2.54.証拠と発見
書籍化……決定
夜ということは勿論なのだが、外には街灯はない。
頼りになるのは月明かりか、時々家の中からこぼれている光くらいなものである。
静まり返っている街を歩く足音はいささか大きく聞こえた。
俺は明らかに怪しい動きをしているラッドとローブの男の後を追跡している。
ローブの男はこういうことに慣れているのか、足取りは軽やかで無駄がない。
一方ラッドは足音を立てない様には努力しているのだろうが、履いている靴の靴底は硬いようで歩くたびにコツコツという音を鳴らしてしまっている。
その音に男は顔を歪ませているようだが、相手が王族であるため言い出すことができないでいるようだ。
この男としても、何もできないラッドに出てきてもらいたくはなかっただろう。
しかし……こいつらは一体何を企んでいるのだろうか。
王族がこんな夜中に出歩いているということが不自然ではある為、よからぬことを考えているということはわかるのだが……。
ローブの男は夜の動きにて慣れているようだし、ウチカゲみたいな暗殺や情報収集に長けた人物なのかもしれないな。
随分と嫌そうな顔をしているが。
二人の後を付いて行くと、とある一軒家に辿り着いた。
本当にどこにでもありそうな普通の一軒家で、特に目立った物などはない。
本当に普通だ。
ただ、家の中からカーテンがかけられているため、中の様子は一切見ることができない。
二人は家の中に入っていく。
ローブの男が周囲に誰もいないか確認してから音を立てないようにゆっくりと扉を閉めた。
早速侵入したいが正面から行くのは危険だろう。
どこか発見されにくい場所から侵入することにする。
家の周りを回っていると開けられた窓を発見した。
その場所は二階なのだが、俺にはそんなのは関係ない。
無限水操で水を作ってその中に入る。
MPを少し込めて水圧をあげると、水の中に留まることができる。
そのまま水を動かして開いている窓に体を持っていく。
俺は難なく窓から家の中に入ることができた。
入った部屋は寝室のようだった。
だが部屋自体は暗く、ベットや机には埃が積もっている。
長らく使われていない様だ。
とりあえず操り霞を展開してこの部屋の間取りと、ローブの男とラッドがどこにいるかを確認する。 二人はこの家の中で一番広い部屋にいるようで、向かい合って座り何かを話し合っているようだ。
だがその隣にはもう一人の人物が座っている。
シルエット的に子供のようで、椅子に深くもたれ掛かって寝ているようだった。
流石にここからでは会話が聞こえないし、子供の姿も確認できないので近づくことにする。
暗殺者を発動しているので気付かれることはないと思うが、念には念を入れて足音をできるだけ殺して階段を下りていく。蛇なのでほとんど音は鳴らないけどね。
随分使われていないのか階段も埃だらけで体に汚れが付くような感覚がした。
あまり気分の良いものではない。
体を汚しながら降りてみると一つの部屋だけ明かりが灯っているのを発見した。
どうやらあの部屋で何かを話し合っているようだ。
俺はその部屋に近づいて頭だけを部屋に突っ込む。
そこでやっと相手の人相と子供の姿を確認することができた。
ローブの男は椅子に座ってラッドの話を聞き逃しまいとしっかり聞いていた。
顔だちは細く、優しげな眼をしている。
だがその目の奥には何かを品定めするような鋭い眼光が隠れていた。
そして寝ている女の子。
顔だちはどことなく誰かに似ている気がする。
街の子供たちが着ているような不自然のない赤を基調とした服を着ており、右手にはミサンガのようなものが二つ付けられていた。
だが綺麗なのは服装だけで、小さい少女の体には似合わない沢山の擦り傷や打撲の跡が残っている。 見ているだけで痛々しい。
二人は女の子を無視してずっと話している。
今はローブの男がラッドに報告をしているようだ。
「……ということですが……意外とまずい状況です。ジルニア様が奴隷商の存在に気が付いているようで、奴隷狩りに行っている奴隷商を捕縛している模様です」
「派手に動きすぎてんだよなー……俺の言うことに従っていればこんなことにはならないのに」
「とにかく……奴隷商たちにラッド様が何か申し立てをしてくれない限り、奴隷商は奴隷狩りをやめないでしょう。その時でいいので今後の策を伝えていた方がいいのでは? このままでは結託している奴隷商がいなくなってしまいますよ?」
「んーそうだな。そうするか……じゃあ手配は任せたぞ」
「任されました。では明日までには」
王族であるラッドの口から奴隷商という言葉が出たことに疑問が沸いた。
それにこのローブの男はジルニアのことを監視している人物らしい。
まぁあそこまで目立つ行動をしていたら流石にばれるだろう。
だが悪いことはしていない。
なので見つかろうが見つからまいがどっちでもいいのだが。
そして一番聞き逃せない言葉があった。
それは「結託している奴隷商」という言葉だ。
王族は奴隷商と結託して奴隷狩りを決行している……ということになるのだろうか?
だがそう仮定すれば、アスレが王を止めようとしたが、結局攻め落とせと言われた事の辻褄が合う。 そもそも騙されていたわけではないのだから今更戦争を起こさない理由がない。
こいつらは人を何だと思っているんだ……。今すぐにでもぶん殴ってやりたいが、それで情報が聞けなくなるのはいただけない。ここは大人しくしておいて情報をできる限り聞き出すことに専念するとする。
「で、この子供はどうするんでしたっけ?」
ローブの男は傷だらけの女の子を見ながらラッドに聞いた。
ラッドもその女の子を一瞬だけ見たが、すぐにローブの男に目線を戻して答える。
「戦争に使うための道具だ」
「確か……どこかの領主の娘でしたっけ? すでにこんな傷だらけなのは何故ですか……? 流石に領主の娘を奴隷にしているという事実がばれてしまえばこちらも危険ですので私が保護しておいたのですが……」
「それでいい。あそこの領主には娘が二人いたはずだ。片方はガロット国に、もう一人はサレッタナ王国に。そしてサレッタナ王国にいるもう一人のほうはしっかり奴隷として働いているはずだ」
「……と、いう事は……領主の娘を奴隷としている事実を向こうに叩きつけて、戦争を起こす気ですね?」
ラッドは満足そうにゆっくりと頷いた。
「そうすれば戦争が起きて奴隷も手に入る。そしてサレッタナ王国も手に入る可能性もある。アズバル領主には悪いが……死んだという事を利用させてもらう。そして戦争を起こすために、アレナとサテラに一役買ってもらうという事だ」
あ!?
今なんて言ったこいつ!
アレナとサテラだと!?
ま、まさか……あの傷だらけの女の子がサテラか……?
てことはこいつらの言う領主ってのがアレナとサテラの父親で……あれ?
確かアレナは自分の父親と領主は別人のように話していたと思うのだが……。
んー? ちょっとわからん。
あ! 誰かに似ていると思ったら!
この女の子アレナに似てるんだ!
しばらく見ていなかったからすっかり忘れてしまっていた……。
と、とりあえずこの女の子がサテラで間違いないようだな。
よし、こいつら二人が出て行ったときにサテラを助けよう。
今は分身体の体だからどこまでできるかわからないけど集中すれば何とかなるだろう。
しかし……王族と奴隷商が結託して奴隷狩りをしているとはな。
それにアレナとサテラを利用して戦争を起こすと言っていたが……どういうことなんだ?
「とりあえず、ラッド様が考えている筋書きを教えてもらってもよろしいですか?」
「いいだろう。まず第一段階としてアズバル領主を殺した。そしてアレナをサレッタナ王国に。サテラをガロット国に。ここまでは筋書き通りだ。アレナはサレッタナ王国で奴隷として働いているはずだ。これは間違いない……誰もアズバル領主の娘だとは知らないだろうからな。そこで俺たちはそれを告発するんだ。「アズバル領主の娘を奴隷にしているとはどういうことだ」とな。それと同時にアズバル領主の治めていた地を襲撃したのはサレッタナ王国の奴隷商だと言うことにする。サレッタナ王国の奴隷商には悪いが、俺たちの利益のために死んでもらおう」
「…………なるほど。理解しました」
領主の娘を奴隷にしているという事は相当まずいことなのだということはわかる。
恐らくアレナの住んでいた村が何かに襲われたという事はどの国にも伝わっていることだろう。
だがまだ犯人は捕まっていない……。
ラッドはその全てをサレッタナ王国に擦り付けようとしているというわけか。
そして戦争に持っていくと。
くだらねぇええ!
アズバルってのがアレナとサテラのお父さんだとして……それをこいつが知ってるってことはアズバルはガロット王国に仕えていた領主じゃねぇのかよ!
こいつまじで……!
てかそんなことで戦争起こせるのか……?
いや、何としても起こさせるつもりなんだろう。
どうしても戦争を起こして奴隷を確保したいらしいな。
こいつら碌な奴じゃねぇ。
こうなったら何としてもサテラとアレナを助けるぞ。
サテラを先に助けに来たのは正解だったな。
アレナはこっちの騒動が終わったらゆっくり助けに行けると思う。
すまんアレナ。
まだそっちに行くには時間がかかりそうだ。
ローブの男はサテラを抱きかかえて部屋を出て行った。
それに合わせて密会も終了するようで、ラッドもカツカツと足音を鳴らしながらその家を後にしたのだった。
俺はローブの男に付いて行く。
ローブの男は一つの部屋に入るとサテラを綺麗に掃除された部屋のベットに寝かせた。
優しく布をかけて二回ほど頭を撫でてから立ち上がり、部屋を出ていく。
遠くから扉を開ける音が聞こえた。
どうやら家の外に出て行ってしまったようだ。
さて……これからどうやってサテラを助けようかなと考えていると、俺の近くに一枚の紙きれが落ちてきた。
なんだこれ?