海水浴(2)
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そういうわけで私たちは海に来た。
美しいサファイアの海。ここら辺に危険な魔獣がいないのは確認済み。砂は真っ白で絵にかいたようなリゾート地である。こんな海に来るなんて元の世界にいたらありえなかっただろうな。
「海は美しいですね、女王陛下」
「そうだね。泳ぐのがもったいなく感じられてくるよ、ライサ」
同行するメンバーはリッパースワームとマスカレードスワーム、そしてライサ、セリニアン、ローランだ。
「セリニアン。君も恥ずかしがってないで海を見てご覧よ」
「で、ですが、この格好は……」
私がセリニアンに告げるのに、セリニアンはもじもじと岩陰から出てきた。
セリニアンの水着は大胆なビキニ。私がワーカースワームに頼んで作ってもらったものだ。真っ白な肌により真っ白な水着が加わっているセリニアンは少女というよりも、もう大人の女性と言った方がいいのかもしれない。少なくともスタイルはそうだ。
そして、私とライサの水着はワンピース型のそれ。これもワーカースワームに作って貰ったもので、私のは露出はあまりないけれど、ライサの水着は背中が大きく開けている。うっかり擬態を解除したときに水着を破らないようにするためだ。
「似合ってるよ、セリニアン。この中でそういう水着が似合うのは君だけなんだから、正々堂々としていないと」
「……畏まりました、女王陛下……」
そう告げてセリニアンが岩陰からごそごそと出て来る。
「さあ、私とライサは泳ぐよ。セリニアンたちは先にバーベキューを楽しんでて」
「とんでもありません。女王陛下より早く食事をするなど!」
お堅いな、セリニアンは。そこが可愛いけれど。
「それじゃあ、バーベキューは後で。行こう、ライサ」
「はい、陛下!」
私とライサは波打ち際まで歩いて行って、波が寄せては退くのを足に感じながら海の中に進んでいく。
「冷たくて気持ちいですね」
「ライサは海は初めてだったね。楽しいかい?」
ほとんど腰ぐらいまで海水に浸った状態で私たちはちゃぷちゃぷと泳ぎながら、ライサにそう尋ねる。
「楽しいです! できれば、リナトと一緒に来たかったですね……」
「そうか。そうだよね」
ライサの胸の中にはリナトへの思いが未だにあるようだ。
「私に何かできることはある? 森のエルフたちの集落を離れてホームシックになっていたりしてないか?」
「いえ。大丈夫です。最初は森じゃない場所を、特に街を歩くのは不安でしたけど、それでも女王陛下とセリニアンさんがいてくだされば平気です」
健気だな、ライサは。
かくいう私も少しホームシックになっていたりする。両親はどうしているだろうか。友達たちはどうしているだろうか。あのゲームはどうなっているのだろうか。
まあ、今はそういうのを吹き飛ばすために海に来たのだ。うんと遊ばなくては。
「ライサは泳げるんだよね?」
「ええ。よく川で泳いでましたから」
「なら、競争だ。あの岩礁まで!」
そう告げて私は岩礁に向けて泳ぎ始める。ライサは慌てて私を追ってくる。
海を泳ぐのは気持ちいい。気分が晴れ晴れする。暑い日差しと冷たい海水がコントラストをなして、体を刺激する。綺麗な海を、自由に泳ぐのは本当に最高だ。ここ最近の疲れが取れていくのを感じる。
「ぷはっ!」
岩礁に先に到着したのは、私だ。私の勝ち。
「速いですね、女王陛下」
「なかなかのものだろう」
ライサが遅れてくるのに私がない胸を張る。
「さあ、そろそろバーベキューに行こうか。お腹減っただろう、ライサ?」
「いえ。私は特に」
「ああ。そうか、君たちは……」
スワームは食事を必要としない。食事の味は味わうけれども。
「まあ、いい。おいしいよ。味だけでも味わうといい」
私はそう告げて、また泳いで砂浜に戻る。
「女王陛下。海はどうでしたか?」
「気持ちいい、セリニアン。君も楽しめればよかったののに」
セリニアンが砂浜で待っているのに、私はそう告げて返した。
「いえ、私は泳げませんので……。それよりもバーベキューの支度ができております。こちらへどうぞ」
セリニアンも完全に擬態すれば泳げると思うんだけどな。
「これまた盛大だね」
バーベキューはまるでパーティーでもやるように砂浜一面に広がっていた。炭の焼ける匂いが立ち込め、それが食欲をそそってくる。これでお肉を焼いたら最高だろうな。
「マスカレードスワーム、リッパースワーム、君たちもおいで」
「はっ。しかし、警戒が緩くなりますが」
私は連れてきたマスカレードスワームとリッパースワームを誘う。
「構わないよ。こんなところに来るのは海賊くらいだ」
そう、海賊。
海賊たちはどこからやってきているのだろう、海賊たちは。海賊たちの根城でもあるのだろうか。そこには略奪品がわんさかあるのだろうか。やはり髑髏の旗が翻されているのだろうか。
「さあ。お肉を焼こう」
「どうぞ、女王陛下。準備はできております」
ローランとマスカレードスワームが肉と野菜を串刺しにしていつでも焼けるようにしていた。私たちは肉を金網の上にのせて、じゅうじゅうと音を立てて、肉と野菜が焼ける香ばしい匂いを楽しむ。
「そろそろ焼けたか?」
私はバーベキューの串を手に取り、バーベキューソースを付けて味わう。
「うん。最高だな。こんな素晴らしい砂浜でバーベキューだなんて」
戦争のことなど全て忘れてしまいそうだ。
「君たちも食べなよ、セリニアンたちも」
「では、いただきます」
私が食べたのを確認すると、待ってましたとばかりにセリニアンは肉に食らいつく。
「おいしいか、セリニアン?」
「はい! とても!」
セリニアンは意外に食べるのが好きらしい。前に作ったホットサンドも美味しそうに食べていたし。これからいろんなものを食べさせてあげなくちゃね。
「ライサ、おいしい?」
「はい。こういう場所で食べるのも新鮮でいいですね」
ライサたちエルフは肉は食べないと思われがちだが、この世界では普通に肉を食べることを楽しむ。私もエルフの村で干し肉をいただいたものだ。
エルフたちが禁忌とするのは消費できない量の肉を取ること。食べるのに必要な分だけしかとらないことが彼らの信念だった。実に自然を大切にしている種族だ。現代社会が忘れたものがあるといえる。
「ローランには別に珍しい食べ物じゃないよな?」
「いえ。砂浜で食べるというのは新鮮ですよ」
貴族として様々なご馳走を味わってそうなローランでも砂浜のバーベキューは珍しいものなのか。意外だ。
「さて、問題はこの海だ……」
私は戦争のことは忘れるつもりでここに来たのに、やはり戦争のことが気になる。
「こちらで残っている船は?」
「大型商船が1隻、中型商船が2隻、小型の沖に出られない商船が10隻程度です」
使える船はほとんど首都ドリスへの上陸作戦で使い潰してしまったために、生き残っている船の数は少ない。沖に出れる船はたったの3隻。これで広大な海を探索するのは事実上不可能というところではないだろうか。
「ワーカースワームに船は作らせられないかな……?」
「船を作った知識がないですから不可能かと……」
何でも作れそうなワーカースワームでも船を造るのは無理。
「……いいアイディアが思いついた」
要は海賊の砦を押さえればいいのだ。
そのために必要なことをすればいい。それだけだ。
「さあ、バーベキューを終えたら作戦準備だ。海賊たちに鉄槌を下そう」
こちらの資源をいつまでも盗まれては困る。
海賊たちには大人しくしてもらわなくては。
それにもしかすると、沿岸線の防衛についていい突破口になるかもしれない。
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