自業自得(2)
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「つまり敵は海軍による強襲を実行すると?」
「そのようですね」
そう話合っているのはローランとライサだ。
「海賊たちでは完全に動きは封じられなかったか」
「ですが、敵の海軍の規模は小規模で成功する可能性は低いと女王陛下が」
ローランが呻くのに、ライサがそう告げる。
「なるほど。政治的な事情からの作戦実行か。我らが女王陛下もなかなか人が悪い」
ローランは集合意識からアラクネアの女王の情報を拾ってそう告げる。
あの枢機卿会議の中で半数がパラサイトスワームに操られていることをしるのはアラクネアだけだ。そのアラクネアの女王はパラサイトスワームで枢機卿たちを操り、異端審問を本格化させたパリスを嵌めた。
パリスは大慌てで作戦を立案させたものの陸軍の将軍たちも、海軍の提督たちも、この作戦は上手くいくとは思えないと言っていた。船の数は少なく、乗組員たちは未知の怪物を恐れて、作戦への参加を拒否している。
そう、噂が広まっていた。
フェネリアの街で起きた虐殺事件は海軍の将兵たちを震え上がらせた。人間が八つ裂きにされ、更には肉汁にされてしまった様子を見た海軍の将兵たちは吐き、そして身を震わせた。このようなことができる敵とは何なのかと。
それで作戦は実行される。パリスが異端審問にかけられないために、パリスの面子のためだけに、海軍と陸軍の将兵が犠牲になるのだ。
「我々の任務は?」
「敵の迎撃です。敵が上陸するのは旧首都ドリスだと判明しています。もはや、海軍によってシュトラウト公国全土を侵略できないと分かると、敵は旧首都という象徴を奪還してせめてもの勝利とするつもりのようです」
敵の狙いは旧首都ドリス。今、ローランとライサがいる場所だ。
「女王陛下はフランツ教皇国での作戦でお忙しいから、我々だけでやるしかないな」
「幸い、女王陛下からの命令は届いています。それに従えば勝てます」
アラクネアの女王はセリニアンと共にフランツ教皇国での諜報作戦を実行中だ。シュトラウト公国で留守を任されているローランたちが敵の攻撃を迎撃するしかない。
「この作戦に従うと敵は酷い目に遭いそうだな」
「ええ。痛い目に遭うべきです。たとえ、成功しない作戦に動員された哀れな人々だとしても」
アラクネアの女王の作戦は敵に大打撃を与えるものらしい。
「そうだな。我々アラクネアに歯向かったものは、それなりに痛い目を見るべきだ。それにフランツ教皇国が今になって我が物顔で私の祖国に踏み入るというのは、実に気に入らない話だからね」
フランツ教皇国はシュトラウト公国を救援することを約束して、そして裏切った。そんなものたちがローランの祖国である旧首都ドリスに入り込むことは腹が立つ話だろう。来るのが遅すぎる、と。
「では、頑張りましょう、ローランさん」
「ああ。我らが女王陛下のために」
フランツ教皇国の海軍艦艇が出撃したことは潜伏しているマスカレードスワームによって報告された。
フランツ教皇国の海軍基地から旧首都ドリスまでは早くて2日。
その間にローランとライサは準備を始めた。
秘かにアンロックされていた新ユニットを作戦の要として。
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シュトラウト公国旧首都ドリス。
そこに向けてフランツ教皇国の海軍部隊が進行していた。
動員されたのは虎の子の大型輸送船で5000名の兵士を運んでいた。これだけあれば、旧首都を奪還できるだろうという目論見からだった。
たったの5000名とアラクネアの女王は鼻で笑った。
海軍が運んでいる戦力は軽装歩兵だ。それが5000名集まったところで、リッパースワームが同数以下で殲滅できる。
それに彼らが近づいている旧首都ドリスには、罠が張り巡らされているのだ。
「前方、異常なし!」
フランツ教皇国の海軍の水兵がそう報告する。
「このままですと、我々の上陸が妨害されることはなさそうですな、提督」
「油断はできん。何が起きるのか分からないのだ。敵は未知の相手なのだから」
この艦隊を指揮する提督は慎重だった。彼はフェネリアの街での虐殺の後を見ているのだ。人間が兵士たちも八つ裂きにされ、肉汁として溶かされた姿を見て、自分たちが敵に回しているものが恐ろしい怪物だと理解しているのだ。
「ですが、敵には海軍はいません。上陸するまで我々を妨害するものはないでしょう」
「その海軍がない連中がフェネリアを襲ったのだぞ」
楽観的な参謀に提督が鋭く指摘する。
そうだ。敵は怪物だが、船を使うことのできる怪物なのだ。そのことを忘れて戦えば痛い目を見ることになるだろう。
「水兵! 異常はないか!」
「はっ! 上陸予定地点の沖合に漂流している小型船が数隻見えます!」
提督が叫んで尋ねるのに、水兵が奇妙な報告を行った。
「小型船……?」
提督は奇妙な報告に考え込んだ。
「連中がこのドリスを襲撃したときに流れたものかもしれませんね。それか連中が自棄になって我々の侵攻を妨害するために置きに小型船を流したとしか」
「そのようにしか考えられないな。あの小型船では何もできまい」
参謀が告げるのに、提督は肩を竦めて頷いた。
いくら敵が怪物でも体当たりすれば沈むような小型船で、フランツ教皇国の海軍が誇る大型船を阻止することはできない。中に怪物が潜んでいたとしても、体当たりすれば沈んでしまう。
誰もがそう考えていた。
そして、フランツ教皇国の海軍の大型船が小型船に体当たりをした時だ。
爆発が起きた。突如として小型船が爆発し、その巨大な爆発に巻き込まれた大型船が音を立てて沈んでいく。後続の船も沈み始めた大型船に衝突してしまい、キールがへし折れて海へと沈んでいく。
爆発はひとつだけではなかった。
大型船が潜り抜けようとした小型船の全てが炸裂し、大型船は大破する。傾いていく船から水兵や輸送されていた兵士が投げ出されて海に落ちていく。炎に包まれた海面では、溺れるものたちが助けを求めてあがいていた。
「何だ。何事なんだ。一体、何が起きた……」
提督は沈みゆく船の中で呻く。
彼らを襲ったのはアラクネアの新ユニット“ファイアスワーム”だ。
ファイアスワームにはふたつの能力がある。ひとつは高熱のガスを吐き出して、敵に浴びせかけること。それは実に効果力の攻撃だが、攻撃レートは実に低く、油断していると敵のユニットに屠られる。
そして、もうひとつの能力は自爆だ。その自爆はマスカレードスワームも行うことができる能力だが、ファイアスワームのそれは威力が違う。敵の防衛用の陣地を一瞬で破壊することができるほどの威力を有するのだ。
「敵の艦船の半分は沈んだな」
ファイアスワームの自爆によってフランツ教皇国の海軍の大型船が沈んでいくのを見ながら、ローランはそう呟く。
海面は炎に包まれ沈みゆく船に衝突した船などが同じように沈むなど、旧首都ドリスの沖合は地獄絵図となっていた。生き残ったフランツ教皇国の海軍の大型船は半分にも満たないものとなっていた。
「それでも上陸するつもりのようですよ。ボートを降ろしています」
「確かに。上陸するつもりのようだ」
ライサは裸眼でフランツ教皇国の海軍の大型船からボートが降ろされ、上陸が行われているのを確認し、ローランは望遠鏡で大型船が沖合で停泊して、ボートを送り込む様子を眺めていた。
「迎え撃つ準備は、ライサ嬢?」
「いつでも行けます」
ローランが尋ねるのに、ライサがそう告げた。
ライサは既に火矢を長弓に番えて、狙いを迫りくるボートに向けていた。
「ならば、攻撃開始だ」
「はい!」
ローランはそう告げ、ライサが迫りくるボートに向けて火矢を放った。
火矢はボートに命中し、炎上を始める。続けざまにライサが火を消そうとする水兵たちに向けて弓矢を放っていき、ボートは炎上しながら沈んでいった。
ライサの弓の腕前はスワーム化してからどこまでも上昇した。まるでバリスタのような巨大な弓を軽々と引き、信じられないほど太い弓矢を敵の兵士に向けて同時に3本と放ち、同時に3人を仕留める。
更に上陸部隊に追い打ちをかけるようにポイズンスワームが毒針の雨をボートに向けて降り注がせる。ボートに乗っていた軽装歩兵は易々とポイズンスワームの毒針に貫かれ、肉汁へと変わっていく。
「さて、私はライサ嬢とポイズンスワームの撃ち残しを相手にするか」
ライサの弓矢やポイズンスワームの毒針を受けても上陸作戦は進行中だ。指揮系統が崩壊したために、中止する人間がいないのだ。
そして、上陸してくるフランツ教皇国の兵士たちを迎撃するのは、ローランとリッパースワームたちである。リッパースワームが軽装歩兵を軽々と始末し、ローランは長剣で次々に上陸してくる歩兵たちを始末する。
「はあっ!」
ローランもスワーム化して強力になっている。長剣は軽装歩兵を上半身と下半身に切り分けてしまい、敵は抵抗しようとしても攻撃を受け流され、旧首都ドリスの砂浜に倒れこんでいく。
そして、瞬く間に5000名いたはずの上陸部隊の兵士たちは、残り数名となってしまっていた。彼らは海岸に追い詰められ、降伏することもできずに周囲に武器を向ける。
「恨むならば君たちをこの勝ち目のない戦場に送ったものたちを恨め」
ローランはそう告げてリッパースワームと共に、生き残った兵士たちを八つ裂きにした。これで戦闘は終結である。
「終わりましたね、ローランさん」
「ああ。これで敵も懲りただろう」
フランツ教皇国の海軍による強襲作戦は完全な失敗に終わった。
その責任を問われるのはパリスだが、彼は用意周到に責任逃れの準備を進めていた。
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