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粛清

…………………


 ──粛清



「不味いな」


 アラクネアの拠点で集合意識を覗いていた私が呟く。


「敵は強引な方法で通行許可を取得した。弾劾とはやってくれる。シャロン公とは上手くやっていけそうだったが、このレオポルドという三流貴族とは戦うしかなさそうだ」


 私はセザールと同盟について話し合っていた。マルーク王国の開拓事業を含めたあらゆる面で譲歩する反面、絶対にフランツ教皇国に通行許可を与えないことを求めていた。だが、それも台無しだ。


 この三流貴族は臨時の就任と同時にフランツ教皇国に通行許可を与えた。


 加えて三流らしいことを始めた。


 粛清だ。


 自分に反抗的だった貴族を吊るし、その領地を焼く、実に原始的で、実に馬鹿げたことをレオポルドは始めていた。それに賛同する三流貴族の群れもいて、全く以て手におえない状況だ。


「セリニアン。予定変更だ。こうなった以上、実力でシュトラウト公国を押さえる。出撃準備は完了しているか?」

「はっ。完了しております、女王陛下」


 私がセリニアンに尋ねるのに、セリニアンがそう告げて返す。


「また戦争だ。戦争はスワームたちの生きがいではあるんだろうけれど、私には残念でならないよ。あの国は結構気に入っていたんだ」


 私がそう告げる傍では大量のリッパースワームと新たに生産されたスワーム。そして、セリニアンとライサが出撃準備を始めている。


 侵入は内部に潜伏しているマスカレードスワームが支援することになっている。彼らが警備兵を食い殺し、城壁を開くのだ。


「諸君。盟約は果たされなかった。我々が友邦と定めた国家は卑劣な簒奪者によって奪われ、我々の敵となった」


 私は集合意意識を通じてそう言葉を発する。


「卑劣な簒奪者は自国に愚かにも我々の敵を招き入れようとしている。もはやあの国は我々の友邦ではない。敵国だ。そして敵は滅ぼさなければならない。それが我々アラクネアの掟である」


 アラクネアは全てを飲み込む。敵と認定した全てを。


「我々は敵を八つ裂きにし、飲み込み、食らい尽くす。慈悲は必要ない。徹底的に敵を蹂躙せよ。アラクネアに勝利があらんことを」

『女王陛下万歳!』


 集合意識は私を讃える声で満ちている。


 やめてくれ。私は本当は流血なしであの国と手を結ぶつもりだったんだ。私は失敗したんだ。私は愚か者なんだ。


「女王陛下」


 そんなことを考えているときにセリニアンが私の前に現れた。


「参りましょう。女王陛下の努力が実らなかったのは女王陛下の失態ではありません。卑劣な簒奪者の仕業です。さあ、今からその簒奪者を討ちに参りましょう」

「ああ。セリニアン。やってやろう」


 ──アラクネア、シュトラウト公国への侵攻を開始。


…………………


…………………


「ここはマリーンだな」

「ついこの間のことなのに懐かしいですね」


 私たちは増強されていた国境警備戦力を殲滅すると、国境線を越え、シュトラウト公国への侵攻を開始した。各地に潜伏するマスカレードスワームの報告では、敵は軍を動員しようとしているらしいが、反発が起きているらしい。三流貴族ざまあ。


 そして、私たちは今、私たちが初めて訪れたシュトラウト公国の都市マリーンの前に立っていた。城壁はマスカレードスワームによって開け放たれているが、どこか様子がおかしい。


「女王陛下」

「ああ。セリニアン。血と鉄の臭いだ。連中やってくれたな」


 セリニアンが告げるのに私たちはマリーンの街に入る。


 そこは変わり果てていた。


 建物は焼かれて崩れ落ちている。私たちが止まった宿屋も燃えた後で、焼け落ちた天井から覗く高価な家具が痛々しい。私たちはここを拠点に冒険者稼業に精を出したのだが、それは灰になってしまった。


 酒場も燃やされていた。私たちに情報をくれた酒場の客や店主は弓矢によって撃ち殺されている。私に酒は早いと注意したドワーフも血の海の中に沈んでいた。


 そして、冒険者ギルド。


 そこも徹底的に破壊されていた。私たちと組んだ冒険者のパーティーが切り殺されて地面に転がっており、お喋りな受付嬢は暴行された挙句に冒険者ギルドの看板に首を吊るされていた。


 彼らが何をしたっていうんだ? 彼らはただ静かに暮らしていただけだぞ。


 私の中で確かな憎悪と苛立ちが露わになっていく。


「ここの領主は誰だった?」

「バジルという男です」


 ああ。あのおじさんか。いろいろと面倒を見てもらったな。


 そして、私とバジルは再会した。


 彼は広場に首を吊るされていた。風に揺れて絞首刑にされたバジルの体が左右する。


「降ろしてやれ」

「畏まりました、女王陛下」


 私の命令にリッパースワームが応じる。


「それからここの住民で肉団子を作れ。憎悪と蔑視からではなく、彼らの意志を引き継ぐ思いで肉団子に変えろ。それか彼らへの敬意の払い方だ」


 私はそう命じる。


 ここをやったのはあの三流貴族で間違いない。奴は反対者を次々に粛清していっているのだ。反対する貴族を殺し、その領地を破壊する。


 ここで殺された彼らは憎かっただろう。自分たちを理不尽に殺害していく、三流貴族の兵が。自分たちにもっと力があれば立ち向かえたのにと悔しがっただろう。私ならば少なくともそう感じる。


 だが、安心してほしい。君らの死は無駄にしない。ひとり残らず肉団子に変えて、三流貴族とフランツ教皇国を屠るための戦力に変える。それが私なりの弔い方だ。


 私たちはマリーンの街で肉団子を作る。宿屋の主人の死体で、酒場の店主の死体で、冒険者ギルドの受付嬢の死体で、バジルの死体で。


 そして、それを使って戦力を増強していく。


 前進基地をマリーンに設置し、そこに設置した受胎炉の中に肉団子を押し込みリッパースワームをディッカースワームを生み出しては、前線に向けて送り込み続ける。


 我ながらなんて酷い弔い方だろうとは思う。けれど、こうするのが一番適切だ。彼らが彼ら自身で自らを弔うことができるのだから。


 さあ、進もう、諸君。


 今日の私は少し苛立っている。


…………………


…………………


 侵攻する私たちアラクネアの軍勢を食い止めるために三流貴族がようやく軍を派遣してきた。寄せ集めの諸侯軍で、装備もバラバラなら、練度もバラバラの酷い軍隊だ。それが10万名展開していた。


 場所はサムール平原という見通しのいい平原。戦うにはいい場所だ。


 そう、踏みにじるにはいい場所だ。


「リッパースワーム、準備は出来ている?」

「できております、女王陛下」


 リッパースワームの準備よし。


「ライサ、準備は出来ているか?」

「はい、陛下」


 ライサの準備よし。


「セリニアン、君はいつでも行けるだろう?」

「はっ。準備は完了です、陛下」


 セリニアンの準備よし。


「なら、始めようか」


 私は軽い調子でそう告げて、準備を終えたものたちを前線に進める。


「セリニアン、ライサ、前進」


 まずはこのふたりを進める。突破口作りだ。


「リッパースワーム、前進」


 続いてリッパースワームを前進させる。数30万体。


 そう、30万体だ。マルーク王国を滅ぼして手に入れたのは30万体のリッパースワームの大軍勢。それでもこれは軍団のたった一部に過ぎない。まだまだ私の軍勢は膨れ上がっているのだ。


「セリニアン、ライサ。リッパースワームに負けないようにスコアを稼いでね」

「了解しております、女王陛下!」


 正直、この戦闘はリッパースワームを叩きつけるだけで終わるだろう。10万対30万では数に差がありすぎて、まるで勝負にもならない。私たちが一方的に敵を殲滅して、それでお終いだ。


 だが、そういうわけにもいかない。セリニアンには経験値を稼いでもらいたいし、数で蹂躙するというのも芸がない。


 丁寧に、丁寧に下ごしらえをしてから殲滅戦だ。


「はあっ!」

「やあっ!」


 セリニアンは長剣を振り回して次々に兵士たちを薙ぎ払っており、ライサもそれに続いて長弓で弓矢を放ち兵士たちの頭を射抜いている。


「1対1で相手をするな! 多人数で囲め! こいつらは尋常じゃないぞ!」

「囲め、囲め!」


 よし。これで正面の敵はセリニアンとライサに釘付けになった。相手は動けない。


「両翼前進。囲い込め」


 私は敵正面がセリニアンとライサに釘付けになったのを確認すると、その隙に両翼を前進させた。リッパースワームの大軍が押し寄せ、相手の両翼が崩壊する。そして、その両翼をリッパースワームが蹂躙していく。


 こうなってしまえば後は簡単だ。


 両翼を抜けてリッパースワームは寄せ集めの10万の軍勢を包囲し、そのまま完全に殲滅する。完全に、ひとり残らずだ。


 あの10万の軍勢の中にはマリーンの街を焼いた連中もいるはずだ。そういう連中がいるのに生き残りを出すわけにはいかない。やられたことはやり返す。奴らが死を与えるならば、私たちも死を与えよう。


「お、お助けを。お助けを……」


 おや。そう思ったら生き残りがいるじゃないか。


「セリニアン。どうしてそいつを生かしているんだ?」

「はっ。このものを見せしめにできないかと思いまして」


 私が尋ねるのに、セリニアンがそう告げる。


「見せしめ、か。首でも吊るすか?」


「いえ。生きたままリッパースワームに解体させるのはよろしいかと。敵はこちらのことをただの獣か何かだと思っています。そうでないことを学習させてやりましょう。我々は知性とそれに伴う残虐さを持った集団であると」


 私が尋ねるのに、セリニアンがそう告げて返す。


「それは悪くない。悪くない、セリニアン。我々は知性ある集団。ただ敵を屠り続けるのではなく、見せしめのための処刑も行う。奴らにはそう学習しもらうとしよう。次の会戦まで生かしておけ」


「畏まりました、女王陛下」


 私たちは知性なき獣ではない。


 我々はアラクネア。集合意識によって繋がれた知性ある存在、そこらの獣と一緒にしてもらっては困る。リッパースワームでもあの三流貴族より、遥かに賢いのだ。あの三流貴族なんかよりもずっと。


「しかし、ただ処刑するというのも芸がないな。ここは罪の告白を行ってもらうか」


 私はそう呟き、セリニアン、ライサ、リッパースワームたちを引き連れて、シュトラウト公国を東へ、東へと進む。


 途中の都市は酷い有様になっていた。


 諸侯軍が略奪しただろう都市はいくつも見た。レオポルドに反対する貴族として処刑された貴族の死体は山ほど見た。焼かれた領地はいくつも見た。


 哀れな貴族たち。哀れな臣民たち。だが、大丈夫だ。


 君たちの恨みは私が代わりに晴らしてやろう。


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