王国の終焉(3)
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蹂躙、蹂躙、蹂躙。
私は、私のスワームたちは全てを蹂躙した。
街の中心に入り込み、そこにあった大聖堂に避難していた住民たちを鏖殺した。ひとり残らず肉団子の材料に変えた。そこには妊婦や1歳にもならない乳児もいたが、私のスワームたちは残すものなく皆殺しにした。
これでいい。これでいいのだ。
敵は殲滅する。殲滅すれば勝者。ゲームの法則に則って私は動いているが、それが何だというのだ。ゲームがリアルになっただけじゃないか。結局のところ、殲滅しないと勝利は得られないのだ。
「スワーム、前進。踏みにじれ、何もかも」
それに続いて、スワームたちは北と南で防衛に当たっていたマルーク王国軍の戦力を背後から刺して全滅させた。彼らを屠るのは容易かった。前後から攻撃に晒されたマルーク王国軍は殲滅となった。
脅威になるのはバリスタか重装歩兵だけ。バリスタは腐肉砲で既に機能しておらず、重装歩兵だけが脅威だった。
重装歩兵は本当に脅威だが、数が少ない。
重装歩兵ひとりを屠るのにこれまでは2、3体のリッパースワームが犠牲になっていた。だが今はリッパースワームたちも戦い方を学習し、より少ない損害で、重装歩兵を屠れるようになっていた。
集合意識万歳。ひとりのスワームが学習したことは多くのスワームに共有される。重装歩兵の適当な処理方法を学べば、スワームたちに敵はない。
そして、南北の戦力は殲滅された。慈悲もなく、憐れみもなく、同情もなく1体残らず連滅された。これで私たちはシグリアの街を征服した。
残るは王城のみ。
王城を落とせば、このマルーク王国における敵戦力は殲滅される。
「王城。落とすのは簡単ではなさそうだな」
王城はシグリアの街の中でも、切り立った崖の上にあった。それは王都を制圧されても、王城は生き延びるという仕組みか。権力者のための城。世界というのはそういうものだな。
「どのように攻略しましょうか。敵はあの城に立てこもっているようですが」
「普通に落とすしか他に方法はないだろう。幸いにして城壁はない」
セリニアンが尋ねるのに、私がそう告げて返す。
「リッパースワーム、前へ。突撃前進用意。位置につけ」
私が集合意識に向けて働きかけると、無数のリッパースワームの軍勢が王城に続く橋の前に立った。
「リッパースワーム、前進。突撃せよ。突撃せよ。突撃せよ。全てを踏みにじれ」
私はそう命令を下し、リッパースワームの軍勢が王城に向けて突撃する。
私たちは王様の首を刎ね、王女の首を刎ね、貴族たちの首を刎ね、肉団子にする。
だが、意外にもそれを遮るものが現れた。
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「陛下。もはや城壁は機能しておりません」
「西城門、北城門、南城門。全て陥落しました。王都の内部は今や敵の怪物に支配されております」
国王イヴァン2世にそう報告するのは、マルーク王国軍の将軍たちだ。
彼らは全ての城門から連絡が途絶えたこと。そして、城壁内部が怪物たちの巣窟とかしていることを報告していた。もはや、このシグリアを守る盾は存在しないのだと国王イヴァン2世に報告していた。
「国王陛下。いずれこの王城にも敵の手が伸びます。城門を閉ざしていても、やつらはこじ開けて突破してくるでしょう」
「もはや時間がありません。ご決断を、国王陛下。宝玉を使われるのですか。それともこのまま皆殺しに遭うのですか?」
宰相のスラヴァと軍務大臣のオマリがそのように告げてくる。
「決断は出来ている」
ふたりの言葉にイヴァン2世が静かに告げた。
彼は席を立つと、居並ぶ将軍たちとスラヴァ、オマリを見渡し、この場にエリザベータたち自分の子供たちがいないことを確認する。
第1王子は黄土山脈の戦いで死んだ。第2王子はアーリル川の戦いで死んだ。第1王女はシュトラウト公国に嫁いでいる。残るはエリザベータだけ。彼女は重要な軍議の場であるこの場にはいない。
「宝玉を使用する。宝玉を使用して奴らを退ける」
「本気ですか、陛下。宝玉を一度使えばもう二度と元には……」
イヴァン2世が決意を込めて告げるのに、将軍のひとりがためらいを見せた。
「この状況ではやむをえまい。他に方法があるか? このシグリアを救う術が。この王城を救う術が。もはや兵力は喪失し、騎士団は壊滅した。勝利するためには宝玉を使う以外に他に方法はないだろう」
本当にもう術はない。王城内にいる戦力は残り1000名程度で、他は壊滅した。シグリアに駐留していた数万の戦力も、天使を召喚できる騎士団も、連絡は取れない。壊滅したものとみて間違いない状況だ。
ならば、どうやってこの完全な死の街と化し、異形の怪物の巣窟となったシグリアを救うというのだ?
「宝玉は既に準備している。私が出たら城門を再び閉じよ。宝玉を使った者の理性はなくなるというふうに聞いているからな」
「畏まりました、陛下」
イヴァン2世はそう告げて拳大の大きさをした琥珀色の宝石を取り出した。
「そのご決断に敬意を示します」
イヴァン2世がその宝石を取り出すのに、オマリが敬礼を送った。
「私が亡き後はエリザベータを女王とせよ。分かったな」
「了解しました。エリザベータ殿下をマルーク王国の女王として迎えます」
遺言のようにそう言い残すイヴァン2世を将軍たちは沈痛の表情で見ている。
「さあ。怪物どもに一泡吹かせやろう。マルーク王国がそう簡単には滅ばぬことを連中に教育してやる。待っていろ、怪物どもめ」
イヴァン2世はそう呟きながら、王城の正面玄関に向かった。
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私は城門が開くのを見た。
「降伏するつもりか?」
無防備に開け放たれる城門を見て私はそう感じた。
「降伏など受理なさいませんよね、陛下?」
「当たり前だ。もうここまで来て降伏なんて受け付けるつもりはない。そんなことは私が知っているルールにはないんだ」
私が知っているゲームのルールには降伏して和平を結ぶなんて選択肢はない。全滅するまで戦うか、途中でゲームをリタイアして全滅するかだ。
そして、私はこのリタイア不可能な現実世界において降伏を受け入れるつもりなど欠片もなかった。このまま生かしておけば絶対に後になって痛い目を見る。そう考えていたがために、ここまで皆殺しで突き進んできたのだ。
知り合った服屋の店員も肉屋の店員も殺した。女子供も老人も殺した。
今の私に禁忌はない。あるのは勝利への渇望だけだ。敵を殲滅し、勝利することへの意欲だけだ。それがアラクネアの集合意識によるものなのか、私自身の意志なのかは理解のしようがない。
「セリニアン。警戒して。敵は何か切り札を持っているのかもしれない」
「畏まりました、女王陛下」
これが降伏の意志表明などではなかったら、敵は城の中から何かを出してきたことになる。それな何なのかは不明だ。だが、敵は城門を開いてまでそれを出そうとしているのだから、それなり以上の脅威と見るべきだろう。
「女王陛下。警戒されてください。何か、危険なものがきます!」
セリニアンが私にそう叫び、私の前方にリッパースワームたちが展開する。こうなると本当に私は女王として守られていると感じることができた。
「姿を見せろ!」
セリニアンは果敢にもそう告げ、黒い剣を構えて城門に進む。
「貴様らが侵略者か。我らが国土を侵略したものたちか」
セリニアンの前方に現れたのは初老の男性だった。纏っている衣類からして、高貴な身分にあることは間違いない。貴族か。それとも王族か。いずれにせよ、生かしておいていい相手ではない。
「その通りだ。私たちがこの国を侵略した。君たちの国がエルフの村を襲い、私の友人だった人物を殺したために、そして我々の本能のために、全てを我らがスワームで覆い尽くせという本能のために、貴国を侵略した」
私は現れた高貴な身分の男性にそう告げる。
「そのような理由で、そのような理由で我が国の民を何百万と殺しに殺し、神聖な国土を侵し、今や王城すらも破壊しようとしているのか……?」
「その通りだ。それこそが理由。我らが復讐と我らが本能のために我らは行動した。他に理由などない。これ以外に理由など必要ない」
他に理由など必要ない。
私たちはアラクネア。邪悪なる蟲たちの陣営。殺し、増え、征服することこそが我らが本能。集合意識にインプリントされたそれが私たちを動かす。そして、私自身のアラクネアへの勝利への約束もまた同様に私たちを突き動かす。
「邪悪なるものどもめ。貴様らは生まれてくるべきではなかった存在だ。この世界に存在するべきではなかった存在だ。貴様らのせいで大勢の者が不幸になった。貴様らは不幸を運ぶものどもだ」
「どうとでもいうがいいさ。私たちはこれからも本能のままに動く。攻撃を受ければ徹底的に報復する。その本能を思う存分に振るう。それこそがアラクネア。私の率いるアラクネアだ」
やられたらやり返すのは当たり前だ。腹が立てば怒り散らすのは当然だ。
私はその当然と当たり前に、アラクネアの本能を上乗せしているだけに過ぎない。アラクネアが真にアラクネアとなるならば、私のように理由を付けて征服するのではなく、理由もなく世界を破壊するだろう。
「ほざくがいい。貴様らはここで終わりだ。今ここで滅びよ。我らが進化の宝玉の力によって!」
高貴な身分の男が叫んだと同時に、彼が手に持っていた琥珀色の宝石が輝いた。
次の瞬間、男の体と筋肉は何倍、何十倍にも膨れ上がり、強靭な筋肉と硬く黒い体毛に覆われた怪物と化した。私は突然のことに本当に呆気にとられたが、すぐにやるべきことを始めた。
すなわち、この障害を排除して勝利することを。
「セリニアン! あれを押さえろ! リッパースワームは援護だ! かかれ!」
「了解です、女王陛下!」
セリニアンが前方に立って暴れ始めた大男を押さえるのに、両サイドからリッパースワームが突撃する。3方向からの同時攻撃ならば、敵がいかに意味不明な化け物だったとしても、対応できないはずだ。
だが──。
「オオオッ!」
大男は雄叫びを上げて両サイドから突入したリッパースワームを薙ぎ払う。鎌が腕に突き刺さっても、牙が肉を裂いても、まるで気にせずに攻撃を繰り広げる。
クレイモア、ハルバード、バリスタでなければ倒れなかったリッパースワームがバラバラになって倒れる。手足が引き千切れ、牙が折れ、上半身と下半身が分断され、何十体ものリッパースワームが屠られる。
「これは……どう手を出したら……」
セリニアンも目の前の狂戦士のごとく戦う大男を前にどうしていいのか分からず、迷いながら辛うじて繰り広げられる拳による攻撃を受け流していた。天使たちの攻撃も苛烈だったが、この大男の攻撃は更に苛烈だ。
「セリニアン。リッパースワームと連携しろ。あの大男の注意がリッパースワームに向かった瞬間に、攻撃を叩き込め。相手は巨大化はしたが、腕の数は増えていない。両サイドからリッパースワームが襲い掛かれば隙が生じる」
どうにも苦しい指示だ。相手は確かに両サイドから攻撃を受ければそちらに注意が向くだろうが、かといってセリニアンが攻撃する隙が生じるかは疑問だった。
「やります!」
両サイドからリッパースワームが襲い掛かり、鎌と牙を突き立てられた時、セリニアンが動いた。正面から突破し、破聖剣を振りかざした。
だが、セリニアンの攻撃は達さなかった。
「ぐうっ……!」
セリニアンは大男から蹴りを叩き込まれて、後方に吹き飛ばされる。だが、セリニアンは辛うじて姿勢を立て直し、破聖剣を握って再び大男に立ち向かっていく。見ていて痛々しい。
「セリニアン、無事か!?」
「無事です! まだやれます!」
私が慌てて叫ぶのに、セリニアンが再び大男に向けて駆ける。
だが、また足で蹴り飛ばされるだけだ。
私はセリニアンとリッパースワームたちに糸を使わせて男の動きを封じ込めようとするが、それすらも容易く引きちぎられてしまう。打つ手なしだ。
何か方法は、何か方法はないか? セリニアンに攻撃のチャンスを与える方法はないか。リッパースワーム以外に使えるものはないか。どうすればあの大男を倒すことができるだろうか。
何か手は。何か手はないのか。何かセリニアンを助けるための手段は。
「そうだ。まだ手ごまはある」
私は思いついた。
「セリニアン! 5秒後に攻撃を仕掛けろ! リッパースワームも同時にだ!」
「了解!」
私は手を打った。この状況を打破する手を。
「ディッカースワーム!」
5秒後丁度にディッカースワームが這い出て大男の足元を押さえ込んだ。
そうディッカースワームだ。今回の戦いにも彼らを連れてきていたのだ。
そして、リッパースワームが両側から攻撃を仕掛ける。これによって大男は両側と足元を塞がれ、完全に無防備になった。今こそ攻撃のチャンスだ。
「はあっ!」
セリニアンがその一瞬の隙を突いて、大男の頭を叩き切った。首は引き裂かれ、鮮血が噴水のように飛び散り、大男の体は痙攣すると地面に倒れそうになる。
だが、それでも倒れなかった。
大男はリッパースワームの攻撃を振り払うと、その巨大な両腕でセリニアンに掴みかかった。セリニアンは大男の両腕に押さえ込まれ、何とか振り払おうとするが、そう簡単には大男の腕は振り払えない。
「リッパースワーム! 腕に毒針を刺せ!」
私はセリニアンを救出するためにリッパースワームに命じる。リッパースワームたちが麻痺性の毒を大男に注入し、セリニアンを押さえつける大男の両腕が麻痺するとセリニアンは何とか解放された。
「けほっ……」
セリニアンは咳き込むと、なんとか立ち上がる。
痛々しいがまだ戦いは終わっていない。
「セリニアン、トドメを刺せ!」
「はい、陛下!」
それでもセリニアンの動きは素早かった。
セリニアンは立ち上がると、頭のない大男の心臓に破聖剣を突き立てた。
大男は次こそは膝を突き、地面に崩れ落ちた。そして、元の普通のサイズの人間になっていく。これでようやく勝利というわけだ。
「セリニアン、大丈夫か?」
「はっ。大丈夫です、陛下。心配をおかけして申し訳ありません」
私がセリニアンの傍に駆け寄ると、セリニアンは泣き出しそうな表情でそう告げた。
「泣かない、泣かない。セリニアンは勝利したんだ。セリニアンは立派な騎士だよ。今回も私のために勝利してくれたんだから、な」
「すみません……。女王陛下のお手を煩わせたと思うと本当に申し訳なくて……」
これにて、王城前での戦いは終わった。
残りは王城の中に立てこもっている連中を始末するだけだ。
これだけ苦労をかけさせてくれたんだから、それ相応の報いは受けてもらおう。
…………………
本日21時頃に次話を投稿予定です。