傀儡化
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──傀儡化
「ひいっ! ば、化け物め! この魔女め! 貴様には火炙りが似合いだ!」
パリスは私とポイズンスワームが眼前に迫るのに、喚き立てる。
「黙れ。死にたいのか」
私はポイズンスワームの毒針を眼前に突きつけてそう告げる。
「な、なにが望みだ!」
「これまでお前が人々に遭わせてきたものと同じ目に遭うといい」
私がそう告げると怯えるパリスをポイズンスワームに連行させた。
「離せ、離せ! 私を誰だと思うか! 教皇猊下の右腕だぞ!」
パリスは無意味なことを必死に叫んでいる。道化のようだ。
「諸君!」
私は叫ぶ。この首都サーニアの住民に向けて叫ぶ。
「この男はこれまで諸君らの家族、友人を異端などと嘯いて火炙りにしてきたものだ。だが、今やこの男は権威も権力も失い、無力なままである。諸君、君らが報復を望むのならばそうするがいい」
私がそう告げるのにパリスの表情が青ざめた。
「確かにあの男だ検邪聖省の長官は……」
「あいつに殺されたんだ、俺の嫁さんは……」
首都サーニアの街のあちこちから怨嗟に塗れた声が響き、人々がぞろぞろと建物から出て来る。誰もが憎悪に塗れた視線をパリスに向けている。この男はここまで恨まれていたというわけけか。
「さあ、諸君の好きにしろ」
私はそう告げて、パリスの体を群衆に向けて放り投げる。
「貴様、よくもマエリスを殺してくれたな! あの子はただ両親を心配させまいとしていただけなのに! あんな酷い目に遭わせてくれて!」
「この男こそが異端だ! 光の神は慈愛の神なのにこの男がやったのは、無差別な処刑だけだ! 慈愛なんて 欠片も持ってない!」
怒れる群衆たちの中にはいつの日か菓子パンを買いに行ったときに出会ったフェデリコの姿もあった。彼は家族同然だったマエリスを火あぶりにされた恨みがあった。他のものたちも家族や友人たちを、異端者狩りによって火炙りにされてきたのだろう。
「この男を火あぶりにしろ! この男は異端者だ!」
「異端者を火あぶりに!」
群衆たちはパリスを広場の中央にまで連れていく。火刑台のある場所まで。
「待ってくれ! 私は、私は違うんだ! 私の命令じゃない! 本当だ! 私じゃないんだ! 信じてくれっ! 私はただ戦争に勝つために……!」
パリスが叫ぶのも無視して群衆たちはパリスを火刑台に縛り付ける。
「火を放て! 火を放て! 火を放て!」
「火を放て! 火を放て! 火を放て!」
群衆たちが叫び声をあげ、松明を持ったフェデリコが姿を見せた。
「やめろ! やめてくれ! 頼む! 頼む!」
パリスは必死に叫んだが無意味だった。
フェデリコたちが火を放ち、火刑台が炎に包まれる。
「ああっ! ああっ! 助けてくれ! 助けてくれ!」
パリスの体は火刑台の炎で熱され、衣服は焼け落ち、皮膚には水膨れができ、次第に炭化していく。パリスはもがけどもがけど、炎からは逃れられず、次第に煙によって呼吸困難となり──。
「か、神よ……どうか、私を、救いたまえ……」
そして、息絶えた。
「異端者は死んだ!」
「異端者が死んだぞ!」
群衆たちはパリスの死に歓声を上げる。
「……私と同じか」
この後でサーニアの街の住民を皆殺しにしようかと思ったが、それは取りやめてもいいかもしれないなと思った。
「女王陛下。これからどうなさりますか?」
「方針を転換する。この国を乗っ取ることにする」
私は首を傾げるポイズンスワームにそう告げ、教皇庁へと向かった。
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私は教皇庁の建物をポイズンスワームたちと共に進んだ。
既に警備兵は出払っており、私たちは何の障害もなく教皇庁を進むことができた。残っていたら残っていたで殺してしまうつもりだったが、そうでないならば無益な殺生は不要だろう。
今の私は慈悲に満ちている。サンダルフォンが言っていたんだ。このような状況にあっても人の心を忘れてはいけない、と。私はサンダルフォンに約束した通り、人の心を忘れないように生きていかなければ。
「失礼する」
私は教皇庁の目的の部屋の扉を開いた。
「な、なんだ!? 怪物だと!?」
「恐れることはない。彼女は我々に危害を加えない」
うろたえる枢機卿たちと冷静な枢機卿たち。前者はパラサイトスワームが寄生しておらず、後者はパラサイトスワームが寄生している。冷静なのも当然、と言ったところか。
「諸君、自己紹介しよう。私はアラクネアの女王グレビレア。諸君らを苦しめていたあのスワームたちの長である。ここで会うのは初めまして、だな。だが、諸君らのことはよく知っている」
そう、私はパラサイトスワームを使って、枢機卿たちの様子を観察してきていた。どこの誰がどのような欲求を持っているのか。
「私は今ここに降伏を勧告しに来た。諸君らの頼りだったメタトロンは既に打ち倒された。諸君らを我らが軍勢から守る術はもはや存在しない。大人しく降伏し、アラクネアへの隷属を約束するならば生かしておいても構わない」
「だ、誰が怪物たちなどに降伏するか!」
「パンフィリ卿は結局は戦いに敗れたのか……」
私の言葉に枢機卿たちが次々に喚く。
「降伏を受け入れないならば、この街と他の街の住民を皆殺しにする。既にそちらの残された都市は僅かなものだが、それでも大切な国民だろう。皆殺しにされていいのか。さあ、どうするつもりだ?」
私は降伏が受け入れられなければこのサーニアの街の住民も、他の街の住民も皆殺しにして肉団子にしてしまうつもりだった。私は多少の慈悲に目覚めたとはいえど、寛大になったわけではない。
「街の住民を人質に取るとは……」
「だが、街の住民の命は大切だ。見捨てることはできない」
枢機卿たちはパラサイトスワームに寄生されたものも、そうでないものも、私の虐殺宣言を前にざわざわと話し合う。
「降伏を受け入れるべきだろう……。我々にはもう戦う力は残ってはいない……。南からはニルナール帝国までもが攻め込んできている状態で、我々にやれることなどなにもない……」
そう告げるのは教皇ベネディクトゥス3世だ。
彼は諦観した様子で、溜息を吐いていた。
「賢明だな。そちらに抵抗可能な戦力は残っていない。大人しく降伏するのが妥当だ」
私はベネディクトゥス3世にパラサイトスワームを寄生させたかと思ったが、彼には寄生させる隙が無かったことを思い出した。ならば、彼は自主的に降伏を申し出ている、というわけである。
「それで、降伏条件は何だ?」
「アラクネアに隷属すること。我々に逆らわず、従っていれば、光の神でもなんだろうと好きに崇めるといい。私たちが求めるのは抵抗せぬ、従順な属国。我々に逆らわず、我々が求めるものを提供するならばその自治は認めてもいい」
ベネディクトゥス3世が尋ねるのに私はそう告げて返した。
「人間を奴隷や餌として供給せよとは言わなぬだろうな」
「従うならばそちらの国民に危害は加えないと約束しよう。ただし、家畜の肉などは欲するかもしれぬがな」
正直なところ、人間の肉は効率が悪い。品種改良された家畜の肉の方が、肉団子を作るにしても何をするにしても効率がいいのだ。人間の肉は家畜のように繁殖させることも難しいしな。
「それぐらいのことでよければ受け入れよう。降伏条約を締結する」
「それで結構。我々は常に君たちを見張っていることを忘れるな」
フランツ教皇国が降伏条約に逆らったりしようとした場合には、パラサイトスワームを寄生させた枢機卿たちが報告するはずだ。裏切りの心配は最小限。
「それから我々の属国となるのならば、ニルナール帝国からの保護も約束しよう。我々は丁度ニルナール帝国と戦争をするつもりだったからな」
「それは助かる。かの暴虐な大国は突如として我が国に襲い掛かってきた。いや、我々がそちらと戦争をすることで弱体化するのを待っていたのだろう。なんとも狡猾にして、忌々しい国家であろうか」
私たちには共通の敵がいる。ニルナール帝国だ。ニルナール帝国はアラクネアに侵攻すると同時に、フランツ教皇国に宣戦布告している。私たちは共にニルナール帝国を敵としているわけだ。
「では、この時点で停戦する。講和条約については1、2日かけて両者が納得できるものを作成しよう。我々はもう二度とそちらと戦争をしたいとは思っていないからな」
戦争はスワームの求めるものだが、私は戦争をもう求めたくない。少なくともニルナール帝国を滅ぼすまでで、戦争は終わりにしたい。
もう、戦争なんて十分にやっただろう?
──かくて、アラクネアとフランツ教皇国の間で和平交渉が成立した。
フランツ教皇国は武装解除され、アラクネアへの不可侵条約を無期限で維持する。更にアラクネアがフランツ教皇国への軍事支援を行う代償として、フランツ教皇国はアラクネアの必要とする物資を提供すること。
そして、アラクネアはフランツ教皇国の宗教的立場について、一切の干渉を行わないこと。教皇の選出などの教権についてはそれを保証すること。ただし、異端審問に関しては一切を封印すること。
以上のことが記された講和条約文書に私とベネディクトゥス3世がサインし、こうしてフランツ教皇国との戦いは終わった。
残る戦いはニルナール帝国との戦いだが、これは厳しいことになりそうだ。
敵は既にマルーク王国をほぼ全土掌握しており、シュトラウト公国に手を伸ばそうとしている。こちら側もシュトラウト公国の前進基地で作成したジェノサイドスワームやポイズンスワームで応戦しているが、その勢いは止まらない。
そろそろ本腰を入れて戦争をしなければなるまい。
まだアンロックされていないユニットをアンロックし、敵に向けてやらなければ。
ニルナール帝国。調子に乗れるのもそこまだ。
だが、私がそう思っている間にも面倒なことが起きつつあったのだった。
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