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冒険者ギルド(2)

…………………


 私たちはグリフォンが出没するというクエストを達成するために、マリーンの街の郊外にやってきていた。郊外には田園風景が広がっており、のどかなものだった。とてもではないが恐ろしい怪物が出るような場所には見えない。


「女王陛下。グリフォンはどこですか?」

「私が聞きたいよ。そもそもここはグリフォンの巣というわけではないのだから、常にいるということはないだろう」


 セリニアンが今にも戦いたそうに告げるのに、私は肩を竦めた。


「で、では、どのようにグリフォンを倒せば?」

「策はある。おびき出すんだ」


 焦るセリニアンも可愛いが、今はその可愛さを堪能している時間ではない。


「ほら。これを使う」


 私が準備したのは2頭の牛だった。


「牛、ですか?」


「グリフォンについて聞き込みをしたところ、やつらは街道を走る馬車の馬や農耕地帯の家畜を狙って攻撃を仕掛けてきているらしい。なら、餌で釣って、釣られたグリフォンを料理してしまおう」


 私は文字は読めないが会話はできる。


 セリニアンがグリフォン退治にワクワクしている間に、私はギルドの受付嬢にクエスト内容について具体的な質問をしていた。どうして郊外にグリフォンが出没すると困るのか。普通、グリフォンはどのように討伐するのか。


 そして、導き出した作戦が餌で釣る作戦だ。


「グリフォンはここ最近は家畜もいなくなり、馬車も通らなくなったことで腹を減らしているはずだ。間違いなく、この獲物には食らいつくだろう。さあ、牛をそこら辺に繋いでおいてくれ」


「畏まりました、女王陛下」


 私が命じるのにセリニアンが2頭の牛を街道沿いの柵に繋いだ。


「私たちは隠れるぞ。風下の方だ。ライサ、例の弓矢は用意できているか?」

「はい、できています」


 よし。これで準備万端だ。


「なら、後は君たちの仕事だ。私が口出しすることはない」


 ステータスが凡人以下の私はここで退場である。


「どんなものなんでしょうか」

「鷲とライオンのキメラだ。そして、大きい」


 ライサが考え込むのに、私がざっくりと説明した。


「騎士としては一度討ち取ってみたかったのです」

「そうか。セリニアンは騎士だものね。怪物退治も騎士の仕事か」


 セリニアンがワクワクしている理由は、騎士として化け物を討ち取りたい精神からだったようだ。彼女もちょっと子供っぽいところがないな、と思う。


「……グリフォンを討ち取りたいのは子供っぽいでしょうか?」

「あ、ごめん。でも、トロフィーを求めるのはゲーム感覚で子供っぽい」


 集合意識を通じてセリニアンに私の思っていることが伝わるのに、セリニアンが悲しそうな顔でこっちを見てきた。けど、やっぱり怪物を倒したいとか思うのは子供っぽいと思うけどな。


「まあ、私も似たようなものか。私の場合は怪物ではなく、国家を倒してトロフィーにする。セリニアンのトロフィーより血生臭く、剣呑だ」


 私だってゲーム感覚でこの世界を“プレイ”しているのだから人のことは言えない。


「女王陛下。羽音が聞こえます。何か大きなものが近づいています」

「グリフォンだ。そうでなければ蠅の王様。ライサ、セリニアン、マスカレードスワーム。準備して」


 ライサが鋭く告げるのに私が命令を発する。


 その命令から3分かそこらで獲物は姿を見せた。


 グリフォンだ。伝承通り、鷲の半身と獅子の半身を持っている怪物。それが怯えて泣き叫ぶ牛を掴み、そのまま飛んでいこうとしていた。牛の肉にグリフォンの爪が食らいつき、血が滴る。


「ライサ。やって」

「はい」


 先手を打つのはライサだ。


 ライサが特殊な加工を施した弓矢を長弓に番え、グリフォンに狙いを定める。


 そして、次の瞬間弓矢がグリフォンに向けて放たれた。


「ぎゃうっ!」


 グリフォンは悲鳴を上げ、牛から爪を外す。


「次、セリニアン、マスカレードスワーム!」

「了解!」


 セリニアンとマスカレードスワームは私の命令で、私たちが隠れていた茂みから飛び出した。セリニアンは黒い刃の破聖剣を、マスカレードスワームは武器屋で買った斧を手にしている。


「ぎぃ!」


 グリフォンは弓矢の痛みから回復したのか、それともアドレナリンが無視させているのか、獰猛さを露わにしてセリニアンとマスカレードスワームに向けて翼を大きく広げて襲い掛かってきた。


「てやあっ!」


 セリニアンは掛け声を上げて、破聖剣を振りかざし、一気にグリフォンの首を目掛けて振り下ろした。


「ぎ、ぎっ!」


 だが、グリフォンは身を翻してセリニアンの一撃を回避し、嘴をセリニアンに向けて突き出してくる。だが、セリニアンにとってはそれは鈍いもので、すぐさまクルリと回転して回避するとお返しとばかりに破聖剣で嘴を叩き割った。


 そして、マスカレードスワームも無言で攻撃を繰り出す。その斧の狙いはグリフォンの翼だ。だが、羽ばたきまくるグリフォンの翼を狙うのは簡単なことではない。そして、そもそもマスカレードスワームは人間形態で戦うようにはなっていない。


「あっ! こいつめ、逃げるつもりか!」


 グリフォンは大きく羽ばたくと、大空に舞い上がると、そして遥か南の方に飛んでいった。ライサが更に弓矢を放ち、それがグリフォンのわき腹に刺さった。だが、グリフォンは落ちない。


「陛下! 逃げられました!」

「大丈夫だ。弓矢に細工がしてある。一種の強力な香水で、スワームたちの嗅覚なら追尾可能だ。これで奴の巣まで向かう」


 セリニアンが悔しそうに告げるのに、私は空を南へと飛んでいくグリフォンを眺めてそう告げた。


「流石は女王陛下ですね。準備万端というわけですか」

「まあ、相手は飛べるから飛んで逃げるということは考えていたよ」


 セリニアンの称賛はちょっとこそばゆい。


「さあ、臭いを追おう。マスカレードスワーム、任せた」

「畏まりました、女王陛下」


 感覚器官が人間寄りのセリニアンやライサより、マスカレードスワームの方が嗅覚は優れている。追跡は彼に頑張ってもらおう。


 それにしても、あまり遠くに行っていないといいけど。


 何せ、私のステータスは凡人以下だから、すぐにくたびれるのだ。


…………………


…………………


「この先です」


 グリフォンが飛び去ってから40分強。


 私たちはようやくグリフォンのねぐららしき場所に辿り着いた。


「疲れたな……」


 私はくたくただった。グリフォンのねぐらときたら山の上にある洞窟で、その山まで行くのにも、山に登るのにも酷く疲れた。グリフォンを討伐した帰りを考えると泣きたくなってくる。


「大丈夫ですか、女王陛下?」

「あまり大丈夫じゃない。早いところ終わらせてきて、セリニアン」


 セリニアンが心配そうに私を見るのに、私はそう告げて返した。


「分かりました。では、行ってきます」


 セリニアンは見るからにワクワクした様子で洞窟の中に消えていく。


 それからグリフォンの雄叫びが聞こえ、激しい金属音が鳴り響くこと5分。


「討伐しました、陛下」

「ご苦労様」


 グリフォンの生首を持ってきたセリニアンを私が労う。


「それとねぐらにグリフォンのヒナが3体いました」

「そうなのか? それはどうした?」


 セリニアンが告げるのに私が尋ねる。


「まだ幼く、殺すのも忍びなかったのでそのままにしてあります」

「それはよくない。それはよくない、セリニアン」


 グリフォンは今は幼くとも、いずれまた大きくなり、家畜を襲い始める。親を殺されただけあって、憎しみから殺しを始めるかもしれない。報復の連鎖、というのは野生動物でもあり得るものだ。


「セリニアン。選択肢はふたつだ。ひとつ、ヒナを殺す」


 私はセリニアンに向けて告げる。


「ふたつ。ヒナを保護して、連れ帰る、そして、育てて大きくなったら転換炉に入れてスワームにする」


 グリフォンのスワームというのは魅力的だ。


「ならば、育てましょう。グリフォンは強力な魔獣、戦力になればいいものでしょう」

「なら、決まりだ。グリフォンはセリニアンが責任を持って育てるんだ」


 こうして、グリフォンの討伐クエストは達成された。


「お疲れさまでした。冒険者になりたてなのにこんなに難しい任務を果たせたなんて驚きです。流石は優秀なステータスをお持ちの方々です」


 私は凡人以下だけどな。


「ところで、グリフォンというのはどれくらいで大きくなるんだ?」

「グリフォンですか? そうですね。半年で成鳥になりますよ。だから困るんですよね。すぐに大きくなるから討伐しても討伐しても、きりがないんです」


 私の質問に受付嬢がそのように返した。


「半年の間、面倒見れるか、セリニアン?」

「ええ。それぐらいは容易です」


 私が確認するのに、セリニアンが頷いて返した。グリフォンのヒナは宿屋に隠してある。ヒナと言っても食欲旺盛で、3匹で羊を1頭まるまる食べてしまった。


「それではお疲れさまでした。これが報酬の100万クランです」


 私たちの前にドンと報酬の金貨が置かれる。


「ふむ。これは使えそうだな」


 金を稼ぐというのに冒険者稼業を続けるというのもいいのかもしれない。


「ところで、女王陛下。視線を感じるのですが」

「冒険者たちだろう。私たちに関心を持ってくれたようだ。作戦成功だな」


 冒険者たちは私たちの見込み通りに、私たちに関心を持ってくれたようだ。これで冒険者たちと繋がりができるなら、いろいろと話が聞けるだろう。


「なあ、あんたらがグリフォンを討伐したのか?」

「そうだが」


 プレートメイルを纏った青年の冒険者が声をかけてくるのに、私はなるべく愛想よくそう返した。


「凄いな。あのクエストは難易度が高すぎて、誰も引き受けようとしていなかったんだよ。それを今日登録したばかりの冒険者が片付けるなんて、凄いにもほどがあるぜ。あんたらどこの出身だ?」


 馴れ馴れしい男だが、冒険者というのはそういうものなのだろう。


「マルーク王国だ」

「マルーク王国、か。それは気の毒に。逃げてきたってところか?」

「ああ。そんなところだ」


 私がお偽りの身分を告げると、青年は同情の視線を向けてきた。


「マルーク王国についてどれほど知っているんだ?」


「国から直々に調査依頼が出ているということぐらいしか。国はマルーク王国がどこかの怪物に支配されたと思って、冒険者を次々に送り込んでいるんだ。だが、帰ってくる奴はほとんどいない」


 なるほど。マルーク王国の内情はほとんど分かっていないのか。


「続けて尋ねるけれど、この国は平和そうか?」

「平和そう、か。謎だな。噂によるとニルナール帝国が駐屯許可を求めているらしい。フランツ教皇国からも同盟を組むように圧力がかけられているとか」


 ふむ。この国にも戦争の影あり、か。


「ニルナール帝国との関係は悪いのか?」

「奴らは傲慢なのさ。世界は自分たちのものだと思ってる。自分たちがなすがままに世の中は動くってな」


 傲慢な大国か。嫌な奴らだろう。


「それから国が物資を買い上げているな。これは戦争の兆候かもしれない。国が物資を買い上げるのは、災害が起きたときか、戦争を控えているときだ」


 それを早く言えばいいのに。明らかな戦争準備じゃないか。


「シュトラウト公国はどうすると思う?」

「今の公爵であるシャロン公閣下は戦争を避けたがっている。怪物を相手にするのも、ニルナール帝国を相手にするのにも」


 戦争をやる気はないが、備えはするか。


「なあ、よかったら俺たちとパーティーを組まないか。あんたらとなら、上位のクエストを攻略できそうだ。このマンティコア退治なんてどうだ?」

「別に構わない。受けよう」


 その日、私たちはマンティコア退治を引き受けたが、それはあっという間に終わってしまった。ライサが眼球を射抜いて、セリニアンが切り殺して、それで終わりだった。同行した冒険者たちは特に何の役にも立たなかった。


 だが、これで私たちの名声は高まった。


 グリフォンに続いてマンティコアを討伐した私たちは冒険者ギルドで有名になり、名が知れ渡るようになった。


 それは私が本当に狙っているものへと導くカギとなった。


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