商人の国
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──商人の国
「フランツ教皇国が陥落したか」
ニルナール帝国帝都ヴェジア。
その皇城ノイエ・ヴェジア城において、皇帝マクシミリアンは皇帝官房長官ベルトルトからフランツ教皇国に関する報告を受けていた。フランツ教皇国が陥落し、アラクネアに隷属することになったという報告を。
「フランツ教皇国への侵攻軍はどうなさいますか? 懲罰を?」
「必要ない。所詮アラクネアが滅び去れば、同じように滅び去る運命にある国だ。アラクネアさえ、先に滅ぼしてしまえばいい」
ベルトルトが告げるのに、マクシミリアンがそう告げて返した。
「旧マルーク王国領に侵攻した軍はどうなっている?」
「間もなくシュトラウト公国まで到達します。領土の取り残しはあるようですが、どうせ無人地帯です。取るべきものはさしてありません」
旧マルーク王国領は無人地帯と化している。そこには統治すべき市民も、取るべき資源もない。ただただ広大な無人の大地が広がっているだけである。
「それで、龍の巣は稼働しているのか?」
「はっ。既にリントヴルムの生産が始まっております。資源不足もありますが、龍の巣がひとつしかないのが痛いですね。数を揃えるのに時間がかかります」
龍の巣とは。リントヴルムとはなんだろうか。
「しかたあるまい。グレゴリアの遺産の中で動かせるものは限られている。どれもこれも複雑怪奇で、宮廷魔術師たちの手には余っているのが現状だ。竜の巣が増やせればそれに越したことはないが、まあまず不可能だろう」
グレゴリア。アラクネアが登場するゲームに登場する竜の統治する中立の陣営だ。何故その名前をマクシミリアンが知っているというのだろうか。
「竜の数が揃うまでは一般兵で時間を稼がせろ。アラクネアの蟲どもに対抗するには竜が必要だ。重装歩兵をいくら揃えたところで、敵は更に強力なユニットを繰り出してくるだけだ。竜がいなければ話にならん」
マクシミリアンはそう告げると書類の審査に入った。
「ああ。そうだ。東部商業連合についてはどうなっている?」
「あの国は我が国との同盟を正式に拒否するつもりです。自分たちの国は自分たちの手で守ると」
東部商業連合。フランツ教皇国とニルナール帝国の境にある商業国家だ。今頃は冒険者が武装を始め、傭兵たちが招集され、フランツ教皇国を陥落させたアラクネアと各国への侵攻を始めたニルナール帝国に備えている。
「軍資金が些か問題になってきた。本来なら無視するつもりだったが、軍資金を得るために侵攻することを視野に入れる。あの国には富が満ちているからな。我々が人類をアラクネアの脅威から守ってるのだから、その対価は受け取るべきだろう」
「よろしいかと。フランツ教皇国の侵攻軍の一部を回しましょう。東部商業連合など5万も兵力があれば陥落させることは可能かと」
マクシミリアンが告げるのに、ベルトルトが頷く。
「甘くは見るな。アラクネアも同じことを考えるかもしれん。奴らもマルーク王国、シュトラウト公国、そしてフランツ教皇国と戦争をして軍資金が不足しているだろうからな。まあ、蟲には給料など必要ないのかもしれないがな」
マクシミリアンはそう鼻で笑うと、また多数の書類の処理にかかったのだった。
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フランツ教皇国陥落。
「フランツ教皇国が陥落したぞ! フランツ教皇国が陥落した!」
「どうするのだ? 一体、どうすればいいのだ?」
東部商業連合首都ハルハでは議会が開かれ、そこで騒がしく議論が行われていた。
「静粛に! 静粛に!」
そう声を上げるのは、連合議会議長であるベントゥーラ・ブレトンである。
彼は初老のドワーフで、立派な口ひげを蓄えている。この連合議会議長まで上り詰めたのは、彼の鉱山運営が極めて順調に進んでいたからだ。彼は鉱山運営で巨万の富を築き上げ、連合議会議長の地位を与えられた。
「今は敵はフランツ教皇国を落とした怪物たちだけではない! ニルナール帝国も我々を保護すると告げて、軍の駐留権を求めてきた! 軍の基地をこのハルハのすぐ郊外に建設させろということだ!」
「ふざけるな! それは事実上の軍事占領ではないか!」
ベントゥーラの声も虚しく、傭兵団の団長が叫ぶ。この傭兵団は“隻眼の黒狼”と呼ばれる傭兵団で、傭兵団の中でも抜きん出て巨大だった。その団長は現在はコンラード・クレブラスという壮年の男で、ニルナール帝国とも南部統一戦争の際に戦ったことがある。そのためかニルナール帝国を憎んでいる節があった。
「どう対応するか、だ。ニルナール帝国にも屈さず、自分たちの手だけで本当にフランツ教皇国を落とした奴らと戦うことができるのか?」
そう告げるのは大陸最大の銀行アルフテル銀行頭取であるホナサン・アルフテルだ。この東部商業連合の多くのギルドや商会はこのホナサンから融資を受けている。それでいて焦げ付いた案件は極僅かだ。
「まだニルナール帝国にも屈しておらず、かつ蟲にも呑まれていない国家で同盟を組めばいい! 新しい連合軍だ! 真の自由のために戦う同盟を締結しようではないか!」
「何を馬鹿な! ほとんどの国がもうニルナール帝国に屈した! 残っている国はわしの右手の指の数より少ないわ!」
コンラードが演劇のように叫ぶのに、大工職人ギルドのギルド長が残り3本になった自分の指を見せてそう告げた。
そう、ほとんどの国家や自由都市がニルナール帝国に併呑された。名目はアラクネアからの保護だが、事実上の軍事占領だ。占領された国家では、国王や女王が退位を迫られ、親ニルナール的な国家へと変えられていった。
それを見ているからこそ、東部商業連合はニルナール帝国を一歩も領内に入れないという意見が強くあった。
東部商業連合が独立したのは50年前で、彼らは僅かだが大金を持った商業ギルドの集まりとしてこの地を開墾し、国家を樹立した。だが、その独立は容易なものではなく、フランツ教皇国から干渉を受け、ニルナール帝国の前身となるニルナール王国から干渉を受け、様々な国家から干渉を受けた。
それでも彼らは傭兵団を雇って戦い抜き、独立を手にしたのだった。
そのため彼らの独立にかける思いは強い。決して大国の圧力には屈すまいという不屈の精神が少なくとも連合議会議員たちの中には宿っていた。
「冒険者ギルド! 怪物の調査はどうなっている?」
ここで話題を切り替えるようにベントゥーラが声を張り上げて尋ねた。
「はい。我々南部冒険者同盟はマルーク王国、シュトラウト公国、そしてフランツ教皇国を相次いで陥落させた勢力についての調査を実行しました。分かったことをここで報告させていただきます」
そう告げるのはこの東部商業連合を中心として活動する冒険者ギルドのひとつである“大陸冒険者同盟”のギルド長ケラルト・ルアノだ。女性ながら荒くれ者の冒険者を取りまとめ、優秀なギルド長として知られている。大陸冒険者同盟の依頼達成率を9割にまで引き上げたことが、その手腕を物語っていた。
「我々の調査によれば、怪物たちは確かに怪物なのですが、魔獣と異なり高度な知性を有しているということがまず挙げられます、彼らは群れとしてゴブリンやオークよりも高度な社会性を持っています」
「化け物がそこまで団結しているということか?」
ケラルトが報告するのにコンラードが尋ねた。
「団結というレベルではありません。それぞれの異なる怪物がひとつの群れ──いや、人間の軍隊のように動いているのです。それぞれの怪物──これはスワームと呼ばれているそうですが──が、それぞれの役割を果たし、機能しているのです」
ワーカースワームは前進基地や攻城兵器を作り、リッパースワームは斥候と哨戒、ジェノサイドスワームは前衛、ポイズンスワームは後衛。それぞれが役割を与えられ、その役割に従順に応じていた。
「彼らはアラクネアと自分たちを呼称し、その群れを統率するのはアラクネアの女王グレビレア。年齢は14歳ほどの少女です。人間と思われます。彼女がアラクネアの全軍を指揮しているものと思われます」
「群れの統率者がいるのは面倒だな。それも人間とは。化け物の強靭さに人間の知性が加われば、どういう結果になるのか分かり切ったものだな」
ケラルトはグレビレアについても把握していた。彼女の冒険者たちはかなり群れに接近し、情報を収集していた。流石は大陸でももっとも優秀な冒険者ギルドとして君臨するだけはある。
「そのグレビレアという女王を殺せば、群れは瓦解するのか?」
「恐らくそうではないかと。群れにはグレビレアの他に人間の体を有する怪物が3体確認されています。それらが指揮を代わり、女王が殺された報復にでるものと思われます。正直なところ、どういう結果になるのか想像しかねます」
コンラードが尋ねるのに、ケラルトが首を横に振った。
「しかし、人間が群れを統率しているということは交渉も可能なのではないか?」
そう尋ねるのはホナサンだ。
「化け物に融資でもして、戦争を避けようというわけか? 冗談としか思えないがな」
「融資でなくとも他に方法はいろいろとあるだろう。相手が化け物の群れではなく、国家のようであるならば必要とするものはいろいろとあるはずだ。食料などの物資を必要としているのかもしれないだろう」
コンラードが嘲るのに、ホナサンはそう告げて返した。
「では、我々はアラクネアを化け物の群れではなく、国家として扱うと?」
「そうした方が犠牲は少ないかもしれないぞ。もしかすると同盟国として手を組めるかもしれない。ニルナール帝国の陰湿なやり方は気に入らん。手を組むならば、アラクネアの方がマシだ」
ベントゥーラが尋ねるのに、ホナサンがそう告げて返す。
「まあ、相手の出方次第だな。相手が国家のようだったとしても、連中は既にマルーク王国、シュトラウト公国、そしてフランツ教皇国を落としている。横暴さは二ルール帝国並みだろう。手を組めるかどうか」
ホナサンはそう告げて黙り込んだ。
「……化け物と手を組むとは世も末だな」
「実際、世も末だ。大陸の列強3ヵ国が相次いで陥落したのだから」
コンラードがそう告げ、ホナサンが告げる。
「それですが、フランツ教皇国はアラクネアを和平条約を結んだそうです。これはアラクネアにも交渉を考えることがあるということを意味しているでしょう。我々のよりアラクネアについて調査して、どう対応するかを決定しましょう」
ケラルトはそう告げてベントゥーラに視線を向ける。
「同盟、か。確かにアラクネアを同盟国にできればニルナール帝国にも対抗できるだろう。だが、現状ではアラクネアはニルナール帝国よりも信頼のおける国家だという保証はない。今は調査あるのみだ」
ベントゥーラはそう告げると、列席者たちを見渡した。
「ニルナール帝国に占領されるぐらいなら蟲の方がマシだ」
「いや、ニルナール帝国の方が交渉の余地があるのではないか?」
会議は騒然とし、結局のところ何も決まらなかった。
アラクネアと同盟するのか、ニルナール帝国に占領されるのか。
東部商業連合は選択を強いられている。
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