プランB
本日4回目の更新です。
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──プランB
奴隷商人の指揮官は荷馬車を使って、西の交易都市リーンに向かった。それには私も同行している。それからリッパースワームを1体、荷馬車の中に潜ませていた。
交易都市の城門はいちいち閉じるのが面倒なのか開けっ放しで、特に検問らしきものもなかった。それによって私たちは積み荷──そしてリッパースワームを確認されることもなく、堂々とリーンに入った。
「洋服屋はどこだろうか」
私は広大なリーンの都市の中で、服屋を探した。今は服屋に用事があるのだ。
「あそこがそれっぽいな」
そして、私たちがリーンの大通りを進んでいくと、お洒落な洋服が並んだ店舗を発見した。間違いなくここが服屋で間違いない。私は奴隷商人の指揮官に店の前に馬車を止めさせ、奴隷商人と共に馬車を降りた。リッパースワームはお留守番。
「いらっしゃいませ。ああ、あんた奴隷商人だろう。この店に何のようだ?」
最初は営業スマイルだった服屋の店員も、奴隷商人の指揮官を見ると邪険な態度に変わった。この世界では奴隷を扱う人種は嫌われているようである。この街の人間に良心があることに私は安堵した。
「服を、売りたい」
パラサイトスワームに寄生され、支配された奴隷商人の指揮官は自分の意に反することを告げた。本来ならば化け物から助けてくれと叫ぶところを、服屋との商談を始めることになった。
「服? エルフたちからの略奪品か? 誰もエルフからはぎ取った衣服を買ったりはしないぞ。連中の服は質素すぎて、うちのような高級店には向かないんだからな。さあ、帰った帰った」
「違う。交易で、手に入れた品だ」
あらじめ設定は作っておいた。奴隷を売り、その対価として衣服を受け取ったという設定を。怪しまれるかもしれないが、これしか手はない。
信じてくれますように。信じてくれますように。
私は荷馬車の影で服屋の店員が信じてくれることを祈った。
「分かった。なら、商品を見せてくれ」
服屋の店員がそう告げ、奴隷商人の指揮官が荷馬車の荷台から、衣服を収まった箱を取り出して、店員の前に置いた。
「これは……」
絹のようなスワームの糸で織られた見るからに高価な品。それがずらりと数十着は収められていた。日常で着るドレスから、夜会で着ることができるイブニングドレス。そういったものが箱の中にはびっしりと収まていった。
そのことに服屋の店員は目を丸くして驚いていた。
ありがとう。ワーカースワーム。君たちの仕事は評価されている。
「凄い。こんな衣服は初めて見た。これは貴族様たちに売れるぞ」
服屋の店員は見とれたようにドレスを隅々まで眺めた。触り心地のいい線維の感触と、見事なまでのデザインに服屋の店員は一瞬で見とれてしまった。
「いくら、出す?」
「これだけの洋服なら20万フロリアは出していいね」
「少ない。もっと、出せるはずだ。40万、出せないなら他の店に売る」
奴隷商人の指揮官が尋ねるのに、服屋の店員がそう返した。値段交渉の始まりだ。私は最低で30万で売りたかった。けど、値段交渉なんて初めてやるから上手くできるかどうかは分からない。けど、やらなくては。
「分かった。30万フロリアだ。それですべて買い取ろう」
交渉は長く続くものと思ったが、存外あっさりと決まった。
「異存はない。交渉、成立だ」
奴隷商人の指揮官はそう告げて、箱を服屋の店員の前に押し出した。
「それ、これで30万フロリアだ。しっかり受け取ってくれ」
そして、服屋の店員は箱を受け取り、奴隷商人の指揮官に金貨がずっしりと詰まった袋を渡すと、いろいそと箱のドレスを店の奥に運んでいった。
さて、これで第一関門突破。
本当はエルフにこれらのドレスを渡して、彼らに街で現金化してもらうつもりだったのだが、エルフたちは街を恐れて近寄らない。それはこの奴隷商人のような人物がいることや、エルフは街になじめないからだそうだ。
「さ、次は買い物だ。これが重要なんだよ」
私はそう告げると奴隷商人に馬車を走らせ、目的の場所に向かった。
その場所とは──。
「肉! 肉、安いよ! うちの肉は最高級品だよ!」
そう、肉屋だ。
ワーカースワームの作った洋服を売って、その金で食肉を買う。何と平和的な拡張計画だろうか。スワームたちも私の意見に賛同しているのか、集合意識に不和が生じることもない。
ふう、納得してくれなくて、そこら中を無差別に襲い始めると決めたらどうしようかと思ったけれど一安心だ。
「肉、くれ」
馬車から降りた奴隷商人の指揮官がそう告げる。
「はいよ。どの肉をお探しで」
「これで買えるだけの肉、全部」
肉屋の店員が尋ねるのに、奴隷商人の指揮官は先ほどの30万フロリアの袋をズンと戸棚の上に置いた。そのことに肉屋の店員は些か驚いたようだ。
「旦那、宴会でもやるんで?」
「いいから、肉をくれ」
ある意味では宴会かもしれないが、今は理由を告げている場合ではない。
「流石にこれだけの額の肉となると……」
「精肉してない分でも、いい」
私の行動はいきなり街のお肉屋さんに行って、アタッシュケースいっぱいの札束を渡すと、あるだけの肉をくれと言っているようなものだ。流石にいろいろと無茶がある。
「精肉してない分を合わせても15万フロリアぐらいですよ。そんなに肉が必要なら別の店も当たってみてください」
肉屋の店員は困り切った表情で告げる。ちょっと気の毒なことをしたと反省。
「では、15万フロリア分、頼む」
「はい。今準備するんでお待ちください」
しょうがない妥協だ。ここで15万、他で15万使えばいい。
「どうぞ。15万分の肉です。種類とか指定はなかったんで、種類は雑多ですよ」
そう告げて肉屋の店員は箱いっぱいに収まった肉をカウンターに乗せる。かなりの量の肉だ。私は肉は大好きだ。ハンバーグも焼き肉もビーフシチューも大好きだ。だが、あれだけ食べたら太るだろうな……。
「15万フロリア」
奴隷商人の指揮官はそう告げて、肉屋の店員に15万フロリアを渡す。
「どうもどうも。では、旦那、宴会の方楽しんでください」
そうそう。お楽しみだとも。これから楽しい宴会の時間だ。
私たちはそれからいくつかの肉屋を巡って30万フロリア分の肉を購入した。その、ついでに私の住居環境を改善するために寝具などの家具を購入しておいた。これで今日からは柔らかいベッドで眠れることだろう。
「ふわあ……」
いろいろとありすぎて少し疲れてしまった。
「今日はここまで。あんまり買い物が過ぎると怪しまれる。もう怪しまれているのかもしれないけれど」
そう考えて私たちはアラクネアの陣営に向けて馬車を走らせた。
今日はこれで終わり。そのはずだったのだが……。
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私は奴隷商人に手綱を任せて荷台でくつろいでいた。
買ったばかりの寝具に顔を埋めて、リッパースワームに守ってもらってうたた寝をしていた。買った代わりの寝具の匂いは心地よく、頼りになるリッパースワームが傍にいてくれるということだけでも安堵できた。
けれども、これからどうすればいいのだろうか。
肉屋で大量の肉を買ったからかなりの数のスワームたちを増やせるはずだ。だけれど、それど使ってどうしようというのだろうか?
スワームたちは私が勝利に導いてくれると信じている。でも、何に対しての勝利だというのだ? この世界全てに対する勝利? それともまた別の形の勝利?
スワームの集合意識の中には勝利を叫ぶ声がこだましている。しかし、どの意識も具体的な勝利の内容は理解していない。自分たちがアラクネアの女王──私に率いられて勝利することしか考えていない。
「ねえ。スワーム。君は何を望んでいるの?」
私は寝具から顔を起こすと、私を守ってくれているリッパースワームに向けてそう尋ねた。リッパースワームは首をちょいと傾けると、質問されたことの意味が分からないというジェスチャーを取った。
「我々は勝利を望んでいます、女王陛下」
「その勝利ってのはどんな勝利なの? 世界征服? それとも国家樹立?」
リッパースワームが答えるのに、私はそう尋ねる。
集合意識に直接訪ねてもよかったが、口と口で会話する方が私は好みだ。
「分かりません。ですが、我々は勝利への強い渇望を抱いています。ただひたすらに勝利することを望み続けています。そのことが変わることはありません。女王陛下ならば、必ずや我々を我々の望む勝利に導いてくださるはずです」
「君たちは……」
相変わらずプレッシャーが大きい。今はスワームたちは私のことを全面的に信頼してくれているけれど、私が“操作”を間違えば反旗を翻して、私のことをスワームの材料である肉塊に変えてしまうかもしれない。
「難しい」
私は誰にでもなく、ただ呟いた。
馬車が急に停止したのはそんなときだった。
「何事?」
私は馬車の荷台から進行方向を見る。
そこには皮の鎧で武装した男たちが十数名陣取っていた。短弓を奴隷商人の指揮官に向けて、物騒な状況を形成していた。武装した集団は、明らかに殺意ある視線を奴隷商人に対して向けている。
「モイセイ! 今日は随分と羽振りがよかったらしいな!」
武装集団のうちの指揮官らしき男が奴隷商人に向けて声を上げた。
「だが、てめえはまだ俺たちへの借金を返してないってことを忘れてないか?」
はあ。この男、奴隷商人だと思ったら借金持ちだったのか。使えない。
「その積み荷、借金のかたにいただいていくぞ」
それは困る。これは私の重要な積み荷だ。
「荷台を調べろ! かかれ!」
武装集団はそう告げると、私の荷台を調べようとし始めた。
不味い。今回はリッパースワーム1体しか連れてきていない。勝てるか?
私がそんなことを考えている間にも、武装集団は荷台に回り込んできた。
「おい。なんだ、こりゃ。肉だらけじゃねーか。何考えてんだ、お前?」
武装集団は肉の詰まった箱を下ろしながらそう告げる。
そして──。
「おっ! 偉く可愛い奴隷がいるじゃねーか。こいつを売り払えば借金はチャラだな」
そして、武装集団は私を見つけだした。それも私のことを奴隷商人の奴隷だと思っている。まさか主従が逆だとは思ってもみないだろう。
「なあ、ボス。こいつを売り払って──」
「お、おい。何か変なものがいないか……?」
武装集団は私に注目するあまり、見落としていた。
そう、リッパースワームの存在を。
刹那、リッパースワームの鎌が荷台を覗き込んでいた男2名の首を刎ね飛ばした。鮮血が噴水のように噴き上げる。
「な、なんだ! 何しやがった!」
「ボス! 化け物です! 化け物が乗っています!」
武装集団がざわめくのに、リッパースワームが馬車の幌を破って外に飛び出し、一気に武装集団に向けて駆けていった。命令する必要はない。集合意識にこいつらは危険な存在だと吹き込むだけでいいのだ。
「クソ! 射ろ! 射ろ!」
武装集団は奴隷商人の指揮官に向けていた短弓をリッパースワームに向けて放った。だが、弓矢は固い外殻に弾かれ効果を及ぼさない。矢じりが弾かれる金属音が響き、そして悲鳴がそれに続く。
「畜生、化け物め!」
残り5名となった武装集団は弓矢は効果がないと諦めて、ハルバードやクレイモアを取り出した。それでリッパースワームに挑んでいく。
弓矢の攻撃は弾いたリッパースワームだが、重い金属の塊をぶつけられてはただでは済まなかった。鎌のある腕が千切れ、牙が砕ける。
もういい。そう言いたかったが、私は臆病だった。
リッパースワームは残っている鎌で武装集団を引き裂き、鋭い毒針で相手を突き刺す。だが、相手も必死でリッパースワームは傷だらけになっていく。集合意識を通じて、私にも彼の焦りが感じられる。
「撤退だ! 退け、退け!」
結局のところ、武装集団はリッパースワームに残り3名にまで追い詰められたところで逃げ出した。馬にまたがり、大急ぎで街道を逃げ去っていった。
「リッパースワーム!」
私は戦闘が終わるや、リッパースワームの下に向かった。
「大丈夫、じゃないよね……」
リッパースワームはズタボロだった。ハルバードの刃で足が切り裂かれて、クレイモアの一撃で頭部にひびが入っている。リッパースワームは初期ラッシュに使うような初級ユニットであり、そこまで強くはないのだ。
「女王陛下……。ご無事ですか……?」
「私は全然大丈夫。でも、君は……」
この時に及んでも私の心配をするリッパースワームに、私はそう返す。
「ご安心を。我々は全にして個、個にして全。私の意識は集合意識に残ります。故に私は死は恐ろしくありません。それよりも恐ろしいのは女王陛下に万が一のことがあることでした……」
リッパースワームはそう言い残して、この世を去った。
いや、去ってはいない。彼の意識は集合意識の中に残っている。私を中心とした無数のスワームたちの形成する意識の中に。
「ごめん。それでも私は納得できないよ」
私は奴隷商人の指揮官と共に街道脇に穴を掘り、私を守って死んだリッパースワームの死体を埋めた。
「やられたら、やり返す。君の意志は私が継ごう」
私はそう告げて、リッパースワームの墓を去った。
そして、復讐の準備を始めた。
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本日0時頃に次話を更新予定です。