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大陸諸国会議

…………………


 ──大陸諸国会議



 大陸諸国会議がフランツ教皇国の首都サーニアで開かれたのは、アラクネアの女王グレビレアがシュトラウト公国のセザールと会談してから1か月後のことだった。


 サーニアには各国の大使たちが集まる。強国であるフランツ教皇国とニルナール帝国の大使がもっとも目立つが、他の小国の大使たちも着飾り、大陸諸国会議が開かれるサーニアの迎賓館をにぎわせていた。


「では、列席者方を紹介させていただきます」


 フランツ教皇国教皇ベネディクトゥス3世の挨拶の後、司会であるフランツ教皇国の司祭が列席者たちの名前を読み上げていった。


 フランツ教皇国、シュトラウト公国、ニルナール帝国、そして──。


「マルーク王国……から、エリザベータ殿下が出席されています」


 些か司会が戸惑ったようにそう告げる。


「マルーク王国? 何の冗談だ?」

「あの国は滅びたと聞いているぞ」


 司会の言葉に列席者から疑問の声が上がる。


「こんにち、は、皆さん。マルーク王国第2王女の、エリザベータです」


 紹介を受けたエリザベータが立ち上がり、そのように挨拶する。


 これは確かにエリザベータだ。ただし、パラサイトスワームに寄生された。


「確かにあれはエリザベータ殿下だ。生きておられたのか」

「しかし、いままでどこにいたのだ?」


 列席者は納得しながらも疑問を感じる。


「おほん。今回の議題はマルーク王国を占領した怪物をどのようして駆逐するかです。我々は我らが友邦であるマルーク王国を解放しなければなりません」


 列席者たちのざわめきを遮って議長が会議を進行させる。


「我々フランツ教皇国は連合軍の結成を求めます。マルーク王国を解放するための大陸諸国が力を合わせた連合軍です。我々は団結しなければなりません。敵は僅かに数ヶ月足らずでマルーク王国を屠った怪物。どんな魔獣よりも恐ろしい」


 フランツ教皇国の大使がそのように発言する。


「我が国としては異論はない。ただ、その場合の軍費はどこが負担するのか、だ」


 そう告げるのはニルナール帝国の大使だ。


「それぞれの国が負担するべきでしょう。この作戦は我々が力を結集して行う作戦なのです。軍費を自己負担するのも当然力を合わせることにはいるかと」


「それで我がニルナール帝国には多大な出兵を強いながら、他の国は少数の兵力を出して連合軍を騙るのですか。それではとてもではないですが平等とは言えませんな。真に力を合わせるならば負担も平等にせねば」


 フランツ教皇国の大使がむっとした表情で告げるのに、ニルナール帝国の大使が鼻でその意見を笑った。


「では、貴国はどのようにするべきだと?」

「出兵数を平等にするか、出兵数の少ない国家は軍費を負担するというところでしょう。もちろん、多大な軍費を払うことのできない国家には我が国が貸し付けてもいい」


 ニルナール帝国の大使はそう告げて列席者たちを見渡した。


 ニルナール帝国と平等の兵力が出せる国などフランツ教皇国ぐらいだ。だからと言って多大な軍費を負担することなど弱小国にはできない。


 もっとも、ここでニルナール帝国から資金の貸し付けを受けてしまえば、ニルナール帝国の経済奴隷とされるだけである。いずれは経済から政治を征服され、ニルナール帝国は武器を振るうこともなく、未だに併合できていない南部諸国を飲み込むだろう。


「そ、それは横暴だ。そんなことなら我が国は連合軍には加わらない」

「我が国も連合軍には反対する」


 大陸共通の脅威に立ち向かおうという会議はニルナール帝国の脅威にいかにして立ち向かうかということに変わってしまった。


「皆さん。落ち着いてください。落ち着いて。まだニルナール帝国の提案は可決されたわけではありません。採択によって否決されれば、それまでです」


「その時は我が国が連合軍から脱退させていただくだけだ。我が国が参加せずに連合軍が機能するかは見ものだがな」


 フランツ教皇国の大使が鎮めようとするのに、ニルナール帝国の大使が鼻を鳴らす。


「ニルナール帝国は横暴すぎる。我々は共通の脅威に立ち向かうのだぞ」

「誰が共通の脅威だと決めたのだ? 教皇猊下か? 我が国はマルーク王国の怪物たちなど脅威だとは感じていない」


 小国の大使が告げるのに、ニルナール帝国の大使が断言した。


「我々ニルナール帝国は独力でマルーク王国の怪物と戦う準備がある。しかるべき準備が整えば、連合軍など必要とせず、我が国だけでマルーク王国を解放してみせよう」


 ニルナール帝国は確かに傲慢な大国のようだ。


「しかるべき準備とは?」

「シュトラウト公国が我が軍を受け入れることだ」


 とある国の大使が尋ねるのに、ニルナール帝国の大使が告げた。


「テメール川とエルフの森によって我が国はマルーク王国への侵入経路が閉ざされている。よってマルーク王国に通じる国家であるシュトラウト公国が我が国を受け入れれば、即座に我々は軍事作戦に移ろうではないか」


 確かにニルナール帝国からマルーク王国までの侵入経路はテメール川とエルフの森によって閉ざされている。ニルナール帝国がマルーク王国に侵攻するには、シュトラウト公国を経由するしかない。


「シュトラウト公国はこの意見をどのようにお考えか?」


 ニルナール帝国の大使が顎髭を摩ってそう尋ねる。


「我が国はニルナール帝国軍を受け入れる準備ができていない。兵が駐留するには様々なものが必要になるだろうが、我が国ではニルナール帝国軍のような大規模な軍を受け入れたことがないので……」


 シュトラウト公国の大使はそう告げて首を横に振った。


「わたくしも、反対です」


 そして、ここで声を上げたのはエリザベータだった。


「おや。亡国の姫は何に反対だと?」


「ニルナール帝国が我が国を、解放と称して侵略することにです。ニルナール帝国は、かねてから我が国に、領土的な野心を持っていました。よってニルナール帝国を、受け入れて、国土を侵されることには、絶対に反対させていただく」


 エリザベータはそう告げて虚ろな目をして、そのように告げた。


「我が国が火事場泥棒を働くとでも言いたいのか?」

「その通り。あなた方は、解放という名の侵略を行うつもりだ」


 ニルナール帝国の大使が苛立った様子で告げるのに、エリザベータがそう告げる。


「話にならん! 我々はマルーク王国の窮地を救おうとしているというのに、当のマルーク王国は我が国を侵略者呼ばわりとは! これでは連合軍などを組織しても、それも断られるでしょうな!」


 ニルナール帝国の大使は憤然とした様子であった。


「マルーク王国が窮地にあるのは分かっている。我々はそれを救わなければならないということも。怪物はマルーク王国を踏みにじった次は、他の国家も蹂躙する恐れがあるのだから」


 フランツ教皇国の大使がそのように告げてエリザベータを見る。


「ニルナール帝国の、参戦には反対する」

「ですが、ニルナール帝国の軍事力がなければ」


 あくまでニルナール帝国を拒否し続けるエリザベータと諭すようにそう告げるフランツ教皇国の大使。


「我が国には抵抗運動を行っている、集団が2万人はいる。そのようなレジスタンスが決起すれば祖国の解放は独力でなしえる。怪物が他の国を、侵略するのは心配ならば、それぞれの国で防衛準備を、整えればいい」


 エリザベータが一切の表情の変化も見せずにそう語るのは不気味であった。


「マルーク王国は我が国の支援も連合軍の支援も必要ないそうだが」

「……本当にそれでよろしいのですか、エリザベータ殿下?」


 呆れたようにしてニルナール帝国の大使が告げるのに、フランツ教皇国の大使が確かめた。


「それでいい」


 エリザベータの返事は短いものだった。


「ですが、怪物は問題になる。よその国に漏れ出した日には大惨事だ」

「そもそも我々が相手にしようとしている怪物とはどのようなものなのだ?」


 うろたえる大使たちと説明を求める大使たち。


「冒険者ギルドの報告によると完全に未知の怪物らしい。昆虫に似た姿をしているそうだが、大きさは人間サイズ。死者の死体を貪っていたところからして肉食と思われる。具体的な姿はこれを見てもらいたい」


 議長がそう告げ、掲示板にマルーク王国に潜入し、探査を行ってきた冒険者の描いたマルーク王国の怪物のスケッチが貼り出される。


 描かれていたのはリッパースワームだった。巨大な鎌を有し、鋭い牙を有し、毒針を有し、細い手足を持った怪物の姿が掲示板に貼り出され、まだ怪物の姿を見たことがなかった大使たちが息を飲む。


「この怪物たちはどの程度存在するのだ?」

「冒険者ギルドの調査では10万体以上。種類の異なるものも混じっているそうだが、全部で20万体以上だ」


 ある国の大使が尋ねるのに、議長がそう告げて返した。


「20万体? 信じられん。悪夢だ」

「今までどこに隠れていたというのだ。10万体だぞ。目撃証言があってしかるべきだ」


 20万体という数に大使たちが大混乱に陥る。


「最初はどこで見つかったのだ?」

「一切が不明だ。マルーク王国の生き乗りは……ああ、エリザベータ殿下ならご存知かもしれない」


 大使のひとりが尋ねるのに、議長の視線がエリザベータに向けられた。


「エリザベータ殿下。怪物はどこからやってきたかご存知ですか?」

「不明。彼らは突如として南から現れた。そして村、街、国を飲み込んでいった」


 スワームたちが現れたのは東だが、エリザベータは南と告げる。


「南? まさかニルナール帝国の生み出した怪物なのでは?」

「非常に疑わしい。ニルナール帝国には優れた魔術師たちがいる。そういった者たちを動員して、キメラを生み出したのではないか?」


 エリザベータの言葉に大使たちがニルナール帝国の大使に疑問の目を向ける。


「馬鹿馬鹿しい! 貴国らには品性というものが欠けているのか? 我々が大陸を脅かす怪物を作り出して、管理もせずにマルーク王国に解き放ったというのか? そもそも南にはテメール川があるというのに!」


 疑惑の目を向けられたニルナール帝国の大使がそう叫ぶ。


「怪物の卵をボートで流したのかもしれない」

「そうだ。怪物は水を通過できるのかもしれない」


 それでもニルナール帝国を疑う声はやまない。


「ふざけている! 我が国はこれ以上の茶番に付き合うつもりはない! 化け物に飲み込まれて死にたいなら、勝手にするといい! 我が国は独自で対応を取らせてもらう!」


 とうとうニルナール帝国の大使は激怒して会議から退席していった。


「……残った我々だけででも連合軍を組織することを提案するが、どうか?」


 フランツ教皇国の大使は力なくそう告げた。


「賛成する。大国の横暴にはうんざりだ」

「ニルナール帝国抜きならば賛同しよう」


 ニルナール帝国の大使が去ると会議はスムーズに進みだした。


 連合軍には各国から可能な限りの兵士が出兵すること。軍費の一部はフランツ教皇国が負担すること。シュトラウト公国には可能ならば軍の通行許可を出すこと。


 こうして、ニルナール帝国抜きの連合軍が結成され、それがシュトラウト公国を通過できるかどうかが問題になり始めた。


「我が国としては現段階での軍の通行許可は拒否する」


 シュトラウト公国の大使はそのように告げた。


「では、どの段階で許可されるというのですか?」

「脅威が目に見えた状況で、危機が避けられないと判断した場合です。我が国も独立国だ。我が国はマルーク王国までの道路ではない」


 フランツ教皇国の大使が問うのに、シュトラウト公国の大使はそう返す。


 他国の軍を自国に入れるのはリスクが大きい。マルーク王国救援軍がシュトラウト公国占領軍にいつ変わるのか予想できるものはいないのだから。


 他国の軍は用心して扱わねばならない。


「しかし、マルーク王国の怪物たちがもっとも早く牙を剥くと考えられているのは貴国に対してだぞ。それでも危機が表面化するまで待つというのか。手遅れになるかもしれないというのに」


「我が国にも軍隊がある。救援が来るまでの時間稼ぎは可能だ」


 大使のひとりが指摘するのに、シュトラウト公国の大使は毅然として返す。


「シュトラウト公国は早急に連合軍を受け入れるべきだ。そうしなければ、シュトラウト公国まで怪物たちに滅ぼされることになる。考えを改めてはいただけませんか?」


「残念ですがお断りします。我が国は自国の防衛は自国で行える独立国家。怪物の大軍が迫ろうともあなた方が来るまでの時間は稼いでみせましょう」


 フランツ教皇国の大使が告げるが、シュトラウト公国の大使の意見は揺るがない。


「全く。纏まるものも纏まる会議ではない。我々には協調性が欠けている」

「ニルナール帝国は離脱し、シュトラウト公国は受け入れ拒否とは」


 結局のところ、大陸諸国会議で決定したのは連合軍が結成されるということと、シュトラウト公国からの要請があれば軍を派遣するということだけだった。


 会議は踊り、何も決まらなかったに等しかった。


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