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動き出すものたち(2)

…………………


 シュトラウト公国首都ドリスの公国議会。


 そこは騒然としていた。


「我々はアラクネアとの同盟する準備を整えている。彼らは我々に軍事的な庇護を与えると共に、旧マルーク王国領の共同開発を行う準備があると告げている」


 議場でそう告げるのはセザールだ。


「アラクネアと同盟?」

「マルーク王国を滅ぼした怪物どもと同盟するのか?」


 一部の議員たちは見るからに混乱し、セザールの言葉をどう受け取っていいか困惑している。彼にとってアラクネアはマルーク王国を滅ぼした大陸諸国の敵であるという認識なのだ。


「アラクネアはニルナール帝国からも我々を保護する準備があると告げている。それでいて彼らには領土的野心は一切ない。彼らは自分たちの軍勢を監視するために、派遣される軍の指揮を我々に委ねていいとすら告げているのだから」


 セザールは演説を続け、議会は更に騒然とする。


「本当に領土的野心はないと? 相手はマルーク王国を滅ぼした相手ですぞ?」


「領土的野心があるならば、マルーク王国の共同開発を持ち出したりはしないはずだ。彼らはマルーク王国を共に開発しようと呼びかけてきている。これはシュトラウト公国にとって大きなチャンスだ」


 議員のひとりが尋ねるのに、セザールがそう返す。


 アラクネアの女王グレビレアは自分たちが滅ぼし、無人の地としたマルーク王国の共同開発をシュトラウト公国に呼びかけていた。自分たちだけでは、広大な農耕地帯や各種金属鉱山が無駄になるとして。


「ですが、アラクネアと同盟すれば、我々は世界の敵となってしまう」


 議員のひとりが立ち上がってそう告げた。


「世界の敵となったとしても我々はマルーク王国という広大な土地を治める同盟国が手に入る。我々が暮らしていくのに必要な物資は全て手に入る。そして、我々とアラクネアが同盟に成功すれば、後に続く国が出る。ニルナール帝国の脅威を受けているのは我が国だけではないのだから」


 議員の発言にセザールが毅然としてそう返した。


「世界の敵になるのは覚悟の上だ。だが、世界の敵であり続けるつもりはない。誰もがアラクネアが地上に存在することを認めるようになるならば、我々は世界の敵ではなくなる。それは遠い未来の話ではない」


 セザールは考えに考え抜いた言葉を告げる。


 アラクネアは異形の国家だ。その国家と手を結ぶのは苦労する。あのアラクネアと同盟するのに議員たちを説得し、絶妙な外交関係を保つのは苦労する。


「では、本件を投票にかけます」


 議長がそう告げ、投票が始まった。


 議員たちは険しい表情を浮かべながら、このアラクネアとの同盟議案というシュトラウト公国の未来を左右する事案に慎重に投票を行う。


 あるものは堂々と反対の側に票を入れ、あるものは手早く賛成の方に票を入れる。


「私は賛成する」


 そう告げて投票するのはバジル・ド・ビュフォン伯爵だ。


 彼はセザールからアラクネアの女王は彼が世話した冒険者の少女だったと聞いてから、同盟に前向きになっていた。彼にはアラクネアの女王は怪物には見えず、人間らしさに溢れた人物に見えていた。


 人間の心を持っているならば交渉できる。それがバジルの考えだった。


「投票結果を読み上げます」


 30分ほどでアラクネアとの同盟議案の投票は終わり、開票作業が始まった。


「賛成200、反対101。よって本案件は可決されました」


 議長が告げた可決の言葉に議会が沸き立つ。


「待ってもらいたい!」


 そこで声を上げる人物がひとり。


「この投票は無効だ!」


 レオポルドだ。レオポルドが議席から立ち上がってそう宣言した。


「どういうことか、ロレーヌ候?」


「先のシュトラウト公爵選挙で不正が行われていことが明らかになった。ここにその証拠がある。シャロン公は選挙権を持つ議員を買収していた。更には売春婦を大量に雇って宴会までしたそうだ!」


 議長が尋ね、レオポルドが告げるのに、議場が騒然とした。


「その証拠は確かか?」

「既に全て確認ができている。売春婦ひとりひとりの証言すらも取れている」


 議長が確かめるのに、レオポルドが書類を掲げてそう告げる。


 だが、買収など誰もがやることだ。レオポルドも選挙期間中は多くの議員に金銭を渡し、投票を呼びかけていた。それでもセザールが当選したのは、レオポルドがあまりにもフランツ教皇国寄りだったからだ。


「虚偽だ! 私は売春婦など雇っていない!」


 だが、そんなレオポルドの意見にセザールが食らいつく。


 買収の一部は事実でも、売春婦を雇って接待をしたというのは完全な虚偽だ。レオポルドは売春婦たちに大金を渡して作り上げたでっち上げの証拠で、セザールを攻撃しているのだ。


「いいや。これは事実だ。よってここにシャロン公の弾劾を発議する!」


 レオポルドが弾劾を口にしたのに議場が再び騒がしくなる。


「何を馬鹿な! この国難の時に選挙のやり直しか! 自分の権力欲しかない頭の悪い三流貴族め!」

「三流貴族だよ!」


 バジルがレオポルドを罵るのにレオポルドの額に青筋が浮かんだ。


「私は三流貴族ではない! 弾劾を発議する!」


 レオポルドは反対する貴族たちを押し切って弾劾を発議した。


 弾劾には審議に7日、その後投票が行われる。


 レオポルドはこの審議中にセザールを散々売国奴だと罵り、同時に貴族たちを豊富な資金で買収した。例の移民ビジネスの案も付け加えて。


 そして、投票日──。


「これよりシャロン公の弾劾に関する投票を行います」


 議長がそう告げ、議員たちが議席を立つ。


 レオポルドは勝利を確信していた。彼は完全に貴族たちを買収し、その忠誠を買っていたのだから。対するセザールは連日の非難もあって、顔色が芳しくない。


「投票結果は賛成204反対97。よって本弾劾決議は可決されました」


 議長は票を読み上げてそう告げる。


「では、また選挙をするのか?」

「フランツ教皇国からは通行許可の圧力がかかっているのに」


 議場は騒がしくどうするべきかを話し合い始める。


「選挙が行われるまでの間は私がシュトラウト公爵を務めよう」


 そう告げるのはレオポルドだ。


「それはどういう法的根拠で?」

「他に適切な人材がいないことと、前回の選挙で僅差だった私にならば支持が集まるからだ」


 レオポルドの主張には法的根拠など欠片もない。


 法律ではシュトラウト公爵が弾劾された場合、代わりの公爵を選ぶための選挙が直ちに行われることになっているが、選挙には早くても24日はかかる。


 24日。西にはマルーク王国を滅ぼした怪物の脅威があり、東では通行許可を求めるフランツ教皇国がいる状況では長すぎる。


「この国難において私以外にそれを乗り切れる人物はない」


 レオポルドはそう言い切った。


「何を馬鹿な! 貴様がでっちあげの証拠で弾劾など発議するから混乱が生まれたのだ! この国難の原因は貴様にある!」


 バジルの非難は止まらない。


 彼はレオポルドのことをフランツ教皇国の犬、売国奴、詐欺師と罵ったが、レオポルドを臨時のシュトラウト公爵にする法案は可決されてしまった。


 こうしてレオポルドはシュトラウト公爵の地位を手に入れた。


「アラクネアとの同盟という神の教えに背いた行為は否定された! 今や我らは神の教えに従って生きるのだ! シュトラウト公国万歳!」


 彼が真っ先に始めたのはフランツ教皇国に通行許可を与えること。そして、反対勢力の粛清であった。


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