、案の定警備兵が私たちを止める。


「これを見てくれ」

「こ、これは連合議会議長直々の通行許可証!」


 私が差し出して見せるのに、警備兵が驚いているのが分かった。


「通っても構わないな?」

「え、ええ。もちろんです。どうぞお通りください。お呼び留めして申し訳ない」


 一瞬で態度が変わるハルハ城門の警備兵たち。気の毒に。今日もサプライズだよ。


「マスカ。このホテルまで行ってくれ。地図はこれだ」

「畏まりました、女王陛下」


 本当は地図や住所を渡さなくても集合意識で伝わるのだが、純粋な人間の時の感触が残っているせいか、こういうことは現実世界でやってしまう。今後はもっと集合意識を活用していこう。


 とはいえど、既に集合意識は大活躍している。


 私がこうして離れた東部商業連合からリアルタイムでシュトラウト公国での戦況を見ることができるのも、それに指示を出すことができるのも、集合意識のおかげだ。この情報伝達速度の速さは他の国家にはないだろう。


 それで、シュトラウト公国戦線はローランが上手く山道でニルナール帝国軍を翻弄している。崖を爆破し、待ち伏せし、山道を崩落させ、あらゆる手段を使ってニルナール帝国軍の前進を阻止していた。


 そして、気になる点がひとつ。


 シュトラウト公国戦線に投入されているニルナール帝国軍の兵士の数が少ないことだ。どう見ても4~5個師団強が投入されているだけであり、マルーク王国を征服したときのような規模ではなくなっている。


 可能性として考えられるのは兵力を私たちから隠蔽している可能性、エルフの森を経由しての侵攻を考えている可能性、主戦線をフランツ教皇国戦線に移した可能性。この3つが考えられる。


 だが、マクシミリアンは油断ならない男だ。私が考えている以上のことをやってくるかもしれない。早く主導権を握り返さなければジリ貧だぞ。


「あのホテルだ」


 私がそんなことを考えていたとき、ホテルが視野に入った。


「さあ、乗り込むぞ。ここからが勝負だ」


 上手く東部商業連合をアラクネア側に引き込めるのか。


 私の手腕が試される時が来ている。


…………………


…………………


 私が司令されたロイヤルスイートの部屋の扉を潜った時、そこには既に3名の男女が座っていた。ひとりは知った顔──ベントゥーラだ。他のふたりは殺し屋じゃなければ、連合議会議員辺りだろう。


「初めましてだ。私はアラクネアの女王グレビレア。ここにいるのは私の騎士セリニアンと護衛のライサ、マスカだ」


 私はなるべくいい印象を持ってもらうためににこやかな笑顔でそう自己紹介した。


「おい。これがあの怪物どもの親玉だっていうのか、ケラルト? 女王がいるとは聞いていたが、これはそのまま人間じゃないか。それにその護衛にしたって」


「私は14歳ごろの人間の少女だと報告していたはずです、コンラード。私たちの報告に間違いはありません。彼女がアラクネアを統率する女王です。受け入れたくないのであれば、夢だと思って家に帰ってベッドに入っては?」


 私の自己紹介が終わって早々にコンラードという男とケラルトという女性が言い合いを始める。普通、自己紹介を受けたら自分たちも自己紹介を返すのが礼儀だと思っていたのだけれどな。


 まあ、自己紹介を受けなくとも彼らのことは知っている。コンラードは傭兵団の団長、ケラルトは大陸冒険者同盟のギルド長のはずだ。


「ふたりともここは自己紹介を返すのが礼儀だと思うが」


 私が思っていたことが顔に出たのか、ベントゥーラがふたりにそう告げる。


「まずは連合議会議員ふたりを紹介する。コンラードとケラルトだ」


 ベントゥーラはそう告げて、ふたりに視線を向ける。


「おっと。これは失礼。俺はコンラード・クレブラス。傭兵団"隻眼の黒狼”の団長だ。よろしく頼む、アラクネアの女王陛下?」


 最後が疑問形なのが気になる。まだ信じていないのだろうか。


「私はケラルト・ルアノ。大陸冒険者同盟のギルド長を拝命しております。あなた方についてはいろいろと調査を。人間と変わらぬ知性をお持ちだと把握しております。どうぞよろしくお願いします」


 ケラルトという女性はどうにも底が見えない。怪しい気配がする。


「何でも我々との同盟を望んでいる、とか?」

「そう。私たちには共通の敵がいる。ニルナール帝国だ。諸君らはニルナール帝国を信用してはいないと思っているのだが、どうだろうか?」


 ケラルトが尋ねるのに、私がそう返す。


「確かに俺たちはニルナール帝国にはうんざりしている。ニルナール帝国の連中はひたすらに拡張することに精を出しているが、こちらとしては迷惑な限りだ。まして、大陸の敵と称した敵を相手に戦争をしているときに、背後から一刺しとしは」


 コンラードは呆れ切ったようにそう告げる。


「だが、だからと言って化け物のと組むのはどうかと思うがな」

「私たちは野獣のような化け物ではない。知性ある集団だ。そちらが同盟を承諾するならば、我々は紳士淑女のように諸君らに接しよう」


 コンラードの言葉に私がそう告げる。


 やはりアラクネアは化け物の集団だと思われているのか。これまでの行いが行いだっただけに完全には否定できないが、今のアラクネアは完全に私が統率できている。ただの化け物の群れとは思われたくはない。


「それに我々と同盟するならば、ニルナール帝国への圧力となる。我々が同盟国に求めるのは軍の通行許可のみ。ニルナール帝国のように軍事占領などは目論んでない。そのことをよく考えてもらいたい」


「確かにニルナール帝国の連中はこの戦争のどさくさでいくつもの国を軍事占領したな。そして俺たちの祖国もそうしようと目論んでいる。大国の傲慢さという奴だ。連中は南部諸国を併呑していたときから、傲慢だったからな」


 おお。私の話にコンラードが乗り気になっている。もう一押しか。


「我々としてはそこまで楽観的にはなれません。そちらは人ではない種族。エルフのように太古からいた存在でもなく、近年急速に姿を現し、大陸諸国を併呑していった存在。そちらが獣並みの理性しかなければ心配することはなかったのですが、そちらは人間並みに頭が切れるという。用心はするべきです」


 と、ここで横やりを入れてきたのはケラルトだ。彼女は疑るような目つきで、私やセリニアンたちを見つめていた。


「それにここまでも事実を隠しておられるようですしね。そこのセリニアンという女性とライサという少女は本性を隠しているように思われますが?」


「本性を隠しているちは人聞きが悪い。人間と接しやすい方法に切り替えているだけだ。セリニアン、ライサ、擬態を解いてくれ」


 ケラルトが告げるのに、私がセリニアンたちに命じる。


「了解しました」

「畏まりました」


 ふたりは私の合図でスワームとしての正体を露わにした。セリニアンにはスワームの下半身と蟲の翼が生え、ライサの背中からは蟲の足が飛び出る。


 この突然のことにベントゥーラとコンラードが茫然としていた。


「それが本性ですか」

「人と接しにくい形だ。本性とは違う」


 ケラルト。こいつは嫌な奴だな。


「ま、まさかそんな化け物になるだなんて……。話がちょっと違うんじゃないのか?」


「私たちは化け物ではない。知性ある生命体だ。姿が性格を表すとは思わないでもらいたい。君たちの憎む皇帝マクシミリアンとて、姿かたちは人間だが、やっていることは我々にも劣る下劣な行為のはずだ」


 コンラードがうろたえるのに私がそう告げる。


 私たちは化け物ではない。化け物は戦争の動機を求めたり、同盟者を求めたり、講和を求めたりはしない。それらは全て知性があるがために行われる行為である。私たちが化け物ではないことの証だ。


「それは確かにそうだな。マクシミリアンの野郎ときたら、あれこそ化け物だ。貪欲に帝国を巨大化させ続けて、手に入るものは手あたり次第に手に入れる。今回の戦争の火事場泥棒がそれを示していやがる」


 コンラードは打てば響くだ。こちらの言葉に賛同の言葉を告げてくれる。


「だが、それはマルーク王国、シュトラウト公国、そしてフランツ教皇国を滅ぼしたあなた方にも言えることのはずだ。あなた方の戦争の発生具合は、ニルナール帝国に匹敵するようなものでは」


「我々の戦争は先に行ったが理由あっての戦争だ。無差別に戦争を吹っかけたわけではない。その点は留意してもらいたい」


「ニルナール帝国も戦争を始めるときには理由をつけていた。今回のフランツ教皇国への攻撃も大陸を守るため、南部諸邦を併呑したときにはより大きな国家になることで外部からの干渉を避けれる、ということだったが」


 ケラルトという女性は本当に扱いづらいな。


「では、聞くがニルナール帝国とアラクネアに挟まられたその国は、どのような方針を取るべきだとケラルト女史はお考えなのだろうか? ニルナール帝国はいずれこの国にも手を伸ばすだろう。アラクネアも交渉で物事が進まないなら実力行使にでる」


 私は態度を明白にしないケラルトにそう問い詰めた。


「私はアラクネアとの同盟を否定してはいない。そして、ニルナール帝国との同盟も否定してはいない。国家として生き延びるためにならば、どんな手段でも使う。そうやって東部商業連合は生き延びてきた」


「それはただの日和見だ。国家としての信用に欠ける行為だ。昨日まで敵視していた国に助けを求めても、救援が得られるとは思うべきではない」


 ケラルトの意見は冒険者ならばよかったんだろうが、国家としては取るべきものではない。国家は筋の通った外交をしなければ、信頼を損ねるものだ。


「理解している。だが、誰もが私たちとの同盟を求めている状態では話が違うはずだ。アラクネアもニルナール帝国も牽制し合って、互いに我が国を手に入れようとしている。それは交渉の材料になるはずだ」


 面倒なことを……。


 確かに私たちアラクネアにせよ、ニルナール帝国にせよ、東部商業連合を手に入れたがっている。互いの国への進撃路として東部商業連合を求めている。それはどちらにも付かないという選択肢を選んでいても、いざとなれば同盟国を求めることができる立場かもしれない。


「それはダメだろう。いざとなればニルナール帝国に、いざとなればアラクネアに。そんな外交をしていれば、両国から足元を見られるぞ。あの国は自分たちの国を守る力のない連中だってな」


 だが、コンラードがケラルトの意見を否定した。


 なるほど。そういう見方もあるか。八方美人は嫌われるというが、まさにそう言うことだろう。それぞれの国の印象を考えれば、そんな都合のいい外交はできないわけだ。


「選択肢は3つだ。ひとつ、自分の国はどうあっても自分で守る。他人の力なんか借りない。ひとつ、ニルナール帝国に屈して連中に駐留権をくれてやり、守ってもらう代わりに根こそぎ持っていかれる。ひとつ、アラクネアと同盟して本当に人類って奴が怪物と共存できるのか試してみる。以上だ」


 コンラードはそう告げて3つの選択肢を挙げた。


「ケラルト。お前はどれを選ぶ?」


「……難しい。ニルナール帝国との同盟は論外だ。かといって我々には自主防衛ができるほどの戦力はない。まして、大陸を支配するふたつの勢力を相手にしては。だが、アラクネアを本当に信頼できるのかどうかは分からない」


 やはり信用されるのは難しいか。


「俺はアラクネアに賭けるぞ。ニルナール帝国は官僚が一方的に駐留権を要求してきただけで、マクシミリアンは顔も見せなかった。その点、女王がこうして直に頼み込んできてるアラクネアは信頼がおけそうだ」


 おや。私が来たのが意外な効果をもたらしたようだ。そうか。信用とは足で稼ぐものなのだろうな。ひとつ学んだぞ。


「私もアラクネアが女王自ら来ているということで信頼したくある。だが、人間はエルフを迫害し、ドワーフを鼻で笑い、亜人種を見下してきた。そこに化け物の軍勢が現れて同盟国になってくれと言われ、国民が納得するだろうか?」


 そうか。この世界ではエルフたちが迫害されていたように他の種族を嫌うのだったな。この世界と言ったが私のいた地球も酷い人種差別があったものだが。流石に亜"人”ですらないスワームたちと仲良くするのは難しいか。


「他に道がなければ蟲とだって同盟を組むさ。俺たちはドワーフを連合議長に向かえ、エルフと取引し、魔獣だって飼いならしてきたんだぞ。今更、蟲がどうとかで問題が起きるとは思わんね」


「私はそう楽観的にはなれない」


 議論はどうやら平行線だ。私たちを信用できるかどうかがカギだが、私にはいい材料を持っていない。この場にローランがいてくれれば、多少なりとアラクネアにいい印象を与えてくれそうなのだが、彼はシュトラウト公国戦線にいる。


 仕方ない。最後の手段だ。


「同盟の間、人質になっていても構わないが」

「なっ……!」


 私がさらりと告げるのにコンラードが目を丸くし、ケラルトが眉を歪めた。


「信用のための担保だ。私たちは決して君らを裏切らない。同盟者として共に戦おう。そのために信用が必要だというならば、私が人質になっていても構わない」


 私は幸い人質になっていてもスワームたちに指示を出せる。人質になっていても何も問題はないのだ。


「な、なりません、女王陛下! 人質になったところをニルナール帝国に売り渡されたりしたらどうするのですか!?」

「その時は助けに来てくれ、セリニアン」


 まあ、確かにニルナール帝国に売り飛ばされてないという保証はない。相手である東部商業連合を信用するだけだ、


「ハハハハッ!」


 ここで突如としてコンラードが笑い出した。


「あのマルーク王国、シュトラウト公国、フランツ教皇国を滅ぼした怪物の女王とは思えないほどの呑気さだな! だが、気に入った。あんたとなら上手くやっていける気がしてきたぜ。少なくともマクシミリアンなんかよりはな」


「お褒めいただき光栄な限りだ」


 馬鹿にされているようだが、実際馬鹿を言ったのだからしょうがない。しかし、これでこちらの覚悟というものは見せれたはずだ。


 そう動く、ケラルト?


「私もあなたを信頼していいような気がしてきました。私が思っているよりあなたは人間に近い。その人間味があれば、我々とアラクネアの相互理解も進むでしょう。その結果、同盟を結ぶことも不可能ではないはずです」


 おおっと。ケラルトにも私のうっかり発言は効果を及ぼしたようだ。悪女の才能がありそうだな、私には。


「では、おふた方が同盟について前向きに動いていただけるか?」

「ああ。俺の派閥はそれで纏まる」

「私の派閥も説得しましょう」


 これで東部商業連合の一部の議員を説得することができた。


「ベントゥーラ。あなたは?」


 私は沈黙を維持している議長のベントゥーラに話しかける。


「私はまだ保留だ。明後日、議員の中でも有力なホナサン・アルフテルを紹介する。彼が同盟に賛成すれば同盟は決まったようなものだ」

「それはありがたいな」


 同盟締結後に、一気に東部商業連合を横切り、ニルナール帝国本土に切り込む。


 そして、この戦争を終わらせてやる。


「では、今日はこの辺りで。互いに有益な会話ができたようでなによりですな」


 ベントゥーラはそう告げると部屋を出たのだった。


…………………

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