王国の終焉(4)
本日2回目の更新です
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私たちは男の亡骸をワーカースワームに運ばせると共に、亡骸の傍に落ちていた琥珀色の宝石を拾い上げた。
「これは何だろう?」
「分かりません。ですが、なにやら危険なものを感じます」
私が琥珀色の宝石を眺めるのに、セリニアンが警戒の色を浮かべる。
「まあ、いい。この城の人間に話を聞けばいいだけの話だ」
私はそう告げ宝石を拾うと、城門をリッパースワームたちに開かせた。
「て、敵だ! 敵が入ってきた!」
「そんな! 陛下が出られたというのに!?」
城の中にいた兵士たちは完全に戦意を喪失していた。腰抜けだ。
「セリニアン、リッパースワーム、ディッカースワーム。城内を掃討して。だけれど、ひとつだけ確保してほしいものがある。高貴な身分の人間たちを数名。殺さずに生かして連れてきて」
「了解しました、女王陛下」
私が命じるのに、スワームたちが了解の声を返す。
「でも、他は殺して。皆殺しに。生かしておく価値はない」
必要なのはこの琥珀色の宝石がなんであるか知っている人間だ。一般の兵士たちなどに価値はない。肉団子になる程度の価値しかない。
そして、その命令通りにスワームたちが動く。
怖気づいた兵士たちを八つ裂きにし、使用人を八つ裂きにし、侍従を八つ裂きにし、流血の惨劇を城内で繰り広げる。血の海が広がり、バラバラにされた死体がその海の上に浮かぶ。死臭は濃く、血の臭いが漂う。
「助けて! 助けて! 殺さないで!」
ひとりの侍女が悲鳴を上げて、逃げまどう。だが、すぐにリッパースワームに捕まって、頭に鎌を突き立て、腹を引き裂き、鎌によって内臓を掻き出す。
ひとりの兵士が悲鳴を上げて、逃げまどう。だが、瞬く間にリッパースワームに捕まって、首を引き裂から、胸を滅多刺しにされて、肉片をまき散らす。
「城内の掃討は順調、かな?」
王城は非常に広かったが、リッパースワームは無数にいる。地下室から、広間、そして国王の執務室までも探り、生き残っているものがいないか、臭いと音を辿って執念深く探り出す。
大勢の兵士が死んだ。大勢の城に仕えるものたちが殺された。城は死体の山に覆われ、生き残っているものは僅かなものであった。そう、生き残ったのは、私が命じたものたちで、そいつらをスワームたちが連行してきていた。
高貴な身分の人物。壮麗なドレスに身を包んだものたちが、スワームの糸によって縛り上げられ、私の前に引き摺り出された。
「この中でもっとも地位が高いものは?」
20名前後の男女に私は声をかける。
そう問いかけると全員が視線をひとりの少女に向けようとし、目を逸らした。
間抜けだ。丸わかりじゃないか。
「そこの子。これが何かわかる?」
私はその少女の前に琥珀色の宝石を置いてみせた。そのことに少女はコクコクと怯えたように小さく頷く。
「何か教えて」
「進化の宝玉です……。人に絶大な力を与えると言われている王家の至宝でした。これによって力を得たものは死ぬまで、その力を失わないと聞いています。まさか、お父様はこれを使って……!」
私が問いかけるのに、少女が愕然とした。
ああ。あれが王様かなにかだったのか。
しかし、あれで力を与えるというのは奇妙な感じだ。あれはどうみても力を受けているというよりも、狂っているとしか思えなかった。力は得ているだろうが、暴れまわるだけの怪物にしか見えなかった。
「お父様は! お父様はどうしたのですか!?」
「ここにいなければ死んでる。私は君の父親のことなんて知らないんだ」
喚く少女を前に、私は面倒くさそうにそう告げて返しておいた。
「そんな……」
少女が私の言葉に泣き崩れる。
セリニアンが泣くのは可愛いけれど、見知らぬ敵国の人間に泣かれたって可愛くもなんともない。鬱陶しいだけだ。私はこの少女の首を刎ねるようにリッパースワームに命じようかとも思った。
だが、考え直した。
復讐にしてはまだ悪意が足りていない。戦争にしては悲惨さが不足気味だ。侵略にしては得るものが少なすぎる。
そこで私は考えた。
「パラサイトスワーム」
私は服の中に待機させておいたパラサイトスワームを外へと出す。
少女と高貴な身分の方々はそのグロテスクな姿を見て小さく悲鳴を上げた。
「これから君たちには私の玩具になってもらおう」
「待ってくれ! なんでもするから、助けて──」
私はセリニアンに命じて男の頭を押さえさせるとパラサイトスワームをその口の中に流し込んだ。
「あ、あ、あ、あ……」
パラサイトスワームはズルズルと男の喉に入っていきそこで定着すると、触手を伸ばして脳を乗っ取る。男が幾分か痙攣し、奇妙な喘ぎ声を漏らすとそのまま虚ろな目となり、パラサイトスワームに乗っ取られたことを知らせた。
「次は君だ」
「やめて! 助けて、お父様! 助けて!」
よく喚く子だ。私はまたセリニアンにお願いして少女の頭を押さえさせ、強引に口を開かせるとパラサイトスワームを飲み込ませた。パラサイトスワームは細い喉の中を押し分けるように侵入していき、そこで定着する。
「あ、あ、お、父、様、あ……」
この子も目が虚ろになり、パラサイトスワームに乗っ取られたことが知らされた。よく喚く子だったが、今はお行儀よく静かにしている。
「他のものにもパラサイトスワームを植え付けておけ」
「畏まりました、女王陛下」
私は残りの仕事をセリニアンに任せると、ひとり誰もいなくなった王城を歩いた。
まだそこら中に血の海が残っている。死体は残っていない。スワームたちは日本人よりも、ドイツ人よりも勤勉だ。私が命じたことは速やかに、確実にこなしていく。だからこそ、愛おしくなる。
「ここが王座の間……」
私はこの城の中で流血の少なかった場所を見つけた。
王座の間だ。そこには立派な金の玉座があり、赤絨毯が布かれていた。この部屋の主は城門の外で狂って死んだから、ここでの戦闘は最小限だったらしく、流血は少ない。そして、私はゆっくりと王座に向けて進むと、王座に腰かけた。
「アラクネアの女王……」
アラクネア。
全てをスワームで飲み込むことを望む邪悪な陣営。
スワームが望むのは勝利と繁栄。人間と変わらない。人間だって勝利と繁栄を望むではないか。スワームのは些か血生臭いだけの話だ。他のものとは別段変わりない。
そうか?
スワームは地上の全てをスワームで覆い尽くすことを望んでいる。彼らの辞書に妥協という言葉はない。徹底的に、どこまでも、世界の果てまで、スワームの群れで覆い尽くされることを望んでいる。
本当に怪物だよ、君たちは。だが、それでも構わない。
君たちがそんな勝利を望むのならば与えよう。君たちが世界をスワームで覆い尽くすことを願うならばそれに従おう。私は約束したのだから。君たちに勝利を与えると。君たちを導くと。
どれだけ犠牲が出てもその約束は守ろう。私は君たちを裏切って、君たちに殺されたくはないからね。私は臆病なんだ。
「女王陛下」
私が玉座に腰かけてそんなことを考えていたとき、セリニアンが王座の間に入ってきた。王座に腰かける私に一礼すると、20名前後の男女を連れて入ってきた。先ほど私がセリニアンにパラサイトスワームを寄生させるように命じたものたちだ。
彼らは虚ろな目をしたままセリニアンの背後に続いて、よろよろと進む。まるでゾンビの行進だ。もっと普通に動けるはずなんだけど、定着したばかりだと、まだ機能に問題があるのか。
「セリニアン。準備はできたか?」
「はい。全てのものにパラサイトスワームを寄生させました。このものたちは完全にあなたのしもべです、女王陛下」
セリニアンがそう告げて私に跪くのに、他の寄生されたものたちは両膝を突いて土下座するように頭を下げた。
「ご苦労様、セリニアン」
私がそうしている間にも王座の間に仕事を終えたスワームたちが集まってくる。もう王城の中に生きた人間というのは存在しないのだろう。いや、このシグリアそのものに生きた人間が存在しないのだろう。
人口数十万の都市が、一気に無人地帯になった。
実に感慨深い。
「お疲れ様、スワームたち」
「光栄です、女王陛下」
私がスワームたちを労うのに彼らは服従のポーズを取る。
「さて、諸君。我らが憎き敵は滅びた。マルーク王国はもはや地上には存在しない。我々の完全にして無欠なる勝利である。だが、戦いはここで終わるわけではない」
私は王座に腰かけたまま、実に傲慢にそう告げる。
「我々の次の目的は何だ?」
「更なる世界の支配を。アラクネアによる世界統一を」
私が問いかけるのに、セリニアンが答える。
「そうだ。だが、まだそのときではない。我々にはこのマルーク王国だった場所を統治する必要がある。開拓の時間だ。諸君、動力器官を建てろ。受胎炉を建てろ。肉臓庫を建てろ。大型受胎炉を建てろ。飛翔肉巣を建てろ」
4Xゲームでは敵から奪った土地を開拓するのもゲーム要素のひとつだ。既に開発済みのものはそのまま利用し、足りないものは建設し、破壊したものは修復する。
人間は皆殺しにしたから“繁殖”はさせられないだろうが、家畜の類はリッパースワームラッシュで皆殺しになったわけではないはずだ。それを繁殖させて、新たなユニットを生み出すための環境を構築する。
それから建物をアンロックするために金も必要だ。北部には金鉱山があるとの情報だから、ワーカースワームたちを派遣して採掘作業を行わせよう。
ふう。本当は敵から全て奪って、奪って、奪って、奪い尽くして進んでいくのが一番早くていいんだけど。今は下手に敵を増やしたくないし、マルーク王国の征服だけでは十分な富は手に入らなかった。
故に開発を行う。
「今後は内政に方向を定める。退屈かもしれないが必要なことだ。そして、国境の警備を固めるのも忘れるな。我々の敵はマルーク王国だけではない。他にもいるだろう。そのようなものたちが我らが土地を狙っているかもしれない」
少なくともマルーク王国には北にシュトラウト公国、南にニルナール帝国、東にフランツ教皇国がいることが確認されている。
彼らは主に人間で構成された国家だ。隣国が突如としてスワームの国家になったといことに決していい反応は示さないだろう。最悪の場合、3ヵ国が連合して攻め込んでくる可能性すらあった。
「我らが神聖な国土を守れ。そして、国を繁栄させよ。それが全てのスワームの義務である。それが次に世界を制するための足掛かりである。怠ってはならない」
アラクネアには似つかわしくない演説だ。
アラクネア流に演説するならば、奪え、殺せ、奪え、そして増え続けろ、だろう。それ以外のことを彼らは必要としていないのだ。
だが、それだけでは勝利できないときもあることを私はいくつもの試合を通じて知っている。時には引きこもって内政を行い、強力なユニットをアンロックし、強力な建物をアンロックし、戦力を蓄えることが必要であると。
「理解してくれ。本当に今はこれが必要なんだ」
私は女王としてではなく、プレイヤーとしてそう頼み込んだ。
「全ては女王陛下のお望みのままに。女王陛下はただ命じられればいいのです。我々はそれに従います」
セリニアンがそう告げ、スワームたちが服従の姿勢を取る。
「女王陛下万歳」
「女王陛下万歳」
スワームたちは服従の姿勢のままに私のことを讃えた。どこまでも高らかと。
「ありがとう、諸君。私は君たちを導く。必ずね」
私はスワームたちのことがより愛おしく感じられていた。
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