偽りの天使
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──偽りの天使
ニルナール帝国のアラクネアへの侵攻。
その理由から私たちは早期にフランツ教皇国を落とさなければならなくなった。
そして──。
「ここが首都サーニアだ」
私たちは固く城門の閉ざされた首都サーニアを見渡せる丘の上にいた。
「ここを落とせばフランツ教皇国は事実上の終わりだ。何としてもここを落とし、ニルナール帝国の侵攻に対処する。時間はない。可能な限り迅速に全てを進める」
私はスワームたちにそう告げる。
既に攻城兵器として腐肉砲は配置されている。これで正面の城門は破れるだろう。今回は時間がないので正面突破にかけるしかない。腐肉砲を建設するのも時間がかかり、部隊を分割しているような時間すら惜しい。
幸いにしてマスカレードスワームからの情報によれば、内部にいる敵の戦力は極僅かだ。正面突破でもどうにか戦えるはずだ。サーニアの通りはシグリアと比べれば広いため、下手に戦力を分割するよりいい判断かもな。
「攻撃開始時刻は0430時。朝日が昇る前に攻め込み、朝日が昇るころには戦いの帰趨を決する状態にする。薄明攻撃だ。敵は敵の探知を視界に頼っているが、こちらはそうではない。こちらは嗅覚によって敵を探知できる」
暗がりでの戦闘はスワームが優位だ。スワームの嗅覚は人間の臭いを的確に探知する。索敵を視界にしか頼れない人間とは違うのだよ。
「いよいよですね、女王陛下」
「ああ。いよいよだ。今回も勝利する。君たちにはそう約束したのだから」
そう、スワームたちに約束した勝利を果たさなければ。
約束を守るって、サンダルフォンにも約束しているんだから。
人の心を忘れないことも。
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0430時。アラクネア、首都サーニア総攻撃開始。
腐肉砲が腐肉を城壁に向けて投射し、毒が撒き散らされ、城壁が腐っていく。城壁のバリスタに配置されていた兵士たちは毒を受けてもだえ苦しみ、次々に倒れる。そして、城門そのものも崩壊し始めていた。
「ディッカースワーム、内部攻撃開始」
続いてディッカースワームが城壁の閂を破壊しようと、地中から城壁内に飛び出して攻撃を始める。突然のことに驚いたフランツ教皇国の兵士たちは、応戦するのが幾分か遅れ、それが致命的なミスとなった。
ディッカースワームと腐肉砲は城門を完全に破壊。今や城壁は開け放たれた。
「隊列前進。サーニアの街を制圧せよ。ただし──」
私はこの作戦において重要なことを告げる。
「民間人は無視しろ。兵士だけを殺せ。今はそれでいい」
そう、今回の戦いで優先して殺すのは兵士だけ。民間人の殺戮に勤しんでいる時間はないんだ。民間人の処理は後からやってくる予備のリッパースワームに任せればいい。今は何としても軍事的に勝利することを優先だ。
「理解したか、諸君。ならば、前進だ。踏みにじれ!」
「前進!」
セリニアンとライサが先頭に立ち、ジェノサイドスワームとポイズンスワームの隊列が突撃を開始する。ポイズンスワームは前方で防衛線を展開しようとする兵士たちに毒針を浴びせかけ、セリニアンとライサは突破口を開き、そこからジェノサイドスワームが津波のように押し寄せては兵士たちを飲み込んでいく。
連携は完璧だ。後衛は前衛を支え、前衛は後衛を守り、英雄ユニットは道を切り開く。文句なしの戦いだ。
「はあっ!」
「行きます!」
特にセリニアンとライサの連携は完璧だ。
ライサがセリニアンに脅威になる弓兵を早急に撃ち落とし、安全を確保する。そうしてでてきた隙にセリニアンが突っ込んでかき回す。
ふたりは実は姉妹だったのではないかと思う程にその連携は完璧すぎた。
セリニアンもライサも死なずに生き残ってほしい。その私の心が通じてくれているといいけれど。彼女たちはこの世にたった1体だけのユニットなんだから。貴重なユニットであるし、貴重な友人でもある。
そんな私の思いを受けてセリニアンたちは突撃していく。
敵の抵抗は次第になくなっていき、防衛陣地も薄いものになる。
この調子なら、朝日が昇り切るころには私たちの勝利は確定だ。
だが、世の中そう簡単にはいかないものだ。
マルーク王国に天使という名の化け物がいたように、フランツ教皇国にも面倒な相手がいたのだった。
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「城壁が破られた! もはや我らを守るものは何もない!」
そう叫び声が上がるのは教皇庁の大広間だ。
今日は健康を害していた教皇ベネディクトゥス3世も出席しての会議だった。それは、それだけフランツ教皇国が危機に立たされているということを意味している。
「そもそも誰なのだ。陸路ならば怪物たちに勝てると告げたのは」
「パンフィリ卿だ。パンフィリ卿が告げたことだ」
この場において無表情な枢機卿たちがパリスの方を向く。
「確かに私は陸路なら勝ち目があるかもしないと告げた。だが、それにはここにいた全員が同意したではないか! これは私ひとりの責任などではない! これはここに列席するものたち全員の責任だ!」
パリスは焦っていた。
ようやく検邪聖省のトップの地位を手に入れ、何も問題はなくなったはずなのに、今度は怪物たちがパリスを脅かしている。それもその危機は城門にまで迫っているのだ。どうにかしなければ、せっかく手に入れた政治的地位が無意味なものとなる。
「だが、やはり責任はパンフィリ卿にあると思われる」
「彼が陸路での戦いならばこちらに利があると明言したのだ」
なんたることだろうか。枢機卿会議の半数以上の枢機卿がパリスに責任があると告げているのだ。彼らは自分たちにはまるで責任のないという顔をして、パリスのことを責め立てている。
「何たる無責任! 貴君らには恥はないのか!」
「無責任なのはそなたではないのか、パンフィリ卿」
怒り狂うパリスと冷淡にパリスを責める枢機卿たち。
「よかろう! では、我々にとっての最後の手段を取るしかあるまい! “熾天使メタトロン”を目覚めさせる! 異論はないだろうなっ!?」
そう、パリスは些か理解不能な言葉を告げた。
「責任は自分で贖うべきだ」
「他人のそれで罪を許してもらおうなどとは許されるものではない」
だが。枢機卿たちはパリスの責任をあくまでも問い続ける。
「ええい! この状況で責任のなすりつけ合いなど、それこそが我らが光の神に反する異端者だ! 異端審問官たち! このものたちを、異端者たちを処刑せよ!」
パリスがそう叫ぶのに、白尽くめの異端審問官たちが現れる。
「待て、パリス。異端審問官を下げさせろ。枢機卿を異端審問で裁けば、市民の動揺は押さえられない。市民はこの信仰において誰を信じるべきか理解できずに、指導者を求めて戸惑うだろう……」
「ですが、教皇猊下!」
ベネディクトゥス3世が止めるのに、パリスが叫ぶ。
「パリス。責任は取ってもらう。ただし、メタトロン様の起動は許可しよう。メタトロン様の力を以てして敵を退ければ、今回の責任は一切問わない。それでいいだろう……ゲホッ……ゲホッ……」
ベネディクトゥス3世は死に掛かっている。ここ最近の激務が老体にたたり、体のあちこちが壊れ、心肺機能にも障害が生じつつあった。
「畏まりました、教皇猊下。私がメタトロン様を使って、勝利を手に入れましょう。確実な勝利を。それでここにいる何もせずに他人の責任だけを追及するものたちを黙らせてやりますとも」
ベネディクトゥス3世の言葉にパリスが他の枢機卿たちを睨みながらそう告げる。
「さあ、早く実行するんだ、パリス。もう残されている時間はないぞ。敵の蟲どのもの行進する音が聞こえる。石畳の通りを蟲たちが行進する音が聞こえる。もう残されている時間はない……」
「ご安心を、教皇猊下。メタトロン様さえいれば我々の勝利は確実です。そう──古代マリアンヌの遺産さえあれば我々が勝利するのは確実だというもの」
マリアンヌ。それはアラクネアと同じゲームの世界の住民であったはずだ。
何故、それがここにいるのか?
その理由が分からぬままに、パリスはマリアンヌの英雄ユニットたる熾天使メタトロンの起動に向けて、この教皇庁の建物を進んでいった。
「失敗すればパンフィリ卿はお終いだな」
「パンフィリ卿には敗北の責任を取ってもらわなくては」
パラサイトスワームに操られている枢機卿たちだけは、このことをアラクネアの女王に報告しつつ、確実にパリスを追い詰めていった。パリスが敗北したとき、彼らは何をするつもりだろうか?
さあ、勝つのはパリスが率いる熾天使メタトロンか、それともアラクネアの女王が率いるスワームか。
その結果は間もなく示されようとしている。
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