現状確認(2)
本日3回目の更新です。
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「リナト、ライサ!」
「心配してたんだぞ! どこに行ってたんだ!」
リッパースワームが見つけた村落──バウムフッター村に入るなり、リナトとライサが村人たちに囲まれていたのが見えた。
「薬草を取りに向こうの山まで行ってたんだ。だって、オクサナさんの風邪、よくならないんだろう?」
「子供がそんなこと! けど、その熱意は褒めてやろう」
リナトとライサは病に伏せっている住民のために薬草を取りに行っていた。そして、そこで獲物を待ち伏せていた奴隷商人に見つかり追いかけられていたのだ。
「危ない目には遭わなかったか?」
「それが、途中で奴隷商人に見つかって……」
「奴隷商人!?」
リナトの言葉に村人たちが目を見開く。
「どうしたんだ!? 逃げてきたのか!?」
「ああ。危ないところを助けてもらった。それで紹介したい人がいるんだけど……」
そこでリナトとライサが視線を合わせる。
「紹介します。私たちを助けてくれた人。アラクネアの女王様です」
そこでようやく私は暗がりから出ることができた。
「な、なんだ! なんだ、あの怪物は!」
「魔物か!?」
だが、村人たちの視線は私ではなく、私の背後に控えるリッパースワームに向けられていた。リッパースワームは大人しくしているが、その異形さは慣れていないものには些か刺激が強い。
「ご安心を。飛び掛かったりはしない。私の忠実なしもべだから」
私は村人たちを安堵させるようにそう告げる。
「そのような怪物を従えるとは……魔女ですかな?」
村人の中でもっとも年配のエルフが私にそう告げる。
「魔女じゃあないよ。アラクネアの女王。文字通り、アラクネアの女王だ。アラクネアを聞いたことはないのか?」
「アラクネア? どこかの国ですか? 生憎、私も長く生きていますが、そんな国は聞いたことがないですね……」
やはり、やはりだ。
住民はアラクネアを知らない。あのゲーム世界ならば悪名高いアラクネアを知らないはずがない。どこの辺境の人間だろうと、溢れる蟲の津波で村を、都市を、国家をなぎ倒す悪夢の体現の名を知らないはずがない。
ここはあのゲームの世界ではない。私はそう結論付けた。
「それで、アラクネアの女王様。この度は子供たちを救っていただき感謝します」
「別に構わず。私はやりたいことをしただけだから」
年配のエルフがまず頭を下げ、他のエルフたちも同じように頭を下げるのに、私はひらひらと手を振った。
実際のところ、あのエルフたちを助けたのは、この村に穏便に来るために口実を作るためだったので、そこまで畏まられても困る。完全な利己目的であり、心から子供たちを助けようと考えたわけじゃないのだ。
「それで実はこの村と取引をしたいのだけれど。聞いてもらえるか?」
ここで私は本題を切り出した。
「まさか、あなたも奴隷商人というわけでは……?」
「いや。奴隷商人ではないよ。奴隷は必要ない。必要なのは食べ物」
私がそう告げた直後に私の腹部が空腹に不満の声を上げた。
「……とりあえず、何か食べさせてくれると嬉しいのだけれど」
私は顔を赤くしながらそう頼み込んだ。
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「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」
私は食事を終えて、スプーンをテーブルに乗せた。
このバウムフッター村で提供された料理は、野菜を中心としたものであった。キノコ、山菜、豆などを中心としたものだった。スープには野菜の味がよく染み出ていて空腹だったこともあって、とても美味しかった。
だが、少しばかり問題がある。
「お肉、は食べないの?」
「今は禁猟期ですから。干し肉ならありますが……」
そう、肉がない。
スワームたちの中でもワーカースワームたちはキノコや草で生産することができるが、それ以外のスワームたちは肉が必要になってくる。これからスワームたちを増やしていくには、肉が不可欠だ。
「そうか。なら、プランBだ」
まあ、エルフの村と聞いて想像もできていたので対策もある。
「奴隷商人。あれは常日頃からここら辺をいつもうろついてるのか?」
「ええ。困ったものでして。奴隷商人たちは密猟者も兼ねていて、この周辺の土地を荒らして回るんです」
私が尋ねるのに、年配のエルフ──長老が答えた。
「なら、あれは“殺してもいい”?」
私はさりげなくそう告げる。相手を刺激しないようにさりげなく。
「彼らを殺すと?」
「そう。この村もあの連中には困っているんだろう。なら、私が片付けてもいい」
長老が驚いた表情を浮かべるのに、私がそう告げる。
「なるほど。それが取引ですか」
「そういうこと。話が早くて助かる」
私の考えた取引は周辺の警備と引き換えに、対価をいただくこと。
「何を望まれますか?」
「新鮮な食材を。なるべく多く。もちろん、村に負担にならない範囲で」
食材は私が食べるのと、ワーカースワームを生産するのの両方に使われる。
「構いませんが、本当にそれだけでいいのですか?」
「強いて言うならば、彼らの死体については何も言わないでもらいたいってことだけ」
長老が尋ねるのに、私は小さく笑ってそう返す。
「死体、を……?」
「そう、死体を」
これがプランB。無法者の死体を食料にする。
殺しても苦情が来ない人間を材料にする。そもそもそれこそがアラクネアの強みだ。他の陣営を蹂躙し、食らいつくし、それで増える。他にもこの手の“捕食”という能力を持っている陣営があるが、アラクネアがもっとも強力だ。
「死体をどうするかは一切聞かないで。君たちには関係ない」
「分かりました。仰る通りに」
私が強い口調で告げるのに長老が頷く。
「食材は定期的に取りに来る。それから聞くけれど、ここから一番近い交易が行える街はどこにある? 食肉とかを扱っている場所がいいんだけれど」
「それでしたら西のリーンの街が一番でしょうね。あそこは大きなバザールがありますから。まあ、我々はあまり利用しないのですけれども」
私のプランBはまだまだある。
「ありがとう。では、これからはこの子たちに周囲を警戒させるから。不審者がいたら警報を出して、殺して良ければ始末する。そういうことで」
私はこれでひと仕事を終えた。
後はもうひとつの実験が上手くことを願うだけだ。
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あの奴隷商人の指揮官はアラクネアの拠点にまで連れてこられていた。
糸で縛り上げられ、口も塞がれ、悲鳴を上げることもできず、無数のスワームに囲まれている。ちょっとだけ哀れに思うが、彼らのやろうとしていたことを考えれば同情する気にはなれない。
私は冷たい目で奴隷商人の指揮官を見下ろし、彼が目で懇願するのを見た。
「口の糸を外して」
「畏まりました、女王陛下」
私が命じるのに、リッパースワームが鎌を使って器用に奴隷商人の指揮官の口からスワームの糸を外した。僅かに唇が裂けたが、あのエルフの子供たちを、殺そうとしたのだから因果応報だ。
「な、なんだ! なんだよ、お前たちは! 俺をどうする気だ!?」
「うるさい。黙れ」
奴隷商人の指揮官が叫ぶのに、私は彼の頭を踏みつけた。私の中にちょっとしたサディスティックな感情が芽生えるのが分かる。おっと、よくない、よくない。スワームの思考に引き摺られてる。
「お前に聞くがアラクネアという組織を聞いたことはあるか?」
「な、ないぜ。そんなもの初めて聞いた。どこの組織だ? あんたがその組織のメンバーなのか?」
「黙れ。質問は私がする」
狼狽える男の頭を私は軽く蹴り飛ばす。
「情報を持ってないなら用はない」
「待ってくれ! 殺さないでくれ! 何でもする! 奴隷だってただで譲ってやる! うちには美少年がいっぱいいるんだ! あんたも満足するはずだ! だからっ!」
私は男の聞く堪えない命乞いから耳を塞ぎたくなった。
「別に殺しはしない。役に立ってもらうだけ」
私はそう告げてあるものの傍に向かった。
受胎炉。
あらかじめワーカースワームに命じて作らせておいたものだ。人間の子宮を腹からもぎ取り、いくつも無作為に並べれば、受胎炉がどんな形をしているかは分かるだろう。もちろん、そんなおぞましいもの誰も想像したくなんてないだろうけど。
私は受胎炉の子宮口にエルフの村でいただいたウサギやシカの干し肉を詰め込んだ。貰えた分、ありったけだ。
「パラサイトスワーム、生成」
そして、私は受胎炉に向けてそう命じる。
受胎炉の子宮の形をした器官が蠢き、子宮が膨れ上がると、子宮口から小さな爪が這い出してきた。その爪は子宮口に確実に食らいつき、それからゆっくりとその小さな爪の主が姿を見せる。
小さな蠍──あるいはグロテスクな外見で有名なヒヨケムシに似た生き物だ。
これがパラサイト・スワーム。このプランBで重要な役割を果たす子。
戦闘能力は皆無だが、この子には特殊技能がある。
「君は奴隷商人、だったんだね?」
「あ、ああ。だが、もう足を洗うよ。もうエルフを襲ったりしない約束だ」
私がパラサイト・スワームを手に乗せて尋ねるのに、奴隷商人の指揮官は必死になって告げる。どうせ嘘に決まってる。ここで逃がせば、またエルフの村を襲うだろう。その前にやっておくことをしておけば、もう問題にはならない。
「なら、君も奴隷の身分を味わうといい」
そう告げて私はパラサイトスワームを男の口の中に無理やりねじ込んだ。
男は気味の悪い怪物を吐き出そうとするが、パラサイト・スワームはぐいぐいと男の中に入っていく。そして、喉に定着すると小さな、とても小さな触手を男の体内に這いずらせていく。それは男の脳にまで達した。
「あ、あ、あ、あ……」
男はびくんびくんと痙攣し、嘔吐すると動かなくなる。
「男の糸を全て解いて」
私が命じるのに、リッパースワームたちが男の糸を切り裂いて解いた。
「立て」
私が命じると奴隷商人の指揮官が立ち上がった。
「女王陛下万歳、と言え」
「女王陛下、万歳……」
奴隷商人は虚ろな目で私の指示に従った。
そう、パラサイトスワームは敵に寄生し、操り人形にする技能がある。主である私の命令にどんなことがあっても従う。自害しろと命じれば、本当に取れる手段を使って自害するだろう。
「よしよし。これで君も奴隷の立場が分かったか?」
おぞましいことにこの奴隷商人の指揮官の意識は消えていない。パラサイト・スワームに押し込められて自由には動けないが、意識や感覚は残っている。喉に張り付いたパラサイト・スワームの感触を感じるのに、喉から脳にまで伸びる触手の感触も感じる。
だが、この男は奴隷商人なのだから、自分が奴隷になるのは報いだと言っていい。
「これからお前には重要な仕事をしてもらう。とても重要な仕事。ちゃんとやり遂げて。まあ、逆らいようがないから仕事を実行するしかないだろうけど」
私はそう告げ、私のプランBを本格始動させるときがやってきた。
プランB。それは穏便な手段で食肉を手に入れる方法。
上手くいくかは試してみないと分からない。何せここは私にとって完全に未知の土地で、どんな問題が隠れているのか分からないんだから。
何事も挑戦あるのみ、とは言ったものである。
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本日23時頃に次話を更新予定です。