西へ向かえ
…………………
──西へ向かえ
私たちはフランツ教皇国を落としてから3日が過ぎた。
フランツ教皇国に攻め込んだニルナール帝国の野戦陣地は固く、更には上空から鬱陶しいワイバーンが飛来してくるのでアラクネアはニルナール帝国を攻めあぐねていた。
私たちはフランツ教皇国内のニルナール帝国軍の排除を諦め、別の方法を決めなければならないようになっていた。
「セリニアン! 無事か!」
それよりも重要なことがある。セリニアンだ。
セリニアンはメタトロンとの戦闘で大けがを負って、復元器で回復するのを待っていた。セリニアンの鎧はボロボロで口からは血を吐いていたから、もしかすると助からないかと思ったが、セリニアンは復元器から出てきて、その体を見せた。
鎧は元通りになっている。皮膚も元通りだ。助かったのか?
「はい。私は大丈夫です、女王陛下。ご心配をおかけして申し訳ありません」
セリニアンは険しい表情でそう告げて跪いた。
「気にしてない。セリニアンのおかげで勝利できたんだ。セリニアンがメタトロンにダメージを負わせていたからこそ、ジェノサイドスワームたちはメタトロンを倒すことができたんだから」
そう、今回の勝利はセリニアンのおかげだ。
セリニアンは英雄ユニットとしてどこまでも懸命に戦ったからこそ、ジェノサイドスワームたちはほとんど犠牲を払わずにメタトロンを排除できた。そして、メタトロンを排除してフランツ教皇国を隷属させることができた。
「フランツ教皇国との戦争は終わったようですね」
「ああ。終わった。だが、ニルナール帝国が残っている」
セリニアンが告げるのに私がそう返す。
確かにフランツ教皇国との戦争は終わった。だが、全ての戦争が終わったわけではない。突如として横合いから殴りつけてきたニルナール帝国との戦争が残っている。奴らを倒さなければ。
「戦略はどのように?」
「フランツ教皇国側での戦闘を行う。だが、敵は既にシュトラウト公国にも達しており、そちらの方面での防衛も行わなければ背後を突かれる。厳しい状況だ」
敵は旧マルーク王国領を電撃的に占領し、シュトラウト公国に向けて前進しようとしていた。このままシュトラウト公国まで占領されてしまっては、そのまま背後を取られてゲームオーバーだ。
「軍を二分しますか?」
「あまりいい手ではないがそうするしかない。資源は幸いフランツ教皇国を落としたことである程度蓄積された。シュトラウト公国でジェノサイドスワームとポイズンスワームの生産を急ぎ、敵に向けるしかないだろう」
戦力はよぼど余裕のある場合でなければ、集中して運用するのが望ましい。だが、時としては二正面作戦を強いられるときもあるものだ。
「軍をフランツ教皇国にいるものを第1軍、シュトラウト公国にいるものを第2軍とし、ニルナール帝国の侵略に抵抗する。だが、あくまで主力はフランツ教皇国側の第1軍だ。主力を機動させるのには時間がかかる」
フランツ教皇国には既に大量のスワームがいる。だが、それをニルナール帝国が迫りつつあるシュトラウト公国に向けるとすれば、藍色山脈を越えなければならない。藍色山脈の山道を越えるには時間がかかりすぎる。
「それから注意しなければならないのは、敵がエルフの森を進撃してシュトラウト公国に侵攻する可能性だ。あの森はニルナール帝国にも、マルーク王国にも、フランツ教皇国にも、そしてシュトラウト公国にも繋がっている。あそこは押さえておかなければ」
それにエルフの森を守らなければバウムフッター村の住民たちも犠牲になってしまう可能性がある。それだけは避けなければ。
「しかし、フランツ教皇国側のニルナール帝国軍はかなり堅牢な守りを固めていると聞きますが。大丈夫なのですか?」
「大丈夫ではないかもしれない。敵にはワイバーンがいるし、野戦陣地は堅牢だ。スワームたちの数の優位を崩すような作りになっている」
フランツ教皇国に攻め込んだニルナール帝国軍は動きを止め、守りに入った。その守りというのが厄介でワイバーンの航空支援と、堅牢な野戦陣地で私たちの攻撃を退け続けている。
「ここはあえて無理な機動を行って。数は多いが脆弱だろうシュトラウト公国側の戦力を攻めるというものありかもしれないな」
敵の陣地にスワームたちを放り込み続けて、犠牲を増やし続けるよりも、時間をかけてでも勝てる相手に挑みに向かった方がいいのかもしれない。
「相手の動きが読めませんと、どうしようもありませんね」
「ああ。全くだ。私の読みでは敵の主力はシュトラウト公国側で間違いない。だが、私が間違っていて既に敵はシュトラウト公国方面からフランツ教皇国側に戦力を機動させたかもしれない。あの国は読めないよ」
突如として私たちアラクネアとフランツ教皇国の両方に殴りかかってきたニルナール帝国をどう相手するべきか。
あの国はどうにも一筋縄ではいかないような感じがする。
「まあ、いい。シュトラウト公国も国境線は狭い山道で守られている。シュトラウト公国とマルーク王国の国境で防衛線を展開し、その間に我々は何としても西に向かい、ニルナール帝国本土に侵攻する」
作戦は既に決めた通りにする。ころころと方針を変えても混乱が生じるだけだ。ひとつと決めたらその作戦をやり遂げなければ。万が一の変化がない限り。
「敵の陣地はどうなさるのですか?」
「……迂回する、というのがよさそうだ。いい道がある」
私は地図を見下ろして、西に向かうのにいい進路を発見した。
「東部商業連合。ここを通ればニルナール帝国の防衛線は迂回できる。迂回突破できればスワームたちを無駄な犠牲に晒さずに済む」
私が見つけた道。それは東部商業連合だ。
ニルナール帝国とフランツ教皇国の境にあって、両国の影響を受けていない中立国だった。この国には街道が整備されており、ニルナール帝国まで一直線のはずだ。途中にある川にも橋が掛けられている。
「東部商業連合にコンタクトしよう。彼らが中立を捨ててまで我々の味方をしてくれるようにいろいろと“説得”そなくてはいけないな」
東部商業連合にまずはマスカレードスワームを送り込み、そして情勢を把握してからしかるべき人物にコンタクトを取ろう。それからは“説得”あるのみだ。
「早速動こう。早い方がいい。敵も東部商業連合が防衛線の穴になっていることは理解しているはずだ。敵が先に東部商業連合を押さえる前に、私たちが東部商業連合を押さえ、敵への進撃路とする」
敵だって馬鹿じゃない。東部商業連合が自分たちの防衛線の穴だということは理解できるはずだ。そうなれば私たちよりも先に東部商業連合に侵攻するか、東部商業連合を味方に付けるか。何かするはずだ。
「いっそ皆殺しにしては? 東部商業連合など弱小国。アラクネアなら滅ぼせるかと。道路して利用するのはそれからでも構わないのでは?」
「ダメだよ、セリニアン、私たちには東部商業連合を滅ぼす理由がない。理由なき殺戮はなるべくならば避けたいじゃないか」
私はサンダルフォンに約束したんだ。人の心を忘れず、冷静でいると。
「それに東部商業連合を先に敵に回せば、ニルナール帝国にとって有利になるだけだ。東部商業連合が自発的に味方に付いてくれる方が、敵を増やさず、無駄な戦闘を避けられるじゃないか」
そう、現実的にも東部商業連合を先制攻撃するのは利益にならない。東部商業連合が自分たちが攻撃されれば、中立の立場を殴り捨てて、ニルナール帝国に助けを求める可能性があった。
「なるほど。確かにそうですね。無駄に敵を増やすのは得策ではありませんね。ですが、どうやって東部商業連合を味方に?」
「いろいろと努力するさ。いろいろと、ね」
そう、いろいろとするとも。
さて、方針は決定した。
ニルナール帝国のシュトラウト公国侵攻は守勢において阻止する。国境線にて防御。指揮は土地鑑のあるローランに任せる。そして、ニルナール帝国のフランツ教皇国における防衛線は東部商業連合を通じて迂回する。
「上手くいけばいいのだけどな」
東部商業連合がどのような国家かはまだ不明だ。
マスカレードスワームがいい報告を送ってきてくれることを願うのみである。
…………………
新連載など始めております! よろしければ覗いてみてください!