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社交界(3)

…………………


 私たちは迎えの馬車に乗ると、晩餐会の会場である迎賓館に向かった。


 そう、迎えの馬車だ。親切なことにバジルが私たちがマリーンの街で迷子にならないように迎えの馬車を宿屋まで送ってくれた。ここまで親切が過ぎると下心を疑ってしまう。セリニアンもライサも美少女だからな。


 何はともあれ、私たちは馬車でガタガタと揺られて、迎賓館に向かった。


「ここが迎賓館か」


 迎賓館は広々とした庭園を備えた白亜の建造物であった。マリーンの街の一番高い場所にあり、ここからは街の景色と港を行き交う船が見渡せる。絶好の迎賓スポットだな。


「招待状を拝見します」


 私たちが馬車を降りて迎賓館の正面玄関に向かうと執事らしい男性が、招待状の確認を行っていた。


「グレビレアだ。招待状はこれ」

「グレビレア様ですね。確認しました。どうぞお通りください」


 私とセリニアンたちは招待状を見せて、迎賓館に入った。


 迎賓館は外の見た目も素晴らしかったが内装も素晴らしかった。頭上には大きなシャンデリアが輝き、床には敷き詰められた赤絨毯。そして、一面の清潔感溢れる大理石の壁とそこに彫られた彫像。


「素晴らしいな。まさに選ばれたものの宮殿という感じだ」

「そうですね。こんなの初めて見ました。神殿か何かかと思いましたよ」


 私が感嘆の息を吐くのに、ライサがそう告げてくる。


「我々の拠点も望まれるならば、このように改築できますが」

「いや。私はお布団がふかふかで清潔ならそれでいいよ」


 ワーカースワームたちに頼めば拠点をこんな豪勢な建物に変えることも不可能ではないだろう。だが、そんな私の自己満足のためにワーカースワームたちの貴重な時間を割くのはもったいない。彼らは今マルーク王国全土の改装作業を行っているのだから。


「さあ、役割分担通りに動こう。ライサ、索敵を。マスカレードスワームは脱出経路の確保。セリニアンは私と一緒に来る」

「了解」


 そして、私たちは動き出す。


 ライサはさりげなく周囲を観察して警備兵を監視し始め、マスカレードスワームは裏口に向かって脱出経路を確保する。裏口には動員したマスカレードスワームたちが配備されている。いざとなれば、裏口から強行突破だ。


「失礼」


 そして私とセリニアンが情報収集に当たろうとした時、先に声がかけられた。


「見かけない顔ですが、どこのご令嬢ですかな?」


 話しかけてきたのはいかにもな二枚目の男だった。私たちをちょっと馬鹿にするような視線を向けているのには腹が立つが。


「私はグレビレアだ。どこぞの令嬢ではない。冒険者だ」

「ほう。あなたが噂の凄腕冒険者か。とてもそうは見えないが」


 私が告げるのに、二枚目の男は小さく笑った。小馬鹿にしてるな。


 セリニアンの方を見ると剣があるなら切り殺しそうな勢いで睨んでいる。


「そちらはどちらで?」

「失礼。私はレオポルド・ド・ロレーヌ侯爵です。第10代ロレーヌ侯爵。どうぞお見知りおきを、頼りない凄腕冒険者さん」


 私がちょっとイライラしてきて尋ねるのに、二枚目はレオポルドと名乗った。いちいち頭にくる男だ。


「まあ、私が頼りなく見えるのは当然だ。私は指揮官であり、兵士ではない。戦うのはこっちにいるセリニアンと仲間たちだ」

「ほう。女性が剣を振るわれるか。面白い世の中になりましたな」


 私がセリニアンを指さすのに、レオポルドはいちいちオーバーなリアクションで驚いてみせた。


「ところで実際のところはどうなのです? 実は別の冒険者が成し遂げた功績を金で買ったと聞いていますが。あなた方はマルーク王国からの惨めな難民で、社交界に食い込むために冒険者の功績を金で買い、こうして晩餐会に来ていると」


「貴様っ!」


 レオポルドが告げるのにセリニアンがキレた。


「セリニアン。押さえろ。くだらない挑発に乗るな。所詮は三流貴族のたわごとだ」

「なんだとっ!」


 私がそう告げてセリニアンを押さえるのに、今度はレオポルドがキレた。


「私を三流貴族だと! 前回のシュトラウト公爵選挙ではあと一歩で当選だった私のことを三流貴族と呼ぶかっ! 身の程をわきまえろ、冒険者風情が!」


 ああ。やってしまった。穏便に片づけるつもりが余計なことを言ってしまった。


「ああ。あなたは凄い貴族なのだろう。だが、その身分に態度が追い付いていないように思える。もっと気風を磨いてみてはどうか? そのような態度を取られては私のような卑しい身分のものからも馬鹿にされるだろう」


「き、貴様っ!」


 私は慰めるつもりでそう言ったのだが逆効果だったようだ。


「この私を愚弄したことは覚えておくぞ! マルーク王国を奪還した暁には貴様の領地だった場所は全て取り上げてやる! そして、貴様のようなマルーク王国難民は化け物がいようがいまいが強制送還だ!」


「ああ。それは残念だな」


 どちらも私には痛くも痒くもない。


「それからそのお付の騎士は奴隷にでもして売ってやろう。その体だ。娼館でよく稼いでくれることだろう。私も客として赴いてやるから、その時はせいぜいその身を尽くして奉仕するのだぞ」


「なんだと……」


 私のイライラも最高潮に達した。


「セリニアンを侮辱したいなら、彼女と剣を交えてからにすることだ。その痩せた木の枝のような手では剣ごと腕の骨を折られてしまうだろうがな」


「またしてもこの私を愚弄するか! 女が剣を持ったところでこの私に勝てるはずがないだろうが! 私は──」


 イラついた私が告げるのに、レオポルドが言い返そうとした時だ。


「そこまでだ」


 セリニアンの右腕がレオポルドの首を掴んでいた。


「このままへし折ってやってもよろしいですか、女王陛下?」

「そこまででいい、セリニアン。もう思い知っただろう」


 目にもとまらぬ速度で急所を握られたレオポルドは茫然としている。


「兄さん! 何をしているんだっ!」


 セリニアンがレオポルドの首を掴んでいたときに、若い男の声が上がった。


「この無礼な輩が俺に喧嘩を売ってきたんだ! 誰かに頼んで、こいつらをここからつまみださせろ!」


「兄さん、落ち着いて。どうせ兄さんの方から喧嘩を売ったんだろう? 彼女たちのような淑女が兄さんに喧嘩を売るはずがないよ」


 レオポルドを止めに入ったのはレオポルドによく似た人物だった。


「喧嘩を売ったのは彼からだ。我々はそれに応じただけ」

「すいません。兄が迷惑をおかけして」


 私が憤然として告げるのに、その男性は頭を下げて告げる。


「ああ。自己紹介が遅れました。僕はローラン・ド・ロレーヌです。レオポルド兄さんの弟になります。どうかよろしく」


 ほう。この男は喧嘩腰ではないようだ。


「私はグレビレア。彼女はセリニアンだ。こちらこそどうぞよろしく」


 丁重な相手には丁重に返すのが礼儀だ。


「こちらこそ。さあ、行こう、兄さん。喧嘩はしないで」

「クソッ。覚えてろよ!」


 レオポルドは最後に捨て台詞を吐き捨てて去っていった。


「あのようなものなど切り捨ててしまえばいいのですが。女王陛下に対してあのような態度。死ですら生ぬるいと思います」


「まあ、いいじゃないか、セリニアン。ちゃんと礼儀正しい人が後始末をしていってくれたんだから。私は根に持たないよ」


 セリニアンが憤然として告げるのに、私は肩を竦めた。


「女王陛下は優しすぎます。時には無情となることも必要かと」

「今ここで暴れたら全て台無し。そうだろう、セリニアン?」

「……申し訳ありません」


 私はもう十二分に無情になっている。マルーク王国を滅ぼしたその日から。


「皆さん。ご注目ください」


 私とセリニアンがそんな言葉を交わしていた時、グラスの鳴らされる音が響いた。


「第13代シュトラウト公爵セザール・ド・シャロン公爵のご入来です!」


 司会者らしき音がそう告げ、まだ若い男性が円台に上ってきた。


「皆さん。今回はお招きいただきありがとうございます。私も今回の晩餐会は楽しみにしておりました。高貴で、責任ある方々と話し合える場があるのは光栄です。今回の晩餐会もシュトラウト公国の発展の機会となるでしょう」


 私はセザールがそう告げるのを聞きながら、周囲に視線を走らせる。先ほど私に絡んできたレオポルドは憎々しい目でセザールを見ている。


「今は隣国のマルーク王国が滅び、苦しい時代にあります。その苦しい時代を共に乗り越えられるように祈りましょう。そして、我らが祖国を讃えましょう。シュトラウト公国万歳!」


「シュトラウト公国万歳!」


 私も一応はシュトラウト公国に万歳と告げておく。


「女王陛下。あれが目標の男ですか?」

「ああ。そうだよ、セリニアン。どうにかして穏便に接触できるといいんだけどな」


 私はレオポルドのような三流貴族ではなく、セザールのような責任と権力ある立場のある人間に用件があるのだ。


「だが、接近するのはなかなか難しそうだな……」


 セザールは列席者たちに囲まれており、近づけそうにない。


「仕方ない。出番だ、セリニアン」

「私のですか?」


 私が告げるのに、セリニアンがぽかんとした表情を浮かべる。


「セリニアン。ここは心苦しいが騎士としての自分は押さえてくれ。そして、私にはないものを活かして戦ってくれ。これは必要なことなんだ」


「わ、分かりました、女王陛下。ですが、私にあるものとはなんですか? どう戦えばいいのですか?」


 私の言葉の意味をまだセリニアンは理解していない。


「君の体を使うんだよ、セリニアン。本当に申し訳ないけどやってくれ」


 そう告げて私はセリニアンを送り出した。


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