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アーリル川の戦い

本日2回目の更新です。

…………………


 ──アーリル川の戦い



 私は丘の上からセリニアンと共に風景を見渡す。


 川だ。


 川があることは知っていたが、実際に見ると実に悩む。


 ゲームの世界では川は移動不能な地形だった。少なくとも何もない状況では川を渡るわけにはいかない。アラクネアにしろ、他の陣営にせよ、泳げるユニットは少数だけだ。確か海洋種族の陣営は川も泳いで移動できたはずだ。


 まあ、他の陣営の話を話してしょうがない。とにかく、スワームたちは川を泳いで渡るわけにはいかない。橋を奪うことが一番手っ取り早い。


 だが、偵察に送ったリッパースワームによるとここら辺にある橋は片っ端から防御が固められているらしい。普通の攻撃なら押し切れるのだが、相手も学習したらしく、バリスタや魔術師が動員されている。


 魔術師は苦手だ。アラクネアには魔術師に相当するユニットが存在しないということもあるが、いまいち対策する手段が思い浮かばないのだ。近接戦闘には弱いので犠牲を覚悟によって数で押し切るか。


 さて、敵に固められた橋となるが、数で押すのが頭を使わなくていいのだけれど、芸がない。ここはひとつ策を練ってみるか。


「ワーカースワーム」

「はっ。女王陛下、何でありましょうか?」


 私がワーカースワームを呼ぶのにワーカースワームが首傾げてやってきた。


「ワーカースワーム、川を渡りたい。できるか?」

「お時間がいただければ」


 私の質問にワーカースワームがそう告げて返す。


「時間は作る。その間に上流に渡河可能の準備を。任せた」

「畏まりました、陛下」


 ワーカースワームは私の言葉に頷いて仲間を率いて上流に向かった。仲間は数が多ければ多いほど建設速度が上がる。私はとりあえず20体ほどのワーカースワームを渡河可能地点設置のために向かわせた。


「残りのワーカースワームは攻城兵器の作成開始。“投骨機”を4基。残ったワーカースワームは動員して」

「了解しました、女王陛下」


 攻城兵器のような施設は金不足でアンロックできていないから初歩的なものしかない。“投骨機”は文字通り骨の塊を投げつける代物だ。遠隔投射できるだけで、大したダメージは与えられない。


 それでも嫌がらせくらいにはなるはずだ。


「リッパースワーム、前進開始」


 “投骨機”が完成し、敵陣に向けて骨を投射し始めると、私はリッパースワームたちに前進を命じた。リッパースワームたちは群がるようにして、橋に押し寄せ、一気に橋を押し通ろうとする。


 黄土山脈では敵の準備が不十分だったために数のごり押しで突破できたが、今回は敵は厳重に備えているうえに、川があるせいでディッカースワームが使えない。状況的には非常に厳しいのが現状だ。


「バリスタ、撃て!」


 太い弓矢が連続して放たれ、リッパースワームたちを屠る。だが、リッパースワームたちはその死骸を乗り越えて押し進む。集合意識を共有する彼らは死の恐怖など感じない。ただ命じられたままに、あたかも肉挽き機に放り込んだようにして死体の山を作りながら突撃する。


 彼らのことが哀れでならないが、必要な犠牲だ。


「魔術攻撃準備!」


 忌々しい魔術師め。魔術師の詠唱と共に降り注ぐ火球によって橋が真っ赤に燃え、リッパースワームたちが焼かれていく。だが、それでもリッパースワームたちの突撃は止まらない。彼らは健気だ。


 敵戦力はおよそ5万、対するこちらは15万だ。いつまでもこんな戦いを繰り広げていれば先に倒れるのは向こうで間違いない。だが、私はリッパースワームたちの死体の山を作って勝利するなどということはしたくなかった。


 頭が悪すぎるし、リッパースワームが哀れだ。


 私がそんなことを考えている間にリッパースワームの第6陣辺りが橋の向こうに到達した。リッパースワームは鎌を振り回して居並ぶ重装歩兵の首を刎ね、手足を切断し、仕上げに上半身と下半身を分断する。


「重装歩兵! 応戦しろ!」


 敵の重装歩兵は1000名といったところか。他はただのパイク兵だ。重装歩兵さえ突破してしまえば残りは楽に片づけられるな。


「ふんっ!」


 だが、この重装歩兵が厄介だ。敵は学習したらしく、スワームに有効なクレイモア、ハルバードといった重装備を使用している。リッパースワームも負けてはいないが、攻撃が命中すると揺さぶられ、牙が折れ、鎌が折れ、頭を叩き潰されて死んでいく。


「腹の立つ人間たちだ」


 私はその様子を眺めてそう呟いた。


「陛下。敵が橋を落とそうとしています」


 脇に控えていたセリニアンがそう告げる。


 だが、私はセリニアンがそう告げる前に気付いていた。集合意識万歳。


 敵は投石器から岩石を石橋に向けて放ち始め、更には爆裂系の攻撃魔術を石橋に放ちつつある。スワームたちを十二分に引きずり込んだから、あとは橋を落として退路を断ち、そのまま殲滅してしまおうという気だろう。


「橋は落とさせていい。こちらの準備は整った」


 私はセリニアンに向けてそう告げた。


 そう、準備は整った。


 橋ができたのだ。


 いつのまにかここから離れた上流に一本の橋が架かっている。


 ワーカースワームの粘着質な涎と付近の砂と岩石で作られた橋。それが上流に完成したのだ。既にリッパースワームたちはその橋を通って一気に対岸に渡りつつある。


「敵が対岸に渡っているぞ!」

「どうなってる! そこに橋などあったか!」


 橋を正面から馬鹿正直に攻撃させたのは陽動だ。敵にはこちらに橋を架ける能力などないと思わせ、敵の注意を橋に集中させておくためのもの。犠牲になったリッパースワームたちには申し訳ないけれど、攻撃は成功した。


 敵が慌てふためくのが目に見えるのが愉快でならない。


 さあ、後は踏みにじるだけだ。


 お楽しみの始まり、始まり。


…………………


…………………


「ストロガノフ公閣下! 敵が我が方に渡河しました! 敵兵約5万が我が方に向けて進軍中です! どうなさりますか!?」


「まさか。ただの化け物ではないのか。連中には知性があるとでもいうのか。こんな醜く、愚かな怪物たちが我々の裏をかくなどありえるはずがない!」


 ワーカースワームが作った橋を通じて、無数のリッパースワームが自軍に向けて押し寄せてくるのを見て、このアーリル川中央の防衛を任されていたステファン・ストロガノフ公爵は混乱に陥った。


 ただの魔獣の類だと思っていた。突然変異した魔獣が押し寄せてきているのだと思っていた。これまで騎士団や兵士たちがやられてきたのは、ただ敵の数が多く、そして突然変異によって以上に強靭になっているからだと思っていた。


 だが、違う。敵は戦術を使うのだ。敵は知性なき魔獣などではなく、人間並みの知性を持った怪物なのだ。


 橋の攻撃は完全な陽動だった。自分たちはその陽動部隊を討ち負かしていい気になっていた。敵の本当の狙いは上流にいつのまにか架けた橋からの攻撃だったというのに。何という失態だろうか。


 ステファンはこの戦いに勝利すれば、国家の英雄となり、晴れてあの美しい──幼いのがいい──第2王女エリザベータと結婚するつもりだったのに。それが一本の橋で総崩れになりそうになっている。彼の輝かしき未来が閉ざされようとしている。


「だが、こちらには切り札がある。聖ジューリア騎士団、前へ!」


 ステファンは正面に未だに残る敵を相手にしながら、命令を発する。


 迫りくる5万近いリッパースワームに応じるのは1000名に満たない騎士団だった。


「頼みましたぞ、団長!」

「お任せを、ストロガノフ公閣下!」


 ステファンが告げるのに、聖ジューリア騎士団の団長が応じる。


「天におられる光の神に仕えしもの。今ここに降臨されることを願います、天使マヤリエル様!」


 切り札とは騎士団が擁する天使だ。


 呼び出された天使は前回セリニアンたちが相手にしたアガフィエルとは異なり、甲冑に身を纏い、光り輝く長剣を手にしていた。神々しい光が放たれている姿だがは、アガフィエルと同じだ。


『人間よ! 汝、困難の時にあるか!』


「はっ! 我らが今、存亡の危機に立っております! あの邪悪なる怪物たちを退けなければ、このマルーク王国は滅び、何十万、何百万という民が犠牲となることでしょう。どうかそのお力をお貸しください!」


 マリヤエルが問うのに、聖ジューリア騎士団の団長がそう願いを届ける。


『よろしい。では手を貸そうではないか。あのものたちは確かに邪悪な存在。天使として見過ごせるものではない!』


 マヤリエルはそう告げて、一気に飛翔し、上流から迫りくるリッパースワームの群れの中に突っ込んだ。


 そして、マヤリエルが剣を振るうと数百体のリッパースワームたちが切り裂かれる。弓矢の攻撃を弾き、多少の攻撃ならば受け流してきたリッパースワームたちが、次々に切り倒され、死体に変わっていく。


 リッパースワームの並大抵の攻撃なら弾く外殻が溶けるように裂かれ、あっという間に数十体のリッパースワームが消滅同然に切り裂かれてしまう。


 リッパースワームたちも、マヤリエルに飛び掛かり、鎌や牙で応戦するがまるで効果がない。天使と呼ばれる存在であるマヤリエルには特別な力があるようであった。アラクネアにとっては実に厄介なことであるが。


『その程度か、邪悪なるものたち! ならば、ここで果てるがいい!』


 マヤリエルがそう告げて、次のリッパースワームの群れに狙いを定めた時であった。


「はあっ!」


 突如としてリッパースワームの群れの中から大きく飛翔するものが現れ、マヤリエルに対して襲い掛かってきた。地上を疾走するリッパースワームとはまるで動きが違う。完全に別物だ。


 それもそうだろう。マヤリエルに襲い掛かっているのはセリニアンなのだ。


「また羽根つきが現れたか! 我らが女王の名において我が剣の錆にしてくれる!」


 セリニアンはそう叫び、マヤリエルに長剣を振り下ろす。


『ぬうっ! これは破聖剣だと! 貴様、堕落した聖騎士か!』

「己の出自など関係ない! 私は女王陛下の盾となり、剣となるのみっ!」


 うろたえるマヤリエルにセリニアンが攻撃を繰り出す。


『いいだろうっ! 全力で相手してくれる!』


 マヤリエルがそう告げて翼を大きく広げると、セリニアンに突撃する。


 天使の羽を羽ばたかせ、一気に航空に舞い上がるとセリニアンめがけて急降下してきたのだ。その携えた長剣を構えたままに。


「くうっ……!」


 マヤリエルの急降下爆撃のような強力な一撃に、セリニアンが地面に叩き落される。


「まだだっ! 私は女王陛下の騎士! 何があろうとも!」


 セリニアンは体勢を立て直すと、再び跳躍して、マヤリエルに切りかかる。


『無駄だ! 邪悪なるもの!』


 マヤリエルはセリニアンの攻撃を受け流し、逆にカウンターを叩き込んでくる。剣を受け流され、マヤリエルの膝を腹部に叩き込まれたセリニアンが呻く。セリニアンは地面に落下するが、辛うじて倒れてはいない。


「まだだ……っ! 私は女王陛下の騎士! 何があろうともっ!」


 そして、セリニアンが素早く姿勢を立て直して次の攻撃を繰り出す。


 だが、今回は単純に切りかかったわけではない。


『むうっ! 糸だとっ!』


 そうセリニアンは尾から糸をマヤリエルに向けて放出し、その剣を縛り、思いっ切り引き寄せた。マヤリエルの姿勢が崩れ、セリニアンの方に倒れこんでくる。同時にセリニアンはマヤリエルに急速に接近する。


 これが突破口となった。


「まずは一撃っ!」


 セリニアンの破聖剣がマヤリエルの体を引き裂き、マヤリエルが悲鳴を上げる。


「次に一撃!」


 セリニアンは痛めつけるようにマヤリエルの体を切り刻んでいく。肩を斬り、腕を斬り、腹を裂き、脚に刃を突き立てる。


「まだだ! 果てるまで苦しめ、羽根つき!」

『やめろぉ! やめてくれっ!』


 セリニアンは糸によって完全にマヤリエルの動きを封じると破聖剣でその体を滅多刺しにする。セリニアンの圧倒的強さの前にマヤリエルは手も足も出ず、痛めつけられるがままになっていた。


『おのれっ! おのれっ! この程度で天使を屠れるものか!』


 マヤリエルはセリニアンの糸を強引に引き千切ると、セリニアンに襲い掛かった。


『食らえ、邪悪なるもの!』

「死ぬがいい、羽根つき!」


 セリニアンとマヤリエルの剣が交錯し──。


『がはっ……!』


 マヤリエルの首が引き裂かれ、その傷が致命傷となった。破聖剣によって引き裂かれた彼は人間のように流血こそしなかったものの、光の粒子に変わっていきながらこの世から消滅してしまった。


「そ、そんな! マヤリエル様が!」

「天使様が屠られるなどありえるはずがない!」


 マヤリエルがやられた姿を見て、マルーク王国側に動揺が走る。


 天使──この世界では騎士団が擁し、絶大な力を振るうもの。それを殺すことは事実上不可能であり、無敗の存在として君臨していた。故にマルーク王国側もマヤリエルがやられるなどとは思ってもみなかったのだ。


 だが、彼らは忘れていた。同じ天使を有していた聖アウグスティン騎士団が壊滅しているという事実を。


 そして、彼らは知らなかった。ブラッディナイトスワーム“セリニアン”という英雄ユニットが持つポテンシャルというものを。彼女は恐らく神ですら切り殺せるだろう力を秘めているということを。


「愚かな人間たち! 今、我らが女王陛下を前にひれ伏すがいい!」


 セリニアンはそう告げて、長剣を構える。


「もうダメだ! お終いだ!」

「馬鹿野郎! 最後まで戦え!」


 マルーク王国軍の士気は総崩れとなり、脱走兵が隊列を離れようとしては下士官に切り殺される。もはや味方に殺されるか、敵に殺されるかの世界になってしまった。


「き、貴公は人間の言葉を理解するようだ。どうだろうか、降伏交渉を行ってはもらえないか……? 我々は条件次第では貴公の軍に降伏する準備がある……」


 ステファンは人間の言葉を発したセリニアンを見て、降伏が可能なのではないかと思い始めた。このまま皆殺しにされるよりも、降伏した方が兵士たちのためにもなるし、自分も生き残ることができる。


 そう、ステファンは生き残りたいのだ。この狂気じみた戦場から。そして、生き延びて美しいエリザベータと結婚し、彼女を味わい尽くしたいのだ。


「何をふざけたことを、我らはアラクネア。世界をスワームよって統べるもの。我らが女王陛下の友人に手をかけ、我らが同胞たちを殺し、これまで容赦なく殺し合ってきたというのに降伏だと?」


 セリニアンはステファンの申し出を鼻で笑った。


「さあ、武器を取れ。戦士というならば最後まで戦ってみせるがいい。我らがそれを踏みにじり、絶望に変えてくれる」


 セリニアンは長剣をステファンに向けてそう宣言した。


「ええい! やむをえん! 戦闘開始だ! 魔術師は全力で攻撃魔法を敵に叩き込め! 重装歩兵とパイク兵は円陣を組んで魔術師たちを防護しろ!」


 ステファンは自棄になって命令を発する。


 重装歩兵とパイク兵は魔術師たちを囲むように円陣を組み、そして魔術師たちはその中で攻撃魔法を発する。夥しい火の雨がセリニアンたちスワームに降り注ぎ、全てを薙ぎ払わんとする。


「駆け抜けろ! 女王陛下のために!」

「女王陛下のために!」


 セリニアンとリッパースワームたちは炎の中を駆け抜け、ステファンの軍に迫る。その速度はゲーム中最速だったリッパースワームだったこともあり、一瞬でマルーク王国軍の陣形に接触し、重装歩兵の首を牙で刈り取り、パイク兵の胸を鎌で突き刺し、円陣を食い破った。


 それからは虐殺だ。


 防護を失った魔術師たちはリッパースワームとセリニアンたちに八つ裂きにされ、周囲を取り囲まれた残りの重装歩兵とパイク兵も同じようにただの肉塊になり果てる。


「終わりだ」


 セリニアンがそう宣言するときにはこのアーリル川での決戦に臨んだマルーク王国軍の部隊は完膚なきまでに壊滅していた。


 司令官のステファンも死に、その亡骸は他の兵士の死体と混じって判別がつかないものに変わっていた。手足が玩具の人形で遊び散らしたように散らばり、顔面にはリッパースワームの鎌が突き立てられた痕跡が残っている。


「ご苦労様、セリニアン」

「はっ。これで川を渡れますね、女王陛下」


 全てが終わった時、遠隔地から集合意識で指示を出していたアラクネアの女王がセリニアンの傍にやってきてセリニアンをねぎらう。


「みんなもよくやってくれた。ここでの戦いは厳しかったけど、勝ったのは我々だ。もはや我らを遮るものはない。北と南の部隊と合流して、一気に王都シグリアを陥落させ、この国を滅亡させる」


「我らが女王陛下に栄光あれ」


 アラクネアの女王が告げるのに、スワームたちが服従の姿勢で女王を讃える。


「けど、セリニアン。君は相変わらず喋りすぎだ。そんなに戦いながら喋ると舌を噛むよ。雑魚は適当に切り殺して」

「も、申し訳ありません、陛下」


 かくて、アーリル川での決戦はアラクネアの勝利に終わった。


 その勝利の前にマルーク王国は厳しい状況に立たされる。


…………………

本日の更新はこれでお終いです。

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