冒険者ギルド
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──冒険者ギルド
私たちは宿屋に荷物を置くと、最初の都市マリーンの調査を早速開始した。
正直なところ、ここを落とすのは容易だろう。城壁は密輸業者対策程度のものだし、警備の兵士の数も非常に少ない。治安維持のために騎兵が闊歩している他は、城壁に1個中隊程度の戦力が駐屯しているだけだ。
彼らはここが戦場になるなど思ってみないように思われる。
「さて、情報収集だけれど」
私はセリニアン、ライサ、マスカレードスワームを引き連れて街を進む。
「どうやったらいいと思う? 私としては地形は把握できたから、いつでも攻め落とすことはできるけれど、交渉のためには内情について知っておきたい。こういう場合は、どこにいけばいい?」
この世界には新聞はない。新聞から世界情勢を知ることはできない。
そもそも新聞があったところで私はこの世界の文字が読めない。
「私には分かりません。村だったら集会場にいけば大抵のことは分かるんですけど」
「集会場……。女王陛下、ここは酒場に行かれてみてはどうですか?」
ライサが首を振って告げ、セリニアンがそう思いついたように告げる。
「酒場か。なるほど。確かに情報がありそうだ」
私はセリニアンの意見に納得すると酒場を探した。
酒場は意外にも簡単に見つかった。文字の読めない私でも分かるようにジョッキに溢れるエールの絵が描かれた看板があったからすぐに分かった。
「じゃあ、行こうか、セリニアン、ライサ、マスカレードスワーム」
「了解」
私は3人を引き連れて酒場のドアを潜る。
「ああん?」
すると、注目を浴びた。
まあ、当然だ。私はワーカースワームが作ってくれた煌びやか控え目のドレスに身を纏っているし、セリニアンとライサはびっくりするほどの美少女だ。注目が集まったっておかしくはない。
「お嬢さん。ここが何の店が知ってるのかい?」
「知っているが」
扉の傍の席に座っていたやけに小柄な男──多分、これがドワーフなのだと思う──が話しかけてくるのに、私は頷いて返した。
「なら、お嬢さんがいるべき場所じゃないと分かるはずだ。ここは大人の社交場だ。お嬢さんには3、4年早いってもんだよ」
「ああ。なるほど。そういうことを言いたかったのか」
酒場に14歳にまで若返った私が来るのはおかしいとドワーフの男性は言いたいらしい。確かに考えなしだった。今の私はすっかり忘れていたが14歳程度なのだ。
「こう見えても私は大人だ。そうだろう、セリニアン?」
「はっ! 女王陛下は確かに大人です」
私が告げるのにセリニアンがそう告げて返す。
「というわけで、ここで楽しんでも?」
「好きにしろよ。子供のころから酒飲んで頭パーになっても知らんからな」
ドワーフの男性は諦めたようにそう返して、自分のジョッキに口を戻した。
「セリニアン、ライサ、マスカレードスワーム。カウンター席に座ろう。そして、聞き耳を立てようじゃないか」
「はい、女王陛下」
私が告げるのに、セリニアンたちがカウンターに陣取る。
「お客さん。ご注文は?」
「赤ワインを」
正直、ドワーフに指摘されるまでもなくお酒は苦手だ。
飲酒可能年齢が18歳に引き下げられてから、何度か飲みに行ったがお酒が美味しいと思ったことは実に少ない。私は元々アルコールに弱い性質なのかもしれない。それでも、今は飲んでいる振りをしなくては。
「私はミルクで」
「私はエールを」
ライサとセリニアンがそれぞれ注文する。ミルクという手があったか。抜かった。
まあ、いい。今は聞き耳を立てよう。どこの誰かが酒で緩んだ口で余計なことを喋っているかもしれない。
「で、聞いたか。マルーク王国の事件」
「ああ。聞いたとも、聞いたとも。国一個が滅ぶだなんて恐ろしい話だよな」
おやおや。早速聞こえてきたぞ。
「公爵陛下はどうなさるおつもりなのかね。化け物どもが北進してきたら、ニルナール帝国が攻め込んでくるより大ごとなんじゃないか?」
「ニルナール帝国の方が恐ろしいさ。何せ、ニルナール帝国の皇帝マクシミリアンは化け物の中の化け物なんだからな」
ふむ。ニルナール帝国とシュトラウト公国は関係は良好ではないのか。これは付け入る隙になるかもしれない。
「冒険者ギルドの連中は気楽なもんだよな。やつらは適当な小銭稼ぎにマルーク王国を見てくるだけでいいだからな。連中はシュトラウト公国が滅びようが、よそに行って商売するだけだ」
「いや。冒険者ギルドの奴らも相当苦労してるらしいぞ。国が発注したクエストをこなすのに人が足りないってな。誰も彼もがマルーク王国に行きたがるわけじゃないってことだ。なんたってマルーク王国は化け物に滅ぼされたんだからな」
冒険者ギルドという組織がマルーク王国の調査を始めているのか。国境のリッパースワームたちには警戒させておかなければならないな。下手に内部を覗かれるのは好ましいことではない。
「冒険者ギルドの荒くれものに乾杯! 奴らに栄光がありますように!」
「臆病な騎士団に代わって化け物の巣を調査する命知らずたちに乾杯!」
酔っ払いたちはそれぞれ声を上げて乾杯しながら哄笑する。
「冒険者ギルド、というのに興味があるな。ライサ、何か情報は?」
「私はあまり知らないんですけど、時折エルフの森に脱獄囚を捕まえに来た冒険者の人たちが来ていましたよ。傭兵、みたいなものじゃないでしょうか?」
私が尋ねるのに、ライサが歯切れ悪くそう返す。
「ここは冒険者ギルドに乗り込んでみては?」
「それは些か厄介すぎるだろう。こちらは素性の分からない難民だ」
セリニアンが告げるにを私がそう告げて否定する。
「お客さんたち、マルーク王国からの難民なのかい?」
ここでどうやら話を聞かれていたらしく酒場の店主にがそう話しかけてくる。
「ええ。マルーク王国から逃げてきてたんです」
「そっちのドレスのお嬢さんは何もできそうにないけれど、鎧のお姉さんと弓の子は冒険者ギルドでもやっていけるんじゃないか。難民で収入がないなら、冒険者ギルドを当たってみるのも手だと思うぞ」
さりげなく役立たず扱いされる私と冒険者向きだというセリニアンとライサ。
ここは賭けてみるべきかもしれない。
「冒険者ギルドはどこに?」
「スヴェン公記念通りにある。でかい看板があるからすぐに分かるさ」
私が尋ねるのに、酒場の店主がそう告げて返した。
「ありがとう。助かった。これは礼だ」
私は多めの銀貨をカウンターに置くとセレニアンたちを引き連れて外に出た。
「セレニアン、ライサ。冒険者ギルドという組織について調べるぞ。まずは潜入だ。今日は遅いから明日になったら、動く。奴らがマルーク王国について調べているならば、あまり知られたくないことまで知られているかもしれない」
「畏まりました、陛下」
私は店の外でそう命じ、セリニアンたちと共に宿屋に戻った。
さて、宿屋の寝具はふかふかで、食事は美味しく、海の見える景色は綺麗で大変満足したことをここに記載しておく。ありがとう、セリニアン。君は宿屋を選ぶことにも才能を発揮しているぞ。
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私はセリニアンとライサに告げたように、明日の朝には冒険者ギルドに向かった。
長旅の疲れで私が大きく寝坊したのは内緒だ。セリニアンもライサも笑って許してくれたので、それでよかったことにしておく。ごめん。
「冒険者ギルドはスヴェン公記念通りに、か」
私は酒場で教わった通りに通りを進んでいた。
「あれか?」
私がスヴェン公記念通りという大層な名前が付いた通りを進んでいると、交差する剣と弓矢が記された看板が掲げられている。見るからに傭兵か何かを募集していますっていう看板だ。
「あれでしょう。他にそれらしい建物はありません」
「実際のところ、どんな場所なんでしょうか……?」
セリニアンは怯えるそぶりも見せず、ライサは少々不安になっている。
「何事も試してみなければ分からない。行ってみよう」
私はセリニアン、ライサ、マスカレードスワームを連れて進む。
……というか、マスカレードスワームが無口過ぎて何を考えているのかいまいち分からない。他のスワームと同様にちゃんと私のことを女王だと認識してくれているのであろうか。
「ご心配なく、女王陛下。我々は女王陛下のお命じになるままに動きます」
突如ととしてマスカレードスワームがそう告げたので腰を抜かしそうになった。ちゃんと喋れるんだね、君。ちょっと安心したよ。
「なら、冒険者ギルドへ」
こうして私たちは冒険者ギルドへと進んだ。
建物は……特に変わった様子はない。受付らしいカウンターがあるのはホテルのようであり、掲示板や書類を書くテーブルが置かれているのは役所のようである。
だが、そこにいる人種は様々だ。ドワーフたちもいれば、女性もいるし、男性もいる。それぞれが統一されていない鎧に身を包み、それぞれが統一されていない武器を身に着けている。
「ここが冒険者ギルドか」
私は冒険者ギルドを見渡してそう呟く。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドマリーン支部へ。クエストの発注でしょうか?」
「いや。冒険者というものに興味が出たから、見に来ただけだ」
受付嬢がにこやかに告げるのに、私はそう返して受付嬢を無視した。
「セリニアン。ここにいる連中の実力はどれくらいだ?」
「まちまちですね。我々でも苦戦しそうな相手もいれば、ワーカースワームにすら勝てそうにないものまでいます」
冒険者ギルドを油断なく偵察する私とセリニアン。
「貼りだされているクエスト。文字が読めればな……」
生憎、私はこの世界の言葉は喋れても、文字は読めない。
「陛下。我々も冒険者として活動してみてはどうでしょうか?」
「何故だ、セリニアン? その必要があるのか?」
セリニアンが不意にそんなことを告げるのに、私は怪訝に思ってそう返した。
「はい、陛下。ここにいる冒険者たちを探るには、繋がりを作るのが一番。我々も冒険者として活動すれば繋がりは生じるかと」
なるほど。確かにセリニアンが告げる通りだ。
私は集合意識を通じてライサとマスカレードスワームにも計画に賛同するかどうか確かめてみる。私の問いにふたりとも頷いて返してきた。
「決まりだな。冒険者ギルドで活動するとしよう」
私は尊大にそう告げると、周囲を見渡した。
「まずはどこで何をするべきだ?」
「受付で登録するべきかと」
そうだな。さっきは無視したけど今度は相手してやろう。
「冒険者登録を願いたい」
「はい、畏まりました。まずはギルドカードを作成しますので──」
「ギルドカード? 年間維持費とかは必要になるのか?」
「い、いえ。クエストを幾分かこなしていただければそれでいいのですけれど」
地球でもいろいろとカードを作らされてうんざりしたものだが、異世界でまでカードを作らされることになるとは思ってもみなかった。
「じゃあ、ギルトカードを作ってくれ」
「はい。では、この水晶に手をかざしてください。後は自動で作成されます」
受付嬢がそう告げるのに私は非常に嫌な予感がしてきた。
ここで私が推奨に手をかざしたら、アラクネアの女王であることがばれてしまうのではないだろうか。マスカレードスワームもその正体がばれてしまうのではないだろうか。そう考えて、私は水晶を睨むように見つめる。
「あ、あの、登録なさるんですか?」
「ああ。する。だが、待ってくれ。説明が必要だ」
私はそう告げて質問準備に入った。
「まず聞きたいのだが、これは個人情報を読み取る機械なのか?」
「読み取る個人情報は名前とステータスだけです。利用者の方にはいろいろと都合のある方もおられますから」
なるほど。それなら問題なさそうだ。
「他のことについては一切読み込まないのだな?」
「そんなにいろんなことが読み取れる機械があったら、今頃は大変なことになってますよ。これはあくまで名前とステータスを読み取るだけです」
確かに自分の意志とは無関係に個人情報が吸い出される機械があったならば、警察業務は恐ろしくはかどるだろう。国境で難民だと告げたとき、そんな便利な機械が存在していたら、間違いなく流血沙汰になっていた。
「それで、登録はなさるんですか?」
「ああ。セリニアン、君からやってみて」
いい加減にしてくれという雰囲気になってきた受付嬢に申し訳ないので、私たちも冒険者登録を始めることにした。
まずはセリニアンからだ。
「ここに手を乗せればいいのか?」
「はい。それで結構です」
セリニアンが尋ねるのに、受付嬢が水晶から放射される光がカードに文字を刻んでいく様子を眺めている。
「セリニアン様ですね。非常に高いステータスをお持ちのようです。これならばどこのパーティーでも役に立ちますね」
「私がお仕えするのは女王陛下だけだ。他のものに従うつもりはない」
「そ、そうですか」
可哀想な受付嬢だ。
「次はライサ」
「はい!」
私に呼ばれてライサが水晶の上に手を置く。
「ふむふむ。器用さと俊敏性が非常に高いですね。その弓を使われるのですか?」
「はい。これを使って戦います」
「なるほど。このステータスならば向いていますね」
ライサのステータスも高いらしい。
「次はマスカ。やってみてくれ」
「畏まりました、陛下」
マスカレードスワームと呼ぶと正体がばれる恐れがあるので、ここは機転を利かせてマスカと呼ぶことにする。だが、ギルドカードにはしっかりとマスカレードスワームと記載されることなんだろうなあ。
「ええっと。マスカレードスワームさん? 変わったお名前ですね。ですが、ステータスは隠密性などが非常に高く、斥候に向いておられるようです」
うむむ。マスカレードスワームの名前がばれた上に、彼もステータスが高い。
「最後は私か……」
私は嫌な予感がしながらも、水晶の上に手を乗せた。
「グレビレアさんですか。ステータスは……ちょっと低めですね」
「正直に言ってくれ。どれくらい低い?」
「平均をちょっと多めに下回っています」
はあ。やっぱりそうだと思った。
私はセリニアンのように剣を振るって戦えないし、ライサのように弓を使うこともできない。虚弱な一般市民なのだ。
「ですが、知性と統率力が極めて高いです。これは当ギルドでも記録を更新したかもしれません。これは名将と呼ばれる人々の持つレベルですよ」
そう、受付嬢が告げる。
「やはり女王陛下ですね。流石です」
「セリニアン。他のステータスは凡人以下なんだ。褒めるな」
セリニアンが感動して褒めるのに、私はため息を吐いた。
「では、これで冒険者登録は終わりか?」
「はい。後は好きなようにクエストを受注なさってください」
この冒険者ギルトとやらはビデオレンタル店より規則が緩いな。
「まあ、いい。セレニアン。適当なクエストを選んで持ってきてくれ」
「畏まりました、陛下」
私が命じるのに、セリニアンが掲示板に向かう。
そして一切の躊躇もなく、星がたくさんついたクエスト発注書を持って戻ってきた。
「……セリニアン。それは危険なクエストじゃないのか?」
「大丈夫です。我々ならば可能です」
私が尋ねるのにセリニアンが自慢げに返した。
「ライサ、内容はなんて書いてある?」
「ええっと。“郊外に出没するグリフォン退治を願います。報酬は討伐で100万クラン。捕獲で300万クラン”だそうです」
ライサは一応人間の文字も読むことができた。
「グリフォンか……」
確か鷲の半身に獅子の半身を持った怪物だったはずだ。
「天使に比べれば大した相手じゃないだろう。受けよう」
「では、早速受付を済ませてきます」
セリニアンはよっぽどグリフォンと戦うのが楽しみなのか、ワクワクした様子でギルドの受付に向かっていった。
それから受付を済ませた私たちが、クエスト目標であるグリフォン退治に向かったのは、30分後のことだった。
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