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救出作戦

…………………


 ──救出作戦



 イザベルが捕まった。


 そのことは私を苛立たせ、焦らせた。


 ようやくアトランティカとの同盟が締結されたというのに、その同盟において肝心なイザベルが敵の捕虜になってしまった。これは大きな問題であり、非常に頭が痛くなる問題であった。


「諸君。我らが同盟者イザベルを救出する」


 私は居並ぶスワームたちを前にそう宣言した。


「我らが同盟者イザベルは我々との同盟を快諾してくれた功労者だ。その功労者が今、我らが敵の手に囚われている。海賊を彼らがどう扱うかは知らないが、死刑は免れないだろう。何せ、彼女はフランツ教皇国の物流を破壊していたのだから」


 私が告げる言葉をスワームたちは静かに聞いている。


 この演説は集合意識を通じて、この大陸に存在する全てのスワームに聞かれている。うっかりと余計なことは言えない。


「だが、我々には同盟者としてのアトランティカが必要だ。我々は同盟を維持するために、そして同盟を成立させた友人を助けるためにこれより敵地に突入する。敵地フェネリアに突入し、イザベルを取り返すのだ」


  私がそう告げても集合意識に不和は生じなかった。


 スワームたちもイザベルを友人だと思ってくれているのか、はたまた女王である私の意志に従っているだけなのか。それは分からないがスワームたちが反対しないならば、それでいい。


「さあ、諸君。戦いの準備を整えろ。敵を顎で食い千切り、毒針で突き刺し、鎌で八つ裂きにしろ。どうあってもイザベルを救出するのだ。アラクネアのために!」

「アラクネアのために! 女王陛下万歳!」


 私の演説にスワームたちが歓声を上げる。


「女王陛下、編成はどのように?」


 早速セリニアンが私に問いかけてくる。


「リッパースワームとポイズンスワームを75体と30体の計105体で行く。リッパースワームは前衛、ポイズンスワームは後衛だ。リッパースワームで壁を作り、ポイズンスワームに毒針を浴びせかけさせる」


 ポイズンスワームの毒針は強力なのだが、彼らは近接戦闘に弱いという弱点がある。それを補うためには前衛ユニットが必須だ。もう少しでリッパースワームの上位互換がアンロックできそうなのだが、今はリッパースワームでがんばるしかない。


 そして、ポイズンスワームの製造コストは一撃必殺の攻撃を放てるだけあって非常に高いものだ。これまで通り数で押すというのはなるべくならば避けたいものだ。とはいっても、こつこつとポイズンスワームを作り続けてきたのでもう既にかなりの数があるが。


「それでよろしいかと。前衛には私も出ます。その、そこでご相談なのですが……」

「なんだい、セリニアン?」


 セリニアンが言い難そうにもぞもぞするのに私が問いかけた。


「またあの情動と体が熱くなる感触がして……。これは進化でしょうか?」

「そうかもしれない。試してみよう」


 セリニアンが次のレベルにパワーアップしてくれるなら言うことなしだ。


「なら、セリニアン。青色の鎧を想像して。病人のように青ざめた色をした鎧を。それが君の新しい姿だ。さあ、思い浮かべてみて。私も強く君の姿を思い浮かべるから。さあ、頑張って」


「はい、女王陛下。私の新しい姿を……」


 私がセリニアンの新しい姿をイメージし、セリニアンがそれを受け取る。


 そして、それはなされた。


 セリニアンの鎧がボロボロと崩壊していき、その下から新しい鎧が形成される。青色の色をした鎧。青ざめた色をした鎧。この鎧を前にしては敵も青ざめるという意味合いの込められた鎧。


「これで……いいのですか?」


 セリニアンの鎧は再形成された。


 深紅の鎧とは一変して真っ青な鎧に。


 そして、セリニアンの背中には蟲の羽が生えている。トンボのような薄羽の羽が強靭な外骨格に縁どられて綺麗に輝いていた。


「そう。それでいい。これで君は第3段階の進化を迎えた。ペールナイトスワーム“セリニアン”だ。これで限定的ながら飛行能力も付いた。これからも頑張ってアラクネアを支えてくれ、セリニアン」


「はっ! この身に代えましても、アラクネアと我らが女王陛下のために尽くすつもりです!」


 私の英雄ユニット。ペールナイトスワーム“セリニアン”。


 それは限定的な飛行能力を有すると共に、全体的な攻撃・防御力の向上。そして、尾部の毒がポイズンスワームの2分の1の威力にまで上がっているという素晴らしい万能ユニット。これだからセリニアンは強いんだ。


「さあ、セリニアン。私たちの同盟者を助けに行こう。イザベルにはいろいろと世話になったし、これからもアトランティカとは同じような関係を築いていきたい。そのために頑張ろうじゃないか」


「ええ。同盟者を救出し、我々の勝利のために戦いましょう」


 セリニアンの進化はこうして終わった。


 そして、私たちはイザベルの救出作戦に向かう。


 現地には既にシュトラウト公国の難民を装って複数体のマスカレードスワームたちが潜伏している。だが、彼らも上手くフェネリアに近づけないのか、彼らから情報は上がってきていない。


 こうなれば行って強行突破し、イザベルを奪還するだけだ。


 そうすればアトランティカとの同盟も上手く進む。


 私はそう考えていた。


 そんな考えが甘いものだとは知る由もなく。


…………………


…………………


 港湾都市フェネリアには大型商船で向かう。


 中型商船では必要とされるユニットを運びきれないためだ。ここは大型商船を動員しなければ。脱出のことを考えると高速の中型商船が望ましいのだけれど、そもそも救出できなければ意味がない。


 と、そんなことを考えていたらアトランティカの海賊の船長のひとりが手を貸してくれることになった。ジルベルトという海賊で、救出したイザベルと私たちを連れだしてくれると申し出てくれた。


 彼の船はアトランティカで一番速いと自称するもので、私たちはありがたくこの申し出を受け入れた。スワームたちもできれば脱出させてあげたいが、イザベルを脱出させるのが第一だ。


 こうして準備を整えた私たちはフェネリアの街に向かった。


 フェネリアの街は海賊たちには恐れられているらしい。何せ、フランツ教皇国の海軍基地があり、何千という海兵隊員が駐屯しているのだから。港湾都市を荒らす海賊たちも、フェネリアにだけは手を出さない。


 そんな場所に私たちは乗り込むわけだ。


 だが、覚悟は決めている。いつでも大丈夫だ。


 大型商船は帆を張ってゆっくりと進み、フェネリアの街に近づいていく。


 途中で臨検を受けたらスワームたちが発見されて苦しいことになっただろうが、幸いにしてこのフェネリアを襲う海賊などいないためか、途中の臨検はなく、私たちは埠頭に停泊した。


「ついたな、セリニアン」

「つきましたね、女王陛下」


 大型商船の上甲板で私とセリニアンがフェネリアの埠頭を見渡す。


 それは海賊が恐れるはずだ。


 海軍の艦艇らしきものが数十隻と停泊しており、屈強な水兵たちの姿が見える。そして何より、絞首刑にされた海賊たちが灯台には吊るしてあった。これなら海賊も寄り付かないというわけだ。


「向こうから港の役人が来るが、私たちは書類なんてのは持っていない。始めるぞ」

「了解です」


 向こうから海兵隊員に護衛された港の役人が税関や寄港許可を調べるためにやってくるが、私たちにはそんなものを準備する時間はなかった。ここは文字通り強行突破するしかないというわけだ。実に愉快なことに。


「先陣を切ってくれ、セリニアン。私はスワームたちを降ろす」

「畏まりました、女王陛下」


 毎回毎回先陣を切って貰ってセリニアンには申し訳ないが、船倉からスワームたちを解き放つには時間が必要だ。彼女に時間を稼いでもらわなくては。彼女も進化したことだし、戦い抜けるはずだ。信じているよ、セリニアン。


「そこの船。船長はどこだ?」

「この船に船長などいない。あるのは死だけだ」


 港の役人が尋ねるのにセリニアンが擬態を解除し、一気に役人に向けて飛翔した。


 斬。セリニアンの長剣は哀れな港の役人の首を刎ね飛ばし、海兵隊員を上半身と下半身に分断した。全てが一瞬の出来事だ。


「て、敵だ! 敵襲──」


 生き残った海兵隊員が叫ぼうとするが、セリニアンの刃の方が速かった。彼女は海兵隊員の首を刎ね飛ばし、吹き上げる血の噴水の中で二ッと笑った。


「スワームたち! 戦争の時間だ! 突き進み、我らが盟友を救出せよ!」


 私はと言えば船倉で掛け声を上げ、デッキに繋がる扉を開く。


 すると、スワームたちが一斉に船倉から飛び出していき、埠頭に降り立つ。その素早さときたら、流石はゲーム中最速を誇ったリッパースワームたちだと納得できるだけの速さだった。


「か、怪物が来たぞ! 怪物だ!」

「ひいっ! 軍は、軍は何をしていたんだ!」


 悲鳴を上げる商船の船長。海兵隊の指揮官。海軍の将校。


 それらを津波のようにリッパースワームが飲み込んでいく。飲み込まれた人間たちは引き裂かれ、八つ裂きになり、手足を失って地面に転がる。海から現れたリッパースワームたちはまさに津波としかいいようがないな。


 そして、彼らは瞬く間に埠頭の周辺を制圧し、上陸地点を確保する。


 それからポイズンスワームがゆっくりとした動きで埠頭に降り立つ。ポイズンスワームはそこまで速度の速いものではなく、リッパースワームと比べると遅く感じる。だが、それでも私が走るよりずっと速い。


 リッパースワームが前衛として壁となり、その後方にポイズンスワームが展開する。これで布陣は完璧だ。


「セリニアン。今から先行して情報を集めて。私たちは広場まで前進して、そこで待機するから」

「了解しました、女王陛下」


 私はセリニアンを斥候に送り出し、スワームたちと共に前進する。


 セリニアンは強力なユニットだ。ここら辺のユニットなどにはやられないし、引き際もわきまえている。斥候に送り出すには適したユニットだ。


 そして、セリニアンを斥候に送り出した私たちはフェネリアの街を行進する。


 スワームたちが独特の足音を立てて前進するのに、街の住民は恐怖から家に閉じこもっている。本来ならばここはスワームらしく皆殺しにするべきだが、そんな時間はない。私たちの目的はイザベルを救出することだ。


 イザベルはどこにいるのだろうか?


 監獄? 砦? それとも見世物にされている?


 どうあっても私たちはイザベルを助けなければ。


 私たちは進む。スワームの行進だ。恐れろ、人類。スワームの行進だ。


 しかし、私たちが暴れまわっているとはいえど、この街はやけに静かな気がしてならない。誰も彼もが何かに恐怖しているようだ。私たち以外の何かに。一体、彼らは人類の天敵である私たち以外の何を恐れているんだ?


「アラクネアの方々!」


 そこで突如として老女が家から飛び出してきた。


「止まれ。何の用だ?」


「はい。アラクネアの方々には老いた私に代わって復讐を成してほしいのです。私の娘は異端者だと言われて処刑されてしまいました。上半身の皮をはがされ、火炙りにされたのです。あまりにも惨い……」


 アラクネアに人間の情を求めるとは困ったご老人だ。


 だが、気になるところではある。異端者とは何だ?


「異端者とは? 何故、君の娘はそんな惨い殺され方をした?」


 私は老女にそう尋ねる。


「異端者とは光の神を崇めぬものたちのことです。その教義に反したものなども異端者として扱われます。私の娘は結婚前に恋人と交わったばかりに異端者として扱われ、恋人ともども処刑されてしまいました……」


 光の神とらやらは前から偏屈な宗教だと思っていたが、ここまでとは。


「そんな宗教を今まで崇めていたのか? やめようと思う人間はいなかったのか?」


「これまではここまで厳しく戒律を守らせるような宗教ではなかったのです! 慈愛と寛容に満ちた宗教でした。それがここ最近でまるで違うものに……。今や町の人間も信用できません。密告したのが誰か分からないのですから」


 ふむ。何かあったらしいな。私たちにも関係することか?


「残念だが、君の復讐を約束するわけにはいかない。我々はアラクネア。全てを飲み込みしスワームの嵐。何もかも無差別に葬り去るだけだ。だが──」


 私は老女に向けてそう告げる。


「だが、そのような歪んだ宗教は唾棄されるべきだ。私は君の娘を殺したものを殺すことになるだろう。決してそれが君のためでなかったとしても。それが君の復讐でないとしても、だ」


 私たちはスワーム。全てを飲み込む悪夢。そういうものだろう?


「それで構いません。どうか娘を殺したものたちに報いを……」


 老女はそう告げて家に戻っていった。


「さあ、前進再開だ。進もう。広場まで進もう。この街の広場を押さえれば街のどこにでもいけるさ」


 私たちは行進する。前へ、前へ、と。


「セリニアン?」


 だが、意外なことにセリニアンが早々に戻ってきた。


「セリニアン。どうした?」

「救出対象ですが、既に広場にて処刑が実行されています。いえ、されている最中というべきかもしれませんが」


 なんだって。そこまで早急に処刑を実行するのか。


「処刑を執行中だといったな。急いで救出しよう。間に合うかもしれない」

「……畏まりました、陛下」


 私にそう告げるセリニアンの表情は厳しく、それが私を非常に嫌な予感をさせた。


 私たちは前進速度をやや速めて進む。リッパースワームの速度に合わせると前衛と後衛が離れてしまうため、私たちはポイズンスワームの速度に合わせて前進する。その速度に私は辛うじて追いついていた。


 処刑がどんな方法かはしらないが、助けなくては。


 イザベルはアトランティカとの同盟を成し遂げてくれた恩人だ。もちろん、私も彼女が幹部会を排除するのに力を貸したけれど。


 それに、イザベルとは一緒にシーサーペントを退治している。一緒に肩を並べて戦った戦友なのだ。そう簡単に見捨てられるものか。


 そう、私は考えていた。


「イザ、ベル……?」


 そして、私は広場で現実を見せつけられた。


 確かに処刑は執行中だった。


 イザベルの上半身の皮は剥がれ、火炙りにされている。炎で焦げた肉が水膨れを起こし、それがイザベルを痛めつけていた。


 その様子を見て民衆は歓声を上げている。魔女めとか、異端者めという歓声をどこまでも楽しそうに上げて興奮しており、私たちが到着したことにすら気付いていない。イザベルがもだえる度に民衆は歓声を上げる。


「蟲だ! 蟲どもが来たぞ!」

「なんて数だ! 海軍は何をしていた!?」


 そして、ようやく私たちの存在に気付いた死刑を執行している白装束の男たちが悲鳴のような声を上げる。


「女王陛下……」

「セリニアン。君はイザベルを救出して。他はこの場にいるものを皆殺しにしろ」


 セリニアンは私を心配するような視線を向けてくるのに私は短くそう命じた。


 皆殺しだ。ここに生かしておく価値のある人間なんていない。


「蟲だ! 逃げろ! 殺されるぞ!」

「逃げろ! 逃げろ!」


 逃がすものか。皆殺しだ。


 リッパースワームが前進して群衆に突っ込んで彼らを引き裂き、ポイズンスワームが毒針の雨を降らして民衆たちを肉汁に変えていく。誰ひとりとして生かしてここから逃がすなという私の命令を受けて、スワームたちは虐殺の限りを尽くす。


「警備兵! 警備兵を呼べ!」

「神様! 神様!」


 叫んでいる白装束の男たち。あれは死刑執行人だな。


「ポイズンスワーム、あの男たちに毒を」

「畏まりました、陛下」


 私が命じるのにポイズンスワームが毒針の狙いを白装束の男たちに定める。


 そして、放たれる毒針。


 毒針は男たちの胸に直撃する。


「がはっ……げっ……」

「痛い! 痛い! 助けて、助けて……」


 男たちはポイズンスワームの毒の苦痛を受け、溶けて肉汁と化した。


「女王陛下。救出対象を救助しましたが……」


 私がリッパースワームとポイズンスワームに虐殺を命じていたとき、セリニアンがイザベルを抱えて戻ってきた。


 剥がれた皮。火炙りの痕跡。全てが痛々しい。


「イザベル。遅くなってごめん。君を助けるつもりだったんだ」

「そう、かい。それは嬉し、いね……」


 私がセリニアンの抱きかかえる彼女の瞳を見て告げるのに、イザベルが弱弱しくそう告げる。声は弱弱しいが、その瞳には今も確かな生気が宿っている。


「どうしたい? 君の願いを聞こう」

「なら、楽に一撃で殺して、くれ。流石のあたしも、ちょっとこれはきつい。楽に、してくれ……」


 私が尋ねるのに、イザベルがそう告げて返す。


「分かった。君の望むままに」


 私は頷くと、リッパースワームを呼んだ。


「彼女を楽にしてくれ。一撃で彼女を……」

「畏まりました、女王陛下……」


 どことなくリッパースワームも悲しんでいるように見える。


 そして、リッパースワームは……イザベルを苦痛から解放した。


「イザベル。すまない」


 私はこの世界に来て何百万の死を見てきたが、そこには特別な死と無関心の死があることに気付いていた。


 特別な死──自分とかかわりのあった友人と言える人が死ぬこと。そして、それが私たちにとって不利益なものとなるもの。そういうものの死を迎えた時には、私は苛立ち、同時に悲しみを覚える。


 無関心の死──テレビで見ていたような遠い国での死のような軽薄で、心の重みのない死。私が何万人、何十万人、何百万人を殺しても、気にしないような死。今この広場で殺されている民衆のような死。


 特別な死はこれまで何度も経験した。


 リナト、マリーンの街の人々、そしてイザベル。


 こういう時の私は感情的だ。いくら殺しても気にならないぐらい。


「セリニアン、皆殺しだ。この街にいる人間はひとりとして残すな。完全に壊滅させろ。今の私にはそれが必要だ」

「畏まりました、陛下」


 私が静かに命じるのに、セリニアンとスワームたちが応じた。


 リッパースワームとポイズンスワームは個別に分けて、街の中を走り回らせる。


「ああ。ひとりだけ殺さないでくれ。あの老女だけは」


 今日の私は本当に感情的だな。


 だが、彼女の気持ちは分かる。大事な人が皮を剥がれて火炙りにされるということは、どこまでも憎々しいことだということを。


「この街は静かになるな」


 そこら中で悲鳴が上がる中、私はそう呟いた。


 そして、私の言葉通り、この街は静かになった。残されたのはリッパースワームに解体された死体とポイズンスワームの毒で溶けた肉汁だけ。


 静かだ。とても静かだ。さざ波の音だけが聞こえる。


「これが鎮魂歌だ、イザベル。君のような海賊には相応しいだろう?」


 私はイザベルの亡骸の頭を膝に乗せてそう呟く。


 静かになった港町は寂しくもあり、また穏やかでもあった。それが今のイザベルには必要だろう。いや、イザベルはもうなにも必要としない。必要とするのはこの私だ。


「ああ。ジルベルトの船が来た。行こうか」


 そう告げて私は集合意識でセリニアンたちを呼び出す。


 セリニアンたちはこの住民が──ひとりを除いて──皆殺しになった街から、この寂しい埠頭に戻ってきた。セリニアンの長剣は真っ赤な血を帯びているが、それは無関心の死に部類される人間の死だ。


「セリニアン。どうしようか?」

「女王陛下のなされたいと思うがままに」


 そうか。成したいままか。


「フランツ教皇国を滅ぼすよ、私は。けど、簡単には滅ぼさない。報いは受けてもらう」


 私たちはそれからジルベルトの船でフェネリアを去った。


 イザベルの死体はジルベルトが海賊流に弔った。水葬だ。偉大な海賊に墓碑は必要ない。


 そして、私たちは報復の準備を始めた。


…………………

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