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海賊たちの宴

…………………


 ──海賊たちの宴



 フランツ教皇国沖合。


 そこを航行中の商船がいた。東部商業連合からフランツ教皇国に向かってきたフランツ教皇国の商船だ。積み荷は東部商業連合の手工業ギルドが作った祭服と、枢機卿が教皇に献上するための煌びやかな宝石。


「向こうから何か来るぞ」


 その商船が間もなくフランツ教皇国に到着するというところで、水夫が声を上げた。


「何かとは何だ?」

「船だ。かなりの速度で航行している。あれはこちらに近づいてきているのか?」


 航海士が尋ねるのに、水夫がそう告げて水平線を見つめる。


「ああ! なんてこった! あれは海賊船だ! 海賊だぞ!」

「なんだって!?」


 迫りくる帆船のマストには黒い骸骨が記された海賊旗がはためいていた。


「逃げろ! 全速力で逃げるんだ!」

「ダメだ! 向こうの方が速い! 追いつかれる!」


 商船は大混乱に陥りながらも、帆が何とか風を受けて海賊船から逃げようとするが、海賊船の方が性能がよく、逃げ切ることはできそうにない。このままでは海賊たちに捕まってしまう。


「海賊船が接触する!」


 そして、海賊船は眼前に迫った。


「おらっ! 乗り込め!」

「おらおら! キングフィッシュ号様のお出ましだぞ!」


 海賊たちは雄叫びを上げて商船に乗り移ってくる。


「ひいぃっ! 待ってくれ! 殺さないでくれ!」

「おう。それは考えておいてやるよ。まずは載せてるものを見せてもらおうか」


 商船の船長が震えながら告げるのに、海賊はカトラスを突き付けてそう要求した。


「つ、積み荷は祭服と宝石だ。それが積んである」

「なんだ。坊主どもの服か。ケツ拭く役にしか立たんな。だが、宝石はいいものだ」


 海賊の船長と思しき人物は宝石箱いっぱいの宝石に目を輝かせる。


「よし! お前らは全員ボートに移れ! この船は俺様達がいただいていく! 文句があるなら切り倒すぞ!」

「わ、分かりましたっ!」


 こうして商船の乗組員たちは船に備え付けられているボートに移され、商船は海賊に乗っ取られたまま、沖合へと消えていった。


 ボートで何とかフランツ教皇国に辿り着いた商船の乗組員たちは、このことをフランツ教皇国に報告し、フランツ教皇国は海賊たちの動きがあることをしった。


 襲撃される商船の数は日に日に増えている。これまでは7日1度程度の襲撃だったものが、今では1日1回は襲撃を受けている。そのせいで東部商業連合はフランツ教皇国との取引に慎重になり始め、他の国もそれに倣い、物流が滞り始める。


「海軍を出撃させて叩き潰すべきである!」


 フランツ教皇国の軍議の場で海軍の提督がそう告げる。


「海軍はこれまで何もしてこなかったのか?」

「シュトラウト公国への出撃準備のために待機していたのだ。蟲どもに占領されたシュトラウト公国を解放するために」


 海軍はアラクネアの女王グレビレアが懸念していたように、海軍を動員してシュトラウト公国の沿岸線から上陸作戦を実行することを計画していた。そのために海軍の艦艇は温存され、兵士を乗せるために待機していたのだ。


「だが、今や状況が変わった。海賊どもは戦争に乗じて、略奪行為を働き、我が国の物流を破壊している! これをどうにかしなければ、我々は財源という面でこの戦争に敗れ去ってしまうだろう!」


 海軍の提督が告げるように海賊の襲撃による財政への影響は無視できない。商業活動が滞っているせいで税金は徴税できず、軍を維持するための資金に影響を与えている。


「そうも言うが、別に船で商品を運ばずとも陸路があるだろう。陸路で商品を輸送してやり取りすればいい。海軍は予定通り、シュトラウト公国沿岸部の攻撃を。今や国境には、城壁が聳えているのだからな」


 陸軍の将軍はそのように告げる。


「陸路と海路では運べる荷物の量にも、運べる速度にも大きな差がある。それぐらいのことも分からないのか陸の人間は」

「なんだと!」


 海軍の提督が馬鹿にするように告げるのに、陸軍の将軍が怒りに満ちた表情を浮かべた。一触即発という状況だ。


「まあまあ、落ち着かれよ。海賊風情、敵ではないでしょう。すぐに対海賊の作戦は終了するはずです。それからシュトラウト公国の沿岸線を攻撃すればいい」


 そう告げるのは枢機卿のパリスだ。教皇の右腕がそう告げるのに、海軍の提督と陸軍の将軍が黙り込む。


「それから我々は団結しなければならない。そのための信仰です。蟲たちは世界の敵。信仰の敵は世界の敵。よって。よって、これより異端者狩りを実行することを許可すると教皇猊下は仰っています」


「い、異端者狩りを?」


 パリスが告げた言葉に、列席者たちの表情が強張る。


 異端者狩り。それはかつて行われていた光の神を信仰しないものたちへの虐殺行為であった。大陸が光の神への信仰に染まり切るまで異端審問官たちは異端者を狩り続け、広場で生皮を剥いで火炙りにしてきた。


 それから大陸が光の神への信仰で統一されると、異端者狩りは物騒だということで中止された。今では異端者狩りは聖光教会の負の歴史として、闇に葬り去られた。そのはずであった。


「軍にも異端者狩りには参加してもらいます。軍の内部に異端者がいないか見張る必要がある。そうでしょう?」


「軍に異端者などおりません、枢機卿猊下。我らフランツ教皇国の軍は常に信仰心に満ちています。それは間違いありません」


 パリスが告げるのに、陸軍の将軍が青ざめた表情で首を横に振った。


「分かりません。信仰の敵を前にして逃亡するようなものは異端者です。異端者に情けをかけるものも異端者です。信仰の敵と戦う意欲のないものも異端者です。全ての異端者は排除しなければなりません。そうですね?」


 パリスの言っていることを実現すれば、異端審問官は軍においてはソ連の政治将校のようなものになってしまう。


「枢機卿猊下の仰ることにも一理ある。我々は信仰心で団結しなければならないでしょう。信仰心こそが我らが武器。海賊たちと戦う上でも信仰心は必要となる。何せ、海賊たちには信仰心などないのだから」


「お分かりいただけて助かります、提督。では、まずは海賊への対策に移ってください。それからシュトラウト公国の沿岸線への攻撃です」


 こうしてフランツ教皇国の方針は決まった。


 異端審問官たちは白ずくめの装束に身を包み、街々を練り歩いては異端者を探し、軍の中においては兵士たちに信仰の敵と戦う士気があるかを監視した。


 そして、異端者と密告されたものたちは次々に処刑されていった。


 生皮を剥がれて、火炙りにされる異端者たちを見て、人々は恐怖した。


 暗い、暗い時代が訪れようとしている。


…………………


…………………


 場所は再びフランツ教皇国沖合。


 そこを1隻の商船が単独で航行していた。


 それを狙う影が水平線から現れる。


 アルバトロス号だ。イザベルのアルバトロス号が、フランツ教皇国の沖合を航行する商船を狙って、ゆっくりと忍び寄ってきていた。まだ海賊旗は掲げていない。自分たちも普通の商船だというように、商船に忍び寄る。


「お前ら、準備はできてるね」

「アイ、マム! いつでも戦えます!」


 アルバトロス号の船上ではカトラスを構えたイザベルと海賊たち、そしてリッパースワームが待機していた。リッパースワームはアラクネアから貸し出されている戦力で、これまでの襲撃に役立っていた。


 そう、これまでイザベルたちはフランツ教皇国の商船を次々に襲撃していた。黄金を積んだ商船を乗っ取り、宝石を積んだ商船を乗っ取り、略奪に略奪を重ねた。そして、それら財宝はアトランティカの宝物庫を煌びやかなものへと変えた。


 もはや取り放題だった。あれだけ恐れていたフランツ教皇国の海軍の姿はまるで見えず、イザベルたちは商船を襲撃し、襲撃し、襲撃した。その稼ぎはアトランティカがアキーレたちに牛耳られていた時以上だ。やはり、略奪品がほぼ全て自分たちのものになるというのは意欲を高めるのだろう。


 だが、不幸か幸いか、イザベルたちは商船の乗組員をひとりも殺していない。人質も取っていない。何せ、敵は海賊が来るとほぼ無抵抗になるし、抵抗を試みてもリッパースワームが顎を鳴らして睨むと抵抗の意欲も折れるのだ。


「あの商船は何を積んでるんだろうな」

「俺はたっぷりと金貨が載っていることを祈りたいね」


 アルバトロス号の海賊たちはそう告げ合い、アルバトロス号は加速しながら狙いをつけた商船に向かって突き進んでいく。


「そろそろだぞ。海賊旗を掲げろ!」

「アイ、マム!」


 そして、高らかと海賊旗が掲げられ、イザベルたちは乗り移る準備を始める。


 アルバトロス号は相手の船と接触しながらも狙った商船に横付けし、移乗戦闘の準備に入った。このまままたいつものように敵を制圧し、積み荷を略奪したらとんずらするだけである。そう、そうするだけのはずであった。


「乗り移れ!」


 イザベルが先陣を切って船に飛び移る。それに続いてアルバトロス号の海賊たちが次々に乗り込んでいく。その動作は慣れたもので、瞬く間に数十人の海賊たちが商船に乗り移った。


 だが──。


「総員戦闘開始!」


 商船で鳴り響いたのは水夫たちの悲鳴ではなく、軍隊の雄叫び。


「なっ……! こいつら海軍だぞ!」


 イザベルは乗り移った船の乗組員たちが全員武装していることに気付いた。


 だが、もう遅い。戦闘は始まっている。


「ぎゃっ──」


 アルバトロス号の海賊がフランツ教皇国の海兵隊に切り倒され、血しぶきを上げて倒れる。アルバトロス号の海賊たちも必死にカトラスで応戦するが、海賊と訓練された海兵隊の兵士では練度に違いがありすぎる。


「怯むんじゃないよ! 数は互角だ! やれる!」


 イザベルが海賊たちを鼓舞し、必死に応戦する。


 だが、ひとり、またひとりと海賊たちは倒れる。


「畜生! 蟲を連れてきな!」


 その一言でリッパースワームが糸を使って船から船に乗り移った。


「あれはシュトラウト公国を滅ぼした怪物だ!」

「この異端者たちめ!」


 リッパースワームが姿を見せるのに、海兵隊の兵士たちがうろたえる。


「蟲を殺せ! 魔術師!」

「了解!」


 乗り移ってくる3体のリッパースワームに向けて魔術師が爆裂の魔術を放つ。それによってリッパースワームの1体が粉々に吹き飛んだ。


「来るぞ! 重装歩兵を呼び出せ!」


 そして、次は船倉に隠れていた重装歩兵が姿を見せる。リッパースワームの鎌でも切り裂けない分厚い鎧とクレイモア、ハルバード、戦槌を持った重装歩兵たちが上甲板に現れると、リッパースワームに向かっていく。


「光の神のために!」

「光の神のために!」


 重装歩兵たちはそう叫ぶとそれぞれの武器を持って、リッパースワームに向かう。


 所詮リッパースワームはゲーム序盤でしか戦えない儚いユニットだ。敵がユニットをアップグレードしてくれば戦果は挙げられなくなってくる。そう、今回リッパースワームができたのは重装歩兵ひとりの腕を切り落としただけのように。


「海賊を捕らえろ! 逃がすな!」


 リッパースワームもいなくなり、イザベルと数名の海賊だけになったのを海兵隊の兵士たちが取り囲み包囲する。


「畜生……」


 イザベルはどうしたらいいのかを必死に考えるがいい案が思い浮かばない。


「貴様が船長だな。そのまま降伏するならば、部下の命は助けてやってもいいぞ?」


 海兵隊の指揮官はイザベルに向けてそう告げる。


「本当だな?」

「本当だ」


 イザベルが確認するのに、海兵隊の指揮官が頷く。


「なら、降伏だ。部下の命は助けてやってくれ」

「姉御! それでは!」


 イザベルがカトラスを置くのに部下たちが動揺する。


「お前たちも降伏しろ。降伏して生き延びろ」

「姉御……」


 イザベルが告げるのに、部下たちも武器を置いた。


「よし。捕縛しろ」


 海兵隊の指揮官が命じ、海兵隊の兵士たちがイザベルを縛り上げて拘束する。


「それからそこの海賊たちを“助けてやれ”」

「了解」


 イザベルはその言葉に嫌な予感がしたが遅かった。


「ああっ!」

「助けて!」


 生き残ったアルバトロス号の海賊たちは海兵隊の兵士たちに捕まれ、海へと投げ落とされていった。ひとり、またひとりと海に放り投げられる。この沖合では陸に泳ぎ着くことも不可能だというのに。


「てめえ! 約束が違うだろうがっ!」

「はっ! 誰が背信者にして海賊と約束などするものか。海賊はひとりとして生かしてはおかない。それが我々のルールだ。船倉に連れていって放り込んでおけ」


 イザベルの叫びも無視して、海兵隊の兵士たちは彼女を船倉に放り込んだ。


 この事実はイザベルが乗っていたアルバトロス号のリッパースワームが死に間際に集合意識でアラクネアの女王グレビレアに報告していたことですぐさま明らかになった。


 溺れる海賊を仲間の海賊船が救助し、イザベルの行き先を尋ねた。


「フェネリアだ、間違いない。捕まった海賊は皆がフェネリアに連れていかれるんだ」


 そう、イザベルの部下は尋ねた。


「フェネリアか」

「どうなさいますか、女王陛下」


 その報告を聞いたアラクネアの女王グレビレアは考え込む。


 助けるべきか、見捨てるべきか。


「助けよう。彼女がいてこそのアトランティカとの同盟だ。死なれては困る」


 アラクネアの女王グレビレアはそう決断し、スワームと海賊たちが動き出し、イザベルを救出するための作戦が始まった。


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