報復に向けて
本日5回目の更新です。
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──報復に向けて
「このシンボルに見覚えはない?」
私はエルフの村──バウムフッター村の長老にそう尋ねた。
私はいつの間にかバウムフッター村の常連になっていた。村人たちは私が──というよりもスワームたちが森の平和を守ってくれていることに感謝し、いつもお椀いっぱいのシチューで出迎えてくれた。
「人間の犯罪組織のシンボルのようですが、どこのものかまでは……」
私の質問に長老は困ったようにそう答えた。
「そっか。やっぱり君たちじゃ分からないか。人間のことは人間に聞くしかない、と」
最初から期待はしていなかった。あの武装集団は全員が人間だったし、エルフが彼らのことを知っている可能性は低かった。ダメ元で聞いてみただけだ。
「それにしても今日もごちそうさまでした」
「いえいえ。私たちも助けていただいていますから」
なんでもこの間はエルフの子供を攫おうとした奴隷商人がリッパースワーム2体によって八つ裂きにされたそうだ。子供は助かって、両親は大喜びだったそうだが、子供がトラウマになってないか心配だな。
「アラクネアの女王様!」
私がシチューを食べ終えたころ、あの時助けたエルフの子供たちが飛び込んできた。リナトとライサだ。ふたりが揃って長老の家にいた私のところに顔を出した。
なんでもふたりは幼馴染だそうで、非常に仲がいいらしい。将来は結婚するのではないかと言われているとも。人生を通じてそういう相手がいなかった私としてはとても羨ましい限りだ。
「アラクネアの女王様、これをどうぞ!」
「キノコ?」
リナトが差し出したのは皮袋いっぱいにつまったキノコだった。
「村の人たちはアラクネアの女王様はキノコが好きだって聞きましたから。どうか受け取ってください」
「悪いね。こんなにキノコ探すの大変じゃなかった?」
正確にはキノコが好きなのはワーカースワームなのだが。
「アラクネアの女王様のしもべさんたちが守ってくれてるおかげで森で自由に野草摘みができるんです。以前は奴隷商人や密猟者たちがいて、この村の周辺でしかキノコを取ったりはできなかったから……」
ライサはそう告げる。
ライサたちの暮らす村には密猟者や奴隷商人たちが跋扈していた。故にリナトやライサたち子供がひとりで山菜取りにいくことはできなかった。必ず、戦えるエルフの大人が付いていなればならなかった。
それが今や自由だ。リナトとライサはこれをいいことに、ふたりで深夜に逢瀬などしているのだろう。このカップルさんたちめ。
「そうだったんだ。私のしもべたちが役に立ってて嬉しく思うよ」
「はい! 私たちも嬉しいです!」
エルフというのは皆美形で、そのため奴隷として価値が高いらしい。美形のエルフが奴隷にされてどういう目に遭うのか。想像したくもない。
だが、今は私のスワームたちが村を森を守っている。無辜のエルフたちが密猟者や奴隷商人の手にかかることはないはずだ。悪の陣営なのにいいことをしているアラクネアというのもどうなんだろうか。
「それから女王様にこれを」
「これは?」
ライサが何か私に差し出した。
「これは……人形?」
ライサが差し出したのは藁や草木で作られた人形だった。五寸釘を打つ藁人形とは違って、獣の毛でおおわれており、もふもふしている。
「お守りです。女王様が安全でありますようにって、リナトと一緒に作ったんです」
「そうなんだ。ありがとう。そう思ったくれるだけでも嬉しいよ」
私はライサの頭を撫でて礼を述べた。
「それじゃあ、キノコもいただいたし、シチューもご馳走になったし、そろそろ私は失礼するね。リナトとライサも気をつけて暮らして。密猟者たちが完全にいなくなったわけではないと思うから」
私はキノコとシチューの礼をするとアラクネアのアジトに帰った。
少しばかりやることがあるのだ。
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私は奴隷商人の指揮官と共に買った食肉を受胎炉に詰め込んでいた。
だが、その肉でリッパースワームを増やすことはしなかった。既にリッパースワームは無数におり、ひとつの街ぐらい簡単に滅ぼせる規模なのだ。故に私がやったことは別のことだった。
「ナイトスワーム、生成」
私が受胎炉に命じるのに受胎炉が蠢く。
そして、受胎炉の口から人間の手が出る。
「はあ」
そして、粘液を纏って現れたのは人間の上半身にスワームの下半身を持った奇怪なスワームであった。赤色の瞳。その髪は白色で三つ編みにされて背中に流れ、上半身には白い甲冑を纏っており、腰には長剣を下げている。見るからな騎士である。
「……女王陛下、参りました」
受胎炉の口から這い出した蜘蛛の騎士は私の前に跪き、恭しく頭を下げた。
「顔を上げて、ナイトスワーム“セリニアン”」
「はっ」
これはナイトスワーム“セリニアン”。
これはリッパースワームなどとは異なるユニットだ。
英雄ユニットと言われるもの。
それは経験値を積むことでより上位のユニットに進化できる。最終的には一騎当千の猛者となる。まあ、一陣営につき、1体しか生産できないので、死なないように大切に育てないといけないのだが。
このナイトスワーム“セリニアン”は英雄ユニットらしく設定が存在し、かつて異教徒の少年を庇った罪で騎士団を追放され、追われた騎士が、アラクネアの女王の庇護を受け、彼女に忠誠を誓ったことでナイトスワームとなったという経緯があるそうだ。
「……君って女の子だったの……?」
私はナイトスワーム“セリニアン”のことをずっと男だと思っていた。パソコンのモニターで見ていたナイトスワーム“セリニアン”は男に見えていた。私のパソコンの性能が低くて、グラフィック設定をそこまで上げずにプレイしていたこともあるが。
だが、目の前のナイトスワーム“セリニアン”は中性的で美形ながらちゃんと女の子の顔立ちであったし、その鎧には胸の膨らみがある。これを男と見間違っていた私は一体何なんだろうか。
「はっ。自分はメスであります。……ご不満でしたでしょうか?」
「そんなことない。むしろ、その方がよかった」
これから共に行動するとなると、お年頃な私には男キャラよりも女キャラの方が、気楽に行動できてありがたかった。これが男の子だと女の私はいろいろと配慮しなくちゃいけないからね。
「では、セリニアン。人間形態にはなれる?」
「一応は」
ナイトスワーム“セリニアン”に“は擬態”という特殊能力がある。見た目を人間そっくりに変化させることができるのだ。この“擬態”持ちのスワームは他に1種類存在する。敵において“擬態”を見破るユニットがないと、敵陣の中に忍び込んで散々大暴れができるのだ。
「じゃあ、やってみて」
「畏まりました、女王陛下」
私が頼むのに、ナイトスワーム“セリニアン”がううっと唸り声を上げる。すると蜘蛛の下半身がゴリゴリと音を立てて変形し、人間の半身へと変わった。擬態のためか下半身も既に鎧で覆われている。ロングスカートタイプの鎧だ。
……本当になんで私はこの子を男の子だと思ってたんだろうか。
「完了しました。これから敵を討ちにいくのですね?」
「そう。まずは敵を探しだす。そして壊滅させる。一匹残らず皆殺しだ」
私は自分の意識がスワームの集合意識に流されていることを感じたが、この時は流されるがままにしておいた。今のスワームの集合意識は私の意識でもあるのだから。
「では、このナイトスワーム“セリニアン”。お供いたします」
「ありがとう。じゃあ、もう一度街に行こう」
こうして、私の復讐計画は着実に進んだ。
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再びリーンの街。
今回も奴隷商人の指揮官に馬車の手綱を握らせ、私、セリニアン、そしてリッパースワームが馬車の荷台に控えている。今回は商談も兼ねているが、もっと大事な用事があるのだ。
「おおっ! 今日も服を売りに来てくれたのか! 助かるな! あの服は貴族様方大好評で次の入荷はいつかって催促されてたんだ!」
服屋の店員は大喜びでワーカースワームの作ったドレスを受け取った。前回仕入れたドレスは既に貴族や豪商が買い占めてなくなっており、買えなかった貴族たちからはこのドレスを所望する声がやまなかった。
「じゃあ、前回と同じで30万フロリアな」
「いや。25万フロリアで、いい。それより、聞きたいことがある」
服屋の店員が対価を支払おうとするのに、奴隷商人の指揮官が告げる。
「このシンボルに見覚えはないか?」
奴隷商人の指揮官が尋ねるのは、この間奴隷商人を襲いリッパースワームを殺害した武装集団が揃って身に着けていたシンボル。
「これは……。いや、俺には分からんね。面倒ごとは他所を当たってくれ」
服屋の店員は何かを知っているようだったが、言葉を濁してごまかしたとありありと分かる態度であった。恐らくはあのシンボルがどこのものか知っているのだろう。
「私が締め上げてきましょうか、女王陛下」
「いいよ。別に無理をしてこの人に聞かなくても。この人は貴重な外貨取得のために必要な人だしね」
セリニアンが告げるのに、私は手をひらひらと振った。
この人はワーカースワームの作った衣服を現金に換えてくれる重要人物だ。手荒な真似はしたくない。するならもっと別の──どうでもいい連中に対して尋問するべきだ。
「この現金で奴らを釣る。きっと引っかかるはずだ」
私はそう告げて、また動き出した馬車の中で辛抱強く待つ。
「おい。てめえ、止まれよ」
案の定、わざと路地裏で馬車を走らせていたら、胡散臭い連中に絡まれた。
「誰、だ?」
「あ? 忘れたっていうんじゃねーよな。このリシッツァ・ファミリーに借金があるってことを忘れちまったってのか?」
そう告げる男たちの胸にはこの間襲撃をかけてきた武装集団のシンボルが刻まれていた。間違いない。この間の襲撃を行ったのはこいつらだ。
「セリニアン。準備して。戦闘になる」
「畏まりました、女王陛下」
私が継げるのにセリニアンが馬車から飛び出る準備を整える。同時にリッパースワームも同じように戦闘準備に入った。
「てめえ、この間ボスを偉い目に遭わせてくれたそうじゃねーか。覚悟はできてるよな、ええ? 楽に殺してもらえると思うなよ。有り金全部いただいた上に、殺してくださいっていうまで痛めつけて──」
武装集団──改めリシッツァ・ファミリーの構成員が口上を述べている途中で、セリニアンとリッパースワームが動いた。
「はあっ!」
セリニアンは擬態を解除し、スワームの下半身を露わにして長剣を振るう。長剣の一撃を喉に受けたリシッツァ・ファミリーの構成員がゲボゲボと血を吐き出しながら地面に崩れ落ちる。
リッパースワームの方も今回はセリニアンの援護もあってやられなかった。6、7名の敵を相手に鎌を振るい、牙を突き立て、敵を解体していく。
「あ、ああ!? なんだ、こいつら!? 一体、どこの化け物──」
リシッツァ・ファミリーのごろつきどもの指揮官らしき男にセリニアンが長剣を突き付け、男は身動きひとつできなくなった。
「動けば殺す。我らが女王陛下が下賤なお前に聞きたいことがあるそうなので、それに答えろ。答えなければお前を待っているのは死だ」
セリニアンはどこまでも冷たい目でそう告げると、私に目配せした。
「やあ。あなたたちがリシッツァ・ファミリーって組織の人か? この間もこの馬車を襲撃したよね? 覚えてるかい?」
「な、なんだ、お前。俺たちが用事があるのはお前たちじゃなくてそこの奴隷商人の男なんだ。関係ない奴は引っ込んでろよ」
私が作り笑いを浮かべて告げるのにリシッツァ・ファミリーの男は理解できないというようにそう告げた。
「関係大有りだ。セリニアン」
「はい、女王陛下」
私が告げるのに、セリニアンが男の足を長剣で貫いた。
いちいち命令を告げる必要はない。集合意識に働きかけるだけで命令は下される。
「あ、あ、ああ!」
リシッツァ・ファミリーの男は情けない悲鳴を上げて泣き始めた。
「もう一度聞く。この間、この馬車を襲ったのはお前たちの組織か?」
私は冷たくそう尋ねる。
「確かに馬車を襲ったとは聞いてる! ボスが手勢を率いて襲ったって! だけど、返り討ちに遭って逃げ出したって話だ! 報復も考えてるらしいから、俺たちがこうして馬車を捕まえたんだよっ!」
リシッツァ・ファミリーの男はペラペラとよく喋ってくれた。
屋敷の警備は強化されているとか。報復のために戦力が集められているとか。奴隷商人の指揮官を見つけだしたものには賞金が出るとか。奴隷商人が連れていた少女を連れてきたものにも賞金がでるとか。
「知ってるのはそれぐらいか?」
「こ、これぐらいだ。なあ、頼む。あんたらにここで会ったことは言わないから、命だけは助けて──」
次の瞬間、セリニアンが男の首を刎ね飛ばした。
「ご苦労様、セリニアン」
「光栄です、陛下」
用済みを生かしておく必要はない。生かしておけば無駄なことを喋る。私たちにペラペラとお喋りしたようにして。
「なら、屋敷に踏み込もうか。どうせ、相手は犯罪組織。滅ぼしたって良心が痛む存在じゃないよ。適当に皆殺しにしてしまおう」
「御意に」
そう告げ合って私、セリニアン、リッパースワームは荷台に戻る。
さあ、殴り込みの始まりだ。
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今日の更新でこれで終了です。