脱出に向けて
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──脱出に向けて
私は脱出に向けた計画を練り始めた。
まずは周辺の状況を把握しなければならない。
そのためにこのヴェジアにマスカレードスワームを入れる方法を思いついた。
まずはディッカースワームに穴を掘らせて下水道などに穴を開ける。そしてディッカースワームが掘った穴をワーカースワームが補強してトンネルにし、そこをマスカレードスワームが通過してヴェジアの内部に侵入する。
それからはノイエ・ヴェジア城の周辺を観察させ、脱出の糸口となる場所がないかを探させるのだ。これで情報収集は遥かにはかどるはずである。
「ということで、よろしく頼むよ、セリニアン」
『畏まりました、陛下。ただちに準備いたします』
セリニアンは今にも私を助けに来たがっているようだが、それではダメだ。ちゃんと準備を整えなければ、私はこの城に閉じ込められたまま、セリニアンだけを失うことになってしまう。
「グレビレア」
と、セリニアンと脱出の算段を立てていたら扉からゲオルギウスの声がする。
「どうして、ゲオルギウス?」
「今日も城を案内してやろうと思ってな。どうだ?」
「是非」
私自身も情報収集活動は欠かさない。
機会があれば城の中を見て回って、脱出できる場所がないかを探る。今のところは成果なしだが、これからもっと城について知れば、脱出の機会はあるだろう。
「今日は……そうだな。ワイバーンでも見に行くか?」
「ワイバーンを私に見せていいのか?」
ワイバーンは軍事機密に当たるものだとばかり思っていたが。
「構わんだろ。お前がワイバーンをどうこうできるわけじゃないし、な。運が良ければ遊覧飛行をさせてくれるかもしれないぞ」
「全く。私は観光のためにここに連れてこられたわけか? そうなれば戦争が起きてないときに誘ってほしかったものだ」
ゲオルギウスが小さく笑うのに、私が肩を竦めた。
「まあ、人生何がどうなるかなんて分からないものだ。歴史の流れに逆らうのも楽しいかもしれないが、たまには歴史の流れに身を任せてみるのも楽でいいぞ」
「私は歴史に身を任せているつもりなんだがな」
私とゲオルギウスはそんな会話を交わしながら、ノイエ・ヴェジア城を進む。
途中でベルトルトとあったが、あの男は何も言わずに私とゲオルギウスを見送った。
「裏庭の先にワイバーンの発着場がある。今頃は作戦もなくて暇をしているだろう。連中のだらけた様子を見てやろうぜ」
いらずら小僧のようにそう告げるゲオルギウスは裏庭を抜けて飛竜の発着場へと向かった。そこには確かに中規模の滑走路と飛竜たちを飼育する厩舎があった。ワイバーンたちが厩舎の中で蹲り、時折泣き声を上げており、騎手たちがそれをなだめている。
「ちゃんと仕事してるか、空の勇士さん方」
ゲオルギウスはそんな中に入っていって、騎手たちに声をかけた。
「これはゲオルギウス様! ご視察ですか?」
「そうだ。このアラクネアの女王に我らが帝国の誇る空飛ぶトカゲを見せてやろうと思ってな」
若い騎手がゲオルギウスに敬礼を送って告げるのに、ゲオルギウスはそう告げる。
「ワイバーンが今までの戦争でどれだけ活躍したか、女王陛下に教えてやれよ」
「はい!」
若い騎手は英雄と話せて嬉しそうだ。
「南部統一戦争ではミステラル会戦において南部連合軍20万を空からの攻撃で一方的に鏖殺。その後も各地の戦いで、ワイバーン部隊は空からの攻撃によって戦果を上げてきました。ノールッジ、ケント、イーブル。ワイバーン部隊が勝利に貢献した戦いは100以上に及びます!」
それはまた大層なことだ。この帝国は自分たちだけが有する航空戦力で弱い者いじめしてきたわけだ。まあ、スワームという反則的な能力を持ったユニットで勝利してきた私が言えた口ではないが。
「アラクネアとの戦争においても、敵の蟲を大勢仕留めました。旧マルーク王国領での戦いではまさに一方的な勝利を収めたのです」
「だが、その後のシュトラウト公国戦線では苦戦しているようだな。まだシュトラウト公国は奪取できていない。そうだろう?」
若い騎手が誇らしげに語るのに私は水を差してやった。
「……確かにシュトラウト公国では勝てていません。ですが、時間の問題です。シュトラウト公国戦線には増援が派遣されて、突破を図ると聞いています。ワイバーン部隊の大規模攻撃によって敵を討ち破るのだと」
おや。敵はエルフの森の突破を完全に諦めてあの地獄の山道を突破することにしたのか。ローランにはこの情報を伝えておかなければならないな。対空攻撃が可能なポイズンスワームとケミカルスワームの増援を配置するように、と。
しかし、彼らもまさか私が今もアラクネアと連絡が取れているとはまるで思っていないようだ。軍事機密をペラペラ喋ってくれる。
「なあ、空いているワイバーンはあるか? アラクネアの女王に言葉ではく、実演でワイバーンの素晴らしいところを見せてやりたいんだよ」
「はっ! でしたらすぐに準備いたします! お待ちください!」
若い騎手はゲオルギウスの言葉に応じて、厩舎にかけていく。
「あんまり苛めてやるなよな。ワイバーンの騎手になるには相当な訓練が必要なんだ」
「おや。失礼だな。私は苛めた覚えなどないぞ」
ゲオルギウスがクスクス笑って告げるのに、私は肩を竦めた。
「困ったお転婆さんだ。ワイバーンの騎手になるには、まずは騎兵として3年勤務して、合格率3%の試験を受けてそれに合格し、更に振るいにかけてくる厳しい訓練を乗り越えなきゃならならん」
司法試験より大変そうだな。
「だから、連中は他の連中よりも強くワイバーンのことを重要視するんだ。お前にだってあるだろう。そういう大切なものは」
ゲオルギウスがそう告げるのに私は考え込んだ。
私はあまりがっつりと努力するタイプではない。コツコツ自分のペースで積み上げていくタイプだ。それで手が届く範囲で満足してきた。大層立派なワイバーンの騎手のように大事なものなどあるだろうか?
ああ。そうだ。ひとつあったな。
「分かる。その気持ちは分かる。私もあまり具体的には言えないが、努力の末に手に入れた大事なものがあったよ」
ゲームで最終進化形態になったセリニアン。あの最終進化を向けたときには、これまでの努力が実り、彼女にひと際強い愛着を覚えたものである。
今のセリニアンはペールナイトスワーム“セリニアン”だが、そろそろ次の進化形態に進んでもいいと思うのだけれどな。
「なら、連中の気持ちも理解してやってくれ。今は敵だが、連中だって努力してきたってことはな」
理解はしよう。だが、許すつもりはない。
ハルハの街を焼いたのはワイバーンだ。ワイバーンの騎手がいくら努力を重ねてワイバーンの騎手になったかは知っていても、ハルハの街を焼いたことは絶対に忘れないし、報いは受けさせてやるさ。
「その表情、何かよからぬことを考えているな?」
「失礼な男だな、君は。私はいつもこんな表情だ」
ゲオルギウスは案外鋭い。油断はできないな。
「そりゃ失礼。魔女のばあさんが鍋をかき混ぜているような表情だったもので」
「本当に失礼だな、君は……」
だが、こうして冗談を言い合える相手がいるのはいいものだ。
「飛竜の方を準備いたしました、ゲオルギウス様!」
「ご苦労さん。ちょっと借りていいか?」
「構いません。どうぞ」
若い騎手がワイバーンと共に戻ってきた。
ワイバーン、か。ここから飛んで逃げられれば楽なんだが。
ん? 飛んで逃げる……?
「さあ、遊覧飛行だ。ヴェジアの街を空から案内してやるよ」
「それはありがたいね」
私はゲオルギウスに押されてワイバーンに乗ることになった。
「ん? 君が後ろに乗るのか?」
「レディーを乗せるときはこれが基本だぜ。拉致してきたときは強引だったから後ろに乗せたが、普通は揺れの少ない前部に乗せるんだぞ」
ゲオルギウスは私を挟んでワイバーンの手綱を握った。
そうか、乗馬でも本来は前に乗せるのがいいと聞くが、そういうものなのだろうか。私がもうちょっと魅力ある女性だったらセクハラを疑っただろうが。このちんちくりんではセクハラする気も起きまいさ。
「なら、空を駆けるか。今日は天気もいいし、気持ちいいぞ」
ゲオルギウスはそう告げて、ワイバーンを滑走路で駆けさせると空に舞い上がった。
確かに風が気持ちいい。今日は涼しい天気のおかげで、空を飛ぶのも確かに悪くないと思える。
「ほら。あそこがヴェジアの城門だ。今は閉ざしっぱなしだな。商人たちは通用門から物資を搬入してるって話だ。戦時中は城門は閉ざすことになっているとはいえど、敵が遥か彼方にいるときもそうするのはちとおかしいよな?」
その城門が閉まっているおかげで、私たちはトンネルを掘らなきゃならないんだぞ。
「そして、あそこがヴェジアの中央市場だ。フランツ教皇国産のワインはもう手に入らないが、旧マルーク王国領にあったワインは手に入るそうだぞ」
ヴェジアの中央市場は活気に満ちているようであった。この戦時下でも人々が何不自由なく暮らしているのが分かる。それが憎々しい。
「この国のワインは不味いのか?」
「不味いってことはないが、フランツ教皇国産に比べると劣るな。歴史が違うせいか」
ワインの品質も歴史の積み重ね、と。
「そして、向こうに見えるのがヴェジアの中央広場だ。昔は大道芸人なんかが芸をしてたりしてたんだが、マクシミリアンがそういうのはニルナール帝国に相応しくないと止めさせたとさ」
「器量の狭い皇帝だな」
中央広場は静かだ。人が行き交うだけで何もない。出店も、何も。
「それからあそこが近衛兵の駐屯地だ。3個連隊の近衛兵が常駐している。脱走しようとして連中の厄介になろうとするなよ」
そう告げてゲオルギウスはクスクスと笑う。シャレにならない。
「なあ、ゲオルギウス」
「なんだ。リクエストか?」
私が問うのにゲオルギウスがそう返す。
ああ。リクエストだとも。
「このまま私をアラクネアの場所まで連れていってくれないか?」
私がそう告げるとゲオルギウスは黙り込んだ。
「君が皇帝に忠誠を誓ってないのは分かっている。それに私を捕らえていても、アラクネアは変わらず戦争を続ける。私を捕らえていても意味はない。私はあの城で監視されて過ごすのにはうんざりだ。アラクネアに帰りたい」
私は素直に心情を吐露した。
「ダメだ」
だが、ゲオルギウスはイエスとは言ってくれなかった。
「お前をあそこに返すわけにはいかない。少なくとも戦争が終わるまでは」
「私を捕らえておけば、戦争が優位に進むと思っているのか?」
ゲオルギウスが告げるのに、私がそう尋ねる。
「そうじゃない。アラクネアはニルナール帝国に負けるかもしらん。そのときにアラクネアにお前がいたらお前を殺せという命令が出るだろう。俺はお前を殺したくはない。だから、ここにいてくれ、グレビレア」
そうか。ゲオルギウスは純粋に私を心配してそう言ってくれているのか。私が敵陣に敵としていれば、殺すのが適切だ。だが、人質としてノイエ・ヴェジア城に閉じ込められたままならば、殺す必要はなくなってくる。
そうか……。そこまで考えているのか、君は。
「無理を言って悪かった、ゲオルギウス。だが、こうやって空を飛んでいると、自由にどこにでも行ける気がしてな」
「空を飛んでいるときは世界で一番自由な時間だからな。その気持ちはわからんでもない。俺もグレゴリアの英雄なんて立場を投げ捨てて逃げたくなる時がある」
私が眼下に広がるヴェジアの街を眺めながらそう告げ、ゲオルギウスがそう返す。
「しばらくは囚われの身でいよう。だが、私は結局はアラクネアに戻ることになるぞ。私を殺せるか、ゲオルギウス?」
「そんな残酷な選択肢を突き付けないでくれ」
私たちはそんな会話を交わしながら、ヴェジアの上空を旋回すると降下して滑走路に戻った。
ゲオルギウスは敵とは思えないぐらいに優しい。
だが、敵だ。それも強大な敵だ。
私たちは彼を倒せるだろうか?
だが、それより前に心配することがある。私がここから脱出できるかだ。
私はそのために一計を案じた。
上手くいくかは今日の晩には分かるだろう。
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