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動き出すものたち

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 ──動き出すものたち



「作戦成功」


 私はアラクネアの拠点でにんまりと笑う。


 大陸諸国会議にエリザベータを忍び込ませてくれたシャロン公には感謝してもしきれないところだ。エリザベータがちょっと発言するだけで、大陸諸国の協調性は乱れに乱れ、ニルナール帝国は連合軍に参加しなくなったし、シュトラウト公国の通行許可も有耶無耶になった。


「完璧でしたか、陛下?」

「ああ。完璧だ、セリニアン。奴らはバラバラになったぞ」


 集合意識で私がエリザベータに指示を出すのを読み取っていたセリニアンが尋ねてくるのに、私は笑顔のままにそう告げて返した。


「戦争の基本は各個撃破だ。敵が協調性を以て、集団として我々に襲い掛かってくるのは望ましくない。こうして敵を分断してやり、敵がいがみ合っている間に1ヵ国ずつ始末してやるのが一番だ」


 私はセリニアンに向けてそう告げる。


 戦争の基本。各個撃破。


 戦術的にも、戦略的にも、各個撃破は重要だ。私たちはほぼ大陸諸国全ヵ国を敵に回しているといって等しいけれど、その大陸諸国をバラバラにしてしまえば、1対1の対決で始末していくことができる。


 連合軍が一応なりとも結成されたのは残念だが、ニルナール帝国抜きの連合軍は事実上フランツ教皇国だけの軍隊だ。他の弱小国はフランツ教皇国を相手にしている間に片手間で始末できるだろう。


 問題はフランツ教皇国を本当に撃破できるのか、だ。


 既にスワームたちのことは敵に知れた。冒険者ギルドの冒険者たちは国境のスワームたちによる警備を潜り抜けて、アラクネアに入り込み、スワームたちの特性を報告している。今回は衝撃による奇襲はできないだろうな。


「まあ、やってみせるさ。フランツ教皇国がどんな隠し玉を持っているかは不明だが、それを調査する術は私たちには今のところない。だが、どんな敵が出てきてもやっつけて、征服してやるとも」


 既に私はフランツ教皇国との戦争を覚悟している。


 フランツ教皇国自体が既に私たちを攻撃する気満々なのだ。私たちが戦争はしたくないといっても仕掛けてくるだろう。念仏を唱えても戦争はなくなりはしない。戦争をなくすには勝利して戦争そのものを叩き潰すだけだ。


「さて、シュトラウト公国進駐用の軍を編成しないとな。リッパースワームだけでは些か心もとなくなってきた。リッパースワームを主力としながらも、突破用の破城槌は準備しておくべきだろう」


 私はそう告げてワーカースワームたちを引き連れると、大型受胎炉に向かった。


 大型受胎炉は巨大だ。普通の受胎炉の5倍はある。そして、生み出されるものも巨大だ。ここから生み出されるのはリッパースワームやディッカースワームのような“小型”のユニットではなく、大型ユニットなのだ。


 蛮族の陣営「フレイム」などでは、生み出されるのは森巨人やトロールといった本当に巨大なユニット。竜の陣営「グレゴリア」ではレヴィアタンやベヒモスといった伝説の怪物。信仰の陣営「マリアンヌ」で生み出されるのは熾天使や智天使といった上級天使。


 どれも強力なユニットだが、とても高い生産コストがかかる。


 だが、いつまでもリッパースワームラッシュは通じない。リッパースワームラッシュが通じるのは本当にゲームの序盤だけなのだ。


「さて、じゃあ作成に入ろうかな」


 私はこれからの戦いを戦い抜くために、必要なユニットの生産を始めた。


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「シャロン公は連合軍の通過を認めないと?」


 そう声が上がるのはロレーヌ侯爵家の屋敷だ。


「ああ。そうらしい。大陸諸国会議ではニルナール帝国が抜けたにもかかわらず、大使は我が国には自国を防衛する戦力があるから問題ないと言い張って、連合軍に通行許可を与えなかったそうだ。忌々しい」


 そう告げるのはロレーヌ家当主のレオポルド・ド・ロレーヌだ。マリーンでの晩餐会の席でグレビレアに不快な思いをさせた人物である。


「本当に僕たちの国だけで化け物の大軍を防げるのかい? ここは連合軍に通行許可を与えて、先にマルーク王国の怪物を叩いてもらった方がいいいと思うのだけれど」


 そう告げるのはローラン・ド・ロレーヌだ。レオポルドの弟だ。


「シャロン公は化け物に媚びへつらっているのだろう。あの男はあらゆるものに媚びへつらって今の地位を手に入れた男だ。その地位を守るためになら、化け物に媚びへつらったとしてもおかしくはない」


 レオポルドとセザールの仲は非常に悪い。同じく、シュトラウト公爵の地位を争った人物同士であると同時に、彼の家とセザールの家は昔から険悪なのだ。それは50年前の婚約破棄に端を発するといわれている。


「これは国難だ。この困難を乗り越えなければシュトラウト公国は地図の上から消える。化け物に蹂躙されるか。化け物を退けて弱ったところをニルナール帝国に併合されるか。どちらにせよ待っているのは破滅だ」


 レオポルドはそう告げて、ブランデーをグラスに注ぐ。


「だけれど、僕たちにできることはないだろう?」


「何を言っている、我が弟。我々はシュトラウト公国でも有数の名家だぞ。それなり以上の富と権力を有している。それを使ってシャロン公の愚かな考えを翻させればいい。貴族たちに働きかけて、弾劾を狙うのもありかもしれないな」


 ローランが告げるのにレオポルドがそう告げて返す。


「弾劾? 本気で言っているのかい? あれを決議するには貴族の3分の2の賛成が必要になるんだよ。それだけの貴族が賛成するとは思えない。彼らは兄さんではなく、シャロン公に投票した人物たちでもあるんだから」


「買収すればいい。最近はマルーク王国の滅亡で貿易商を営んでいる貴族たちは苦しい財政状況にあると聞いている。そこに我々が資金援助と新しビジネスの両方を持ち込んだら、彼らは賛同することだろう」


 ローランがレオポルドの正気を疑るような表情を浮かべるのに、レオポルドはブランデーを飲み干してそう返した。


「新しいビジネスというのは?」


「移民事業だ。マルーク王国は化け物に食い荒らされて無人の地になっていると冒険者ギルドからの報告がある、ならば、マルーク王国の豊潤の大地にシュトラウト公国や他の国家から移民を送り込み定着させるのもあり得る選択肢だろう」


 レオポルドは無人の地と化したマルーク王国を再生させるのに、マルーク王国への移民という策を考えていた。


 シュトラウト公国にも、フランツ教皇国にも、食い詰めて未来がない人間たちは大勢いる。そういう人間たちを豊かな土地で知られるマルーク王国に送り込み、再開拓を行わせるのだ。


 貿易商だった貴族たちはマルーク王国まで移民を運ぶことや、移民が必要とする物資を運ぶことや、移民が収穫した作物を売買することで利益を上げさせるというわけだ。


「確かにそれは行けるかもしれない。もう働きかけは始めているのかい?」

「ああ。いくつかの貴族には働きかけている。ただし、内密にな。弾劾を準備していることが知られると、対策を取られる。ことは慎重に進めなければならない」


 既にレオポルドは動いている。破産寸前だが投票権を持つ貴族に働きかけて、弾劾に賛成するように促しているのだ。


「それに連合軍が来るなら、金儲けのチャンスであることは誰もが知っている。連合軍が必要とする物資を売れば大儲けだ」


 そう告げてレオポルドは哄笑する。


「分かったよ、兄さん。だけれど、シャロン公が連合軍の通過に反対しているのは何かの理由があってのことかもしれない。そのことは覚えておこう。僕たちは何か途轍もない過ちを犯すかもしれないことは」


「シャロン公は臆病なだけだ」


 ローランの言葉にレオポルドはそう告げて返し、ブランデーを更に注ぐ。


 彼らはまさかセザールがマルーク王国を滅ぼした怪物たち──アラクネアと同盟して安全を確保しようとしているなど思ってもみなかった。


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 シュトラウト公国首都ドリス。


 その公爵官邸ではセザールと宰相のカロン・コルベール枢機卿が向き合っていた。


「本気なのですね、閣下」

「ああ。本気だ。アラクネアと同盟する」


 カロンが尋ねるのに、セザールがそう返す。


「アラクネアが世界の敵として扱われているということはご理解の上でしょうね。我々は完全に自活できるような国家ではありません。世界の敵と認定された国家と同盟することは、貿易路が全て断たれる恐れもあるのですよ」


「それでも同盟するしかない。マルーク王国の二の舞になるより、フランツ教皇国産の赤ワインを我慢する方がマシだろう?」


 カロンが険しい表情で告げるのに、セザールはそう告げて返す。


 マルーク王国を蹂躙しきったアラクネアは世界の敵だ。その世界の敵と同盟することは自分たちも世界の敵となることを意味する。大陸諸国は一斉にシュトラウト公国を非難し、貿易を中断するだろう。


「フランツ教皇国だけでは恐らくアラクネアを止められない。かといって、ニルナール帝国の参加を見過ごせば、我が国の独立が危機に立たされる。これしか方法はないんだ、カロン」


 フランツ教皇国の軍事力はマルーク王国のそれと同等。マルーク王国を蹂躙したアラクネアにとっては大した敵ではないだろう。フランツ教皇国ではアラクネアを止めることはできない。


 だからと言って、北部に強い領土的野心を抱いているニルナール帝国の参戦を許せば、戦いのどさくさに紛れて領土を奪われるか、最悪の場合併合される可能性がある。


 もはや、アラクネアと同盟し、最大の敵を最大の味方にするしかないのだ。


「アラクネアはニルナール帝国より信用できる相手であると?」


「私はアラクネアの女王と呼ばれる人物と話したよ。見た目こそ少女だが、頭が切れる女性だ。話した印象では、彼女はシュトラウト公国を攻撃したがっていないが、フランツ教皇国などの連合国が通行するならば攻撃せざるを得ないという雰囲気であった」


 カロンが尋ねるのに、セザールがそう告げる。


「理解しました。そこまでご決断ならば私はそれを支えるだけです。ですが、ご用心を。ロレーヌ侯爵家は恐らく今回の決定に反発するはずです。あなたの弾劾についても考え始めているはずですよ」


「ロレーヌか。やっかいな相手だ。この国の危機に国内にも問題を抱えているとは」


 ロレーヌ家が暗躍するだろうことはカロンには予想できていた。


「ロレーヌに対処しつつ、国内の貴族を纏める。国難には一致団結せねば」


 セザールはそう告げて自分のやるべきことを始めたのだった。


 すなわち、アラクネアとの同盟を。


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