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海水浴

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 ──海水浴



 私はシュトラウト公国を征服した。


 シュトラウト公国は面倒なことに南部の大国ニルナール帝国と東の大国フランツ教皇国に国境を接している。大陸諸国会議では上手い具合に分断できた2ヵ国だが、1ヵ国でも攻め入れば漁夫の利を狙ってもう1ヵ国が攻めてくる可能性も否めない。


 よって、私は当面の課題を国境線の防衛力強化に当てた。


 国境線に沿って防護壁を立てて、眼球の塔を建てる。


 眼球の塔は中に兵員がいれば自動的に相手を攻撃してくれる固定防御施設だ。それに加えて周辺を見渡すこともでき、国境の向こうで敵の軍が動いていたら、警報を発してくれるだろう。


 しかしシュトラウト公国の国境線は膨大だ。


 私はワーカースワームの大軍にリッパースワームたちを護衛に付けて作業に当たらせているが、いつ終わるのか見当もつかない。


 そんな作業を最初に始めたのはフランツ教皇国との国境線から。連合軍を離脱したニルナール帝国よりも、連合軍という私たちを攻撃するために組織された軍の盟主の方を警戒するのは当然というところだ。


 今日も私は国境線沿いに防護壁と眼球の塔を建てる。建てる。


 今のところ作業を邪魔するものはいない。私たちに恐れをなしているのか、それともこの程度の壁は簡単に破壊できるとみているのか。


 そう簡単には壊れないはずだけど、所詮はワーカースワームの唾液と岩で作られた城壁だから壊せないこともない。まあ、これが壊されそうになったら、その間に兵力を掻き集めればいいわけだから。


 そう考えて私は防護壁を作るよ。作るよ。作るーよ。作るよっ!


「じょ、女王陛下?」


 私がワーカースワームたちに建造を命じていたとき、セリニアンが怪訝そうにこっちを見てきた。


 あっ。しまった。集合意識でさっきのよく分からない歌が漏れてしまっていた。


「気にするな、セリニアン。今のは気合を入れるためだから」

「そ、そうですか」


 不審がられているようだが気にしない。


 何分、国境線が広すぎて歌でも歌ってないとやってられないのだ。ワーカースワームにはただ直線に城壁を張るだけではなく、眼球の塔からの十字砲火も考えた防護壁の配置を指示しなければいけないし。


 でも、ある程度作業が進めば、学習したスワームたちが自分でやってくれるかもしれない、と考えるのは些か楽観的すぎるだろうか?


「しかし、本当に国境は広いな。資源が持つといいのだが」


 広大な国境線をカバーする防護壁を作るためにはそれなり以上の資源が必要になってくる。ワーカースワームたちが木を伐採し、岩を掘り起こしているものの、国境線全てを覆い尽くせるだけの防護壁が作れるかは疑問だった。


 単純計算ならば防護壁と眼球の塔の分の資源は足りる。だが、国境線沿いの地形によっては曲がりくねった形の防護壁を作らなければならないだろう。そう考えると今の資源でどうにか……。


「女王陛下」


 私が資源の計算をしていたときに、話しかけてくるものがあらわれた。


 リッパースワームだ。


「どうした?」

「はっ。敵と思しき勢力から攻撃を受けました。辛うじて撃退しましたが、資源の一部が敵に奪われてしまいました」


 私が尋ねるのに、リッパースワームが集合意識にその時の光景をアップロードしながらそう告げる。


「敵は……海から来た?」


 リッパースワームの集合意識が映し出した光景には、中型の帆船から男たちがボートを漕いで、私たちが制圧した沿岸都市のひとつに迫ってくる様子が見えていた。


 不幸にしてそこにいたのは街を開拓中のワーカースワームと、その護衛の少数のリッパースワームだけで、リッパースワームたちは応戦するも、囲まれて撃破されていく。だが、こちらも何体か仕留めた。


 その後、リッパースワームはワーカースワームを連れて退却し、襲撃者たちは沿岸都市の倉庫を漁って私が集めた建物アンロック用と建築用の資源を奪っていくと、来た時と同じようにボートで去っていった。


「……海賊か?」


 この手の行為に手を染める人種というのは私が思いつくのは海賊しかない。


 海から現れ、財産を略奪したら逃げ去っていく。海賊そのものだ。


「この連中がフランツ教皇国の斥候だとしたらお粗末すぎる。やはり、ここは海賊ということしか考えられない」


「海賊ですか。どこから来たのでしょう。海賊の船を押さえることは我々には難しいですが、拠点となれば上陸作戦を仕掛けて制圧できます」


 私が考えた末に告げるのに、セリニアンがそう告げて返した。


「しかし、参ったな。敵は海から攻め込んでくる可能性もあるわけだ。国境線沿いを防護壁で埋めても、海から攻め込まれたら意味がない。沿岸地帯の防御も考えなければならないのか。気が滅入る」


 国境線すら固めてしまえば防御は完了だと考えていた私だったが、敵は船で海路から侵攻してくる可能性があるのを忘却していた。


 こちらも今では船を操れるが肝心の船の数が圧倒的に少ない。船を造る船大工は今頃は肉臓庫の中で肉団子になっているだろうし、スワームたちは船を作れない。沿岸防御のために海軍を組織するというのは無理そうだ。


「女王陛下、どうなさいますか?」

「ワーカースワームに沿岸都市の埠頭に眼球の塔を建てさせろ。そして、そこに予備の兵員を収容。それで牽制にはなるだろう」


 リッパースワームが尋ねてくるのに私はそう返し、集合意識で具体案を伝えた。


「理解しました、女王陛下。では、お心のままに」


 リッパースワームは服従の姿勢を取った後、去っていった。


「セリニアン、君は泳げる?」

「いえ、泳げません……。本当に申し訳ございません、女王陛下……」

「責めているわけじゃないよ。ただ聞いてみただけ」


 スワームたちは水は苦手だが、セリニアンもそうか。


「でも、もったいないな。これだけの海を手に入れたのに海水浴をしないなんて」


 シュトラウト公国の海はサファイアのように美しく、泳いだら気持ちがよさそうだ。


 今は季節も夏真っ盛りだし、海水浴がしたいな。ちょっと子供っぽいか?


「海水浴をなさりたいのですか?」

「ああ。気晴らしにな。そんなときじゃないのは分かってるが」


 セリニアンが尋ねてくるのに私は肩を竦めてそう返した。


「女王陛下がお望みであれば海水浴をしましょう。ここ最近の激務から解放されるときがあってもいいはずです。是非とも海水浴を」


「随分と乗り気だね、セリニアン。君は泳げないって言ったじゃないか。それでも海水浴に行くのかい?」


 セリニアンは泳げないのに海水浴に行って何が楽しいのだろうか?


「私の楽しみ云々ではありません。女王陛下が気を休められる時が必要だと考えての進言です。女王陛下はとても疲労して見えます。何度か倒れられたこともありますし、ここは一度休養を」


 うん。確かに最近はちょっと疲れた。鏡を見たらちょっと痩せてたし、ここら辺で気晴らしをするのもいいのかもしれない。


「よし。海水浴にしよう。泳げないセリニアンのためにバーベキューもするよ。海でうんと遊んでから、再び作業に戻ろう。敵もまだ攻めてはこないはずだ。攻めてきたら来たで、完膚なきまでに殲滅してやろう」


「了解しました、女王陛下。では、ただちに準備にかかります」


 海水浴か。2、3年振りになるのかな。日焼けが心配だけど、今はまあいいや。


 思いっきり遊んで、楽しんで、それからまた殺伐とした戦争の世界に戻ろう。


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