西へ向かえ(2)
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マスカレードスワームは早速フランツ教皇国からの難民に紛れて東部商業連合に向かった。彼らの任務は東部商業連合がどのような国家であるか、代表者は誰か、外交的にどのような政策を取っているかなどの把握である。
もちろん、難民という立場であるマスカレードスワームたちにはそこまで高度な情報を手に入れることはできないはずだ。だが、新聞などの情報を見ればある程度のことは把握できる。実際の情報機関でもオープンソースな情報で敵国を分析するのだ。
字は読めるのか? の問いには読めるようになったと返しておこう。ライサやローランの有している語学的知識を共有し、今やリッパースワームでも字を読むことが可能になっている。かくいう私も字が読める。
「揺れる東部商業連合。同盟か、独立か」
私はマスカレードスワームが集めてきた情報のひとつを読みながらそう呟く。
「ベントゥーラ・ブレトン連合議会議長はニルナール帝国との同盟もひとつの道であるとしながらも、同国には領土的野心があることを指摘。同盟には慎重になるべきだとの姿勢を示した。議員のコンラード・クレブラス議員は同盟は絶対にありえない。東部商業連合の独立を脅かすものだと断固反対する構えを見せた」
ふむ。東部商業連合はニルナール帝国を一応は警戒しているのか。悪くはないな。ここまでニルナール帝国に抑えられるとこっちがフランツ教皇国戦線で守勢に回る羽目になってしまう。
後は慎重にことを進めないといけないな。彼らを挑発しないようにして、警戒心を解かせ、一気に東部商業連合を掌握する。それからはそこを道路にして、ニルナール帝国になだれ込む。
いいアイディアのように思えるが私は何かを見落としているような気がする。
ああ。そうだ。私たちが信用してもらえるかどうかだ。
私たちはマルーク王国を滅ぼし、シュトラウト公国を滅ぼし、加えてフランツ教皇国を陥落させた。そんな相手を同盟国として選ぶだろうか。少しでも安心して道路になってくれるだろうか。
まあ、不幸中の幸いとして私たちはフランツ教皇国は滅ぼしていない。あの国とは講和条約を結んで戦争を穏便に終わらせた。そのことはちょっとは評価してほしいものだ。私たちは対話が行える相手だということを。
「女王陛下。お食事の時間です」
「ああ。すまない、セリニアン。ちょっと夢中になっていた」
セリニアンが呼ぶのに私は東部商業連合の目の前に設置された前進基地内にある食堂に向かった。
前進基地が設置されているのは、かつてフランツ教皇国が要塞として利用していた場所で、私たちは今はそこを拠点にしていた。ちゃんとフランツ教皇国の許可も取ってある。要塞内に受胎炉や転換炉などの設備を設置することもちゃんと許可済みだ。
それから要塞内の私の部屋にはふかふかのベッドを準備してある。これはワーカースワームに作ってもらったもので、羽毛がふんだんに使われている豪華な逸品だ。ワーカースワームたちは戦闘では出番がないがこういう細かなところの配慮ができるいいスワームだ。平和になったらワーカースワーム製の製品を売って家具屋さんにでもなろうかな。
などと平和ボケをしたことを考えながら、私は食堂に入る。
食堂にはライサが待っていた。食事をするのはスワーム化以前からの食事の慣習があるライサ、セリニアン、ローランだけだ。ローランはシュトラウト公国での戦闘を指揮しているためにここにはいない。
「今日のメニューはなんだい?」
「白魚のムニエルとエルフ風ホワイトシチュー、それからサラダです! エルフ風ホワイトシチューは私が作ったんで期待してください!」
私が尋ねるのにライサが元気よく返した。
「そっか、そっか。ライサが作ったのか。偉い、偉い。たまには私も何かみんなに作ってあげようかな?」
「そんな! 恐れ多いです! 雑事は我々に任せておいてください!」
手伝おうと思ったら全力で拒否られた。
まあ、料理する女王なんてのも聞いたことがないし、下手に厨房に顔を出すとみんな萎縮してしまうかもしれないから、それでいいのかもしれない。
「セリニアン。今日はライサの料理だぞ。楽しみだな」
「ええ。実を言うと私も手伝ったのですよ」
む。なんだか疎外感を感じてきた。
「まあ、仲良きことはなんとやらだな。味方同士で中がここまでいいのもアラクネアぐらいだろう。他の国々では裏切りやなんやらがあって大変そうだが、そんな心配をしなくていいのはアラクネアの特権だな」
私はそう告げて、席に着く。
「女王陛下。東部商業連合への対応は決定しましたか?」
「まだだ。情報はかなり集まってきているが、正直なところいつ接触するべきかを迷っている。下手な時期に接触すると混乱が生じるかもしれない。あの国は議会制民主主義の国みたいだから」
今はニルナール帝国への反発を抱えている議員の多い国だが、下手な時期にこちらが接触すると危機感を覚えてニルナール帝国に向かってしまうかもしれない。微妙なシーソーゲーム状態だ。
「それから誰を東部商業連合に派遣するかを迷っている。向こう側が確かにアラクネアの人間だと信頼でき、かつ交渉を行える能力を有し、それでいて万が一の場合は敵地の中に置き去りにしても構わないものだ」
東部商業連合への使者選びは難航していた。
私が直接出向くのが筋だろうが、もし相手が女王である私を殺せばスワームの群れが止まると勘違いした場合、私は死ぬことになる。死ぬのはごめんだし、痛いのごめんだ。
かといってセリニアンやライサを派遣するのも考え物だった。彼女たちは貴重な固有ユニットであり、私のかけがえのない友人だ。いや、全てのスワームがそうだが、彼女たちは代わりのいない友人だ。
だから、敵地になるかもしれない場所にポイッと放り込む気にはなれない。
「私とライサなら囲まれた場合でも対応可能です」
「分からないよ。彼らもフランツ教皇国が有していたようなものを持っているかもしれないだろう?」
そう、問題となっているはフランツ教皇国が有していたマリアンヌの英雄ユニット“熾天使メタトロン”だ。
あれはゲームの世界の存在だった。それがゲームの世界とは異なる世界に存在していたのだ。そう考えると、この世界のどこに同じようなものが潜んでいるのか分かったものではない。
ニルナール帝国などはワイバーンを飛ばしているそうだが、グレゴリアの飛行ユニットにもワイバーンがいた。彼らもゲームの世界の存在を有していると考えるのは、考えすぎということでもないはずだ。
「それはそうと食事にしよう。今は仕事や戦争の話は止めだ。気楽に食事を楽しもう」
「ええ。そうしましょう。女王陛下の心労を増やすわけにはいきませんから」
私が告げるのにセリニアンンが頷く。
白魚のムニエルは絶品で、ライサの作ってくれたエルフ風ホワイトシチューは私たちはあの穴倉を拠点にしていたころの懐かしい味だった。ちゃんとサラダも食べて健康にもよし、だ。
「ところで、この白魚のムニエルを作ったのは?」
「パラサイトスワームで操っている人たちですよ。ほら、エリなんとかさんです」
エリザベータか。
「そうか。その手があったか」
私はここに突破口を見出した。
突破口とは意外なところに隠れているものなのだな。
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