接触
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──接触
私たちはついに東部商業連合への接触を試みた。
ことは慎重に運ばなければならない。第一印象は大切だ。
私たちはマスカレードスワームたちが送ってきた情報から慎重に情報を精査し、接触の時期を今日と定めた。問題なく進んでくれればいいのだが……。
「止まれ! ここからは首都ハルハだ! 通行許可証を!」
私が送り込んだアラクネアからの使者は──。
「あら、私にそれを求めますか?」
「ん。なんだ。身なりのいい恰好をしているが、どこかのお嬢様か?」
「おい。待て。この人は……」
警備兵は私の送り込んだ使者を見て怪訝そうな顔を浮かべ、ひとりは驚愕の表情を示した。それは驚くだろう。私が送り込んだのは、驚くに値する人物なのだ。
「その紋章はマルーク王国王室のもの! まさか、エリザベータ殿下ですか?」
そう、送り込んだのはエリザベータだ。
エリザベータならば接触してすぐに国のトップ周辺の人物に接触できるし、見捨てても心は痛まない。アラクネからの使者にするには適切な人物だ。
「そう、エリザベータです。今日は東部商業連合の代表者の方々と内密に会いたく思い、参りました。ご案内いただけますか? いいですか。くれぐれも内密にお願いします。できますか?」
「それは……上のものに問い合わせてみます。お待ちください」
首都ハルハの警備兵は上層部に確認を取りに向かう。
上層部から上層部へと情報が伝達されていき、これが東部商業連合のトップの耳に入るまでは時間がかかるだろう。暫くは待ちぼうけだ。待ちぼうけするのが私じゃなかったのは幸いだな。
「許可が下りました。どうぞ、こちらへ。連合議会の皆さんがお待ちです」
「ありがとうございます」
よし。これで接触は可能になった。
「では、こちらへ」
エリザベータは警備兵に案内される。
「ここでお待ちを。内密にとのことでしたので」
案内された先は賑やかな娼館だった。まあ、確かに内密な話をするにはいい場所なのかもしれないが、ちょっとばかり場所を選んでほしかったものである。
エリザベータは娼館の支配人室のような場所に案内されて、そこで椅子に座った。後は東部商業連合のお偉いさんたちが集まるのを待つだけだ。
そして、待つこと1時間。
「ようこそ、エリザベータ殿下。今回は内密に話があるとのことでしたが、どういうことでしょうか?」
エリザベータに最初に会いに来たのは、連合議会議長であるベントゥーラだった。恰幅のいいドワーフが支配人室に入ってくるなり、そのように尋ねてきた。この戦乱の時代にあって連合議会議長は忙しいのだろう。
「私はマルーク王国の王女、とそう思われているでしょう。ですが、違うのです。今の私はアラクネアの一員なのです」
「アラクネア……? まさかあの怪物たちの群れの一員であると? それは一体どういうことなのですか?」
エリザベータが告げた言葉にベントゥーラが驚愕する。
当然だ。エリザベータはマルーク王国の王女として知られ、大陸諸国会議においてもマルーク王国の代表者として出席していた。それが突如として、その祖国を滅ぼしたアラクネアの一員となったというのは謎でしかない。
「マルーク王国は征服されたのです。私を含めて。ですが、私の主は東部商業連合をマルーク王国のようにはしたくないとお思いです。もちろん、そうすることは不可能ではないのですが、今のアラクネアはマルーク王国を滅ぼしたときとは違うのです」
「ふん。それはニルナール帝国との戦争の影響ですかな。そちらは随分と窮地に立たされていると聞きますが」
エリザベータが告げるのに、ベントゥーラがそう返す。
「窮地に立たされているのはお互い様では? こう言ってはなんなのですが、そちらもニルナール帝国と我々アラクネアに挟まれて危機的な状況にあるものと思いますが」
「……よくご存じで。まあ、隠すようなことでもないから知られていてもおかしくはないですが。確かに我々はニルナール帝国とアラクネアに挟まれていて困った状態にはありますがね」
私は知ってるぞ。東部商業連合もニルナール帝国に脅かされ、私たちアラクネアの恐怖に怯えているということは。
「ニルナール帝国は信用ならない国家でしょう。我々アラクネアの戦勝に乗じてフランツ教皇国に侵攻した。味方であるはずの人間を背後から刺した。そのことは同意していただけますか?」
「だからといってアラクネアを信用するわけにはいかない。ニルナール帝国は確かに戦争に乗じて侵略を行ったが、そもそも戦争を起こしたのはアラクネアだ。アラクネアも信用には値しない」
なかなか手厳しいな。大陸を混乱させている戦争をアラクネアが始めたのは事実だ。だが、それにはちゃんと理由がある。
「マルーク王国の時にはエルフの生存権を脅かしたから。シュトラウト公国とフランツ教皇国を攻めたのはフランツ教皇国から戦争を仕掛けてきたから。私たちは無差別に戦争を仕掛けているわけではないのです」
そうだ。理由なき殺戮はもう行わない。サンダルフォンと約束したんだ。
「その言葉を信じるとして、我々に何を求めるのですか?」
「同盟を。アラクネアとの同盟を求めます」
私はついに本題を切り出した。
「アラクネアとの同盟? 冒険者ギルドの報告では確かに知能のある群れのようだが、人間の国家と同盟できるほどの知性があるというのか」
「もちろん。我々は戦争で破った国を皆殺しにはしていないのですから。フランツ教皇国のことを知っているなら分かるはずです。あの国とは講和条約を締結し、戦争を言葉で終わらせたということは」
ベントゥーラが訝し気に告げるのに、エリザベータがそう返す。
「どうでしょうな。フランツ教皇国は滅ばなかったようですが、隷属的立ち位置に落とされたと聞いています」
「戦争に敗れたのだから当然でしょう?」
フランツ教皇国への待遇はもっとましにしておいてやるべきだったかな。
「あなた方とはまだ戦争も何も起きていない。お互いが対等な立場で同盟を結ぶ準備があります。ニルナール帝国とはそうもいかないでしょう」
「ニルナール帝国か、アラクネアか。議会でも問題になっているが、我が国の反ニルナール帝国感情は強力だ。だからと言って、アラクネアを同盟国にというまでの議員はそこまで多くはない」
確かに彼らはニルナール帝国は嫌いだが、だからと言って我々アラクネアを好んでいるというわけでもないのだ。
「では、アラクネアとの同盟に賛同する議員が増えるように私が説得します。あるいは私の主が説得しましょう」
「あなたの主というとアラクネアの女王ですかな?」
「その通り」
私はこの同盟を成立されるためならば、東部商業連合に乗り込む準備がある。
「なるほど。それはいいでしょう。ニルナール帝国の皇帝マクシミリアンは我々に軍の駐留権を求めたことはあったが本人は来なかった。アラクネアのトップである女王が来るならば、我々も本気で応じましょう」
「ありがたく思います。では、交渉の席の具合案についてまとめましょう」
こうして東部商業連合との同盟に関する交渉は決定した。
交渉の場所はこの娼館でなく、首都ハルハにある高級ホテルの一室。そこでベントゥーラや議員たちを交えて同盟の条件を詰めていく。ある程度の条件などが決定すれば、連合議会で発表し可否を問う。
これで上手く行きそうな感じがしてきた。
交渉はこちらがニルナール帝国への進撃路として東部商業連合を押さえさえすればそれでいいわけだから、他のことについては譲歩しまくって構わない。こっちは大陸を貪ったおかげで金満帝国になっている。ものをけちる必要はない。
買収でも、色仕掛けでもなんでもござれで東部商業連合を押さえてみせましょう。ところで、色仕掛けは誰がやるんだ? ちんちくりんな私には無理だぞ? かといってセリニアンも恥ずかしがってやってくれないだろうなあ……。
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