3.6.出立
朝が来た。
昨晩は無事にサテラの部屋に辿り着き、眠りにつくことができてゆっくりすることができた。
サテラが起きた途端俺を抱きかかえてきて朝支度を整え始めた。
領主の娘だけあって、部屋の中にある支度道具の使い方は殆ど知っているようで、髪を櫛でといたり、着替えたりと忙しない。
その隣で俺はMPを100使って人間の姿になる。
子供だから言葉ではなかなか信じてくれないだろうから、実際に変化する瞬間を見せてやることにしたのだ。
昨日蛇の姿に戻った時は服が消えてどうしようかと思ったが、人間の姿になってみれば服を着ている状態だった。
どうやら、最後に着ていた服を何処か知らない空間に入れておくことができるらしい。
なんと便利な変化だろうか。
サテラは酷く驚いた表情をして、櫛を落としてしまった。
だが俺が「やぁ」と言うや否や、すぐに笑顔になって俺に抱き着いてきた。
「おおっとっと……なんだい? びっくりしたのかい?」
「すごーい! へびさんすごーい!」
「そりゃ蛇さんだからな。だけど俺の名前は応錬だ。この姿の時は応錬と呼んでほしい」
「わかった!」
聞き分けのいい子だと思い優しく頭を撫でてやる。
サテラはくすぐったそうに目を細めているが手を払うこともなく、されるがままになっている。
本当に随分と懐かれてしまったな。
そう思いながらサテラの朝支度を手伝ってやる。
とは言っても俺が手伝えることなんてほとんどないのだがな。
てか……あんまり驚かなかったなぁ……。
こういうのって普通なの?
んな馬鹿な。
「サテラ。何か持っていく物はあるか?」
「無いよー。服くらいかな」
「そうか……。じゃあ早くまとめるぞ。アスレたちと朝食を取ったら出発だ」
「はーい!」
あ、そうだ。
アレナのことについて聞いておこう。
「なぁサテラ。俺がアレナにあった時、アレナはアズバルのことを父親ではなく領主と言っていたのだが……」
「んー? お父さんは家族でいる時と、仕事している時で呼ばせ方を変えてたの。よく間違えて怒られた」
「ああ、なるほどなぁ……」
例え子供相手だろうが、自分の立場をしっかりと教え込んできたタイプだったのだろう。
何故あの時アレナは父親とではなく、領主と言っていたのかは未だ分からないが……。
そんなことを考えながら服をまとめてカバンの中に入れる。
カバンといっても、革で作られた大きなきんちゃく袋のようなものだ。
あまり大きくないため服もそんなに入らない。
旅をするには荷物は少ない方がいいしこれくらいが丁度いいのだろうが……。
旅をしている間は風呂にも入れないだろうからな。
俺も湯は沸かせないから風呂は作れない。
まぁ旅にはこういうのが付き物か。
服も八日分なんて持っていけれないしな。
精々二日分だ。
前世では旅なんてした記憶がない。
これはウチカゲに任せて俺は勉強させてもらうことにしようかな。
そんなことを考えていると、サテラの身支度が終わったようだ。
荷物を全て俺が持って部屋を出て食堂に歩いていく。
何故か肩にはサテラを乗っけているが。
「わしゃわしゃ~」
「くすぐったいな」
「応錬白い! 髪の毛白い! 目立つよ?」
「俺も白くしたくて白くなったんじゃないんだぞ?」
「でも綺麗な髪! サテラは応錬の髪好き~」
「だからって引っ張るな。痛いだろう」
そう注意してもサテラは俺の髪の毛で遊んでいる。
肩車をしているわけだし、むやみに動いてしまうと落としてしまいそうだ。
その調子で歩いているとウチカゲが部屋から出てきた。
俺の姿を見つけると同時に吹き出して笑いを堪えている。
「ッ……ッ!」
「おいこら」
「すいません……不意打ち過ぎて……。本当に懐かれましたね。まるでお父さんじゃないですか」
「俺に子育ては無理だぞ……?」
「応錬、お腹空いた」
「ああ、そうだな。行くぞウチカゲ」
「はい」
俺たちはそのまま食堂に行く。
流石に食堂に入る前には、サテラに降りてもらった。
王族の前で子供を肩車して部屋に入るとか正気の沙汰ではない。
アスレやバルトは今更気にしないとは思うが、他の家臣たちや衛兵たちはそうもいかないだろうからな。
衛兵たちが並ぶ廊下を通り過ぎて食堂に辿り着く。
大きめの扉を開けて中に入ってみると、既にアスレとバルトが長机に並べられた椅子に座っていて、俺たちを待っていたようだ。
メイドたちが料理を今まさに運んできている。
俺たちの姿を見つけるや否や、バルトが手をひらひらと振って俺たちを呼ぶ。
それに応じてバルトたちのいる所に歩いていって挨拶をしながら椅子に座る。
「おはよう! よく眠れたかな?」
「ああ、おかげさまでよく寝れたよ」
「それは良かった。応錬君の要望通り、今日の朝ご飯は豪華にしているよ」
「おお……」
「一杯食べてね~」
目の前にはサンドイッチや薄く切ったハム、パンがありソーセージなどといった肉もおかれていた。
流石に味の濃すぎる肉料理やパスタなどはないようだが、朝食として丁度いい料理がそこには並んでいた。
サテラはすぐにサンドイッチに手を伸ばして頬張っていた。
俺もそれに続いてサンドイッチを手に取る。
中にはサラダとハム、そしてチーズも入っているようだ。
一口齧ってみるとサラダがシャキシャキと口の中で音を奏でた。
すごくみずみずしい。
それに続きチーズ独特の風味が口から鼻に突き抜けた。
随分と濃い味のチーズだ。
ハムととても相性がいい。
目を閉じて味をしっかり確かめるように噛みしめていたつもりだったが、いつの間にか三つ目のサンドイッチを頬張っていた。
今食べているのは、スクランブルエッグをパンで挟んだサンドイッチだ。
マヨネーズがないのが少し物足りないが、卵は甘めに作られているようだった。
これも非常に美味い。
「ん~……美味い……」
「応錬殿は本当においしそうに食べるね」
「味覚があるというのは至福である……アスレ。有難うな」
「本当はこちらがお礼を言わなければならないのだがな……口に合ったようなら何よりだ」
アスレは衛兵やメイドが居るためか、昨日とはうって変わり少し威厳を保ちながら喋っている。
まだ少しぎこちないが、その姿を見ていると努力しているのだなと感じることができる。
暫くすれば型にはまっていくだろう。
食事を終えると食器をメイドが全て下げていく。
全て下げ終わっても俺たちはまだ席に座っていた。
これからについての最終確認をしておかなければならないからだ。
「美味かった……」
「美味しかったね!」
「ははは、そればかりだな。さて、もう馬車は準備してある。すぐにでも出発できるがまずは路銀を渡しておかなければな」
アスレがそう言うと、いつの間にかいたジルニアが革袋を持って前に出てきた。
そして俺に一つ、ウチカゲに一つ革袋を手渡してくれた。
随分と重い。
軽く振ってみるとジャラジャラと硬貨がぶつかり合う音が聞こえた。
「随分と多いな」
「金貨が二十枚、銀貨が百五十枚、銅貨が三百枚入っている。その皮袋の中で小分けにしてあるから混ざってはいないぞ」
確かに手で触ってみると皮袋の中に三つほどの塊があることが分かった。
しかし俺はこの通貨がどれほどの価値があるのか、いまいち理解できていない。
こういうのはウチカゲに任せようと思ってウチカゲに手渡そうとしたのだが、ウチカゲは焦ったように言葉をアスレに返した。
「お、多すぎないか?」
「それほどの成果をあげてくれたのだ。問題はないぞ」
「いやしかし……」
「それでアレナとサテラににいい服を買ってやってくれ」
「……わかった」
ウチカゲは無理やり納得したように懐に革袋をしまった。
ついでに俺の持っている奴も渡しておく。
アスレはそれを見て満足そうに笑った。
「では応錬殿、ウチカゲ殿。アレナの救出を改めてお願いする。悟られる前に助け出してほしい」
「勿論だ。だがここから八日もかかるから最低でも十日は必要だぞ」
「それは問題ない。悟られなければいいだけだからな。それと気を付けてほしいことがある」
「なんだ?」
アスレは一拍おいて腕を組みながら話し出す。
「ここから四日ほど行ったところなのだが……その辺りで山賊が出るらしい。ヤグル山脈という名前の場所なのだが、どうやらこの辺りに山賊たちが根城にしている場所がある様だ。冒険者たちの討伐隊も何度かその地に行って調査をしているのだが、如何せん良い成果がない。だが商人たちは尽く襲われている。十分気を付けてくれ」
「ああ、問題ないだろ。なぁウチカゲ」
「俺もおりますし、何より応錬様がおられますしね。負ける気がしません」
ウチカゲは軽く籠手についている熊手をピンと指で弾いて綺麗な音を鳴らした。
随分と余裕そうだ。
俺は人間を相手にしたことがないので、不安で仕方がないのだが……。
あまり俺を過大評価しないでほしいな。
「まぁ二人なら心配無さそうだな……」
「おし、話は終わりだ。俺たちはもう行こう。こうしている時間もあまりよくないしな」
そう言って俺とウチカゲ、そしてサテラは立ち上がる。
ジルニアがいそいそと近づいてきて案内をしてくれた。
それぞれの荷物を持ったのを確認した後、俺は最後にアスレの方を向く。
「アスレ。頑張れよ」
それだけ言ってすぐに踵を返してジルニアについてく。
後ろから「ああ」という声が聞こえたのを最後に、俺たちは城の外へと向かった。
◆
「おーし、これで全部か」
馬車に全ての荷物を乗せたのを確認する。
中はそれなりに広く、荷物は簡単に乗り切ってしまった。
だが馬車の中には寝る為の布団や枕が乗せられてある。
これはバラディムの配慮だろう。
寝具のことをあまり考えていなかったので、これはありがたかった。
俺は馬車を駆ることができないので、運転はウチカゲに任せる。
俺とサテラは中に入ってゴロゴロとすることにした。
鬼が馬車の馭者をするのはなんともバランスが悪い構図で少し面白い。
だがウチカゲはそんなことは気にしていない様だ。
荷物の運び入れを手伝ってくれたバラディムは、ローブを羽織ったまま最後の荷物を運び入れてくれた。
「水はいらないんだったな」
「ああ。俺が作り出せるからな」
「なんて便利な……冒険には水は必要不可欠だからなぁ。羨ましいぞ」
「そんなもんかね」
「そうだよ……。食料はそっちの木箱に入れてある。だが三日分くらいしかないから、後は村にでも寄って買ってくれ。日持ちするようなものじゃないからな」
「おう。何から何まですまないな」
「いいって事よ」
バラディムは手をひらひらと振りながらそう言った。
なんだか照れくささを隠しているようにも見えるが、黙っておくことにする。
ウチカゲも準備が整ったようで運転席から声がかかった。
俺もひょいと馬車に乗り込む。
「応錬殿! アレナを頼んだぞ!」
「任せろっての。俺の命の恩人だぜ? 助けない理由がねぇ」
「応錬様ー! サテラー! 出発しますよー!」
「おっと、もうか。じゃあなバラディム」
「ああ、気をつけてな」
するとすぐに馬車が動き始めた。
速度はゆっくりだが、人が歩くよりは速い速度で動いていく。
バラディムは手を振って俺たちを見送ってくれたが、すぐに姿をくらませて自分に任された仕事をしに行ったようだ。
城門をくぐり城下を通り、もう一度城門をくぐってガロット王国の外に出てきた。
道はなだらかだが、馬車の車輪は木だけで作られているので揺れが強い。
サテラは酔ってしまうかもしれないなと思いながら、遠くなっていくガロット王国を見た。
サテラは外に顔を出して通り過ぎる人々や村、森などを興味津々に見ていた。
これだけ違うことに集中していたら、酔うことはないかもしれないな。
「ひろーい! おおきい! 初めて見たー!」
「そうかそうか。よかったな」
「うん!」
サテラはウチカゲの隣に座って外を見続けていた。
俺は後ろから顔を出して外を見る。
この旅があと八日も続く。
何事もなく無事にサレッタナ王国に辿り着けばいいがと心の中で思いながら、時々舌を噛むのではないかという強い衝撃に耐える。
俺もこんな旅は初めてだが、とても楽しく思えた。
目的はアレナ救出だが、サレッタナ王国に到着するまではこの旅路を楽しむことにしようと思う。