簒奪者の末路
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──簒奪者の末路
私たちは公爵官邸の入り口へと到達した。
「警備兵! 警備兵! 配置につけ!」
入口には中隊規模の戦力が配置されている。
彼らはクロスボウを構え、私たちに向けてきた。アラクネアのスワームにはクロスボウでなければ意味がないということは既に学習されているらしい。確かにセリニアンたちもクロスボウの弓矢を受けたら、酷い傷を負う。
当たりさえすれば、だけれど。
「放て!」
指揮官の命令で警備兵が一斉にクロスボウから弓矢を放った。狙いはローランとセリニアンの最前線を進むふたり。
「はあっ!」
ふたりは自分たちに向かってきたクロスボウの矢を叩き落した。
「ライサ、敵を牽制」
「了解です、陛下!」
私が命じるのにライサが長弓を構えて、警備兵に向けて弓矢を放つ。
弓矢は警備兵の喉に命中し、彼は悲鳴を上げることもできず、喉を掻きむしりながら地面に崩れ落ちていく。さらにライサの攻撃は一発では終わらず次々に弓矢を番えて放ち続け、警備兵を射抜いていく。
クロスボウと長弓では装填速度に大きな差がある。クロスボウが威力が高い分時間がかかるのに対して、長弓は威力はそこそこだが素早く放てる。ライサはスワーム化してから化け物のような威力と射程の長弓を使っているが、それでもライサの方が速い。
「ご苦労、ライサ! 残りはこちらで片づける!」
セリニアンは獰猛な笑みを浮かべると、黒い長剣を振りかざして、警備兵に向けて跳躍する。警備兵は必死になってクロスボウの再装填を行っているところだったが、とてもではないが間に合いそうにない。
「てりゃあ!」
セリニアンは空気を揺るがす掛け声と共に警備兵のあたまを叩き割った。警備兵はびくびくと痙攣するだけになり、クロスボウが手から落ちる。
「まだまだっ!」
着地したセリニアンはグルリと回転し、その毒針を備えた尾部で兵士を貫き、次の瞬間には別の兵士の首を刎ね飛ばしていた。
「この野郎っ!」
セリニアンがふたり目の兵士の首を刎ね飛ばしていた時、装填を終えたクロスボウを構えた兵士がセリニアンの方に狙いを定めた。回避できる距離でも、撃ち落とせる距離でもない。近すぎる。
「援護する!」
そこでローランが割り込んできたのに私は安堵の息を吐く。
ローランは警備兵の手を切り落としてクロスボウを地面に叩き落すと、そのままの勢いで警備兵の首を刎ね飛ばした。鮮血が体に振りかかり、ローランの黒い外殻が、赤黒く染まる。
「ナイスアシストだ、ローラン。その調子で進んでくれ」
さて、ステータスが凡人以下の私にはできることはない。
私はセリニアン、ローラン、ライサたちが悲鳴を上げる警備兵を蹂躙している間、城門の方に意識を集中させる。
城壁は既に開かれていた。何百、何千というスワームが押し寄せ、首都ドリスの街を包んでいっている。魔術師たちは自棄になって城門ごと吹き飛ばそうと爆裂の魔術を放っているが、それぐらいではもはやスワームたちは止められない。
スワームたちは城門から市街地に移る。
市街地では城壁から撤退した守備戦力と民兵隊が応戦している。戸口を家具で塞ぎ、窓からクロスボウで弓矢を放ち、魔術攻撃を放ち、必死に抵抗している。
「踏みにじれ」
私はそう告げる。
スワームたちは私のこの命令を忠実に実行した。
上陸したディッカースワームたちが建物の床を貫いて建物内の敵を食い殺し始め、城門を潜ったリッパースワームたちが戸口を強引に破って建物内の民兵隊や守備隊を切り刻んで鏖殺していく。
それを止められるものなど存在しないも同然。民兵隊は鎌や鍬で応戦するが、そんなものでリッパースワームを止められるほど簡単じゃない。鎌も鍬も何の役にも立たず、外殻に弾かれ、そしてリッパースワームの餌食になるだけだ。
守備兵力もクロスボウの装填が間に合わず、1体、2体のスワームが倒せただけで、牙と鎌で八つ裂きにされる。それもクロスボウの弓矢が当たっても、当たり所が悪くない限り、リッパースワームは倒れず突き進んでくるのだ。
確実にリッパースワームを止めるには最低でも3本のクロスボウの弓矢を命中させなければならない。それかクレイモアやハルバードで頭を叩き割るか、だ。
だが、この混乱だ。落ち着いて行動できる状況じゃない。兵士たちは乱射に近い形ででたらめに弓矢を放ち続け、そのほとんどが命中せず、クレイモアやハルバードは持ち出した装備の中に入ってすらいなかった。
哀れな連中だ。指揮官が無能であったばかりにこのありさまとは。レオポルドの無能さには感謝しなければならない。もし、彼が上陸してくることを想定して兵力の予備を取っておいたら、上陸に当たる私たちは酷い目に遭っただろうに。
レオポルド万歳。無能な公爵閣下のおかげで首都ドリスは私たちのものだ。
「女王陛下。警備は制圧しました」
おっと。私が市街地と城門に意識を向けていたとき、セリニアンたちが公爵官邸の警備を完全に制圧していた。あっという間だな。流石は英雄ユニットなだけはある。他のふたりも英雄ユニットじゃないのに優秀だ。
いや、アラクネアで優秀じゃないのは私ぐらいか。
「女王陛下も優秀なお方ですよ。そうでなければ我々は勝利できていません」
「お世辞でも嬉しいよ、セリニアン」
だって、私のステータスは凡人以下だからな。
知性と統率力は非常に高いらしいけれど、それをどこまで信じたものか。
「警備を制圧したならば、我らが公爵閣下に会いに行こうか。いろいろとつもる話もあるだろうからな」
私はそう告げるとセリニアンたちと共に公爵官邸に向かっていった。
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私たちが公爵官邸の玄関を潜った時、そこに警備兵はいなかった。
もう全滅したらしい。
呆気ない最期だ。マルーク王国の時は国王がよく分からない宝石を使って襲い掛かってきたが、公爵官邸の扉を破るときにはそんなものは現れなかった。ただただ静けさだけが周囲を覆っている。
「天使も、化け物もなしか?」
「シュトラウト公国には天使を擁する騎士団はいません。それにマルーク王国に伝わっていた進化の宝玉のようなものもここにはないのです。もう抵抗はこれで終わりですよ。呆気ないかもしれませんが」
私が尋ねるのに、ローランがそう告げて返した。
「そうか。それなら楽でいい。私は別に困難は求めていない。そんなマゾヒストじゃない。楽であれば楽であるほど嬉しいね」
もう天使も怪物も勘弁してもらいたい。ああいうのが出る度に神経が磨り減る。人間らしい戦いの方が私はお望みだ。そう、天使のような超常現象を相手にするのではなく、原始的な武器で殴り合うような戦いの方が。
「それでは公爵閣下を探そうか。お話をしないとな」
私たちは公爵官邸の中を探り始める。
どこに公爵がいるか。レオポルドにはいろいろと話がある。
「リッパースワーム、臭いを追えるか?」
「可能です、陛下」
「よし、いい子だ。任せる」
ここには頼りになる猟犬がいる。リッパースワームならば、臭いを追ってレオポルドを探し出せる。さあ、ロレーヌ公閣下には出てきてもらおうじゃないか。
「ライサ。君はここの玄関の監視を任せていいか? 敵の増援が来た場合に対処できるようにしておきたい。いざとなれば集合意識を使って市街地のリッパースワームたちを呼び出すから」
「お任せください、女王陛下。しっかり見張っておきますね」
幸いにして公爵官邸に繋がる道はひとつだ。そこさえ見張っておけば、まず敵は公爵官邸に到達できない。もちろん、道なき道を進んでこられた場合は困るけど、この混乱でそこまで頭が回る人間がいるとも思えない。
市街地の部隊は散り散りになって、統率が取れずにリッパースワームに屠られ続けている。この状態では動けるものも動けない。
実際のところ、私がライサに監視を命じたのはこれからのことを幼い彼女に見せないようにするためだ。私たちがやろうとしていることは些か刺激が大きい。
「この先に何者かがいます」
「よし。セリニアン、ドアを」
「了解しました」
リッパースワームがそう告げ、私はセリニアンに扉を破らせるように命じた。
セリニアンは扉を蹴り破り、長剣をかざして部屋の中に侵入する。
「来たか、アラクネア」
そこにいたのはレオポルドではなく、初老の男性だった。シュトラウト公国軍の軍服で、元帥の階級章を付けている。その顔には私たちが蹂躙劇を始めてから何度も見てきた諦めの表情があった。
「来たぞ。私たちが用事があるのはロレーヌ公だ。どこにいる?」
「地下のワインセラーに立てこもっている。兵士を何名か連れていったはずだ」
私が尋ねるのに、初老の男性はそう答えた。
「聞かせてくれ、アラクネアのもの。マルーク王国を滅ぼしたのは何故だ? それが全てのきっかけだ。お前たちがマルーク王国を滅ぼさなければ、このようなことにはならなかった。お前たちはどこからきて、何故マルーク王国を滅ぼした?」
初老の男性は諦めきった表情で私たちにそう尋ねる。
「私たちは異世界から来た。こことは異なる世界からだ。どこに拠点があり、この大地のどこから旅が始まったかは言う必要はないだろう」
「それもそうだな。異世界か。異世界とは。まるで想像もつかない。お前たちのような怪物が闊歩している世界など」
私は何故この世界に来たのか、と聞かれないことに若干感謝した。
私も何故この世界にアラクネアと共に来たのかは分からないからだ。
「そして、どうしてマルーク王国を滅ぼしたかだが、それは奴らの方から手を出してきたということ。そして、アラクネアは本能として侵略を望む。敵を殺し、敵を貪り、敵から奪うことを本能として望んでいる」
「報復と本能か……」
私の説明に初老の男性は考え込んだ。
「それなら人間と変わらないな」
「何だと?」
私たちアラクネアは異質な存在ではないのか?
「我々人間も敵を殺し、敵を辱め、敵から奪うことを望み続けている。些細な良心というものがそれを抑え込んでいるが、すぐに枷は外れる。戦争を何度も見てきた私ならばそれが事実だと分かる」
「そうか。そうだな。人間も同じだったな。忘れていた」
何度もニュースでやっていたではないか。悲惨な戦争での虐殺を、強姦を、略奪を。人間もアラクネアと同じぐらい野蛮な生き物だというわけだ。私たちだけが特別だと思っていたのは思い上がりだったか。
「だが、そちらの侵略が真に野蛮なことは認めよう。村を飲み込み、都市を飲み込み、国家を飲み込んでいく様は野獣の群れそのものだ。それこそが本能だといわれても納得できる。お前たちは生ける津波だ」
初老の男性はそう告げて腰の剣を抜いた。
「アラクネアのもの。私もシュトラウト公国軍の軍人だ。シュトラウト公国に忠誠を誓った身である。その義務を果たすために──私と戦え」
覚悟が決まったおじさんだ。最初から死ぬつもりでここにいたのだろう。
「セリニアン。敬意を以て相手しろ」
「畏まりました、女王陛下」
私が命じるのにセリニアンが前に出る。
「では、尋常に──」
「──勝負」
初老の男性が剣を振り、セリニアンも剣を振り下ろす。
金属と金属が交錯し、それによって生じた僅かな差で初老の男性の剣は逸らされ、セリニアンの剣が初老の男性の胸をぱっくりと切り裂いた。傷口から真っ赤な血がぼとぼとと滴り落ち始める。
「義務は、果たした……」
初老の男性は膝を突くと、地面に倒れこみ、そのまま息絶えた。
「勇敢な男だったな」
「ええ。尊敬に値します」
私とセリニアンは倒れた初老の男性を見て呟く。
「彼はシルエット元帥だ。昔から頑固な将軍だったが、ここまでとは……」
部屋に入ってたローランはそう告げて初老の男性──シルエット元帥の開かれた目を閉じてやった。
「兄さんは地下のワインセラーにいるのでしょう。案内しますよ。地下室は鋼鉄の扉で守られていますが、我々ならば問題ないでしょう」
そうだといいのだが、嫌な予感がする。
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