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肉団子

…………………


 ──肉団子



 リーンの街を攻略している間に北部と南部でもリッパースワームによるラッシュが行われていた。城門はディッカースワームによって破壊され、都市になだれ込むリッパースワームを前に動員された民兵たちができることはなかった。


 殺し、殺し、殺し。流血、流血、流血。


 リッパースワームたちは情け容赦なく街の住民も民兵も八つ裂きにし、ワーカースワームたちがその死体を一ヵ所に集めた。


「はい。肉団子を作って」


 私は集まったワーカースワームたちにそう告げる。


「肉団子ですか?」


「そう。ゲームじゃ君たちも作ってたでしょう。殺した敵兵の死体を肉団子にする。受胎炉に死体をそのまま押し込むより肉団子にした方が入れやすいし、それに保管するのにも場所を取らない」


 ワーカースワームの1体が尋ねるのに、私はそう説明した。


「餌玉のことですね。理解しました。ただちにかかります」

「よろしく」


 私の言葉を理解したワーカースワームたちが死体に牙を突き立て、鎌を突き立てミンチにしていく。服ごと、鎧ごと、ワーカースワームたちは粘着質な音を立てて、死んだ兵士や民間人をミンチに変えていく。


 その死体の中には私のドレスを買った服屋の店員や、いつも食肉を売ってくれた肉屋の店員などが混じっていたが、私はさしたる感情を覚えなかった。これは戦争なのだから、敵側の人間が死ぬのは当たり前じゃないかと。


 その間にもワーカースワームたちはミンチを生産し続け、それを小分けにするとくるくると器用に回し、肉団子を形成した。国産人間肉100%使用の肉団子の出来上がりだ。ワーカースワームたちは餌玉と読んでいるからそっちの方が正しいのだろうが、まあどっちでもいいだろう。


「女王陛下。これから何をすれば?」

「3分の2は受胎炉に入れて。受胎炉は完成したんだよね?」

「はい。出来上がっております」


 マルーク王国は憎々しいことに広い。


 いちいち拠点の洞窟に戻っていては時間がかかりすぎる。ラッシュで重要なのは速度なのだ。何よりもその速度を以てして敵が対応できない間に蹂躙しきるのが、ラッシュに基本である。


 その点アラクネアはラッシュに向いている。リッパースワームは生産コストは安く、そして作成速度も速い。序盤から大軍勢を作れる。もっとも、リッパースワームが通じるのはゲーム序盤だけで、後半になると敵のアップグレードしたユニットに簡単に屠られてしまう儚い生き物なのだが。


 話は脱線したが、ラッシュに話を戻そう。


 マルーク王国は広く、私たちが現在保有しているリッパースワームだけでは覆い尽くしきれないと思われる。私は小さな辺境の街や農村のひとつも逃さず壊滅させるつもりなので、数は必要なのだ。


 そのために前進基地を設置した。


 前進基地というのは拠点機能を戦線付近に構築したもの。建物の建造を可能にする小型拠点“アラクネアの巣”、スワームたちを生み出す“受胎炉”を中心に、受胎炉を動かす“動力器官”や資源を補完する“肉臓庫”。必要最低限のものが、このリーンの街の広場に前進基地として設置されていた。


 ここから新しくリッパースワームを生み出して前線に送り込む。


 普通はリッパースワームラッシュでこんな面倒なことはしないのだが、敵はリッパースワームラッシュに耐える可能性を含んでいる。ならば、用心に用心を重ねても仕方がないものだ。


「全受胎炉、リッパースワーム、生成」


 リッパースワームより上位の中級ユニットを生産するということも考えたが、今はリッパースワームに集中させる。移動速度が全ユニット中最速のリッパースワームとそれに次ぐ速度のディッカースワームに、別の中級ユニットを混じらせると全体の足が遅くなる。それは望ましくない。


 ラッシュは速度が命。敵がリッパースワームに対抗する術を生み出す前に、速度によって叩き潰してしまわなければならない。


「北と南でも前進基地が完成してリッパースワームを大量生産中、と。総勢10万体とはびっくりな数字だ。私のパソコンだったら処置落ちしてたね」


 北と南でも都市の住民を貪り、軍隊を屠って、リッパースワームの軍勢が膨れ上がっていた。私の集合意識には10万体のリッパースワームたちの意識が入り込んでいる。頭の中がどうにかなりそうだ。


「リッパースワームは50体ごとに完成したら前進。波状攻撃だ。リッパースワームの波状攻撃は恐ろしいよ。並みいるもの全てを飲み込んでいき、落ちないと思われた要塞が呆気なく陥落するんだから」


 私は集合意識を通じて命令を発する。


 集合意識は便利なものだ。その世界にいながらにして、モニターからゲームをプレイしているように命令が下せる。物事を俯瞰して眺め、取るべき最善の策を講じることが可能になる。


「セリニアン。私たちも前線に向かう。君のレベリングをしなくては」

「はい、陛下。ですが、陛下は安全な場所におられた方がいいのでは……?」


 ふむ。セリニアンのいうことももっともだ。私は前線にいても何の役にも立たない。完全な足手まといだ。強いのはユニットたちであって、アラクネアの女王である私はただのブレーンに過ぎない。


「それでも行くよ。自分のしたことを見届けたい」


 それでも私は前線に向かう。私がやったことを直接目にするために。


 きっと集合意識の映像だけでは分からないものが分かるだろう。


「そう仰られるのであれば、このセリニアン。全力で女王陛下をお守りします」

「頼んだよ、セリニアン」


 きっと前線は死体の山だ。そして前進基地に肉団子にされた死体が運び込まれては、新しく受胎炉でリッパースワームを生み出すのだ。


 その光景を見たとき、私はどう思うだろうか。


 自分のしたことを後悔する? 彼らに憐みを覚える? 責任に胸が痛くなる?


 どれもあり得ない。何故だかそう断言できる。


「では、行きましょう、女王陛下」

「ああ。行こう、セリニアン」


 私は征く。異形にして愛しい蟲たちと共に。


 私は彼らに約束したから。彼らを勝利に導くと。


 だから、後悔も、憐れみも、責任も感じない。


 むしろ、アラクネアを勝利に導けないのではないかという不安の方が大きい。私はちゃんと今回のスワームたちを勝利させることができるだろうか。


 いや、やって見せる。私ならきっとやれる。


 それがどれだけ血に塗れたことでも私は成し遂げてやる。


 私の敗北は私を慕ってやまない蟲たちの全滅を意味しているのだから。


「セリニアン。私は負けない。きっと勝ってみせる。どんな相手でも」

「はい、女王陛下。私たちは女王陛下にどこまでも付いていきます」


 私たちは決意を胸に、前線へと向かった。


…………………


…………………


「ええい! どうなっているのだ! 何が起きたというのだ!?」


 マルーク王国王都シグリア。


 先ほどから激高しているのは国王イヴァン2世だ。


 簡単な遠征のはずだった。


 そう、エルフの森に攻め入ってエルフを根絶やしに、ニルナール帝国の先遣部隊を壊滅させるだけの仕事であった。たったそれだけで1万5000名の戦力は過剰だと思われていたほどであった。


 それが一転した。


 東方鎮守軍は完全に連絡が途絶し、壊滅したものと思われる。1万5000名の戦力が完全に壊滅したのだ。それも敗北の知らせを送る余裕すらないほど、徹底的に、かつ迅速に壊滅してしまったのだ。


 そして方々から届く知らせでは異形の集団が突如として現れ、街や村々を襲っているという。その数は数万に及び各地で掻き集められた民兵や騎士たちが交戦しているが、勝利の知らせはひとつもない。


「何が起きたのだ、オドエフスキー候!」


 イヴァン2世はオマリにそう告げて問い詰めた。


「わ、分かりません。一切が不明なのです。調査に向かった部隊も戻ってこず、命からがら逃げてきた兵士たちは恐怖で何も喋れないような状況でして……」


「まさかニルナール帝国の本格侵攻が始まったのか? あの国がついに我々の国に攻め込んできたのではあるまいな?」


 オマリがどう答えていいか分からずにおずおずと告げるのに、イヴァン2世がそう告げてその額を押さえる。


「いえ。外交筋ではニルナール帝国は今回の件に一切関与していないとのことです。ニルナール帝国大使も関与を否定しています。また諜報部門からの報告でも、ニルナール帝国が動いた気配はないとのことです」


 そう告げるのは宰相のスラヴァだ。


 ニルナール帝国は事件への一切の関与を否定した。自分たちはエルフたちとつるんでもいないし、聖アウグスティン騎士団を壊滅させてもいない。また、今王国を襲っている混乱とも無関係だと。


「では、どこの誰が攻め込んできたというのだ? このような暴虐な侵略を誰がなしえたというのだ?」

「分かりません……」


 イヴァン2世が必死に問いかけるのに答えられるものはいない。


「ここまでの侵略を受けて侵略者の正体すら分からないとは……。なんたることだ。我が国始まって以来の失態だ。既に敵は黄土山脈まで侵略を完了し、さらに前進しているものと思われるのに」


 黄土山脈とはマルーク王国の丁度中央からやや西に進んだ場所にある山岳地帯である。狭い溢路がいくつも延びている山岳地帯で、ここがマルーク王国の重要な防衛線のひとつであった。


 狭い地形に兵力を張りつけ、敵の移動を阻止することこそが黄土山脈以西を守るための戦略であった。敵は大兵力を投入できず、少数の戦力で足止めすることが可能になり、敵が損耗したら逆襲するのだ。


 だが、その黄土山脈は既に落ちている。


 何が起きたかをここにいる誰もが知らないが、黄土山脈から逃げ延びた兵士は無数の敵が押し寄せて、全てが蹂躙されたと告げている。


 そう、その通りだ。


 アラクネアの女王はリッパースワームに波状攻撃を行わせた。敵が少数の戦力で隘路を塞いで時間稼ぎをしようとするのに、ディッカースワームで彼らの足元を崩し、膨大な数のリッパースワームの津波によって防衛戦力を押し流した。


 弓兵の弓矢は何の役に立たなくとも、砦のバリスタと魔術攻撃はリッパースワームに有効だった。黄土山脈の隘路にはバリスタに貫かれたリッパースワームと魔術攻撃で焼かれた死体が転がっている。


 だが、それ以上にリッパースワームの津波に押し流された兵士の死体で満ちていた。


 恐ろしい侵略。


 黄土山脈の防衛線は崩れた。リッパースワームの大攻勢によって。黄土山脈はリッパースワームに覆い尽くされ、そこにもアラクネアの前進基地が設置された。黄土山脈を守っていた兵士たちは、肉団子にされて肉臓庫に収められるか、受胎炉に詰められて新たなリッパースワームを生み出している。


「どうすればこの侵略を阻止できるというのだ……」

「幸いにして決戦地点は残っています。アーリル川です。敵がアーリル川を渡河するときに決戦を行えるはずです」


 アーリル川は黄土山脈から更に西に行った場所に流れる川だ。南のアーリル・イル湖を水源としてマルーク王国を南北に横断する川である。


 そこがマルーク王国の第2防衛線だと言えた。川を渡ろうとする敵は弱い。兵は水において弱くなる。敵の正体が何であれ、川を渡るときには無防備になるはずだ。


 マルーク王国軍はそこを突く。


 敵が懸命に上陸しようとするところを対岸から滅多打ちにし、上陸したその場で攻撃する。そうすれば敵は脆くも崩れ、アーリル川に屍を晒すだろう。暴虐なる侵略は食い止められるのだ。


「では、アーリル川での決戦を。兵力は総動員しろ。これが決戦だ。これまでのように砦ごとに各個撃破されぬように兵力は纏めよ。できるな、オマリ?」


「はっ。既にアーリル川の防衛は命じております。渡河可能な橋を中心として、多大な兵力が展開しております。この戦いでもっとも過酷な戦いとなるでしょうが、我々が勝利する見込みのもっとも高い戦いでもあります」


 イヴァン2世が命じるのに、オマリが頷いてみせた。


「では、ただちに行動せよ。アーリル川で何としても敵を阻止するのだ」


 イヴァン2世はそう命じ、軍議を終わらせた。


「お父様!」


 イヴァン2世が内心で不安を抱えながら大広間を出たとき、第2王女のエリザベータが駆け寄ってきた。軍議が終わるのを外で待っていたようである。


「お父様。侵略は阻止できるのですか? 私は恐ろしくて、恐ろしくて……。敵がエルフの仲間だとすれば奴らも人間を食ってしまうはずですから」


「大丈夫だ。今、軍議で侵略を絶対に阻止できる案について話し合ってきたところだ。我が国の最大規模の戦力が、無法者の侵略者を屠り、お前を恐怖から解放してくれるだろう。間違いない」


 幼いエリザベータにも侵略の話は聞こえてきていた。


 敵は瞬く間に東方鎮守軍1万5000名を屠った。そしてそのまま西進を続け、王国最大の防衛線である黄土山脈を陥落させた。


 暴君のごとき侵略。


 宮廷の侍女たちはもはやマルーク王国は終わりだと嘆き、貴族令嬢たちも震え上がってどこに逃げればいいのか話し合っている。戦えないものは、この侵略を前にして怯えることしかできないのだ。


「そうであるといいのですが……。今、宮廷は恐怖と悲しみに包まれています。出征した家族が帰ってこないということや、野蛮な侵略者たちの手に掛かってはどのような目に遭うのかと……」


 エリザベータは今にも泣き出しそうな表情でそう告げた。


「安心せよ。マルーク王国は負けたりなどしない。次の遠征にはお前の婚約者でもあるステファン・ストロガノフも出征するぞ。奴の無事を祈ってやるといい」


「はい。あの方ならば大丈夫なはずです。きっと生きて帰ってこられるでしょう。私も戦いでの安全を祈っています」


 ステファンは公爵家の人間であり、王室の親類に当たる。


「さあ、戦いが始まる。我々が勝利する戦いが」


 イヴァン2世はそう告げたが、誰が勝利するかは分からなかった。


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本日21時頃に次話を投稿予定です。

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