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収穫ある襲撃(2)

…………………


「女王陛下。準備が完了しました」

「ご苦労、ローラン。海軍は全て君に任せるよ」


 旧シュトラウト公国旧首都ドリス。


 そこに稼働可能なアラクネアの艦艇が全て集まっていた。それを操るのはリッパースワームたちだ。大型商船が1隻に速度の出る中型商船が2隻。それにリッパースワームが満載されて待機していた。


「さて、問題はどこが襲撃されるか、だ」


 そう告げて私は地図を広げた。


 シュトラウト公国の巨大な港湾都市は5か所。


 既に1か所は襲撃されている。


 だが、念のためにネズミ捕りは5か所の全てに配置しておいた。もしかすると敵は小さな漁村などを襲撃するかもしれないが、それなら痛くもかゆくもないから、放っておいても問題ない。


「敵は引っかかるでしょうか?」

「そうなることを願いたいね、ライサ。これしか手はない」


 ライサが心配そうに私と地図を見下ろすのに、私がそう告げて返す。


 そう、願うしかない。海賊たちも、フランツ教皇国の海軍も、いつ攻めてくるのか分からなければ、どこに攻めてくるかも分からない。


 私たちは前線にスワームたちを集結させねばならない以上は、シュトラウト公国の広大な沿岸線全域に兵力を配備することはできない。


 何といっても、私たちは人類は海を渡れるのだという当たり前のことに気付いて以降、私たちはニルナール帝国と旧マルーク王国領の国境にあるテメール川にも戦力を配置しなければならなくなっているのだから。


 ニルナール帝国がテメール川を渡河して攻め込み、フランツ教皇国が海と陸から攻め込んでくる。そうなれば最悪だ。こちらは前線を後退させ、自分たちの拠点があるエルフの森で防衛の構えを取るより他なくなるなだろう。


「スワームたちに約束した勝利のためにも戦線は後退させられない。今の占領地を維持しなければ。沿岸部を防衛し、陸地を防衛する」


 占領地の縮小は資源の減少をも意味する。数で勝負するスワームたちにとって、その数が減少するのは致命的だ。これからも大量のスワームたちを生産し続けるために、私たちは拡張を続けなければならない。後退はありえない。


「海賊を上手く扱えればな……」


 私の作戦の一部は海賊たちの動きに掛かっている。


 もしかすると、奴らを利用してフランツ教皇国が海軍を動員して攻め込んでくるのを防ぐことができるようになるかもしれない。そうなれば私たちは陸地での戦いに集中することができ、拡大の機会も広がる。上手くいけば、だけれど。


「女王陛下のなさることは全て上手くいきます。これまで勝利なさってこられたように今回も勝利成されるでしょう。心配することはありません」


「そうであるといいのだけどな、セリニアン。私は心配性な上に加えて、極度に憶病なんだよ。これからのことを思うと心配になる」


 これからスワームたちはどうなるんだろうか。


 このまま本当に拡張を続け、続け、続け、そして大陸の全てを飲み込んでしまうのだろうか。それともある程度の部分で大陸の人間たちと和平交渉なんなりして、侵略をやめるのだろうか。


 今の私には見当もつかない。アラクネア指導者はほかならぬ私だというのに。


「女王陛下。沿岸都市のひとつに不審な艦船が接近中です」

「分かった。作戦発動だ」


 私が考え込んでいるのにローランが告げる。


 よし。今は目の前の作戦に集中しよう。この戦いに勝てなければ大陸の覇権など夢もまた夢だ。


 アラクネアに栄光あれ。


…………………


…………………


 海賊船アルバトロス号は今日は別の港湾都市を襲撃した。


「オラアッ! 蟲どもなんて蹴散らして財宝をいただいていくぜっ!」


 ボートから降りた海賊たちが威勢よく港の倉庫に向かっていく。


 リッパースワームが4体ほど姿を見せたが、多勢に無勢と見たのか、そそくさと撤退していった。ワーカースワームたちは既に避難を完了している。


 港湾都市は全くの無人で、海賊たちを遮るものはなにもない。以前ならばシュトラウト公国の兵士たちが押し寄せてきただろうが、今やシュトラウト公国は滅んだ。ここにいるのは蟲の怪物たちだけである。


 その蟲の怪物たちも人間たちが恐ろしくなったのか、逃げ出していく。


「はっ! 蟲の奴ら、俺たちに怯えて逃げ出してやがる!」

「一昨日来やがれ!」


 海賊たちは気をよくして、倉庫の扉を叩き割るとそこにある財産たちを持ち去ろうと駆けよっていく。そして、どんな財宝が詰まっているかと楽しみにして木箱を抉じ開けて、中のものを拝見する。


「!?」


 それは一瞬のことだった。


 木箱の中にいた“何か”が飛び出して海賊の口に飛び込み、喉に張り付いたのは。


「お、おえ……」


 思わず海賊は吐きそうになるが、何かは喉に張り付いたままはずれない。


「どうした?」

「なんでも、ない」


 心配した仲間の海賊が尋ねるのに、その海賊はそう告げて木箱を閉じた。


「なら、さっさと運ぼうぜ。今日もお宝がいっぱいでイザベルの姉御も大喜びのはずだ。今回は幹部の連中に上前をはねられないといいけどな」

「あ、ああ。そうだ、な」


 海賊はやや挙動不審になりながらも、木箱を抱えて海賊船へと戻っていった。


 海賊たちはボートに乗り、戦利品の木箱をせっせと運びながら撤収の準備を進めていく。海賊もアラクネアと同じで速度が勝負だ。敵から奪ったら、海軍が取り締まりに来る前にそそくさと撤収する。


 あの海賊の男も木箱を船に載せ、そして撤収していった。


 残るは金目のものが全て奪われた倉庫だけ。


 だが、海賊たちは気付かなかった。


 本当はこの港湾都市には50体以上のリッパースワームが潜んでいたということを。見張りのための眼球の塔からの攻撃が止められていたことを。そして、挙動不審になった男がやたらと周囲を見渡していたことを。


 そして、彼らは全き気付かぬうちに罠にはまった。


…………………


…………………


「位置は分かった。この場所を通るはずだ」


 私はシュトラウト公国周辺の海図を眺めて、そのように告げる。


 海図には海賊船の航路が記されいている。


 どうやって神出鬼没の海賊船を捉えたかと言えば、パラサイトスワームだ。


 海賊たちが戦利品を確認するために開けるだろう箱の中にパラサイトスワームを仕込んでおいた。それによって寄生された海賊が、集合意識を通じて私たちに位置情報を報告してくれているって仕組みだ。


「迎撃の準備は?」

「できています。相手は1隻、こちらは3隻。勝ち目はあります」


 海軍を任せているローランは自信たっぷりにそう告げる。


「だが、間違っても沈めるな。そして、乗員を殺しすぎるな。我々の目的はこの1隻の海賊船を押さえることだけじゃない。海賊の根城を押さえて、奴らを交渉のテーブルに座らせることにある」


「理解しています、女王陛下」


 私の作戦では海賊船は1隻しか沈められない。いくら楽観的に考えたって、海賊船が1隻しかいないとは思えない。それにフランツ教皇国の海軍は未だに脅威になっている。


「では、任せる、ローラン」


 私はローランに作戦を委ねて、旧公爵官邸の司令部で地図を見下ろした。


 ローランたち海軍が今から出撃しても、敵は旧首都ドリスの沖合を通過するために十二分に間に合う。大型商船はいくぶんか速力が遅いが、中型商船は機動力に優れている。中型商船が挟み撃ちにして、大型商船をぶつければいい。


 海戦はゲームでもあまりやったことがないから苦手だが、上手くいくはずだ。


「むう……」

「どうした、セリニアン。そんな顔をして」


 私がそんなことを考えていたとき、セリニアンが渋い表情をしているのに気づいた。


「いえ。今回の戦いにおいて私がまるで寄与できていないということが、我ながら情けなく思い……。本来ならば私もローランと一緒に船に乗り込み、海賊船を押さえるべきだったのでしょうが」


「なら、今からでもローランの船に乗るか?」


 セリニアンは責任感が強いな。私なら仕事が減れば喜ぶのに。


「いいのですか?」

「ああ。けど、セリニアンは泳げないって言っていたから任務から外したんだ。その点は大丈夫なのかい?」


 私はセリニアンは泳げないと告げていたから、船に乗る任務からは外していた。


「大丈夫です! やってみせます!」

「なら、ローランに命じておこう。それでは行っておいで」


 やる気満々なセリニアンに押されて、私はローランに集合意識で働きかけた。幸いなことにまだローランたちは出航していなかった。


 さて、ローランとリッパースワームがあれば十分なことに加えて、セリニアンまでいたとすれば任務は完璧にこなせるだろう。


 何も心配することはない。


 ……いや、セリニアンがうっかり海に落ちて、溺れないことは心配しておこう。


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