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アトランティカの動乱(3)

…………………


 アトランティカの一角に血塗れの入り江という場所がある。



 そこは幹部のひとりであったブラスコがサメを飼っていた場所で、いつも水面に真っ赤な血が浮かび上がっていることからその名が付いた。


 ブラスコは飼っているサメに身代金の支払えなかった人質や裏切った海賊などを食わせており、サメは人間の味を覚えている。そして、今も尾びれを水面に覗かせて、ぐるぐると入り江を泳いでいる。


「おい! イザベル! どうするつもりだ!」

「イザベル。お前にも幹部会の席を用意する。だから、命は助けてくれ!」


 アキーレとブラスコが共に叫びながら、この入り江が見下ろせる岸壁の上にまで連れてこられていた。この岸壁から飛び降りれば、サメのいけすにドボンというわけだな。


「私はあんたたちの命をもらおうってことは考えてはいないんだぜ?」


 そこでイザベルが怪訝な言葉を口にした。


 私はてっきり、このサメのいけすに放り込むためにふたりをここに連れてきたのだと思ったのだが違うのだろうか?


「それはどういう……?」

「だからさ、あんたらも半分を支払ってくれよ。このあたしたちが治めるアトランティカにさ。そうすれば仲間の海賊だって認めてやっていいさ」


 そう告げてイザベルは悪い笑みを浮かべる。


「払う! 半分だな! 俺の財産の半分をやる!」

「俺もだ! 半分を納めよう!」


 アキーレとブラスコはふたり一緒にそう叫ぶ。


「で、どこにあんたらが納める財産があるんだい?」


 イザベルは悪い笑みのままにアキーレたちにそう尋ねる。


「それは宝物庫に……」

「あれは全部アトランティカの財産だ。あんたらのものじゃない。あんたらはいくら持っているっていうんだ? この場で、なあ?」


 なるほど。そういうことか。


「待て! 待て! これから稼いだ金は全て半分お前に納める! だから!」

「そう焦らなくとも、ここに半分あるから安心しろよ」


 アキーレが叫ぶのに、イザベルがそう告げる。


「なあ、降ろしてもらえるか? 半分だけ、な」

「分かった。半分を取り立てるわけだ」


 イザベルのやろうとしていることは単純だ。


 私はリッパースワームに命じて、アキーレとブラスコの体を岸壁から眼下の血塗れの入り江に向けて少しずつ降ろしていく。少しずつ、少しずつ。


「待て! 待ってくれ、イザベル! 悪かった! 謝る! だから助けてくれ!」

「お前は俺がお前を立派な海賊にした恩を忘れたのか! 助けろ!」


 ブラスコとアキーレはイザベルに向けて必死に叫ぶがこの場合はリッパースワームに向けて叫ぶべきだったな。


 リッパースワームはアキーレとブラスコの体を半分だけ血塗れの入り江の海水に付けて、そこで止めた。


「あ、ああ! ああ! 助けて!」

「てめえのサメだろう! どうにかしろ、ブラスコ!」


 サメたちがブラスコの周りを回り始めるのに、ふたりが叫ぶ。


「さあ、半分をこのアトランティカに納めな。半分で勘弁してやるよ」


 それからは血の惨劇だった。


 サメは海水に浸されたアキーレとブラスコの半身に食らいつき、海がその名の通りに血塗れになる。ブラスコとアキーレは悲鳴を上げ続け、必死に逃れようとするが、サメたちからは逃れられない。


 そして、イザベルはふたりの悲鳴を心地いい音楽のように聴いていた。


 なんとも、まあ海賊らしい海賊という女性だ。


「さあ、そろそろ半分は取り立てただろう。上げてくれ」

「リッパースワーム。上げて」


 暫くしてイザベルがそう告げ私はリッパースワームに命じる。


 引き上げられたふたりの体からはきっちり半分が取り立てられてなくなっていた。


「この死体はアトランティカの入り口に腐って、骨になるまで吊るしとかないとな。富を独占しようとする奴がどういう目に遭うかを、他の海賊たちにも教えておいてやらないといけない」


 こんな死体が飾り付けられた秘密基地はごめんだな。


「これで粛清はお終いか?」

「ああ。後はあんたとの同盟を締結するだけだ」


 私とちゃんと同盟する気が残っていて安堵した。ここで裏切られたら、私の努力は水の泡ということになってしまうのだから。


…………………


…………………


 海賊たちとの協定はすぐさま締結された。


 ひとつ。私たちアラクネアは定期的にアトランティカの海賊に必要となる資産を与えること。それらはマルーク王国やシュトラウト公国で略奪した金品の中で建物の材料にも、建物をアンロックするのにも使えなかったものが支払われる。


 ひとつ。海賊たちはフランツ教皇国の艦艇を優先して襲撃する。この襲撃にはスワームたちも参加し、援軍として共に戦う。スワームが気持ち悪いという船長には無理強いはしない。


 ひとつ。奪った金品は全てアトランティカのものとする。アトランティカからアラクネアが金品を受け取ることは原則としてない。


「なあ、あんた本当にそれでいいのか? これはあたしたちアトランティカにとって優位過ぎるぞ。あんたらからは財宝が支払われて、あたしたちが奪った財宝はあたしたちのものって、あんたたちは何もいらないのか?」


「ふむ。不満か?」


 私は意外にもイザベルが私たちに配慮することに驚いた。


「こういうのは互いが得をしないと長続きしないだろ? あたしたちはあんたたちと同盟を長続きさせたいと思っている。新しいアトランティカのためにもな」


 そういうこともあるか。相手を儲けさせておけば同盟とは長続きするかと思ったが。


「では、略奪品の中で黄金があったならば1割貰おう。それ以外のものに興味はない」

「無欲だな。ここは2割にしておいてやるよ。黄金はよく手に入る」


 私が建物をアンロックするのに必要なものを告げるのに、イザベルが二ッと笑ってそう付け加えた。なかなかいい海賊だ。家族だったら楽しかっただろうな。


「では、協定は決まりだ。私たちとしてはフランツ教皇国の海軍の動きが鈍るだけでも十二分に利益になっている。無理に私たちに分け前を分けなくともいい。そのところをよろしく頼むよ」


「任せときな。フランツ教皇国の海軍を相手にするなんてちょろいもんさ」


 そうであることを祈りたいね。


「では、協定はこれで決まりだ。書類にサインを」


 私たちはこれまでのことをまとめた書類──私は読めないのでローランに読んでもらった──を並べると新しいアトランティカの支配者であるイザベルとアラクネアの女王グレビレアの名前を互いに記した。


「これで契約成立だ。安心しろよ。海賊は約束を守る」


 その約束があっただろうにきみたちは反乱を起こしたじゃないかとは言わなかった。


「姉御! 埠頭で騒ぎが起きてます!」

「全く、何が起きたってんだ?」


 私たちが協定を発効し終えたころに、イザベルの部下が駆けこんできた。


「行こう、イザベル。早速君の体制に反乱が起きたのかもしれない」

「ああ。クソ。3日天下とは聞くが、あたしがアトランティカを掌握してからまだ1日も経ってないぞ!」


 私とイザベルはそんな言葉を交わしながら、埠頭へと向かった。


…………………


…………………


「だから、船は出せねえよ!」

「臆病者! あんなものが怖くて海賊がやってられるか!」


 埠頭では確かに揉め事が起きているようだった。複数の船長たちが罵り合い、今にもカトラスを抜いて斬り合いを始めそうであった。


「お前たち! 何を揉めてるんだい!」


 そこにイザベルが割入った。


「イザベル! こいつが船は出さないっていってるんですよ! シーサーペントが恐ろしいからって!」


「そうだろうが! 今回のはただのシーサーペントじゃない! 馬鹿でかくて、人間を憎んでるシーサーペントだ! あんな化け物に襲われるのは1回で十分だ! 俺は収まるまで船は出さねえ!」


 シーサーペント。この間、セリニアンたちが戦った相手か。


「シーサーペントを駆除する手段は?」

「あ? 普通なら、銛を2、3本撃ち込んでやれば静かになるが、今度のはいくら銛を打ち込んでも暴れまわる! あれは化け物だ!」


 私が尋ねるのに、海賊のひとりが乱雑に答えた。


「ふむ。この間、私たちが交戦したシーサーペントかもしれない。あれはスワームの麻痺毒で辛うじて動きを封じ込んで、それからセリニアンとローランが銛を打ち込んだが、あれは倒れなかった」


「あの怪物と戦ったのか? 傷のあるシーサーペントと?」


 傷のあるシーサーペント。間違いなさそうだ。


「そうらしい。それがいるとこまるのか?」


「困るに決まっているだろう! シーサーペントだぞ! そんな化け物にこの海域をうろつかれたら本当に船は出せない! 海の藻屑にされちまう!」

「臆病者! シーサーペントなんてかわせばいいんだよ!」


 そしてまた始まる喧嘩。


「シーサーペントをどうにかしないと契約は果たせそうにないな」

「そうだな。どうにかするか」


 私が告げるのに、イザベルが肩を竦めた。


「この中で勇気のあるものは名乗り出ろ! 今からシーサーペントの討伐隊を組織する! あたしたち海賊はシーサーペントなんぞに怯えたりしないし、商売の邪魔をさせたりもしない! このアトランティカはシーサーペントごときには屈しない!」


 イザベルが声を上げるのに海賊たちが歓声を上げた。


「俺は参加するぞ!」

「俺もだ!」


 海賊たちは次々にシーサーペントの討伐に志願する。


「だが、銛も通じない相手なんだろう。どうするんだ?」

「ありったけの銛を打ち込んでやるだけだ。相手は魔獣とはいえど生き物だ。何十本も銛を打ち込めばくたばるはずだ」


 イザベルの計画は実に力押しだ。


「なら、ここは私たちアラクネアが支援しよう。私たちも君たちが船を出せないと困るからね。早速戦力の提供を行おうじゃないか」


「ほう。あんたたちがシーサーペントと戦うっていうのか。面白いな。どんなものか見させてもらうとしよう」


 私たちアラクネアに水上ユニットは存在しない。


 だがね、水上ユニットを攻撃する手段がないわけじゃあないんだよ。


…………………

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