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騎兵

…………………


 ──騎兵



 その日の戦いは誰もが忘れないものとなった。


「敵の騎兵が迫っている?」


 私はリッパースワームの報告にそう返す。


「はい、女王陛下。敵の騎兵集団数2万5000体が東から迫っています。こちらの前線に突入するつもりのようです」

「ふむ。敵も決戦を求めてきた、というわけか」


 リッパースワームの報告に私はデジャヴを感じていた。


 どこかでこんな光景を見たような……。


「まあ、いい。対策を取ろう。ワーカースワームたちを動員してくれ」

「畏まりました、女王陛下」


 私は騎兵を始末させればそれなりに有能だと自負している。何せ、アラクネアには騎乗ユニットが存在しないので、騎兵を片付けるには頭を使わなければならない。これまで頭を捻ってきた結果をここでお見せしようじゃないか。


「敵の動きは追尾できているか?」

「ディッカースワームたちが随所で斥候に当たっています。それによるとこの街道を駆け抜けて、我々の前線があるこの位置まで迫っているとのこと」


 私が尋ねるのにリッパースワームが報告する。


 ふむ。猪突猛進だな。だが、騎兵の勢いは恐ろしいものだ。


「ワーカースワームには命令は届いているか?」

「はい、陛下。届いております。既に実行中です」


 私はワーカースワームにある命令を発していた。この戦いを左右する命令だ。


「それからセリニアンとライサを呼んでくれ」

「了解、陛下」


 私は切り札であるふたりを呼ぶ。


「お呼びですか、女王陛下」

「参りました、女王陛下」


 私の呼集から5分も経たないうちにセリニアンとライサが姿を見せた。


「ああ。来てくれた。今、騎兵が迫っているとの情報が入ったことは知っているか?」

「はい。集合意識を通じて」


 私の言葉にセリニアンが頷く。


「その騎兵を出迎える。セリニアン、ライサ。君たちは重要な要素になる」

「ご命令とあればなんなりと」


 私が告げるのに、セリニアンとライサが頷いた。


「やることは簡単だ。騎兵が問題なのはその勢い。速度の力だ。速度により衝撃が生じるのが問題なわけだ。それさえ止めてしまえばただの馬に跨った歩兵に成り下がる。速度のない騎兵は、ただの馬と人だ」


 私のプレイしていたゲームでも、騎兵ユニットは高速だと突撃ボーナスが付くが、速度を削ってしまえばどうとなりと料理できる相手だった。


「ここまでの強行軍で私たちの戦力は5万にまで減っているが、敵を出迎えるのには十分だ、せいぜい派手に出迎えてやろうじゃないか」


 リッパースワームたちは多く損耗した。ここまでの戦いは完全に無傷とはいかず、都市を攻略するたびに城塞を攻略するたびに犠牲が出て、スワームたちが数を減らした。


 そして、占領地を維持するためにリッパースワームを配置してきたことも戦力減少の大きな原因であった。前線を迂回した敵が私たちの後方を突くのを阻止するために、占領地にはそれなりの兵力を駐屯させねばならず、兵力は減少していた。


 新しくスワームを作る準備はできているが、今作っているのはリッパースワームではない。別のものだ。数が揃えば多大な効果を及ぼすユニットを私は生産していた。こればかりは完成してのお楽しみだ。


「さて、騎兵の速度を削るにはいくつかの方法がある。まずは障害物。馬が突破できない障害物を設置することで馬を強制停止させる。または多大な数の歩兵で騎兵の突撃の衝撃を次第に削り取っていくかだ」


 私の告げた方法はオーソドックスな対騎兵戦術だった。


「なるほど。となると、私たちは何をすれば?」

「簡単だ。君たちには最強の障害物になってもらうんだ。敵が絶対に突破できない障害物になってもらう」


 セリニアンの問いに私は二ッと笑った。


…………………


…………………


「諸君! これから我々は我々の国土を侵す侵略者を相手に戦う!」


 そう熱弁を振るうのはローランだ。


 胸に聖騎士の証を付けた彼が、集まった2万5000体の騎兵を前にそう演説していた。


「敵は強力だ。これまで戦ってきた諸侯軍は壊滅した。もはや祖国を守る戦力は我々しか存在しない。フランツ教皇国の軍は国境線から遅々として動いていない。このままでは首都ドリスも陥落し、大虐殺になるだろう」


 ローランがそう告げるのに、騎兵たちが怒りの声を上げる。


「そうだ! 怒れ、諸君! その怒りを敵にぶつけろ! 我々は一騎当千の大陸最強の騎兵集団だ! 我々が蹄の音を立ててれば敵は震え上がるだろう! そして、我々が突撃すれば敵は蜘蛛のを散らすように瓦解するだろう!」


 ローランは実際にはそう思っていなかった。大陸最強の騎兵集団はニルナール帝国の黒毛騎士団だと分かっていたし、敵が怯えるという感情を持ったりはしてはいないことも分かっていた。


 だが、今は兵士たちを鼓舞するためにもそう告げるしかない。


「そして、我々は侵略者の首魁であるアラクネアの女王を捕らえる。アラクネアの女王さえ捕らえれば侵略者たちはただの魔獣と変わりない。魔獣を倒すのは冒険者の仕事だが、冒険者たちが東部商業連合に亡命した今となっては、我々がやるしかあるまい」


 このローランの言葉には笑いが漏れた。


 冒険者たちは傭兵ではない。戦場の様相を成したシュトラウト公国から彼らはさっさと逃げ出し、フランツ教皇国とニルナール帝国のはざまにある東部商業連合に逃げてしまっていた。


「我々は敵を蹂躙し、アラクネアの女王を捕らえ、侵略を終わらせる! やるぞ!」

「おうっ!」


 2万5000名の騎兵が一斉に声を上げて、武器を鳴らす。


「斥候の調査ではアラクネアの本陣はこの隘路の先の村にある。敵が待ち構えていることは間違いないが、シュトラウト公国を救えるのは我々だけだ。我々だけが最後の頼みなのだ」


 もうシュトラウト公国で纏まった戦力は首都ドリスを守備する首都防衛軍か、この騎兵集団しかいない。首都ドリスの守備部隊を動かせない以上は、助けになるのはこの騎兵集団だけである。


「では、いくぞ、諸君! シュトラウト公国に栄光あれ!」

「シュトラウト公国に栄光あれ!」


 かくて、騎兵集団の進撃が始まった。


 目指すは敵の本陣がある村。


 それ以外は全て迂回突破する。機動力こそが騎兵の真価。その機動力を活かして、ローランは敵の陣地を巧妙に切り抜け、都市の脇を通り過ぎ、アラクネアの本陣がある村を目指して進軍を続ける。


「敵はこの隘路の先だ」


 そして、ローランたちはふたつの切り立った崖に挟まれた街道の前に前で到達した。


 この隘路の先にアラクネアの本陣がある。


「偵察の騎兵が戻りました」

「ご苦労。報告は?」


 先に先行させておいた騎兵が戻ってくるのに、ローランが尋ねる。


「敵は警戒態勢で待ち構えているそうです。数は3万。例の蟲が列を作って布陣しています。敵の本陣までは蟲で覆われています」

「報告ご苦労」


 偵察に派遣した騎兵の報告にローランが頷く。


「諸君! 騎兵突撃だ! 敵を蹂躙するぞ! 準備はいいか!」

「我らが祖国のために!」


 ローランは覚悟を決め、騎兵集団が雄たけびを上げる。


「それでは、突撃だ!」


 2万5000体の騎兵集団はローランを先頭に隘路を潜り抜けて、その先にあるアラクネアの本陣を目指す。


「敵視認、敵視認!」


 アラクネアの本陣前には偵察の騎兵の報告通りに敵の蟲たちが蠢いていた。


「構うな! 踏みにじれ!」


 ローランはそう告げて手に持ったランスで無数の蟲──リッパースワームを貫き、馬の蹄で踏みにじり。そのまま奥へと突撃していく。


「わああっ!」


 だが、ローランが敵に向けて突撃していたとき、その両脇で悲鳴が上がった。


「障害物!? どこに隠していた!」


 敵の布陣する左右に対騎兵用の障害物が設置されていた。鋭く尖った木がハリネズミのように突き出した障害物で、本能的に尖ったものに怯える馬は速度を落としてしまい、そこをリッパースワームに飛び掛かられて八つ裂きにされる。更には後方から突っ込んできた騎兵と衝突し、馬が障害物に突っ込み、串刺しになる。


 対騎兵障害物は巧妙に隠されていた。障害物の前方にリッパースワームを配置して前方からは障害物の姿が見えないようにし、リッパースワームを狙って突撃してきた騎兵は障害物に直撃した。


「クソ! 両脇の騎兵はやられたか! だが、まだ正面突破がある!」


 ローランはそう告げて、軍馬を推し進める。


 ローランが通過した後は屍になったリッパースワームで覆われ、それを踏みにじって後続の騎兵が突撃してくる。ランスやサーベルを構えた騎兵がローランが切り開いた道に沿って突撃する。両翼の騎兵がいないままに。


「もう少しだ! もう少しで抜ける!」


 リッパースワームの軍勢にも終わりが見えてきた。目的地まではあと少し。


「そこまでだっ!」


 だが、そこでローランの前に立ち塞がるものが現れた。


 スワームの下半身に美しい女性の上半身を持った怪物。


 セリニアンだ。セリニアンがローランの前に立ち塞がった。


「そこをどけ!」

「どかぬ! 退くのはそちらだ!」


 ローランが叫ぶのにセリニアンが黒い刃を構える。


「どかないならば実力で押し通る!」

「やってみるがいい! そして、その無力さを前に跪け!」


 ローランのランスが迫り、セリニアンがローランに向けて跳躍。


 全ては一瞬だった。ローランの鎧は切り裂かれて鮮血がほとばしり、セリニアンは鎧に深い傷を作って地面に降り立った。


「次っ!」


 セリニアンが相手にするのはローランだけではない。ローランが連れてきたあまたの騎兵集団を相手にするのだ。セリニアンの破聖剣が踊るように振るわれ、騎兵集団は次々に切り裂かれる。


「いきますっ!」


 更にはセリニアンの背後に控えていたライサが長弓で騎兵を射抜く。騎兵は頭を射抜かれて倒れ、その死体に後続の馬が転ぶ。


「まだ前進するのか!」

「もうダメだ! 退け、退け!」


 騎兵たちが退却しようとするが、手遅れだ。


 両翼に控えていてたリッパースワームが一斉に左右から襲い掛かり、騎兵集団を八つ裂きにする。騎手に飛び掛かり、軍馬に食らいつき、ローランの後に続いた騎兵集団は肉塊となった。


「撤退! 撤退!」

「まだローラン卿が残っているぞ!?」


 障害物に阻まれて前進できなかった両翼の騎兵も撤退していく。


「知るか! 俺たちの命が最優先だ!」


 だが、それも阻まれた。


 切り立った崖に挟まれた隘路の頭上からリッパースワームが襲い掛かってくるのだ。騎手は頭上から襲い掛かってくるリッパースワームに手も足も出ず、馬から引き摺り降ろされては、鎌と爪で何度も何度も肉を裂かれる。動かなくなるまで。


「ここまでか……」


 ローランは腹部に深い傷を負って横たわっていた。


「ああ。君が指揮官だったのか」


 倒れているローランにそう声をかけるものがいた。


「君は……あのマリーンでの晩餐会の日の……」

「そうだ。君には助けられたね」


 現れたのは晩餐会の日にあった少女。


「まさか、君がアラクネアの女王、だなんてわけはないよね?」

「生憎だけどそうだ。私がアラクネアの女王だよ」


 冗談のようにローランが尋ねるのに、アラクネアの女王は肩を竦めた。


「セリニアン。彼の傷口を圧迫して。まだ死んでもらっては困る。彼には聞きたいことがあるから」

「畏まりました、女王陛下」


 アラクネアの女王グレビレアの命令にセリニアンがローランの傷口を押さえて出血を抑制する。


「尋ねるけれど、シャロン公はまだ生きているかい?」

「……シャロン公は兄さんが殺した。兄さんは自分に逆らうもの全てを殺した。そして、最後は自分ひとりになった」


 アラクネアの女王グレビレアが尋ねるのに、ローランは首を横に振って返す。


「君は自分の兄が間違っていると、そう思っているのか?」


「ああ。間違っている。兄さんはフランツ教皇国を信じて暴君のように振る舞ったけれど、結局はフランツ教皇国にも裏切られた。シャロン公が弾劾されていなければ、今頃はもっとましな……」


 ローランはそう告げて口から血を漏らす。


「君の兄を語る言葉には憎しみが感じられる。実際はどうだ?」

「憎いさ。兄さんはシュトラウト公国を崩壊させた。その責任も取らずに逃げ出すだろう。それが憎くなくて何が憎いんだ……!」


 アラクネアの女王グレビレアの問いにローランは憎しみを燃えがらせる。


「僕はシュトラウト公国を愛していた! この国が好きだった! この国が繁栄していくことを祈っていた! なのに、兄さんは全てをバラバラにした……! もう誰にも元には戻せない……」


 ローランはそう告げてガクリと力なく肩を落とす。


「君がまだシュトラウト公国のために戦う術があるといったらどうする?」

「まだ……? この傷ではもう助からない。不可能だ」


 ローランはアラクネアの女王グレビレアの言葉にため息を吐く。


「方法はある。君を裏切った兄にも、フランツ教皇国にも報復する術はあるよ……」


 アラクネアの女王グレビレアはそう告げて小さく笑った。


…………………

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