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社交界

…………………


 ──社交界



 グリフォンとマンティコアを討伐してからも、様々な高難易度クエストを果たしてきた私たちはこのマリーンの街はおろか、シュトラウト公国全体で有名になった。


 だが、そのことをよく思わない人物もいた。


「あんたらが最近活躍してるっていう冒険者か?」


 宿屋から出て暫くたった路地でそう話しかけてくるのは、見るからにガラの悪い男たちの一団だった。安物の皮の鎧を身に纏い、私たちに敵意ある視線を向けてきている。


「活躍しているかどうかは知らないが冒険者ではある」


 私は男の問いにそう答えた。


「しらばっくれやがって。お前たちが高難易度クエスト食い荒らしてるせいで、俺たち冒険者は苦労してるんだよ。何せ、あんたらのおかげでギルドには高難易度クエストが溢れかえってるんだよ」


 なんだ。自分たちの実力不足を私たちのせいにしたいのか。


「だから? それなら職を変えればいい。君たちなら何かいい仕事が見つかるだろう」

「んだと、舐めやがって!」


 私がうんざりして告げるのに、男は刃物を抜いた。


「それを抜くということは戦うつもりか?」

「ちょっと思い知ってもらうだけだ。その綺麗な顔を切り刻んでやるよ」


 私が尋ねるのに、男はそう告げて返し、長剣をクルクルと回す。


「セリニアン。相手をしてやってくれ」

「了解しました」


 男たちの前にセリニアンが立ちふさがる。


「なら、まずはお前からだ! 覚悟しやがれ!」


 男はそう告げて長剣を振り上げ、その両手が切り落とされた。


「ぎゃあっ! な、なんだこれ──」


 次の瞬間、私たちに絡んできた5名の男たちの首が飛び、鮮血が路地にまき散らされる。生き残りはなし。全員が首を刎ね飛ばされて、小さく痙攣しながら地面に崩れ落ちてしまった。


「これからも絡まれそうだな」

「そのたびに首を刎ね飛ばしてやります」


 私は有名になるのも大変だなと思った。


「さあ、今日も冒険者ギルドに行こう。情報収集だ」


 冒険者ギルドでは様々な情報が手に入る。


 旧マルーク王国の現状について冒険者たちがどれほど把握しているのか。国家間の状況がどのように変わっているのか。国内情勢がどのようになっているのか。


「ああ。グレビレア様! お待ちしていました!」


 すると、どういうわけか受付嬢が満面の笑みで私たちを出迎えくれた。


「何か困難なクエストでも発生したのか?」

「いいえ。凄いことに国の偉い人がグレビレア様にお会いしたいとのことで」


 げっ。流石に目立ちすぎたか?


 マルーク王国難民にしては羽振りが良すぎることや、税金の未納まで様々なことが私の脳裏をよぎる。


 ああ。後はセリニアンが是が非でも私のことを女王陛下と呼ぶ件もあるが、これはただのあだ名だろうということに落ち着いているので何の問題もない。普通、女王は登録時に本名がばれる冒険者ギルドで冒険者したりしないからな。


 となると何だろうか……。


「グレビレア様? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ。大丈夫だ。それで、その偉い奴は何が目的なんだ?」


 受付嬢が心配そうに尋ねてくるのに、私はそう告げて返した。


「まだ詳細は分かりませんけれど、きっとグレビレア様が活躍しておられるのを激励されに来られたんですよ。それと、シュトラウト公国では有能な冒険者はときどき国に引き抜かれたりもするんです」


 ふむ。国の内部に入り込めるのは危険だが、得るものは大きいな。


「それか、明後日の晩に開かれるパーティーにグレビレア様たちを招待なさる話だってりして!」

「パーティー?」


 受付嬢が告げるのに、私が首を傾げる。


「はい。マリーンの街では定期的に商業ギルドのギルド長や国や街の偉い人を招いてパーティーをするんです。本当に有名で、高貴な人じゃないと呼ばれないパーティーで、誰もがそれに呼ばれるのを待ち望んでいるんですよ」


 政治献金集めのパーティーじゃないだろうな。


「まあ、まずは偉い人に会ってみてください。私と話すより、どんな用事なんか分かると思いますよ」

「それもそうだな」


 ここであーだこーだ言ってもしょうがない。


 ここは決意を固めて偉い奴というのに会うとしよう。


…………………


…………………


「そちらがグレビレア嬢ですかね?」


 私たちを出迎えたのは見事なお鬚の中年男性だった。


「そうだ。何の用事か教えてもらいたい」

「言葉遣いがなっていないが、冒険者ギルドの英雄の名に免じて許してやろう」


 偉そうなおっさんだ。私も同じくらい偉そうだけれど。


「私はバジル・ド・ビュフォン伯爵だ。今回は目覚ましい活躍をしている冒険者がいると聞き、会いに来た。だが、意外だな。ほとんど女の冒険者のパーティーというのは」


 バジルと名乗った男は私、セリニアン、ライサ、マスカレードスワームたちを見渡してそのように告げた。確かに男はマスカレードスワームだけだ。このマスカレードスワームは無性生物だけれど。


「それにしても何か血の臭いがするのは気のせいか?」

「先ほど私たちに乱暴をしようとしてきた暴漢を切り殺してきたところだ。この街は治安が悪いな」


 私は平然とそう説明した。


「なんと! まことに治安が悪いな。マリーンの街の治安は前々から問題だと思っていたが、このような可憐なお嬢様方に乱暴しようとして、切り殺される間抜けがいるなど。市長には治安問題に取り組むように言っておかねば」


 暴漢を切り殺すのは正当防衛に入るのかは、バジルはそこまで突っ込まなかった。


「それで私たちに会えたが、満足か?」

「本当に無礼な冒険者だな。しかし、そのドレスは一流の職人が作ったものとみる」


 ワーカースワーム。君は一流の職人の称号を得たぞ。


「実は身分を隠して冒険者稼業を行っているマルーク王国の貴族ではないのか?」


 そして、ここでバジルが突拍子もないことを言い出した。


「いや。そのようなことはないが。普通の冒険者だ」

「冒険者がそのようなドレス姿などとは聞いたことがない。それにその3人はお付なのだろう?」


 下手にマルーク王国の貴族と疑われても困る。私はマルーク王国のことをまるで知らないのだから。私たちは踏みにじって滅ぼしただけだ。


「確かに私は陛下に仕える騎士だ」

「やはりな。そうではないかと思っていたのだ」


 余計なことを言うなセリニアンと私は集合意識を通じてセリニアンを責める。すると、セリニアンが涙目になった。可愛い。


「どこの貴族かまでは聞くまい。マルーク王国は滅んでしまったと聞く。下手に故郷のことを思い出させて、悲しい思いをさせてしまってはならないからな」


 おや。実にいいアイディアをくれるな。これからはマルーク王国について聞かれても、トラウマが刺激された振りをすればいいわけだ。これならばマルーク王国の貴族に偽装するのも完璧だな。


「ところで冒険者にして、マルーク王国の貴族であるあなた方にお願いがあるのだが、聞いてもらえるだろうか?」

「うむ。聞いてみよう」


 次の話題は何だ? 例のパーティーか?


「明後日の晩に晩餐会が開かれるのだが、是非とも参加してほしい。冒険者として多大な活躍をしているグレビレア嬢たちに、国の要人たちも注目している。是非とも晩餐会の場で列席者たちのその勇姿を見せてもらいたい」


 やっぱり晩餐会に参加してほしいのか。そういうのは苦手なんだけどな。


「構わない。出席しよう。明後日だな?」

「明後日の晩だ」


 私が確認するのにバジルが頷く。


「少し聞きたいのだが、ドレスとタキシードを借りられるだろうか。私は夜会に参加しても大丈夫なドレスを持っているが3人は持っていないのだ」


「おお。そういうことならば私に任せてほしい。私は服屋も営んでいてね。必要なだけのドレスとタキシードを準備しよう」


 よし。これでドレスは問題なし。


「場所はどこで開かれるんだ?」

「マリーンの迎賓館だ。これが招待状になる」


 バジルはそう告げて4枚の招待状を手渡した。


「理解した。わざわざ招いてもらい、ありがたく思う。我々が晩餐会を盛り上げられるといいんのだがな」


「なに。そう気張らずとも出席してもらうだけで構わない。列席者たちは一目噂の冒険者を見てみたいと思っているだけなのだからな」


 なんだそれは。私たちは客寄せパンダか。


「まあ、いい。参加はする。ドレスとタキシードは明日には裾合わせに3人を送る。ドレス代はどうすればいい?」


「ドレス代は結構。我々が無理に出席を頼んだのだ。それならば全額こちらが負担するというが筋というもの」


 ほう。嫌なおっさんだと思ったが、意外にいい人のようだ。


「では、晩餐会の席で会おう。ああ、服屋の住所はここに書いておく。これに従って進んでくれれば着く」


 バジルは最後にメモを残すと去っていった。


「メモ、読めるかライサ?」

「はい。ルイ公栄光通り3ブロック目角だそうです」


 私が尋ねるのにライサがメモを見てそう返した。


「では、今日はいったん帰るぞ。いろいろとやるべきことが残っている」


 私はそう告げて、3人を引き連れると冒険者ギルドを出ようとする。


「あっ! グレビレア様! 用件はなんでした?」


 出ようとしたところを、お喋りな受付嬢に捕まった。


「晩餐会に出てほしいそうだ。客寄せとして」

「わあ! 凄いじゃないですか! 当ギルドからあの晩餐会に参加する人がでるなんて驚きですよ! これは歴史に残りますね!」


 私がうんざりして告げるのに、受付嬢はきゃいきゃいとはしゃぎ始める。


「歴史の残るかどうかは別として国家主席は出席したりするか?」

「え? つまりシュトラウト公爵が出席なさるかですか? シャロン公閣下は出席されたり、されなかったりです。最近はお忙しいようですから分からないですね」


 ちっ。この国の首脳と直談判できればよかったのだが。


「情報に感謝する。それでは」

「はい! 当冒険者ギルドのこと、宣伝してきてくださいね!」


 私はこれ以上受付嬢のお喋りに巻き込まれまいとさっさと出ていった。


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