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自然な流血

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 ──自然な流血



 奴隷商人の指揮官が操る荷馬車は、リシッツァ・ファミリーの本拠地である屋敷の前で停車した。明らかに喧嘩を売っている位置に停車した馬車に、リシッツァ・ファミリーの構成員たちが馬車に向かってくる。


「おい! お前、モイセイだろ! 借金を払いに来たのか!」

「てめえ、この間ボスを酷い目に遭わせてくれたそうだな!」


 ガラの悪い男たちがぞろぞろと現れてきては、奴隷商人の指揮官の馬車を取り囲む。私は馬車の中で息を殺して、成り行きを見届けていた。


「降りろよ、モイセイ! そして、ボスの前でケジメを付けてもらうぞ!」


 リシッツァ・ファミリーの男が奴隷商人の指揮官に手を伸ばした時、セリニアンとリッパースワームが動いた。


 セリニアンは長剣で男たちの首を刎ね飛ばし、リッパースワームは鎌と牙で男たちを八つ裂きにする。全てが一瞬の出来事であり、瞬きしている間に全てが終わっていた。全てが終わった時に残るのは死体だけ。


「片付きました、女王陛下」

「ありがとう、セリニアン、リッパースワーム」


 セリニアンとリッパースワームが告げるのに、私は荷馬車を降りた。


「さあ、乗り込もう。そして、殲滅しよう。彼の仇を取ってあげなくちゃならない」


 私はそう告げると、リシッツァ・ファミリーの屋敷の門を奴隷商人の指揮官に開けさせると、屋敷の内部へと入った。セリニアンとリッパースワームを引き連れて。


 屋敷の中には無数のリシッツァ・ファミリーの構成員が残っているはずだ。彼らは正直なところこの奴隷商人の指揮官から借金を取り立てたかっただけだろうが、私に手を出そうとしたし、リッパースワームも殺した。


 さあ、報復の時だ。血を舞い散らせ、肉を裂こう。


 実にスワーム的じゃあないか。


…………………


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「侵入者だ! 侵入者が来た──」


 リシッツァ・ファミリーの構成員が叫ぶのを、リッパースワームがその頭を鎌で貫いて沈黙させた。構成員はその脳への一撃で、痙攣するだけになり、ゆっくりと血の海が広がっていく。


「畜生! 怪物どもが攻めてきたぞ! 総員、出会え!」


 その様子を見ていたリシッツァ・ファミリーの構成員が叫び続け、屋敷のあちこちからリシッツァ・ファミリーの構成員が出て来る。短弓を構えた男たちや、長剣を握ったものたちが現れ、私たちを取り囲む。


「セリニアン。突破できる?」

「可能です。ですが、女王陛下を危険に晒してしまいます」


 私が尋ねるのに、セリニアンが焦った様子で告げる。


「なら、援軍を呼ぼう」


 私はそう告げると、軽く手を振った。


 すると地面から巨大な牙が突き出し、長剣を構えて進んできていたリシッツァ・ファミリーの構成員を噛み千切った。体が左右に真っ二つにされ、死体は地面に引きずり込まれていく。


 ディッカースワームだ。私が念のためにリーンの街の城壁の外に待機させておいたものを今、呼び出した。ディッカースワームたちは城壁の地下を潜り抜け、私たちを襲おうとするリシッツァ・ファミリーの構成員の足元に現れたわけだ。


「これで大丈夫そう?」

「はい、お任せを、女王陛下」


 私の問いにセリニアンが小さく笑って飛翔した。その昆虫の足を跳ねさせ一気に跳躍すると、屋敷のバルコニーから私たちを短弓で狙っていたリシッツァ・ファミリーの構成員たちを長剣で次々に切り倒していく。


 それは人間が殺されているという凄惨な場面だというのに、どこか美しく、どこか壮麗で、どこか華やかだった。血飛沫が舞い散り、リシッツァ・ファミリーの構成員たちがセリニアンに切り倒されていく様子は私を魅了した。


「女王陛下!」


 私がセリニアンの戦いに目を取られていたとき、リッパースワームが叫んだ。


 彼は私の前に立ち、私に向けて放たれてきた弓矢を毒針のある尻尾で弾き飛ばした。


「ありがとう、リッパースワーム」


「礼には及びません。ですが、女王陛下は身の安全に気を付けられてください。見ていて危険だと思う時があります」


「ごめん。注意する」


 リッパースワームはそう言いながら私に向けられてくる攻撃を弾き続けた。最初期の初級ユニットであるにもかかわらず、彼は非常に頼もしい。私はこの愛嬌のある蟲になおのこと愛着を抱いた。


「なんだ! 何の騒ぎだ!」


 リシッツァ・ファミリーの構成員とセリニアン、リッパースワーム、そしてディッカースワームが交戦しているところに、ある人物が現れた。


「あいつだ」


 私たちの馬車を襲った指揮官らしい男を私は見つけた。


「お前、何者だ! この化け物どもはどこから連れてきた!」

「それに答える必要はない」


 リシッツァ・ファミリーの頭領が叫ぶのに、私はそいつを指さす。


「生け捕りにして」

「畏まりました、女王陛下」


 私が命じるのに、リッパースワームが動く。


「御身は私がお守りします」


 続いてセリニアンが私の警備に付いた弓兵はほぼ皆殺しにされているが、どこから攻撃が飛んでくるのか分からない。セリニアンに守ってもらえるのはありがたい。騎士に守ってもらっているようで安心感がする。というか、セリニアンは一応騎士か。


「い、一応ですか、陛下?」

「あ、ごめん。セリニアンは立派な騎士だ」


 集合意識を通じて思っていることが伝わってしまった。意外に不便だな、集合意識というのも。独り言も呟けそうにない。


「近寄るな! お前ら、あの化け物を殺せ!」


 リシッツァ・ファミリーの頭領が叫び、屋敷の中から更に戦力が湧き出してくる。長剣やハルバードを握ったリシッツァ・ファミリーの構成員たちが、次々に湧き出して来ては、リッパースワームに襲い掛かろうとする。


 そこを石畳を破壊して出現したディッカースワームが襲い掛かって、地面に引きずり込む。突如として地下から現れる脅威を前に、リシッツァ・ファミリーの構成員の足がすくみ、その場から動けなくなった。


 だが、これで終わりというわけではない。敵は殲滅しなければならないし、リシッツァ・ファミリーの頭領は生かして捕まえなければならない。


「リッパースワーム、行けそうか?」

「問題ありません、陛下」


 リッパースワームはディッカースワームの襲撃によって怯んだ敵に向けて襲い掛かっていった。敵を引き裂き、食らいつき、貫き、あらゆる攻撃を以てして、リシッツァ・ファミリーの構成員を屠っていく。


 血の惨劇だ。


 壮麗だったリシッツァ・ファミリーの屋敷はディッカースワームによって穴だらけになり、セリニアンとリッパースワームの攻撃によって建物は真っ赤に染められ、あちこちに死体が転がっている。


 だが、それを見ても私は無関心だった。


 戦場に死体があるのは当然のことだ。死体から血が流れるのは当然のことだ。綺麗なまま死体が残るのはゲームの世界だけだ。


 当たり前のことじゃないか。何もかも。


「誰か! 誰か! 誰か、来い! あの化け物を殺せ! 早く来い!」


 リシッツァ・ファミリーの頭領は叫ぶももう屋敷の戦力は殲滅されたか、逃げていってしまっている。呼べども、呼べども誰も来ることはない。もはや、リシッツァ・ファミリーの頭領の命運は決した。


「生け捕りだ、リッパースワーム」

「了解しております、女王陛下」


 私が改めて告げるのに、リッパースワームは毒針を輝かせた。


「やめろ! やめろっ! 近寄るな! 近寄れば──」


 喚きたてるリシッツァ・ファミリーの頭領にリッパースワームが毒針を突き刺した。


「あがっ……! あぐっ……!」


 毒針の突き刺さったリシッツァ・ファミリーの頭領は口から泡を吹き出して倒れ込み、地面でもがきながら意識を失った。


 リッパースワームの毒針には即死効果やダメージ効果はないが、その代わりに敵を一時的に麻痺させる効果がある。本当に微弱な麻痺効果だったが、リシッツァ・ファミリーの頭領を麻痺させるには十分だった。


「セリニアン。拘束して」

「畏まりました」


 私が命じるのにセリニアンが麻痺しているリシッツァ・ファミリーの頭領を蜘蛛のような糸でぐるぐる巻きにして、縛り上げた。


「セリニアン、リッパースワーム。館の中に生き残りがいないか捜索を。万が一の場合に備えてふたり1組で行動して。それぞれでカバーし合うんだ」

「了解しました」


 今ここに来て育ってきたセリニアンを迂闊なことでやられても困るし、愛着の湧いたリッパースワームを殺されても腹が立つ。私は敵はいくら死んでも構わないが、味方に死なれるのは許せない。そういうわがままな人間なのだ。


「さて、随分と暴れまわったことだし、周辺住民が気付くかな。騒ぎになる前に撤収しないといけないね。これから静かにしてもらう用意はするけれど」


 そう告げて私はポケットの中からパラサイトスワームを取り出し、麻痺しているリシッツァ・ファミリーの頭領の口に突っ込んだ。


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…………………


 リシッツァ・ファミリーの屋敷で起きた虐殺事件は、リーンの街の警察──騎士団によって判明した。中にいた何十名ものリシッツァ・ファミリーの構成員たちが殺され、死体になっている様子に、騎士団の中に吐くものもいた。


 そして、この事件の犯人はすぐさま見つかった。


 犯人はリシッツァ・ファミリーの頭領であった。


 彼は血塗れの長剣を手に屋敷の玄関に座っており、ここで行われたことは全て自分がやったと自白したのだ。その自白を基に騎士団はリシッツァ・ファミリーの頭領を逮捕し、殺人の罪で絞首刑にした。


 死体は改められることもなく、そのまま火葬にされた。


 だが、不思議なことに最初は誰も気づかなかったが、屋敷にいたリシッツァ・ファミリーの構成員の数と見つかった死体の数が合わなかった。これを騎士団は殺人に加担したことで逃げ出したものと見て、行方を追い始めた。


 もっとも、その捜索活動が実ることはないのだけれど、ね。


「さあ、死体を詰め込んで。たっぷりあるからもっと増やせる」


 私は受胎炉の中にあのリシッツァ・ファミリーの屋敷で殺し、ディッカースワームが穴の中に引きずり込んだ死体を詰め込んでいた。幸い、今はセリニアンが詰め込むのを手伝ってくれるので些か楽だ。


「女王陛下。何を生み出されますか?」

「そうだね。リッパースワームをもっと増やしておこうと思う。そろそろラッシュのことも考えておきたいから」


 セリニアンがうんしょと死体を受胎炉に詰め込んで尋ねるのに、私はそう返した。


 リッパースワームの数は相当数はいる。だが、ラッシュをするには不足だ。私はアラクネアの女王としてスワームたちを勝利に導くと約束した以上は、勝利についても考えておかなければならない。


 だが、依然として戦う相手は見つかっていない。


 あるのは密猟者や奴隷商人との戦いや、リシッツァ・ファミリーのような犯罪組織との戦いだけ。滅ぼすべき国や陣営は未だに見つからない。


 重要な任務である捜索活動は未だに続けている。リッパースワームたちは各地に散らばり、情勢を調査している。


 それによるとここから西のすぐそばにマルーク王国が存在する。私たちが利用しているリーンの街を治めている国だ。


 そして東の方にはフレンツ教皇国という国家が存在する。生贄などを捧げない慈愛と寛容を尊重する宗教的な国家なところからして善陣営だろう。いずれ敵対することになるかもしれない。


 南と北は不明。国家は存在するようだが、国名や文化は分からない。


 そして、どうやらここが大陸の中心地であることに私は落胆していた。潜在的敵陣営に囲まれた配置では、不利であることは目に見えている。


「これからどうしたものかな」


 戦うべき敵は不明で、どうすれば勝利と言えるか分からない状況下で、私はただただ攻撃に備えてスワームたちを増やし続けていた。


 だが、戦うべき敵は向こうからやってきたのだった。


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本日21時頃に次話を投稿予定です。

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