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アトランティカの動乱(2)

…………………


「幹部会の連中を探し出せ! 見つけ出して殺せ!」


 そういう叫び声がアトランティカ中にこだまする。


「幹部たちはいつもはどこにいるんだい?」

「一番見晴らしのいい最上階だ。だが、ふたりしかいなかった。両方そっちの怪物に捕まえさせて、今は吊るしてある」


 私が尋ねるのに、イザベルが苛立った様子で告げる。


「ふむ。スワームは臭いに敏感だ。臭いを追わせてみよう。見つかるだろう」

「そうか? 助かる。あたしたちが知らない船着き場があるのかもしれないからな。なんとしても見つけ出して、捕まえてやらないと」


 スワームたちは臭いに敏感だ。まるで猟犬のように。


 しかし、海賊たちがほぼ全員革命側についたというのには驚きだ。よほど幹部会は恨まれていたのだろう。末端の海賊から船長まで、リッパースワームの脅しがあったとはいえど、革命側に加わっている。


 それには幹部会が保有していた財産を分け合うという報酬があってのことだとも思うが、それだけ幹部会が腐っていたとも考えられる。私もスワームたちには恨まれないように楽しいことはひとり占めしないようにしないとな。


「女王陛下。ご心配なされず。我らスワームは全にして個、個にして全。女王陛下がお喜びになれば、全員が喜びます。スワームはここにいる人間たちのように、富を巡って争ったりなどしません」


「それもそうだったな、セリニアン。私たちは真の共同体だ。私の喜びはスワームの喜び。スワームの悲しみは私の悲しみ。全てが結びついている」


 私たちアラクネアは全体主義の陣営だ。それが成り立っているのは、ひとえにスワームの集合意識があってのことだろう。貧富の差などなく、喜びも、悲しみも、怒りも、快楽も共有される。


 実に理想的だな、私たちは。ここの海賊たちも転換炉でスワームにすれば、永遠に揉め事を起こさずに済むのかもしれない。


「女王陛下。追っているものをひとり発見しました。海賊たちを誘導しています」

「ご苦労、そのまま捕らえろ」


 早速リッパースワームの1体が幹部会のメンバーをひとり捕まえた。


「離せ! 離しやがれ! 俺を誰だと思ってる! アトランティカの頭領だぞ!」


 そう喚きながら連行されてきたのは大柄で隻眼の男だった。


「これはこれは頭領アキーレ殿。ブラスコは一緒じゃないのか?」

「イザベル! 貴様の仕業か!」


 イザベルがにやにやと笑って尋ねるのに、アキーレという男が叫ぶ。


「質問するのはあたしだ。あんたじゃない。もう分かってるだろう。幹部会の権威はもう通じないってな。その看板はあたしたちが叩き割った。さあ、大人しくあたしの質問に答えな。ブラスコの野郎はどこだ?」


「クソ! 知らん! 俺はこの埠頭で反乱が起きそうになっていると聞いたから潜んだだけだ! ブラスコの野郎がどこにいったかなんて知るわけがないだろう!」


「ああ。そうかい。なら、こっちで探すよ。あんたが教えてくれたら許してやるっていうのも考えたんだがな」


 アキーレが騒ぎ、イザベルが肩を竦める。


「ま、待て、イザベル。取引をしよう。俺たちは出ていく。そして、幹部会の蓄えてた富はお前たちに渡す。な? 悪くない取引だろう?」


「あんたがあたしの収穫品の半分を持っていく前だったら魅力的な提案だっただろうな。だが、もう手遅れだよ。大人しく運命を受け入れな」


「クソ! 誰がお前たちを立派な海賊にしてやったと思ってるんだ! この俺たち幹部会だぞ! 俺たちがお前たちの船を整えてやって、このアトランティカを使えるようにしてやらなければ、お前たちは海賊にすらなれ──」


 激怒して叫ぶアキーレがあまりにも騒がしかったので、私はリッパースワームに毒針を突き刺させて麻痺させた。


「うるさい親父だ。みっともないとはこのことだね」


 イザベルは呆れた表情でアキーレを見ると、リッパースワームの糸で巻かせて、既に拘束した幹部と一緒に並べた。


「姉御! 大変です!」

「どうした?」


 私たちがそんなことをしていたとき、アルバトロス号の海賊が駆けてきた。


「金庫が空になってます! 財宝がひとつも残っていません!」

「なんだってっ!?」


 イザベルたちが狙っていた幹部会の財宝は消えてなくなっていたらしい。


「ブラスコの野郎だな! あの野郎、宝を持ち逃げするつもりだ!」

「そうはさせない。既に私のスワームがその男と思しきものを捕らえた。どうやらたくさんの木箱を積み込んでいるようだ。君たちを誘導しよう」


 イザベルが叫ぶのに、私は立ちあがってそう告げる。


「頼む! あれはアトランティカのための金だ! ブラスコの野郎なんかに持って行かせてたまるものか!」

「では、行こう。こっちだ」


 私はリッパースワームの1体に跨ると、イザベルたちを連れてアトランティカの深く掘られた洞窟を駆け抜けていく。アトランティカの内部はよくぞこの天然の要塞を整備したなと思えるもので、ちょっぴりワクワクした。


「こっちの方向だ。ああ、あれがそうじゃないのか?」


 私はリッパースワームたちとなにやら隠されていた通路を抜け、洞窟を抜けると、そこには1隻の中型ガレオン船が停泊している埠頭があった。アトランティカの他の海賊たちには隠されれた船着き場。ビンゴだ。


「ブラスコッ!」


 私が指さすのにイザベルがカトラスを片手に突っ込んでいった。


 やれやれ。頭に血が上りやすい人らしい。死なれても困るのでカバーしなければ。


「セリニアン、イザベルの援護を」

「畏まりました」


 私が命じるのにセリニアンがイザベルの後を追う。


「てめえ! ここに及んでアトランティカの財宝を持ち逃げしようって気か! これまでてめえには散々苛立たされてきたが、これにはさすがのあたしも激怒だぜ! このクソ野郎が!」


「何を言うか、この卑劣な裏切り者! 貴様が反乱を扇動したのがそもそもの始まりだろうがっ! このような化け物どもをアトランティカに侵入させて!」


 イザベルがブラスコという中年男にカトラスの刃を向け、ブラスコもカトラスを構えてそれをイザベルに向ける。


 積み荷を運んでいたブラスコの海賊たちは、荷物を置くとカトラスを抜いて、イザベルに迫る。多勢に無勢だ。


 だが、大丈夫。


「貴様らの相手は私だ」


 セリニアンが躍り出ると、ブラスコの海賊のひとりを切り倒した。


 続いて別の海賊がカトラスをセリニアンに向けるが、それも叩き落され、喉に向けて刃が突き立てられる。そして、次の海賊が襲い掛かるのにはカトラスの刃を自分の刃に沿わせて逸らし、そのまま心臓を刃で貫く。


「凄い……」

「なんて奴だ……」


 まるで踊るようなセリニアンの戦いぶりに、思わずイザベルとブラスコが見惚れてしまう。カトラスを突け付き合って、対峙しているというのに。


「イザベル。その男を始末するんじゃなかったのかい?」


 そこでふたりの目を覚まさせるように私が告げる。


「そうだった! この野郎、覚悟しろ!」

「覚悟するのはてめえだ、イザベル!」


 ふたりの海賊はカトラスを使って戦い始める。


 戦い振りはイザベルの方が上ってところか。若いから体力が違うのだろう。ブラスコという男の戦い方は惨めなもので瞬く間にイザベルに追い詰められていく。


「畜生! お前ら! こっちの戦いを手伝え!」

「お前ら? もう貴様以外に誰も残っていないぞ?」


 ブラスコが叫ぶのにセリニアンがそう告げて返した。


 ブラスコの部下は全員がセリニアンに切り倒されていた。全員がセリニアンの刃の前に息絶え、血の海に沈んでいる。


「役立たずどもめ! いくら払ったと思ってるんだ!」


 ブラスコは辛うじてカトラスでイザベルの攻撃を防ぎながら叫ぶ。


「っと、ここまでだ、ブラスコ」


 そして、最後にはブラスコの腕が切りつけられて、ブラスコがカトラスを落とす。そこをイザベルがブラスコの喉にカトラスの鋭い刃を突き付けた。


「クソ! 殺すなら殺せ! 貴様を呪ってやるからな!」

「それは困るな。だから、あたしは手を下さない。別の奴にやらせる」


 そう告げるとイザベルは私に合図した。


 やれやれ。何を考えていることやら。


 私は心の中で呆れながらも、リッパースワームの1体にブラスコを麻痺させ、糸で巻いて拘束させた。


「よし。後はこいつらに私たちが味わわされた分の屈辱を味わわせてやらないとな」


 イザベルはそう告げて二ッと笑った。


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